第21.5話 気がつくのが遅くても、急げば間に合う時もある。
今回はウィリアム視点になります。
伝令役の報告を聞いた俺は、ヘンリーとウィルフレッドを伴い、皇城の中に作られた緊急作戦本部に急ぐ。
「誰か状況の説明を! 他の騎士は自らの業務を続行してくれ」
扉を開けると同時に、周囲の者達が跪こうとしたので止めるように指示を出す。
「殿下!」
すぐさま今回の作戦の責任者である近衛騎士、ヒュバードがこちらに駆けつける。
50代前半のヒュバードは、過去には近衛の副団長を勤めていた。
今はその職を退き、一般の近衛として新たに入団してくる後進の育成に尽力していたそうだが、その経験の豊富さから今回の任務に抜擢されたようである。
「既に伝令からも連絡を受けていると思いますが、改めてご説明させていただきます」
俺が伝令から報告を受けたのは、部屋でヘンリーと共に執務を行っていた時であった。
突然の出来事に、いつもは落ち着いているヘンリーも、持っていた資料を手から落とす程に動揺している。
平民議会の視察へと向かっていた俺の婚約者であるエスター嬢は、襲撃者に攫われ現在も行方不明だ。
「護衛に派遣した近衛騎士のうち数人が、我が国に対して反感を持っていた者達がいたようです」
反逆者の中には、その近衛騎士達が引き入れた者達もいたそうだ。
今回の視察は派遣された近衛騎士を中心に、皇都を守る騎士団などを含めた混成部隊だったのが仇になったようである。
護衛の中にはフルフェイスの部隊もあり、入れ替わられた正規の騎士達の死体も既に発見されたようだ。
これらの事から、この襲撃は綿密に計画され、内部の事情に明るい者が関係している事は明らかである。
「反感を持っていた達に、そういった素振りはあったのか?」
ヒュバードは首を横に振る。
「いいえ、私も指導に当たりましたが、至って真面目な兵士であったと思います」
どうやらだいぶ根深い問題のようだ。
「その者達に共通点はあるか?」
「一部の人間はベッドフォード公爵に恨みを持っている事から、戦争で公爵に敗れた国の者だと思われます」
戦場では敵同士での言い争いもあったようだし、どうやら敵の内情も一括りではないようだ。
「わかった、ところで、ベッドフォード公爵の容態は? それと他の貴族達や、防衛にあたった護衛の騎士達は無事か?」
「ベッドフォード公爵は御無事です、貴族と護衛の騎士達の中には命を落とした者や、重篤な者もおります」
命を落とした者達を偲び、数刻ほど胸に手を当て目を伏せる。
彼らに報いるために、なんとしても反逆者どもを捕らえなければならない。
「そうか……まさか、ベッドフォード公爵が遅れを取るとはな」
「どうやら馬車の中で飲んだ飲み物に毒が入っていたようです、既に公爵に同行していた侍女を犯人として捕らえております」
ヒュバードの話によると、使用されたのは即効性の熊用の毒だったそうだ。
それにも関わらず数人の敵をなぎ倒し、今も無事とは……やはりあの男は、年老いても恐ろしいな。
「残念ながらエスター様の行方は知れず……」
俺の後ろに控えていたヘンリーが口を挟む。
「エスターの侍女にエマという者がいたはずだが、彼女は今どこにいるか知らないか?」
「現場にいる兵によると、攫われた主人を追いかけていったと聞いております」
唇を噛みしめるヘンリーの肩をウィルフレッドが叩く。
「落ち着けヘンリー」
「わかっている……」
ヘンリーが荒ぶるのも無理はない。
なぜならば、俺もまた同じ気持ちであるからだ。
「ヘンリー、ウィルフレッド、すぐに準備しろ、我らも捜索に加わるぞ」
口を開きかけたヒュバードの言葉を、手を挙げ制止する。
「奴らが一体だれの婚約者を攫ったのか、だれに喧嘩を売ったのか、襲撃者達はその身を持って知らねばならぬ責務がある」
俺は踵を返すと、ヘンリーとウィルフレッドを伴い来た道を引き返す。
すると、先ほどの部屋に居た1人の貴族が直ぐに追いかけてきた。
「お待ちください、殿下」
「なんだ?」
小柄なこの男は確か、オークニー伯爵家のマルコムという名だったか。
俺は立ち止まらず、追いかけてきた者の相手をする。
「都合の良い事に、殿下とエスター嬢はまだ婚約前で御座います」
都合が良い? 一体、マルコムは何の話をしているのだ?
「今ならば婚約をなかった事にしてしまえば良いのです、攫われてしまったのであれば、既に穢れておるやもーー
ヘンリーが動くより早く、俺は会話の途中であったマルコムの頭を掴み、その身体を空中へと持ち上げる。
マルコムは必死に私の手に両手でしがみ付き、浮いた両足をバタつかせた。
「それ以上喋ってみろ、貴様の首を斬り落とさねばならぬが、それでも良いのか?」
「ヒッ……わ、私は殿下の事を思って……」
思わず手に力が入る。
「ならばその口を閉じ、今すぐ私の目の前から消えよ、さもなくば……」
マルコムの頭から手を離し解放すると、無様にも地面に転がり落ちる。
両手で口を塞いだマルコムは、青ざめた顔で一目散にどこかへと走っていった。
「……感謝します、殿下……それとウィルフレッドも有難う」
どうやらヘンリーが剣を引き抜けないように、ウィルフレッドは咄嗟にヘンリーの剣の柄頭を自らの手で抑え、その行動を未然に防いだようだ。
ウィルフレッドは方向音痴な上に、たまにドジをやって周囲を巻き込むが、こういう時、誰よりも冷静に周りを見ている。
「ふっ……俺も親に決められた結婚など、最初は嫌だったのだがな……」
誰にも聞こえぬような小さな声で呟く。
どうやら俺は自分が思っているよりも、彼女の事が気に入っているようだ。
エスター嬢は他のご令嬢達とは違い、気の合う男友達の延長線上のように接することができる。
女性である彼女には申し訳ないが、きっと、エステルと先に出会ったせいだろうな。
双子と言うだけあって、2人の心地よい空気感はとても似ていると思う。
だからこそ、婚約をした先に何があるのか、俺は今の関係から、彼女ともう一歩踏み込んだ所に進みたいと思っている。
そのために、俺が取るべき行動は……。
「急ぐぞ、時間が惜しい」
2人は無言で頷くと俺の後に続く。
待っていろエスター嬢、この私が必ず助けてみせる。
だから、絶対に、生きるために最後まで足掻けよ……!
お読みいただき有難うございます。
ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございました。
今回は幕間みたいなものなので短めです。
最後までお読みいただければ幸いです。