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≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第1部 弟だけど姉の代わりに皇太子殿下の婚約者候補になります。
20/71

第19話 愚かなる人間は構築されたシステムの下に平等である。

「ふぅ」


 慣れない晩餐会に疲れました。

 この世の贅を尽くした料理が提供されたにも関わらず、あのテーブルではろくに味わう事もできません。

 テーブルでの食事が終わった後、隣の部屋で立食形式のパーティーに切り替わったため、そのタイミングを見計らって私はお花を摘みに会場から出ました。

 その帰り道、夜風に当たるために、通路脇のベランダにでたのは失敗だったかもしれません。


「おや? これはこれは……向こうの方からやってくるとは、やはり物事は全て私の都合の良い方に傾きますか」


 声の方向に振り向くと、見知った人物がベランダの手すりに寄りかかっていた。

 奇抜なファッションに、貴族らしからぬ行動、そして私がベッドフォード公爵以上に会いたくなかった人物。

 自らの運を賞賛するこの人の隣で、私は自らの運のなさに悲観します。


「お初にお目にかかります、ウィンチェスター侯爵」


 ウィンチェスター侯爵は皇璽尚書こうじしょうしょと呼ばれる要職についておられます。

 皇族の印章である御璽ぎょじを管理するのがお仕事の内容なのですが、基本的には暇で特にする事がないとか……。

 侯爵は16歳の若さで学校を飛び級で卒業し、25歳という異例の速さで主計長官に任命されました。

 その3年後の28歳の時には、財務大臣や外務大臣といった要職中の要職を打診されたにもかかわらず、それらを断って皇璽尚書につかれた事に周囲はざわついたそうです。


「お互いにサボりかな?」


「いえ、少し夜風に当たりにきただけです」


 侯爵は手に持ったワインを一口飲むと、外の景色に視線を向ける。

 

「この街を見てどう思う?」


 高台に建てられた皇城のベランダからは、皇都の街並みが一望できます。

 その景色からは、レヨンドールに乗って空から見下ろして見たものとは違うものを感じました。

 侵入者を防ぐための高い門壁に囲まれ、夜の街並みを惜しげなく照らすその光は、いかに自国が潤っているかを象徴しています。


「そうですね、ここから見える街並みは、とても美しいと思いますよ」


 ここから見える街並みは、誰が見てもとても美しいと感じるでしょう。

 ではここから見えない場所はどうでしょうか?

 例えば門壁の外に作られたスラム街、公爵領以外のさほど潤っていない領地、侵略の結果支配した他国。

 それらは、ここからは見る事ができない景色でしょう。


「へぇ……では、ここから見えない街並みも綺麗にしようと思ったら君はどうする?」


「そうですね……見えない街並みを、より多くの人に見えるようにしてはどうでしょうか?」


 この世から、差別や不公平を無くしたい。

 私もそう思いますし、そう思っているお方は他にもおられると思います。

 ですが現実では、理想論だけではどうしようもない事に直面するでしょう。

 誰かが儲ければ、その分、損をする人もいます。

 誰かが勝てば、その一方で、必ず敗者は生まれます。

 勝ち負けを失くした世の中にするには、多くのことを排除しなければなりません。


「それはどうしてか伺っても?」


「私は神ではありませんし、ましてやウィンチェスター侯爵のような優れた方ではございません」


 身分を失くし、国家を失くし、民族を失くし、お金というシステムを失くす。

 皆が同じ物を食し、同じ物をその身に纏い、同じような建物に住まう。

 極端ではありますが、不平等や差別をなくそうとすれば、いつか最終的にたどり着くのはそこでしょう。

 またその結果、均一化された平等な世界では、少数派の方ほど苦しむ事になります。

 実際はそこにたどり着く前に、誰かが反乱を起こして頓挫するでしょうけどね。


「なので、侯爵のような優れたお方に目を向けて貰えるように、隠された街並みがより多くのお方に見えるように、見えない部分に光を灯すくらいの事しかできません」


 貴族のノブレス・オブリージュによって、格差の助長を少しでも抑制し、下限値を底上げする。

 言うのは簡単ですけど、失敗すると、底辺の底に更なる底辺を作りかねません。

 そもそも長く紡がれてきた帝国の歴史を、今すぐどうにかできるなどと言えるのはホラ吹きくらいでしょう。

 私にできるのは、そのきっかけを作る事くらいでしょうか?

 多くの人間を巻き込めば、いつかだれか、私のような凡人が思いつかない素晴らしい案を思いつくかもしれませんしね。


「なるほど……こういう育て方をしたのか」


「……何か?」


 ウィンチェスター侯爵はポツリと何かを呟いたようですが、夜風の音にかき消されわかりませんでした。


「お恥ずかしい事に、少し酔いが回ってきました……私の方から話を振っておいて失礼だと思いますが、お先に失礼しますよ」


 お互いに会釈をして、ベランダから立ち去るウィンチェスター侯爵を見送る。


「ああ、そうでした」


 わざとらしく声をあげたウィンチェスター侯爵は、再びこちらに近づく。


「私とした事が肝心な事を忘れるところでした」


 侯爵は自らの懐に手を突っ込み、服の中をゴソゴソと弄る。


「先日、これがオークションに売りに出ていましてね」


 手のひらサイズに収まる、見覚えのある小さな猫の人形を見て驚く。

 この猫の人形は、アーニーキャットと呼ばれるシリーズの1つで、その中でもこれは限定10体のとても希少なものです。

 しかし私が驚いたのは、それだけはありません。

 これはエスターが逃げ出した時に売却した、エステルのコレクションのうちの1つ。

 ある程度の物は回収できましたが、これだけは見つからなかったのです。

 そしてこの人が、エステルの物をエスターに差し出すという理由は1つしかありません。


「貴方にとってこれは、とても大事な物でしょう?」


 体の中から血の気が引いていくのがわかる。

 この人は私……俺がエスターである事を知っていてこれを手渡した。

 どうして? 何故? どこで? 答えのない疑問が頭の中を駆け巡る。

 ウィンチェスター侯爵は私の耳元で囁やく。


「表情を変えないのは流石ですが、瞳孔が一瞬開きました、それではダメですよエステル君」


 ウィンチェスター侯爵はアーニーキャットをひっくり返して、足の裏にある製造番号をこちらに見せる。

 してやられた、このアーニーキャットは俺が持っている物と製造番号が違う。

 侯爵は俺の掌にアーニーキャットを置く。

 近くでよく見れば、俺が持っていた物とは細かな傷とかが違っていた。


「よろしければ、それは差し上げますよ」


 こんな貴重な物は貰えないし、何より貰った後の見返りが怖い。

 俺は慌ててウィンチェスター侯爵に突き返そうとしたが、それを見通してか釘を刺される。


「あ、そうそう、その人形が私の手元に戻ってきたら、思わぬことが私の口から出るかもしれませんね」


 そんな事を言われてしまってはもうどうしようもない。

 そもそも正体がばれてしまう不手際を起こした時点で、こちらが明らかに不利なのである。


「それと今日の事は、2人だけの秘密にしておきましょうか」


 これで父様や兄貴、エマさんにも相談できなくなった。

 下手に動いてもこの人なら感づくだろう。


「ウィンチェスター侯爵……貴方の目的は一体……」


 俺の正体を知ったこの人はどうするのか。

 この状況をどうにかしようにも、まずは侯爵の目的を知らなければならない。


「目的などそんな大層な物は……あぁ! 心配せずとも、私はエスター様の味方ですから」


 エスター様の……という部分は気になるが、この人とエスターに面識はないはずだ。


「それでは、次に会える時を楽しみにしておりますよ」


 ウィンチェスター侯爵は丁寧にお辞儀をすると、俺を残しその場から去っていった。

 侯爵の目的は分からないが、今の状態で会場に戻るわけには行かない。


 三度、深呼吸し、徐々に意識を切り替える。


 よし、もう大丈夫。

 私は振り返りベランダから通路に出ようとしたその時、タイミング悪く出くわした人に怯む。

 慣れない高いヒールに体勢を崩し、こけるーーそう思った瞬間、反射的に目を閉じ衝撃に備えた。

 しかしいつまで経っても、自分の体が床に倒れ込まない事に違和感を覚える。


「危なかったな……それより、ここに居たのかエスター、探したぞ」


 聞き覚えのある声に、開けたくもない瞼を徐々に開く。

 ベッドフォード公爵、ウィンチェスター侯爵に続き、次はカーライル伯爵に出くわしたらどうしよう。

 そう思ってたのだけど、これならカーライル伯爵に会った方がまだマシだったかもしれない。


「お久しぶりでございます、殿下」


 瞼を開くと、ウィリアムは口角をあげニッと笑いかけた。

 できれば2人では会いたくなかったけど、この笑顔を見ると、どうしてか許したくなってしまうのは何故でしょうか?









小ネタ、本文に入れようと思ったがあまりに長いのでカット


アーニーキャット

 帝国の皇后であったドロシーが竜に襲われた時、勇敢にも立ち向かった飼い猫、アーネストが名前の由来。

 アーネストはその時の怪我が元で一命を落とすも、アーネストが稼いだ一瞬の時間のおかげで皇后様は無傷であった。

 皇后様はアーネストを偲び、生前のアーネストの姿を模した人形を製作する。

 その話を記事として取り上げた新聞記者が、アーネストの愛称であったアーニーを用いてアーニーキャットと銘打ったのが始まりである。

 このエピソードは多くの貴族や一般市民の心を打ち、アーニーキャットは庶民、貴族を問わずに流行した。

 またアーニーキャットが寝床にする小屋等は、皇后ドロシーの愛称に因んでドーリーハウスと呼ばれている。


 ここからさらに小ネタ


 ちなみにエステルだけではなく、現皇后シャーロットもコレクター。

 なお限定10体のうち、現存するのは僅かに6体しかなく、エステルが持っていたのは6番、ウィンチェスター侯爵が持っていたのは5番。

 流通しないためにエステルはその価値を知らないが、実際にオークションにかければ、その希少価値は白金貨3桁に届くとか届かないとか。

 お読みいただきありがとうございます。


 ここまでお読み頂ければ分かると思いますが、エステルは現実論者です。

 遥か先にある理想よりも、目の前に直面した問題を自分の力の及ぶ限り解決にあたる、といったところでしょうか。

 平民議会の設立による市民生活の底上げし、権力、資金、実力を兼ね備えたベッドフォード公爵達を巻き込む。

 彼のやっている事は、言っていることをそのまま実行しているに過ぎません。

 そしてこれらは、ウィリアムがこの事案の根底にいるのもとても大きいです。

 もしウィリアムが平民を差別するような人間であれば、エステルは彼の意向を損ねる行動は表立ってとらないでしょう。

 無論、ウィリアムの見えないところでの施しとかはすると思いますが……よっぽどの事情が無ければ、勝てない戦いを挑むタイプではないという事です。


 そして再びそのウィリアムと出会いました。

 エステルにとって幸いだったのは、ウィリアムがエステルと価値観が近いという所だと思います。


 また今回、食事シーンを飛ばしたけど、あった方が良かったかなと、毎回投稿するたびに色々考えます。

 アーニーキャットとか、小ネタ系の話はいれると本当に長くなるので最後に書きました。


 最後になりましたが、ブクマ、評価等ありがとうございます。

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