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≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第1部 弟だけど姉の代わりに皇太子殿下の婚約者候補になります。
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第1話 知ってるか? 地獄は向こうからやってくる。

 第2夫人の子である俺達双子は、皇都にある邸宅ではなく、公爵領にあるお屋敷で生活していた。

 そのせいで、俺達双子は外の世界をあまり知らずに育ったんだよね。

 爺様の話じゃ、幼い頃に皇都に来た事があるみたいだけど、全く覚えていない。

 馬車の中から見た皇都はあまりにも巨大で、開いた口が塞がらず、扇子で口元を隠し何とかごまかしてはいたが、そのせいで固定していた手首が攣って痛い。


「お久しぶりです、お父様、お養母様」


 公爵邸の前まで出迎えに出ていた父様と養母様に、完璧に鍛えられたご令嬢の挨拶を披露する。


「これは、驚いたなぁ」


 父様は陛下の元で、現在の帝国の宰相を務めている。

 物腰が柔らかく、パッと見、温厚そうに見えるが、それに騙されてはいけない。

 目的のためであれば一切の容赦はなく、帝国や公爵家に利益があるかどうかだけで全てを判断する。


「どっからどうみてもエスターにそっくりだ」


 父様は値踏みするように、俺の周囲をぐるりと周り観察する。

 基本的に家族には激甘な父様だが、帝国が絡むとどちらを優先させるのだろうかふと疑問に思う。

 チラリと父様の表情を見ると、顎に手を置き思考を巡らせていた。

 父様の立場であれば、もしかしたらこの危機を回避できるのではないかと、実は少し期待している。


「うーん、これなら大丈夫だろう、面白そうだし、まぁいいか」


 ちょっと待て! 面白そうだし、まぁいいかって何!?

 思わず、口を開き反論しようとしたが、父様の表情を見て諦めた。

 なぜなら俺は、それと同じ表情をしている人物、エスターの事をよく知っているからである。

 父様の性格を色濃く受け継いだエスターで散々苦労した経験から、何を言っても無駄だと瞬時に悟ったのだ。


「まぁまぁ、本当にエステルちゃん? どっからどう見ても、エスターちゃんにしか見えないわ」


 常にニコニコと笑っているこの人は、公爵家の第1夫人である。

 他の家では、第1夫人が他の夫人やその子息と仲が悪い事もあるそうだが、我が家に限ってそれはない。

 むしろこの人が朗らかに全てを受け入れるから、父様の女性関係はかなり自由奔放である。


「今日はエステルちゃんが来るからご馳走を用意しているのよ、さぁ、早く中に入りましょう」


 第2夫人である俺とエスターの実母は、すでにこの世にはいない。

 帝国の貴族であれば爵位により重婚が可能で、現在、父様の妻は養母様と第3夫人の2人を娶っている。

 父様は、爵位や権力以上に、その優しげなルックスと癒される声色から女性にも相当モテるそうだ。

 そのせいで、結婚はしてないが認知している爵位を受け継がない異母兄弟、姉妹も複数いるらしい。


「そうそう、夜遅くにはヘンリーも来るそうよ」


 ヘンリーというのは2人の子供であり、我が公爵家の長男だ。

 第1夫人は子供が2人おり、そのどちらもが男であり、俺は3男に当たる。

 久しぶりに兄貴に会えると思い、少し気分を持ち直す。

 もしかしたら、兄貴ならどうにかしてくれるかもしれないしな!

 俺は淡い希望を胸に、公爵邸の中に入った。







「エステル!」


 部屋で1人くつろいでいると、見覚えのあるメガネをかけた長身の騎士が、慌ただしく部屋に駆け込む。


「兄貴!」


 久方ぶりに会う兄貴に、思わず笑顔が弾ける。


「うっ……」


「兄貴……?」


 俺の顔を見るなり、兄貴はその場に固まった。

 一体どうしたとのだろう?


「すまん、そうやって完璧に変装していると、本物のエスターがいるようで、もう少しで顔から蕁麻疹が……」


 なるほど、そういう事か。

 兄貴もまた俺と同様、エスターの被害者なのである。

 苦手意識から、エスターの顔を見ると蕁麻疹が出るので、公爵領に戻ってきてる間は極力出会わないように心がけていたそうだ。

 その証拠に今だって、極力、俺と目を合わさないように会話しているのが涙ぐましい。

 それなのにエスターは、兄貴の事を気に入っているから余計にタチが悪かった。

 負のスパイラルに陥った兄貴は、ついに今年は一度も公爵領に帰ってこなかったのである。


「話は全て聞いている、お前も大変だったな」


 我らが公爵家の長男であるヘンリーは、俺が最も尊敬する人だ。

 学業はすごく優秀で、剣士としても一流、あの両親のせいもあって人格もまともな方である。

 元々、皇太子殿下と同い年でご学友であった事もあり、皇都の学院を首席で卒業した後は近衛騎士団に入った。

 そのまま皇太子殿下付きとなって、順風満帆に出世街道を邁進している。


「兄貴っ……」


 優しく慰めてくれる兄貴に、思わず涙ぐむ。

 ここにきて、ようやくまともな人に出会えた気がする。


「しかし、今回の件、お前で良かったのかもな」


 兄貴の不穏な一言に思わず反応する。


「どういう意味だよ、それ?」


 発言の真意を探ろうと、兄貴をジトリと睨みつける。


「想像してみろ、あのエスターだぞ? 俺たちも想像できないような何かをやらかして、嫁いだ初日に不敬罪で一族まとめて処刑される可能性だってあった」


 あっ、あー。


「だから俺も警戒してたと言うのに、爺様が久しぶりに皇都に来て、陛下や上皇様達と食事などなさるから……」


 当人を差し置いて、親や祖父母が盛り上がるというのは貴族では良くある話だろう。

 今回も、爺様達がお酒の席で盛り上がって決めたようだ。

 シラフであれば爺様だって、エスターを嫁になどトチ狂ったような事は考えないだろう。


「よりによってエスターを推すなど、爺様も大分ボケがキテるんじゃないのか」


「まぁ、俺を女装させて嫁がせるくらいにはキテると思う」


「納得した」


 2人して、大きなため息を吐く。

 自分で言ってて、つれぇよ!

 あまりにもアホみたいな展開で、頭が痛くなってくる。


「まぁ、最大限、俺もサポートするし、最悪の場合は覚悟を決めて薬を飲み干すんだ」


 その最悪の場合がこないように相談してるんですけど!?

 ていうか、完全に女にさせようとしてる時点で、爺様よりキテるじゃねぇか!


「諦めるなよ、俺には兄貴だけが頼みの綱なんだ」


 元より公爵家でまともなのはこの兄貴だけだ。

 爺様はもうボケてきてるし、養母様は天然、父様は仕事はできるがエスター並みに人格破綻者だ。

 もはや、俺にとってはこの人が最終防衛線のようなものである。


「それで全てが解決するんだ! お前が女になれば皇室も問題ないし、公爵家も万々歳、しかも、嫁ぐのがエスターじゃないから俺も安眠できる!!」


「最後のそれが本音だろ!」


 だって、最初に機嫌損ねて首刎ねられるのは側にいる俺だし、って呟きには同情するけどさ。


「心配するな、公爵家としてお前がエスターになった事は墓場にまでもっていくし、エステルの墓も俺がちゃんと立ててやる」


「勝手に殺すんじゃねぇよ、クソ兄貴!」


 兄貴は、子供相手に見せるような困った表情を見せる。

 ちょっと、俺が駄々を捏ねているみたいな雰囲気出すの辞めてもらえます?


「ちゃんと、武功を立てて死んだ事にしておいてやるから、それで、どうにかならないか?」


「ならねぇよ!!」


 兄貴は、ふーっと深呼吸すると、今度は俺に対して、他の令嬢に向けるような作り笑顔で微笑む。


「こら、女の子がそんな言葉遣いしたらだめだろ、エスター?」


 あ、このクソ兄貴、完全に俺を女として押し切るつもりだこれ。


「そうじゃないと、ほら、な?」


 挙動の怪しくなった兄貴に違和感を感じる。

 嫌な予感がするな……。

 俺は兄貴が指差した方向をみて凍りついた。


「あ、あは、えっと」


 開かれていく扉の先から現れたメイドの威圧感に、思わず表情が引きつった。

 この人は、爺様の屋敷で俺の教育をしてくれたメイドの1人である。


「湯浴みの準備が整ったので呼びにきたのですが」


 足音もなく一歩づつ詰め寄るメイドさんを前に、俺の体はもう動かない。


「エスター様? 先ほどの怒鳴り声は……ああ!」


 メイドさんは、わざとらしく両手の掌をパァンと叩く。

 あ、だめだ、さっきのでちょっと漏らしたかも。


「申し訳ございません、なるほど、どうも私の教育が至らなかったようですね」


 逃げ出そうとした時には手遅れであった。

 ぐぇっ、メイドさんに首根っこを掴まれ、引きづられていく。


「た、たすけて兄……お兄様」


 だめだ! このままじゃ、俺は再び地獄へと連れていかれてしまう。

 俺は、1ヶ月に及ぶ地獄のトレーニングで身につけた必殺技が一つ、奥義上目遣いを発動する。

 どうだ、見たか兄貴! これが俺の特訓の成果だ!!

 全ての男を射抜く上目遣いの潤んだ瞳に、兄貴も同情心を感じ……てない!?


「エステル……頑張れよ!」


 しまった! 蕁麻疹のでるエスターの顔でやっても兄貴には寧ろ逆効果である。

 メイドさんに引きずられて別の部屋に監……隔離された俺は、その夜、一睡もする事が許されなかった。

 

 お読みいただきありがとうございます。

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