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≪連載版≫ 男だけど、双子の姉の身代わりに次期皇帝陛下に嫁ぎます 〜皇宮イミテーションサヴァイヴ〜  作者: ユーリ
第1部 弟だけど姉の代わりに皇太子殿下の婚約者候補になります。
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第9話 1歩を踏み出せるのは、地面を踏み固めた者だけだ。

「わー!」


 光り輝く街並と、人々の喧騒に目を輝かせる。

 一度でいいから夜の皇都を歩いてみたかったんだよね。

 思わず飛び出しそうになる俺の腕をウィルが掴む。


「おい、俺の側からあまり離れるな」


 再び城を抜け出した俺は、あの湖でウィルと落ち合う。

 あの後もウィルと2度ほど密会を重ね、レヨンドールに乗って空の旅を楽しんだ。

 ウィルとは知り合って間もないが気があうのか、一緒にいてとても楽しい。

 今日も警備をサボっていたウィルは、良い所につれていってやると、皇都の城下町へと俺を連れ出してくれた。


「ご、ごめん」


 年甲斐もなくはしゃいでしまい、恥ずかしくなり顔が赤くなった。

 ウィルは赤面する俺に苦笑すると、屋台に向かって指を指す。


「ほら、串焼きでも食うか?」


 今日のウィルは、前回と違って、防具も全身甲冑の騎士然とした形ではなく、冒険者風の出で立ちだ。

 それでも軽装の鎧は着ているし、兜のせいで口元以外の顔は全く見えないけどね。


「大将、串焼き二本」


 銅貨を2枚取り出したウィルは、屋台のおじさんに手渡す。


「あいよ!」


 ウィルは屋台で買った串焼きの一本を俺の前に差し出す。

 2人でベンチに腰掛けて、串焼きにかぶりつく。

 正直、育ち盛りの俺としては、皇宮で出されるだけの食事では足りない。

 ましてや、こんな味の濃い肉々しい物なんて出てくるわけがないしね。


「どうだ、うまいか?」


「んぐっ、ありがとうウィル、お代だけど……」


 ポシェットの中から銅貨を出そうとすると、ウィルに額を小突かれる。


「気にするな、俺が連れ出したんだから、もちろん俺の奢りだ」


 ニカッと笑うウィルの口元には、串焼きのソースがついていた。

 ウィル……男の俺だからいいものの、女の子相手にそれじゃ台無しだよ!

 俺はポシェットの中からハンカチを取り出して、ウィルに差し出す。


「良かったら使って」


「ん? ああ、助かる」


 ハンカチで口を拭ったウィルは、俺が施した刺繍に目を止める。


「どうかした?」


「すまない、綺麗なハンカチを汚してしまったな、高かったんじゃないか、これ?」


 そういえばこのハンカチ、元はと言えばエスターの代わりに俺が作った奴だ。

 楽しくなって色々な技法を身につけたはいいが、やりすぎちゃったんだね。

 それで先生にバレて、後でエスターに怒られたっけ……。


「気にしなくて良いよ、洗えば落ちるし、それ、僕が縫った奴だから」


 余計な事を考えていたせいか、思わず口が滑る。


「ほう、エステルは手先が器用なんだな」


 俺はウィルの意外な反応に驚いた。


「……ウィルはさ、男なのに裁縫とか気持ち悪いとか思わないの?」


 昔、他の男の子にからかわれてからは、俺は裁縫が出来る事などは隠していた。

 でも、俺にはヴェロニカって言う仲間が居て、家族が理解してくれていたから救われたんだよね。

 エスターだって、堂々としてなさいよ! って、背中を押してくれた。

 双子の姉、エスターには苦労した事も多いけど、それ以上にいい思い出もいっぱいある。

 だからこそ婚約云々よりも、本音をいえばエスターが無事なのか、それが一番心配だ。


「何故だ? 服飾業界で働いている男性は多いし、みな、誇りを持って仕事をしている」


 まさしく、ヴェロニカがそれだろう。

 ヴェロニカもまた誇りを持って仕事をし、包み隠さず常に堂々としている。

 俺も、ヴェロニカのそういう部分に憧れているし、いつかはそうなりたい。

 でも、俺にはその勇気が、一歩がふみだせないから、この前もヴェロニカの提案を断った。


「エステル……これほどの物が作れるお前は、その技術を誇るならまだしも卑下する点など一点もない、だからこそ胸を張れ、前を向け」


 ウィルは俺の家族でもない、ましてや、ヴェロニカのように共通の趣味を持つ同士でもない。

 見た感じ刺繍なんてしそうにないし、どう考えてもそういうのとは対極にいる人物である。

 だからなのか、ウィルの言葉で、自分のやっている事が、初めて外の世界に認められた気がしたんだ。


「少なくとも、俺はお前の刺繍したこのハンカチを美しいと思った、俺は刺繍に詳しくはないが、これほどの技術は剣と同じで日々の研鑽が無ければ無理だろう」


「……ウィル」


 俺は自らの瞳が潤んでいるのを隠すために、フードを目深く被る。

 そんな俺を察してか、ウィルは何も言わず、ただ隣に座ってくれていた。

 ウィルは、今まで俺が出会ってきた人達とはどこか違う。

 その違いが何なのかを説明するのは、俺にはまだ難しい。

 時間にしてそんなには経ってないだろうか、しばしの沈黙の後に俺は口を開く。


「もう大丈夫、ごめんねウィル……悩んでいた事があるのだけど、ウィルのおかげで覚悟がきまったよ」


 俺はヴェロニカの提案を受けようと思う。

 ウィルの言うように、俺も自分のした仕事に誇りを持ちたい。


「気にするな、それよりも、そこはごめんね、じゃなくてありがとうだろ?」


「うん、ありがとう、ウィル!」


 俺は笑顔でウィルにお礼を述べると、珍しく彼は視線を逸らした。

 兜のせいで彼の表情はよくわからなかったけど、少し照れているように思える。

 男同士だから、正面からお礼を言われるのは、ウィルも恥ずかしかったのかもしれない。


「エステル、お前は強いな、それに比べて、俺は……」


 ウィルには珍しく、そこで言い淀む。


「俺は?」


「ああ、いや、なんでもない」


 気になった俺は、思わず聞き返すが、ウィルははぐらかす。


「何でもないってことはないだろ? ウィルのお陰で僕は励まされたし、僕だってウィルを励ましたいよ! 力になれるかどうかは怪しいけど……」


 俺はウィルのおかげで前向きになれた。

 だからこそウィルがなにかを悩んでいるなら、相談してほしいし助けたい。

 悩みを解決することは難しかったとしても、俺だって話を聞くことくらいはできる。


「……そうだな、実は親が勝手に結婚相手を決めてな、その事で少し父親と言い合ったんだ」


 へー、俺だけじゃなかったんだと、ますますウィルに親近感が湧く。

 やっぱり、親に勝手に決められるのは嫌だよね。


「すごく良くわかるよ、実は僕も勝手に結婚相手を決められちゃってさ……」


「お前もか?」


 しまった、ウィルが驚くのは無理がない。

 貴族同士では良くある話だが、平民ではそういう話は珍しいって言ってたかも……。


「まぁ、親が皇宮勤めだから珍しい話でもないか」


 そういえば庭師のように、親から子に継承できる職業は何代にも渡って皇宮で仕えるから、給金も生活レベルも安定していると聞く。

 外に出るのは許可がいったりと難しいのだけど、その分安全だったりするし、平民の間では結婚相手としては人気らしい。

 もちろん、庭師を継がずにほかの職業を選択できるので、全員が全員、庭師になるわけじゃないけどね。


「う、うん……それでさ、ウィルはその、婚約者である相手の女性とは会ったの?」


「さぁな、人物画を見てもいないからな」


 せめて人物画は見ようよ……。

 もしかしたら、ウィル好みの女の子かもしれないじゃん。

 金髪美人でおっぱいが大きい子かもしれないよ?


「うーん、ならさ、これも何かの縁だと思って会うだけ会ってみたら? もしかしたら向こうだって望んでないかもしれないし、意気投合する場合だってあるかもよ」


 まずは会ってみない事には、何一つ始まらない気がするんだよね。

 向こうも結婚を望んでないなら。2人でうまく話を合わせればいいし、気に入ればそのまま結婚でいいんじゃないかなぁ。


「確かにエステルの言う通りだ、親への反発ばかりで、相手の女性にも失礼な事をしていたな」


 ウィルはお父さんと折り合いが悪いのか、喧嘩ほどではないが言い合いになって物別れしてるみたいだ。

 皇后様も皇太子殿下の事で悩んでいたし、どこも父親と息子の関係なんてそんなもんだろう。

 ちなみに俺は、とてもじゃないが父様に逆らおうなんて、恐ろしくてこれっぽっちも考えたことないけどね……。


「エステル、感謝する、お前に相談してよかった」


 うんうん、ウィルの悩みも解決したみたいだし、よかったよかった。


「よし、まだまだ夜は長い、湿っぽいのはここまでだ! せっかくだから楽しむぞ!」

 

「うん!」


 俺はウィルとともに、時間が許す限り夜の街を目一杯楽しんだ。

 エスターが見つかっていない事、皇太子殿下にもまだ出会えていない事。

 婚約の儀が迫っている事、皇宮でバレずに過ごさなければいけない事。

 不安な事はいっぱいあるけど、今この時、この瞬間だけは全てを忘れ、ただのエステルとして過ごせる。

 エマさんも事情を知ってるとはいえ、皇宮の中で落ち着くのは難しい。

 以前、それで失敗したしね……。

 俺にとってウィルに会えるこの時間が、なによりも心穏やかに過ごせる時間になっていった。

 お読みいただきありがとうございます。

 ここまで、伸びると思ってませんでした。

 これもひとえにブクマ、評価、感想を下さる皆様のおかげでございます。

 あと誤字報告してくれた方、ありがとうございました。

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