第10話 次はきっと勝つ、そう言ったあの人は次も負けた。
皇宮にこもりっきりなのも退屈だろうと、皇后様に龍術競技の観覧をお誘い頂きました。
龍術競技とはその名のごとく、ドラゴンに乗った競技全般のことを指しますが、競技内容は様々です。
その中でも特に人気とされている競技が4つ。
単純にドラゴンに跨り、速さを競う長距離や短距離のレース。
ソッカーと呼ばれる、ボールを使った多人数による点取り競技。
流鏑と呼ばれる、騎乗中に弓を用いて動く的にあてる技術競技。
ジョストと呼ばれる、剣や槍での1対1の決闘に近い競技。
この4つの競技は、大人たちの間では賭けが行われるほどの人気ですが、騎士に憧れる子供達からの人気も絶大です。
「本日の競技内容は流鏑ではなくって?」
会場に着くなり、何か手違いがあったようです。
皇后様は眉をひそめ、対応する人物に怪訝な表情を見せる。
「申し訳ございません、どうやら此方の伝達係が予定を間違えてお伝えしてしまったようです」
スーツを着た初老の男性は、皇后様にこうべを垂れる。
その身なりの良さと所作の美しさから、龍術競技に関わる何処かの責任者の方でしょうか。
「仕方ありませんね、次からは気をつけるように……それにしても、よりにもよってジョストですか、エスターさんには、少し刺激が強すぎるかもしれませんね」
今日の競技予定表を見た皇后様はため息を吐く。
それもそのはず、ジョストは女性が見るには刺激が強いのです。
その点、私であれば全く問題がありません。
寧ろ歓迎したいくらいです。
なので、この流れはいけませんね、なんとか阻止すべく私も動きましょう。
「そんな事はありませんわ皇后様、私、一度でいいからジョストを拝見してみたかったのです」
4つの競技の中でも、ジョストは幅広い年齢の殿方にとても人気です。
もちろん、この私にとってもそれは例外ではありません。
「……ならば問題ありません」
さすが皇后さまです、私の笑顔に、先程までの眉間のシワがどこかに飛んでいきました。
ちょろ……コホン、皇后様の柔軟な姿勢を私も見習いたいものですね。
支配人と呼ばれた先程の初老の男性は、私たちを伴い貴賓席の一角に案内してくれました。
競技が始まるまでまだ時間はありますが、円形の競技場にはすでに多くの観客が入っています。
「エスター様」
私がその熱気に心を躍らせぬように気持ちを落ち着けていると、支配人の方が話しかけてきました。
「先程はお助け頂きありがとうございます、私は龍術競技の運営を任されているドラグニエルと申します、なんなりとお申し付けくださいませ」
ドラグニエル様は、私のお父様やお爺様とはタイプの違ったジェントルマンですね。
父様は羊の皮を被った狼ですが、ドラグニエル様は何というか……ライオンの皮を被った狼とでも申しますでしょうか。
思わず様をつけてしまうほどの気高さを纏い、瞳の奥からは心成しかギラついた野心を感じました。
「ドラグニエル様、私がジョストを拝見したいというのは本心なので、どうかお気になさらず」
本心からジョストが見たかった私からしてみれば、別に助けたと言う事ではないのですが……。
どうやらドラグニエル様は、私が気を遣ったのだと勘違いされたようです。
「そうですか、しかし、私どもの不手際を助けていただいたのもまた事実、このお礼はいずれお返しいたします」
お礼とは一体なんでしょうか、選手のサインとか貰えちゃったりとか、期待しちゃいますよ?
「それと私めは平民にてございます、エスター様、どうか、私めの事はドラグニエルと呼び捨てにしてくださいませ」
皇后様を前にこれだけの堂々たる立ち振る舞い、平民だと言われても、とても平民とは思えません。
ドラグニエルは礼を述べると、入り口にいた警備兵と言葉を交わし、どこかへと向かいました。
それと入れ替わるように、世話係だと思われる女の人が私の前に片膝を跪きます。
「エスター様、本日のコンシェルジュを担当させて頂くラタと申します、早速ですが、ジョストのルールについてご不明な点は御座いますでしょうか?」
ラタさんは、軍服に似たようなパンツスタイルの服装です。
長い髪は後ろできっちりと纏められ、騎士のような清廉な雰囲気を感じました。
ここにいる事からも、もしかしたら選手なのかもしれません。
「確か、木製の剣、槍、斧もしくはハンマーでそれぞれ1回づつ計3回戦い、先に2回、相手をドラゴンから叩き落とした方が勝ち……で、合ってますでしょうか?」
本来のジョストは、木製ではなく本物の武器を用いていたそうです。
しかし決闘よりも競技としての側面が強くなり、騎士の怪我を防ぐために、壊れやすい木製を使用するようになりました。
禁止事項としてドラゴンへの攻撃、ドラゴンの攻撃などがありますが、試合によっては特別ルールもあるそうです。
「はい、間違いありません、では、賭けのルールについてご説明いたします」
賭けは試合の合間に行い、一般客であれば専用の窓口へ行くそうです。
しかし貴賓席は、担当のコンシェルジュが担当するため、私たちが窓口に行く必要はありません。
また一般客は、銅貨1枚から賭けができますが、貴賓席に座る私達は、最低単価が金貨1枚からになるそうです。
「それでは、これが今日の試合表になります」
ラタさんが用紙をトレーに乗せエマさんに差し出しすと、エマさんは用紙を手に取り、私が見やすいように目の前に広げます。
この表には、今日行われる試合の他に、選手となる騎士の名前、賭けの倍率などを記載されていました。
「それと賭けの際は、これをご使用ください」
トレーに乗せられた白金貨を見て、思わず驚きそうになりました。
白金貨一枚もあれば、平民が家を買っても半分以上はお釣りが来るでしょう。
固定笑顔の隣のエマさんが、一瞬だけ素の顔になったのを私は見逃してませんよ、ええ。
「ドラグニエルからエスター様へ、せっかく来て頂いたのですから楽しんでくださいとの事です」
流石の私も、これを素直に受け取るわけには行けません。
いくらなんでも額が大きすぎます。
「大変ありがたい申し出ではございますが、これほどの金額を頂くわけには参りません」
申し出を断ろうとした私に、ラタさんがすかさず口を挟む。
「それでしたら、儲けた分だけをエスター様の取り分にされてはどうでしょう? 使い道がなければ、寄付も受け付けておりますよ」
いえ、寧ろ儲けた時よりも、失敗した時の事を考えてしまうのですが……。
それを察してか、ラタさんは言葉を続ける。
「もし失敗して元手を減らしてしまっても、回収するのは我々、胴元なのでお気になさらず」
もはや断る術もございません。
ラタさんの立場も考えると、このご提案を受け入れるしかないでしょう。
私は諦めてわかりましたと言うと、ラタさんも一瞬ですが、ホッとした表情を覗かせました。
「そろそろ開始時間となります、では、ごゆるりとお楽しみくださいませ」
気がつくと会場の喧騒は収まり、まるで、嵐の前の静けさのようです。
軍服を着た楽隊が入場すると、生演奏のファンファーレが始まりした、
楽隊の演奏が終わり拍手をすると、観客が立ち上がりウォークライが始まります。
会場全体から鳴り響く、荒々しくも地面を踏む足の音、力強く両手を叩く音、鬨の声、それらの衝撃に心が震えぬ者などいません。
思わず私も、エステルに戻りかけました。
しかし、エマさんの刺すような視線を感じ、振り上げそうになった両手をそっとおろします。
だからエマさんも、どうかその殺気を下ろしてください……。
ちらりと横を見ると、思わず手を振り上げた皇后様が侍女さんに何かを囁かれ、しゅんとしてました。
皇后様って……これ以上は不敬ですね、なんでもありません。
ウォークライが止むと、観客の拍手と共に10人の選手達が入場します。
その中の1人を見て、私は思わず固まってしまいました。
お読みいただきありがとうございます。
白金貨1枚は日本換算だと1億くらいだと思ってください。
ブクマ、評価がさらに伸びていて驚きました。
ありがとうございます。




