第14話 未来のために、何を捨てて何を為すかが重要である。
「さて、貴女にこうやって会いに来たのには理由がある」
ウィリアム様は私を解放すると、襟元を正し表情を整える。
「母上から、貴女が平民議会の設立に対して、白金貨2枚を寄付してくれたと聞いた」
この白金貨2枚は、龍術競技で余った2枚の行方です。
議会を立ち上げるにしても資金は必要ですし、予算となる手元資金は必要ですからね。
「その事についてお礼を述べたい、感謝する」
頭を下げようとするウィリアム様に対して私は慌てる。
「お待ちください、殿下が頭を下げる必要はございません、私は帝国臣民の1人として、それが有用だと思ったから寄付したにすぎません」
何故なら寄付する事によって、エスターの株も公爵家の株も上がりますが、それだけが目的ではありません。
最終的にウィリアム様とエスターが結婚した場合、私の資金提供が平民議会に対して一つの大きな貸しになるでしょう。
ただの善意による施しもありますが、貴族による寄付の目的はそれだけではありません。
今回の私の寄付は、所謂、未来に対する投資の一つでしょうか。
「わかっている、それでもだ、平民議会の立ち上げに関して、察しのいい貴族は警戒しているからな……」
帝国貴族は脳筋なお方が多いですが、決してバカばかりではありません。
警戒している貴族には、大体心当たりがあります。
その中でも、平民議会の意図に気づいた上で、注意しなければいけない人物が3名。
「無礼を承知で申し上げさせていただきますが、殿下がご懸念されているのは、ベッドフォード公爵、カーライル伯爵……それと、ウィンチェスター侯爵の事でしょうか?」
一応投資した者として、失敗するのを指をくわえて見ているわけには参りません。
仮にも公爵家のエスターが出資する案件、既にお父様からも許可を取ってあります。
「貴女には驚かされてばかりだな……よければエスター嬢、君の見解を聞かせてもらっても?」
ベッドフォード公爵は古典的な貴族主義であり、貴族の地位を脅かしそうな案件には慎重でしょう。
カーライル伯爵は若く、かなりのやり手だと聞きます。
此方は議会の設立に反対というよりも、そこで新たに生まれる利権を狙っているのではないのでしょうか。
変わり者と呼ばれているウィンチェスター侯爵は、関与はしてくるでしょうが、動きが読めませんね。
エスターと言い、天才肌の突飛な行動は、ただの凡人である私が対処するには荷が重いのですよ。
「まずはベッドフォード公爵に関してですが、監査委員として公爵の名義をおかりするのはどうでしょう?」
ベッドフォード公爵は貴族主義者ではありますが、差別主義者ではなく、平民に対してひどい扱いをされる方ではありません。
皇帝や皇族に対しての忠義も厚いですし、むしろその観点から、平民が皇族の地位を脅かさないかと、警戒しているだけなのだと思われます。
監査委員であれば議会を監視できますし、ベッドフォード公爵は丁度よく役職から外れているので問題ないでしょう。
どの道、平民議会の発足の条件として、貴族の監視下に置かねばならないので、これほどの人材はいません。
皇太子殿下からのお願いであれば、皇族に対する忠義の厚いベッドフォード公爵であれば、絶対に断らないでしょうしね。
「ただし条件として任期をつけましょう、理想は3年、最大限の譲歩でも10年、落とし所として5年くらいでしょうか、其処を目処にして交渉なされるとよいでしょう」
これによりその任期の間は、他の貴族達から平民議会を守ることができます。
発起人が皇太子殿下、資金提供者である私は宰相の娘、これに加え公爵家の中でも重鎮に当たるベッドフォード公爵が監査委員を務めるのですから、一体どこの誰が手を出せるでしょうか?
ウィリアム様の背景に見える者が巨大でも、矢面に立つには若すぎるのも懸念材料でしたしね。
この点、私のお父様より年上のベッドフォード公爵であれば問題がありません。
「次にカーライル伯爵ですが、ベッドフォード公爵が居るなら放って置いても問題ないと思われますが……どうせなら、殿下の監視できる場所に置いておきましょうか」
ベッドフォード公爵が監査委員に入る時点で、カーライル伯爵の立場では手出しできません。
しかしカーライル伯爵は若く、今後、ウィリアム様と共にこの国を支える時間も長いでしょう。
それならばこの機会を生かして、手元に置いて置くかを見極めてみるのも、悪くないかもしれません。
せっかく首輪をつけられる機会があるのに、其処を見逃して、無能だと舐められては駄目でしょう。
「当面の間、議会で使用する消耗品の仕入れは、カーライル伯爵の商会を使用しましょう」
取引の金額としては、伯爵の商会が扱うにしては美味しい話ではないでしょう。
しかしこういった仕事を、真面目にやるかどうかというのも、一つの見極める要素になります。
勿論、不当な金額で取引するような者であれば、その時点で論外でしょう。
そして何より、これでカーライル伯爵と、ウィリアム様の個人的な繋がりができました。
ウィリアム様が皇太子殿下として、特定の貴族と2人だけで会うのはなかなか難しい状況です。
側付きであるお兄様や婚約者であるエスター、またはご学友であれば問題はないでしょう。
それでも公式な面談となれば記録に残るため、次期皇帝の動静を見極めている者たちの間では、少なからず波は立つのです。
故に殿下が、何の結びつきもないカーライル伯爵と、なんの理由もなく個人的に面談しては、外野からいらぬ波が立つと言えるでしょう。
だからこそこの機会を生かし、公的に2人が面談できる理由を作ります。
「業者を伯爵の商会に決める誘導は、宰相であるお父様に頼みましょう、そこに支払われる資金提供は私なので、他から口を挟まれる事も、おかしい事もないと思われます」
以前、お父様がカーライル伯爵を仕事で使っていたはずなので、その縁を利用しましょうか。
これでカーライル伯爵に接触して来る者も増えますし、伯爵の人となりと在り方を見極める判断材料にもなります。
ふふふ、カーライル伯爵も自らが見極められる方に回るとは思ってないでしょう。
少し可哀想ですが、この程度でボロを出すようでは、未来の皇帝のお側にはおけません。
「最後に……ウィンチェスター侯爵への対応は難しいですね……殿下は侯爵がどういう対応をしてくるとお考えになっておられますか?」
こういう時、私よりも行動原理が近いであろうウィリアム様の方が、ウィンチェスター侯爵の行動を予想しやすいのではないでしょうか。
「まず間違いなく侯爵は、平民議会に息のかかった者を送ってくるだろう、確か組合長の1人に愛人がいると聞いている」
貴族の後ろ盾がある者が議会に入る。
これは侯爵に限らず、他の貴族も同じようにやるだろうと予想しています。
そして最初の議員に選ばれるのは、繊維組合や農業組合の組合長といったように立場と資金面で問題なく、業務の遂行になれている方がほとんどではないでしょうか。
しかしそれは仕方のない事だろうと思います。
普通の人がいきなり議員になって、理想論だけで財源も省みず破綻してしまえばどうなるか、少し考えればわかる事ですしね。
平民議会が簡単に破綻してしまえば、ウィリアム様やエスター、我が公爵家や皇族にも傷がつきます。
そして平民議会が次にできるのは何時になるでしょうか?
少なくとも一度失敗した物をまたやろうとしたら、長い期間が必要になります。
私達にとっても平民達にとっても、簡単に破綻してもらうわけにはいきません。
「だがそこから先となると……侯爵については、今の段階ではなんとも言えないな、議会の設立に関しても侯爵は賛成の立場だ」
反対でも中立でもなく賛成、他の貴族であればそれで問題ないのですが……本当に厄介ですね。
ウィンチェスター侯爵は、ベッドフォード公爵や私のお爺様のように貴族主義者ではありません。
かといって私のお父様や、カーライル伯爵の考えに近い帝国主義者寄りでもない。
貴族主義者は、皇族主義、血統主義とも呼ばれ、皇族一家の血筋の元に帝国が成り立っていると考える一派です。
帝国主義者は、貴族や皇族よりも帝国を第一に考える近代的な派閥と言えるでしょう。
エスターとウィリアムが婚約に至った経緯も、裏にはこの派閥問題があったのではないかと考えています。
帝国主義よりの宰相の娘が、皇族と婚姻する……それに対する皇族側の利益は大きいのではないでしょうか。
「わかりました、では、その愛人の方に注意しつつ、侯爵の事は一旦置いておきましょう」
侯爵が何かを仕掛けるにしても今ではないでしょう。
「同感だ、侯爵の思惑は気になるが、もし仕掛けるとした平民議会が動き出してからだろうと思う」
となると、指を咥えてボーッとしているわけにはいけません。
「こちらも息がかかった者を議会に送りましょう、それとは別に種を蒔いておきましょうか」
議会の設立までにはまだ猶予があります。
計画を前倒ししても、最短でも半年は先でしょう。
「殿下は優秀な平民に心あたりがあるとか?」
「ああ、遊ばせて置くにはもったいない人材が何人かいる」
「ではその人達を含めた平民を集めて、まとめてお父様の元で鍛えましょう」
平民議会設立へ向けての勉強会……という形でしょうか。
幅広く門戸を開いて人材を集めれば、他にも使える人間がいるかもしれません。
「何人議員になれるかはわかりませんが、もしもに備えて1人でも多く、こちら側の議席を確保させておくべきでしょう」
平民議会を提案した私達が、自分たちの派閥を集める。
その矛盾はとても滑稽ですが、為すべきことのためには仕方がありません。
正義、正論では国は成り立たないのですから。
「わかった、此方でも準備しておこう……それにしても、勿体ないな」
勿体ないとは、どういう事でしょう?
「エスター、君がどこかの当主であれば、私に仕えて欲しかったくらいだ」
これは最大級の賛辞だ。
皇太子殿下に仕えるのは名誉であり、優秀な人材でなければ側には置いて貰えない。
誰かに認められた事が嬉しくて、思わず顔が綻びそうになる。
エスターの仮面をかぶっていたのに、いつの間にかエステルに引き戻されている事に気がつく。
慌てて仮面を取り繕おうとしたその瞬間、大きな音と共に部屋の扉がこじ開けられた。
「さて、これはどういう事かしら」
ヒェッ、部屋の中に現れた皇后様に思わずたじろぐ。
これは間違いなくお怒りですよ。
「ウィリアム……婚約前の女性と2人で密会とは何事ですか?」
皇后様の怒りは当然だ。
エステルの事を隠したかったのだろうけど、ちゃんと手順を踏まないと……。
「エスター嬢、今日、貴女と話せて良かった」
ウィルは耳元でそう囁くと、窓に向かって走り出した。
しかしその逃走は、窓の外から現れた者によってあっさりと阻止されてしまう。
「レヨンドール!」
『ウィリアムすまぬ、協力せんと皇后様に晩御飯を抜かされるのじゃ!』
ドラゴンを持ってしても皇后様には勝てないのか……。
「くっ、貴様、裏切ったな!」
ウィルの両肩を、兄貴とウィルフレッドさんがガッチリと固める。
「ウィリアム……貴方という人は本当にーー
哀れウィル……。
皇后様の怒りは収まらず、制御できなかった兄貴達もついでに叱られていた。
自分が叱られない事に対して、ほっと胸をなでおろしたのも束の間、本当の危機はまだ終わっていなかったのである。
『それにしても、こっちはこっちで、何やら面白い事になっておるではないか』
直接、頭の中に話しかけてきたレヨンドールに驚く。
『エステル、それとも今はエスター嬢か?』
「な、なんのことでしょう、エステルは私の双子の弟ですよ……おほほほほほ」
レヨンドールは可哀想な者を見るような眼で此方を見つめる。
『お主……竜の鼻を前にして別人だと言い張るのか?』
ば、ば、ば、ばれちゃった、ど、どうしよう!?
ていうか匂いだって香水を使って完全に偽装しているのに……そんなん防ぎようがないよ! 反則だよ!!
遅くなりました、お読みいただきありがとうございます。
ついに4桁ポイント超えられました。
これも感想、レビュー、評価、ブクマをしてくれた皆様のおかげであります。
有難うございました。
小ネタ
お爺様が皇族主義に対して、お父様が帝国主義なのは理由があります。
お父様はバランスを取るために、敢えてその立ち位置にいるといったほうが、わかりやすいかもしれません。
でも合理的な人なので、帝国主義の考え方に近しい人ではあります。
他にも小さい派閥はいくつかありますが、この2つが大きな主流となっております。
あと基本的に天才肌タイプはエスター(本物)、ウィリアム、お父様、ウィンチェスター侯爵の4人ですね。
ウィリアムは発展途上ですが、エスターはある意味では先達の2人より先に行ってるかもしれません。
逆にエステルに近いのはベッドフォード公爵です。
エステルの知識が豊富なのは、幼少期にエスターが他の貴族と問題を起こした事がある事に起因しています。
それ以降、他の貴族とエスターがトラブルを起こさない、もしくは起こした時のために勉強と情報収集をした賜物になります。
エステルとベッドフォード公爵は努力タイプで、公爵の方が年齢と実績分、経験値が豊富といった感じですね。