第20話 2人のための舞踏会、踊り始めたらもう止められない。
最初の部分はいつも通りのエステル(TSエスター)視点。
◇以降の後半の部分は3人称になります。
「すでに本人から聞いてると思うが、ベッドフォード公爵が監査委員を勤めてくれる事となった」
ええ、知ってますとも。
そのせいで食事の時は、全くと言っていいほど生きた心地がしませんでした。
私のような若輩者が安易に利用できると驕るなよと、釘をさされた気分です。
「それとカーライル伯爵にもすでに話は通してある」
そういえばカーライル伯爵も会場にいましたけど、ベッドフォード公爵が睨みを効かせてたからか話かけてもきませんでしたね。
「問題はウィンチェスター侯爵だ」
私の正体を知っているウィンチェスター侯爵は問題です。
今のところ侯爵が何をしても、弱みを握られた私に侯爵を止める術はありません。
「侯爵は議会の進行に口を出すだけの監査委員とは別に、慣れないであろう平民の議員達をサポートする事を申し出た」
よりにもよって、私がお父様に頼もうとしていた事の一端を掠め取りますか。
「サマセット公爵がすでにその役割を担うと言ったのだが、宰相であり忙しいサマセット公爵のサポートをしたいと申し出てな……」
侯爵の役職は基本的には暇ですから、こういう時、誰よりも動きやすい。
「侯爵の立場に居る者にそこまで食い下がられては、断る明確な理由もないため受ける事となった」
これは仕方ないでしょう。
誰も責める事は出来ませんし、どうしようもありません。
最後に侯爵が、また、会いましょう、と言った意味はこういう事だったのかと噛みしめる。
「ご報告感謝いたします……それとこちらからもご報告があります」
平民議会の設立に向けての会合に、私が参加する旨をウィリアムに伝える。
「先を越されてしまったようだな、ベッドフォード公爵が貴女を誘わなかったら私が誘っていたところだ」
なるほど……どのみち私には避けられなかったと……。
「ところで、エステルの事だが……」
エステルの事だが何でしょう?
そういえば最近は、エステルの状態で会いに行ってませんね。
もしかして、その事でしょうか?
そこで言い淀んだウィリアムを不思議に思っていたら、廊下を歩く靴音と男女の笑い声が聞こえてきました。
ウィリアムは誰かが来るのを察して、意図的に会話を切り上げたようです。
「少し話し込んでしまったな、先程の話はまた次の機会にでもするとして、そろそろ会場の方に戻るか」
「はい」
ウィリアムにエスコートされて、会場の方に向かうと微かな音が漏れ聞こえてきました。
会場に近づくにつれ、曲の終盤へと差し掛かったオーケストラの音は大きくなっていく。
「どうやら会場では、ダンスをしているようだな」
「そのようですね」
これは一刻も早く戻らねばなりません!
ダンスに舞う女性陣のドレスは、それはそれはとても華やかな事でしょう。
ドレス好きとしては必見のイベントです。
「なるほど、エスター嬢はダンスがお好きなのかな?」
「へ?」
少し急ぎ足になっていたでしょうか?
それとも表情に出ていましたか?
ウィリアムは少し勘違いしているようですが、私から何かを感じ取ったみたいです。
「それならば、少し急がねばならぬな……失礼する」
「ひゃっ!」
お、思わず変な声が出ちゃいました。
だって、ウィリアムがいきなり私を抱え上げるのですもの。
そんな行動を取るなんて予想していません。
「今から走れば、次の曲には間に合う、しばしの間は私の腕の中で我慢せよ」
ちょ、ちょっと待ってください!
これって俗に言うお姫様抱っこってやつではないでしょうか? そうですよね!?
あまりの恥ずかしさと、エスターを保つ事に必死になるあまり、あうあうと声を出すだけで、どうしようもできません。
「よしっ、なんとか間に合ったな」
会場の付近でウィリアムは私を降ろし、ようやく身動きできない状況から解放されました。
会場の入り口で見張っている騎士様たちや、すれ違った貴族達の視線がとても痛かったです……。
もう……もう! こういうところですよウィリアム!
もっと女の子の気持ちを考えたりとか……絶対に私が矯正してみますからね!
「では、私と踊っていただけるかな? エスター嬢」
私の思いとは裏腹にウィリアムはその場に跪き、私をダンスへと誘う。
軽々しく皇太子が跪くのもどうかと思いますが、やってしまった以上は仕方ないですね。
そして衆人環視の最中、私にこれを断る術はありません。
「はい、喜んで」
ウィリアムの手を取り会場の中に入ると、気がついた貴族達の視線が集まる。
そんな状態でも堂々としているウィリアムは、迷わず私を連れ舞台の中央へと向かう。
こういう時、迷わず一番目立つ所に出るあたりが流石は皇太子ですね。
私なら迷わず隅っこにいきます。
ウィリアムと私が中央に立つと、一呼吸置いてオーケストラの演奏が始まりました。
曲はミハイル・ティフリスの仮面舞踏会ですか。
ふふっ、よりにもよってこの曲とは、私に対する皮肉かもしれませんね。
「ほぅ、なかなかやるなエスター嬢、どうせならワルツではなく、もっと情熱的なダンスの方が楽しめそうだ」
エマさんとの地獄の特訓による賜物でしょう。
相手役のエマさんの脚を踏むたびに、あの視線に晒されると思えば、上達も早いというものです。
「ふふ、ではまたの機会に楽しみにしておりますね」
私が笑みを返すと、ウィリアムは嬉しそうに歯を見せた。
ウィリアムは単純ですね……少しは駆け引きするとかないのでしょうか?
まぁ、駆け引きなどされても面倒なだけですし……その笑顔に全てを赦す私も、結構単純なのかもしれません。
呑気に舞台の中央で舞う私たちを他所に、周囲の貴族達は騒ついた。
◇
「ほぅ、殿下と踊っているのは、サマセット公爵家の令嬢か? 確かあそこは2人とも男だったろう?」
「それは第1夫人の子であろう? あれは第2夫人の子ではないのか?」
老紳士は若い貴族と話し込む。
まだウィリアムとエスターが婚約する事を知らない大半の貴族家の当主達は、情報を少しでも得ようと周囲の貴族達と声を掛け合った。
「素敵なドレス……若いのにクラシカルな装いが野暮ったくならずに、彼女によく似合っているわ」
「それよりあの宝飾品よ! ピジョンブラッドを引き立たせるためだけに、無数のダイヤモンドを使うとは流石は公爵家ねぇ……」
貴婦人達は、エスターのドレスや宝飾品に興味津々である。
身分の低い者達は羨望の眼差しを向け、身分の高い者達は顔には出さないものの、心の片隅で彼女の美貌や若さに嫉妬した。
「やはりあの噂は本当だったようだ……ますますサマセット公爵が権力を握る事になる」
ウィリアムとエスターの婚約の噂を嗅ぎつけていた極少数の貴族達。
その中の1人は手で顔を覆い、見たくもない現実から目を逸らした。
「確か晩餐会で彼女は、ベッドフォード公爵と同じテーブルだったんじゃないか?」
「それはたまたまだろう」
何気ない情報を気にも止めぬ者がいる一方で、察しのいい1人の貴族が、少ない情報から真実を手繰り寄せていく。
「いや、偶然ではないかもしれんぞ……ベッドフォード公爵は、平民議会の監査委員を勤めるのが内々に決まっていたな」
「そういえば平民議会に出資したのは、サマセット公爵の娘ではなかったか?」
周囲は再び騒つく。
「サマセット公爵の派閥と、ベッドフォード公爵の派閥がひっつくというのか? そんな事になったら他の派閥など吹き飛ぶぞ」
代々、武で帝国を勝たせてきたベッドフォード、代々、文で帝国を支えてきたサマセット。
最大派閥であるが故に人材の豊富なベッドフォード、帝国貴族でも最大の財力を誇るサマセット。
歴史ある2つの公爵家が懇意にする事の意味が、帝国貴族たちにはよくわかっていた。
一瞬の沈黙の後、若い貴族の1人が口を開く。
「それではエスター嬢が2人の仲を繋いだというのか?」
貴族たちはお互いに顔を見合わせ、驚きを隠さない。
普通であれば貴族たるもの、そういう表情を見せる事が失態である。
しかし、その2つの派閥に与してない者達にとっては、腹の探り合いなどしている余裕がないのだ。
「わからんぞ、サマセット公爵とベッドフォード公爵が表立って動くわけにもいかないから、単に娘を利用したのではないのか?」
「この際どうでも良い、それよりもエスター嬢に取り入る方法を考えた方が良いのでは?」
焦る大人達を他所に、政治にまだ疎い貴族子弟達は、舞台の中央で舞う彼女の姿に釘付けになっていた。
「なんと美しい……それなのに貴族の女性とは思えぬ、あの裏表のない純粋な笑顔に癒される」
「あの目がいいな、少しツンとした挑発的なところが男として落としてみたくなる」
彼らは気がつかない、その近くにいた貴族令嬢達の冷めた視線に……。
それぞれの思惑を胸に、帝国の夜は更けていった。
お読みくださり有難うございます。
後半部分はテストです。
主人公視点の1人称のみの方が読みやすいと思うのですが、試しにやってみたくなりました。
おまけ程度に考えてください。
周囲の状況も書いてみたかったので、受けがよかったらまたやります。
ちなみに作中の曲は、ハチャトゥリアンの仮面舞踏会をyoutubeとかで聴きながら読むと、それっぽい雰囲気を味わえるかもしれません。
エステル(エスター)にとっては、思いがけぬデビューでした。
ウィリアムの思わぬ行動がきっかけとなり、エスターの重要性が詳らかにさせられました。
このせいで、ベッドフォード公爵の思惑からズレが出ました。
あそこで踊らなければ、最後のような展開にはなってませんから。
ちなみにサマセット公爵、お父様はこうなる事が大体予測できていたので晩餐会への参加を決めています。
主人公視点だけでは、なかなかそういう部分が書けなくて、自らの文章力のなさを悔しがるばかりでございます。
最後になりましたが、ブクマ、評価、感想等ありがとうございます。