第11話 目で見た事が真実だとは限らない、そして歯車は狂う。
「う、ウィル!?」
思わず名を呟いてしまい、慌てて両手で口を抑える。
それとなく周りを確認すると、どうやら誰も私の呟きには気がついてないようです。
おそらく観客の喧騒のおかげでしょう、助かりました。
「エマ、もう一度、今日の試合表を見せていただきますか?」
私はまじまじと今日の試合に出る選手をみます。
第1試合から順にみていきますが、第2試合、第3試合と、それらしい名前の選手はいません。
第4試合に出る選手を確認し終えた後、ようやくその名前を見つけました。
「第5試合、竜騎士ウィルフレッド……」
これはウィルで間違いないでしょう。
少し驚きましたがウィルは竜騎士ですし、龍術競技に出てきてもおかしくはありません。
龍術競技に参加するのは、国家が抱える軍隊としての竜騎士もいれば、商会や貴族個人がお抱えの竜騎士などがいます。
ラタさんは多分、競技団体が抱える竜騎士の1人でしょう。
国仕えの竜騎士や商会、貴族お抱えの竜騎士と違って、彼女たちは競技だけに集中する事ができます。
彼女は今、私のコンシェルジュを担当していますが、これも彼女個人がスポンサーを見つけるための、競技団体側による取り組みの一つでしょう。
「ウィルフレッドですか? 彼は今回出る中でも最年少の騎士ですが、実力は折り紙つきですよ」
へぇ、ウィルって結構やるんですね。
さぼってるイメージしかなかったので、これは意外でした。
「ただ対戦相手のライアンは、10ある竜騎士隊の隊長を任されていますし、相手が悪かったですね……オッズも10倍の差があります」
どうやらウィルの対戦相手はかなり強いようですね。
ラタさんも一番安全牌とされているライアンに賭けるように、それとなく促している気がします。
ですが、それでは面白くない。
何より私の貴族としての直感が、そちらではないと告げているのです。
お父様も言っていました、長く続く貴族の血の中には時世を読む力があると……。
私は、私の中に流れる貴族の血を信じましょう。
「では、竜騎士ウィルフレッドに白金貨1枚」
「「「えっ!?」」」
私の発言にラタさんだけではなく、エマさんや皇后様付きの侍女さんまで驚いています。
「差し出がましいと思いますが……エスター様、賭けは分散させても宜しいのですよ?」
とは言っても、よく知らない他の騎士に賭ける気にはならないんですよね。
私は対戦相手のライアン様の事は存じ上げませんが、ウィルの事であれば信頼するに値します。
「いいえ、ウィルフレッドに白金貨1枚、私は彼の勝利を確信しています、これは揺るぎません」
ウィルならきっと私の期待に応えてくれるでしょう。
念のためにエマさんの顔も確認しましたが、エマさんはこういう時には何も言ってきません。
「面白そうね……いいわ、私もその騎士に白金貨1枚」
「こ、皇后様!?」
ちょ、ちょっと待ってください、そんな理由だと侍女さんに怒られませんか?
そもそも自分の賭けだけならまだしも、皇后様が乗ってくるなんて誰が予想できたでしょう。
想定外の出来事に少し慌てます。
「あら、何を慌てているのかしら? エスターさんの直感を期待してますわよ」
どうしましょう、先ほどまでと違ってプレッシャーが半端無いです。
しかし、ここにきて辞めます……なんて言葉は言えないし、私も覚悟を決めましょう。
「わかりました……お二方の賭け金の方、確かに賜りました」
ラタさんが後ろに控える黒服に白金貨を手渡していると、外の観客席から大きな歓声が上がる。
どうやら、そろそろ第1試合が始まるようです。
「それでは、試合の方をお楽しみください」
ラタさんが下がると同時に、試合開始を告げる銅鑼の音が鳴り響く。
2人の騎士は、中央に設置されたポールを中心にぐるぐると旋回しはじめました。
ジョストのルールは至って簡単です。
試合開始の銅鑼から10度目の銅鑼の音が鳴ると、中央のポールに向かってお互いが直進。
すれ違いざまに手に持った武器で相手の体を叩き、先に地面に叩き落とした方が勝利となります。
一度の攻撃で決着がつかない場合はそのまま旋回し、再度10度目の銅鑼の音を合図に激突する。
それを繰り返すことでいずれ決着がつきます。
両方が落下した場合は、先にドラゴンから体が離れた方が負けとなり、引き分けはありません。
それを、槍、斧もしくはハンマー、剣と3度武器持ち替え先に2勝した方が勝利となります。
おっと、そんな事を考えているうちに、第1試合の1戦目の決着がついたようですね。
ウィルの試合が始まるまでの間、純粋に競技を楽しませてもらいましょう。
◇
4試合を消化し、ついにウィルの番です。
いい試合が多く、会場もあったまってきました。
自分の事ではないものの、なんだか少し緊張します。
「いよいよですね、エスターさん」
隣の皇后様がにこやかに微笑みます。
しかしその眼光は鋭く、思わず身震いしました。
負けてもペナルティなんてないですよね?
私の不安をよそに、選手がドラゴンを引き闘技場の中へと入場してきました。
「あれ?」
ウィルが跨ったドラゴンを見て驚きます。
「どうかしましたか?」
「い……いえ、何でもないです」
レヨンドールはどうしたのでしょうか?
今、ウィルが跨っているのは、レヨンドールとは明らかに違うドラゴンです。
もしかしたら怪我をしたのか、病気になったのかもしれません。
レヨンドールに何事もなければ良いのですが……。
私の不安をよそに、ついに、試合の開始を告げる銅鑼の音が鳴りました。
「ようやく試合が始まるみたいですね……私もワクワクしてきました」
「私は逆に少し緊張します……」
10度目の銅鑼の音が鳴ると、ランスを持った2人が激突します。
お互いが真正面から防御を気にせず突っ込んだせいか、その衝撃の迫力に思わずたじろぎました。
一撃でお互いのランスが粉砕したにも関わらず、ウィルもライアンも落下する気配はありません。
お互いに折れたランスを捨て、旋回しつつ会場に置かれた予備の槍に取り替えました。
「いいですね、若いのに中々やるではないですか」
その後も2度、3度とノーガードで打ち合うに連れ、会場も盛り上げって行きます。
そして4度目の打ち合いの時でした。
ウィルのランスがうまくライアンの胴体を突き上げると、その巨体が空中へと投げ出されていく。
「まずは1勝ですね」
「そうですね、まずは1つ勝てて良かったです」
ふーっ、手に汗握るとはこの事ですね。
この調子で次も期待したいところですが……どうもそう上手くはいかないようです。
それぞれが斧とハンマーに持ち替えた2戦目。
勝負はあっという間に終わりました。
ライアンの持ったハンマーが、ウィルの体を簡単に弾き飛ばしたのです。
「相手も意地を見せましたね」
「そうですね、でもまだ最後の1戦が残ってます」
下に降りたウィルは、3戦目に向けて武器を持ち替えます。
その時、会場のスタッフがウィルに何かを話しかけると、此方の貴賓席に顔を向けました。
一瞬顔を見られたかとドキッとしましたが、奥まったこの場所は影になっているので大丈夫でしょう。
「さぁ、エスターさん、次で決着ですよ」
「はい!」
ほんの少しの休憩の時間が終わると、2人はドラゴンに跨り空へと舞い上がる。
鎧の傷跡からは激戦の後が見て取れ、思わずみなが息を飲みます。
3戦目へと向かう両雄を讃えるよううに、会場の観客からは拍手が送られました。
そんな最中、10度目の銅鑼の音で先に仕掛けたのはウィルです。
しかし、ウィルの攻撃はライアンに簡単に弾かれました。
次に仕掛けたライアンです。
ウィルはライアンとは違って、相手の剣を滑らすようにいなしました。
1戦目のノーガードの打ち合いと違い、熟練の剣戟が2度、3度と繰り返されていく。
そして、7度目の攻防、ウィルの剣がライアンの胸元へと迫る。
ライアンは体を反らし、体勢を崩しながらもドラゴンからは落ちること無く、ウィルの剣を回避した。
片方の手だけで手綱を引いているというのに、何という体幹バランスでしょうか。
しかしライアンは回避するだけに止まらず、すれ違いざまにもう片方の手で力強くウィルの肩を叩き込む。
片手だがそのパワーは凄まじく、体格差故か、その衝撃にウィルは思わずよろけた。
「ウィル!!」
思わず身を乗り出す。
私の声は歓声にかき消され、周りの者には聞こえていません。
ウィルはなんとか攻撃を耐えたようで、次の邂逅に備えます。
しかし利き腕をやられたウィルを見ると、誰の目にも勝負の行く末は明らかでした。
それでも試合は止まる事なく、再び勝負の10カウントが会場に鳴り響く。
勝負は一瞬でした。
先に仕掛けたライアンも予測できなかったでしょう。
ウィルは手綱から手を離し両手で剣を握ると、体勢を大きく反らしライアンの攻撃を回避しつつ、その横っ腹に渾身の一撃を叩きつけました。
ライアンはその攻撃に耐えきれず、地上へと落下していきます。
「「やったー!」」
思わず隣の皇后様とハイタッチしてしまいました。
あ、ちょっと不味いかな? と思い、後ろをチラリと確認しましたが、どうやら大丈夫なようです。
私たちの後ろでは、エマさんと皇后様の侍女さんもハイタッチしてました。
いつの間にやら、ちゃっかりと2人もウィルに賭けていたようです。
「あ、騎士の人が兜を脱ぐようですよ」
エマさんの声に反応して、広場の方に顔を振り向き身を乗りだします。
勝負が終わり地上へと降り立っていたウィルは、赤い羽飾りのついた兜を脱ぐ。
それと共に、観客席や他の貴賓席からは大きな歓声が上がりました。
へぇ、ウィルって……。
「あら……まぁ、中々のいい男ですね」
会場にいた数少ない女性のお客様も、黄色い声援を飛ばしています。
この時の私は勝利の余韻に浸り、完全に油断していました。
歓声に対し手を振るウィルと、身を乗り出した私は思わず目があったのです。
「どうしましたか、エスターさん、少し顔色が優れないようですが……?」
顔は同じですが今の私は女性の格好をしています。
だからきっと……タブンダイジョウブ、私はそう自分に言い聞かせました。
お読みいただき、ありがとうございました。
執筆ペース落ちていてすみません、何とか頑張ります。
ブクマ、評価ありがとうございました。




