表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第1部 弟だけど姉の代わりに皇太子殿下の婚約者候補になります。
16/71

第15話 ドラゴンと帝国貴族は、高いところがお好き。

 今回は珍しく戦闘回です。

 苦手な人は後書きまで読み飛ばしても……多分大丈夫。

 その日の夜、俺は皇宮を抜け出し、初めてウィルと出会った湖へと来ていた。

 いつも抜け出している時間帯より更に遅く、皆が寝静まった深夜は音もなくどこか不気味である。


『きたかエステル……それともエスターと呼んだ方がいいか?』


 おどけるレヨンドールを見て、少し緊張感が和らぐ。

 今日、俺がここに呼ばれたのはレヨンドールに誘われたからだ。

 正体がバレている俺には、もちろんその誘いを断る事はできない。


「レヨンドール……悪いけど今の僕に、君の冗談に付き合う余裕はないよ」


 ここで全てがバレてしまえば、公爵家は一貫の終わりである。

 元はといえば自分が蒔いた種だが、ドラゴンの嗅覚の鋭さまでは予測不可能だ。


『エステルよ、余裕がなさすぎると、交渉の際に相手に足元を掬われるぞ? それとも、秘密を知ったワシを公爵家の力を使って始末するつもりか?』


 俺は首を横に振る。


「止めておくよ、君が死んだら僕もウィルもきっと悲しむからね……それに自分の不始末に対して、誰かの命で責任を取ることはしたくない」


 エステル個人の感情は一切捨て、公爵家の人間として一応その線も考えた。

 でも、そんな事をするくらいなら、俺が一人で罪を被る方がマシである。

 入れ替わった事、エスターを逃した事、それら全てを自分の責任にして、家族は何も知らなかった事にすればいい。

 そうなるように仕向けるため、俺が家族を魔法で操っていたという偽の証拠を、皇宮に入るより前に秘密裏に用意した。

 俺一人の命で解決するなら、それで十分である。

 勿論、知らなかったとはいえ公爵家にも何らかの罰則はあるだろうが、命までは取られないだろう。

 優秀な父や兄は、没落したとしても死ななければ何とか出来る。


『ほう……だが、秘密を守る代わりに、私が貴様に提案していた事は忘れてないな?』


 秘密をバラされたくなければ、エステルの全てを持ってワシと戦え……それがレヨンドールの望みだった。

 古来よりドラゴンと、我らが脳筋の帝国貴族は、頭がいたい事に、三度の飯より戦う事が好きである。

 そのおかげもあって帝国は領土を拡大してきたが、そのせいで恨みを買っている者達も多い。

 俺としてはレヨンドールと戦う事には不本意だけど、この提案は想定内であり、最低限の準備は整えてある。


「レヨンドールがそれを望むのであれば……その代わり、こちらから2つほど提案がある」


 ドラゴンの表皮は固く、魔法耐性もあり、傷をつけるのも大変だ。

 更にドラゴンにはランクがあり、レヨンドールのように知能レベルが高いドラゴンほど強いとされている。

 だからこそ、本来であればしっかりとした準備を行わなければならない。


『申してみよ』


 俺はポシェットから大きな布を取り出す。


「まずは決闘方法だけど、帝国貴族の嗜むやり方の1つ、其方が此方のコサージュを落とせば其方の勝利、此方は其方の首に巻いたスカーフを落とせば勝利、その決闘方式でどうだろう?」


 本来であればどちらもコサージュなのだが、ドラゴンの皮にコサージュなんて刺さらない。

 的の大きさというハンデはあるものの、これくらいの差はあっても許されるだろう。


『良いだろう、2つ目を申してみよ』


 せっかちな性格のレヨンドールは、早く戦いたいのか、2つ目の提案を急かす。


「ここでやると目立つのと、周りの花を散らしたくないので場所の変更をしたい」


 レヨンドールがこの場所を気に入っているのは直ぐにわかった。

 それに幾ら何でも、ここでやるのは目立ちすぎる。

 こんな所で戦闘が始まれば、すぐに警備の者達がかけつけるだろう。

 だからこそ、この提案は受け入られると思っている。


「ここから西に行ったところの森の中に、少し開けた場所があったけど、そこはどう?」


 以前、ウィルとの空中散歩の時に目星をつけていた場所の1つ。

 ここから通常の移動で半日くらいの距離で、周辺に住居もなく人気も少ない。


『ふむ、あそこなら問題ないだろう……よし、エステルさっさと準備しろ!』


 尻尾を振り、急かすレヨンドールの首にスカーフを巻く。

 何とか此方が望む展開に持ち込めたが、問題はここからだ。

 ドラゴンと戦うのは生まれて初めてだし、どこまで通用するかも分からない。

 だからといって簡単に負けられないし、諦めるなんてもってのほかだ。


『行くぞ、エステル!』


 最後まで足掻いてみせる、その決意を胸に抱き、レヨンドールの背中に飛び乗った。







 目的の場所に着くと、レヨンドールは背中から俺を降ろす。


『ここでいいだろう、開始の合図はどうする?』


 ポケットから1枚の銅貨を取り出す。


「お互いに距離をとって、これを弾き飛ばして地面に落ちた瞬間が開始の合図でどうだろう?」


『問題ない』

 

 俺はレヨンドールから距離を取る。


『その辺で良いだろ、ほら、さっさとしろ!』


 本当はもう少しくらい距離を取りたかったけど……仕方ない。

 俺は振り返りレヨンドールと向き合うと、親指で銅貨を空へと弾き飛ばした。

 その時、視界に入ったレヨンドールの表情に嫌な予感がして、咄嗟にポケットの中に手を突っ込む。

 案の定、銅貨が地面に落ちると同時に、レヨンドールは此方に向かって火を吐く。


「くっ、いきなりブレスとか!」


 レヨンドールが火を吐く前の予備動作。

 首を後ろに傾ける数秒間を利用して、ポケットから取り出したスリングショットで魔法石を放つ。

 俺はすかさず後ろを向き、その場から少しでも距離を稼ぐために迷わず逃げた。

 魔法石にはそれぞれ魔法が封じ込められており、魔法が発動するための条件などがつけ加えられたりと汎用性が高い。

 レヨンドールの吐いた炎のブレスが魔法石に当たると、急激な温度上昇が鍵となって爆風が巻き起こる。

 爆風が背中に当たり地面を転がされるが、なんとかうまく受け身を取り木陰へと隠れた。


『おおっ! 回避くらいはできるだろうと思っていたが、想像以上だぞエステル!』


 爆風により吹き飛んだ自らのブレスをその身に受けたレヨンドールは、満足そうに表情を歪める。

 ドラゴンのブレスの原理は簡単だ。

 可燃性の液体が体内にある内臓の1つで生成され、吸い込んだ空気中の酸素と混ぜ合わされる。

 その際、液体と酸素の攪拌かくはんの時に生じたエネルギーを利用して着火させ、それをブレスとして吐いているだけだ。


「回避くらいは出来る……ね」


 レヨンドールが少しくらい奢ってくれればいいと、戦う前に余裕がない素ぶりまで見せたが、無駄に終わったかもしれない。

 この一言から察するに、おそらくレヨンドールは、僕の実力を大体把握できていると思われる。

 匂いで強さがわかると一部の人は言うけど、なるほどドラゴンの嗅覚の事を揶揄していたのか。


『ふふん、逃げていても匂いで解るぞ、出て来ぬならこちらからいくまでだ!』


 レヨンドールが火球を吐くと、先程まで隠れていた木とその一体が弾け飛んだ。

 匂いの元となった、着ていた上着の燃えカスの一部が空を漂う。

 やはりレヨンドールは。匂いに反応しているようだ。

 さてと、そろそろかな。


『むぅ? おかしいな確かに匂いはここからーー


 死角から現れたにも関わらず、レヨンドールは咄嗟に彼女の攻撃を尻尾で弾く。


『ふん! 貴様、エステルと共にいた侍女だな?』


 あの後、エマさんには直ぐに事情を説明した。

 なぜならレヨンドールに勝つためには、彼女たちの協力が不可欠だからである。

 卑怯だと罵られようが、最初から1対1でやるとは言っていない。

 使える駒は全て使い、最善をもって対処するというのは父様からの教えだ。

 そもそもレヨンドールは、俺の全てを持って、と言っている事からも、こうなる事も期待していたと思う。


「はじめまして、レヨンドール様……侍女のエマと申します、若輩者ながらお手合わせお願いいたします」


 何故か若輩者という部分を強調するエマさんは、スカートの両端を摘み丁寧に頭を下げる。


『ふふん、貴様の事は匂いで分かっておった、しかし、そうなると奴も来ておるはずなのだが? しかし奴の匂いは……』


 レヨンドールは周囲をキョロキョロと見渡す。

 その瞬間、レヨンドールが右足を載せていた地面が押し上がり、身体のバランスを崩した。

 エマさんはその好機に再びレヨンドールに迫るが、レヨンドールは翼を羽ばたかせ空へと舞い上がる。


『流石に今のはちょっと驚いたぞ! ヘンリー!!』


「レヨンドール! まさかお前と戦う事になるとはな!!」


 地中から現れた兄貴、ヘンリーはすかさず魔法で、自らが地面からせり出た土を礫に変え、レヨンドールへと放つ。

 地面に叩き落とすためにレヨンドールの翼を狙うが、レヨンドールは尻尾で礫を叩き落としたり、軌道を変えて回避する。


『ふははははは、ヘンリーよ、その様なチンケな攻撃ではワシは落ちんぞ?』


「それはどうかな?」


 ニヤリと笑ったヘンリーを見て、レヨンドールはもう1人を見失っている事に気がつく。


『しまった!』


 レヨンドールは咄嗟に反応するが、ほんの少し対処が遅れた。

 ヘンリーが死角に飛ばした石の礫を足場にして、レヨンドールへと近づいたエマさんは手に持ったナイフを躊躇なく振り払う。

 エマさんの攻撃から、レヨンドールはなんとかスカーフを守ったが、翼の一部分が傷つけられる。

 鱗のある表皮と違い、翼は柔らかく、ドラゴンの部位の中では最も傷がつけやすい。


『ぐぅっ、これは!』


 ナイフに塗られた即効性の麻痺毒で、片翼の姿勢制御を狂わせられたレヨンドールは、渋々と地面へと降り立つ。

 末梢神経の阻害に特化したこの麻痺毒は、人に対しては手を痺れさせ武器を持てなくする事に使う。

 おまけにこれはポーションも混ぜた特性の奴だ。

 これにより脳は薬だと錯覚し、毒に対する耐性があるドラゴンでさえも欺く事ができる。


『いいぞ、もっとワシを楽しませろ!!』


 レヨンドールはすかさず口を大きく開くと、今度はブレスではなく火球を飛ばしてくる。

 火球を回避するエマさんとヘンリーを援護するために、俺は木陰を移動しつつスリングショットで魔石を放つ。


『2度は同じ手を食らわんぞ!』


 魔法石に気がついたレヨンドールは、尻尾を使い魔法石を叩き落とす。

 残念、それはさっきの奴とは違うよ。


『なぬっ!』


 叩きつけた衝撃が鍵となって、周囲に粉塵の嵐が巻き起こる。

 土魔法と風魔法を組み合わせたこの魔法には殺傷能力はありません。

 しかし、これでレヨンドールの火球もブレスも封じました。

 粉塵を吸い込み、密閉された内臓で火花を散らすドラゴンのブレスや火球では、内臓で粉塵爆発が起こってしまう。

 火も吐けず、空にも飛べず、視界は粉塵によって遮られている。

 この絶好の機会をずっと待っていましたよ、レヨンドール。


『甘いわ!』


 レヨンドールはすかさず片方の翼をはためかせ、前方の粉塵を振り払う。

 すでに距離を詰めていたヘンリーは迷わず剣を振り下ろす。

 しかし、レヨンドールは片手の爪で難なくそれを受け止める。

 そのヘンリーの背中を踏み台にしてエマさんが飛びかかるが、もう片方の腕をふりはらいエマさんの体を弾き飛ばす。


『惜しかったな……エステル!』


 更にレヨンドールは尻尾を振り払い、死角から迫る影を振り払う。


『むっ、これは!』


 振り払ったモノが私ではなく、エステルの匂いが染み付いている寝巻きだと気付いてももう全てが遅いのです。

 私は一気にドラゴンの尻尾を駆け上がり、レヨンドールの首に巻いたスカーフの結び目を斬りつける。

 解けたスカーフは、はらりと地面に落ちた。


『どういう事だ、これは!?』


 レヨンドールが驚くのも仕方ないでしょう。


「レヨンドール、切り札とはこういう時に使うのですよ」


 手に持った魔法薬をレヨンドールに差し出す。


『なんだ、これは?』


 私はシャツのボタンを解き、自らの体の一端、胸の谷間をレヨンドールに見せつける。


『な、なにをしておる、さっさと隠さぬか馬鹿者! 女子が自らの肌をやすやすとだな……て、うん?』


 いつのまにか私が女性の体へと変わっている事に気がつき、レヨンドールは目を白黒させ混乱する。


「この薬は飲んだ者の性別を変換させる事ができます」


 男性と女性には幾つかの違いがありますが、匂いに関してもその1つと言えるでしょう。

 体臭が男性よりも薄い女性の体であれば、匂いを極力薄くする事も可能です。


『納得できぬ、それくらいの事でワシの鼻は……んん?』


 ようやく気がついたようですね。

 体臭を変化させ薄くしたところで、ドラゴンの嗅覚はそうそう騙せません。


『お主、まさか?』


「そのまさかですよ、背中に乗っていた時、ずっとこの匂いを嗅いでいたでしょう?」


 香水の入った瓶をレヨンドールに見せる。

 女装の際に何時もつけている香水に、少し小細工しました。

 ドラゴンの匂いを完全に狂わせる事は出来ませんでしたが、嗅覚を鈍らせるくらいであれば問題なかったようですね。

 おかげで私の鼻も完全にダメになっていますが、仕方がありません。


『ハッハッハッ、面白い! 面白いぞ、エステル』


 レヨンドールは満足そうに笑い声をあげる。


『いいだろう、ワシの負けだ、お主の秘密は黙っておいてやろう……それに女になれるのであれば問題ないであろうしな』


 んん? 気のせいでしょうか? 何か流れが変わったような気がします。


「うんうん、やっぱりお前が女になれば全ての物事がな、こううまくだな」


 再び良からぬことを言いいだしたお兄様とお話ししなくては……そう思った矢先、誰かが私の肩を掴みます。

 嫌な予感がするのですが、これは振り向かなくてはいけないのでしょうか?

 しかし、そんな私の迷いとは裏腹に、強制的に首を捻じ曲げられます。

 

「さて、この件はもう片付いたようですし、此方のお話し合いをしましょうか?」


 振り向くと笑顔のエマさんがそこに居ました。

 あれ? おかしいですね? もうこの件は、これで一件落着ですよね?


「そもそもこうなったのは、お嬢様が私の目を盗み抜け出した事が原因ですよね?」


 はい、そうでした、元はと言えば私の不用意な行動が原因でした、ごめんなさい。

 私は森の中、正座で説教をくらい、なぜか途中からは兄貴やレヨンドールも正座させられていた。

 お読みいただきありがとうございました。

 竜術競技以外では、戦闘回を書くつもりなかったのですが、レヨンドールの性格を考えると、ここにたどり着きました。

 そんなに重要な事は書いてないので、読み飛ばしても大丈夫だと思う。

 

 それと1000pt突破していたお礼に、短編公開しました。

 ただし、エスターがこの通りの展開や性格で本編に出るかどうかはわかりません。

 このエスターの話は、エステルの話の前に作った言わばプロトタイプです。

 書いてる途中でエステル側の方が書いてみたいと思い、主人公が交代しました。

 それを、極力ネタバレを防ぎつつ、こちらの話に合わせたために読みづらいかもしれません。

 暇なときにでもパラレルの1つとしてお読みください。


 https://ncode.syosetu.com/n3885fp/


 最後にブクマ、評価、感想、ありがとうございました。

 貴重なご意見、とても励みになります。

 たまにブクマ減った時とか、この方向でいいのかなって不安になっちゃうので……。

 それと、おまたせしている人、本当にごめんなさい。

 少しでもペースあげられるように努力します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ