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ミーティア☆ミーティング

作者: ブンピツ




     ☆自意識が高すぎるクラスメート☆

 


 

 俺様にはライバルがいる。

 我らが早区地はやくち小学校の二年生、中村ケンジくん7歳。

 

 ちなみに俺様とケンジくんは同じクラスで、俺たちはよく遊び、よく戦う。

 今日は給食を食べたあと、俺たちはグラウンドの砂場で戦争ごっこをしたぞ!

 昨日もたしか、昼休みになったら二人で鬼ごっこをしたっけ。

 だがしかし、俺様はいつもあと一歩ってところでケンジくんに勝てないんだ。

 

 そして一昨日(おととい)の話、2日前の朝の話なんだけど、なんとケンジくんはとんでもない事故に巻き込まれそうになった。とはいっても、実際は事故なんて起こらなかったんだけど、今はその話は置いておこう。

 それよりも、どうして俺様がケンジくんをライバル視しているのか、その理由を今こそ明かそうと思ってね。

 理由は他でもないぜ。

 

 ケンジくんにはすごい才能があるんだ。

”あの競技”になると不愉快なことに彼はこの俺を軽くあしらってしまう。

 それどころか、ときにそのはるか上を行ってしまう。

 

 悔しいがケンジくんは天才だよ。

 テストで100点を取る天才。縄跳びの天才。女子にモテる天才。そのいずれでもない。

 

 ケンジくんはそう、早口言葉を早く言える天才だこの野郎!

     



     ☆2日前の朝☆




「きのうの夜は、びっくりしたなー」

 

 今日は学校が休みのケンジは、嬉しそうに口を動かしている。朝食の白米を嚙みながらだった。


「バスに乗り遅れたらいけないから、早く食べなさい」味噌汁の椀を持つ反対の手で、テーブルの向かい側に座っている息子、ケンジに箸を向けているのは母の芳江(よしえ)である。


「おいケンジ、口に物を入れて喋るな。芳江、お前も人に箸を向けるな」そこでコーヒーを啜りながら、母子の会話に口を(はさ)んできたのはそう、この中村家の主人、鷹志(たかし)である。


「それにだ、ケンジ、母さんの言う通りバスに乗り遅れたら、今日はもうスイミングスクールには行けないぞ」怒ったような声を出す鷹志は、まだ朝なのにもかからず機嫌が悪い。


「びっくりしたのに、きのうの夜」とケンジは、あと一口で完食というところで目玉焼きの欠片を箸でいじくっていた。どうやら向かい側の二人に話したいことがあるらしい。

 

 いくら子供の発言とはいえ、「びっくりした」、という言葉には魅力を感じたのかもしれない。「何にびっくりしたの?」あと少しのところまで迫っているバスの到着時刻を気にしながらも芳江は、ケンジに話の続きを促した。

 

 そこでぱあ、とケンジの表情が明るくなった。

 向かい側では、はあ、と鷹志がため息を吐いた。


「あのね、きのうの夜、ねむれなくってね」


 眠気をアピールしたいのか、わざとらしく目元を擦りながらケンジは続ける。


「でね、窓から空を見てた」


「小学生のくせに夜空を見ながら、孤独を慰めるなんて、生意気だな」頭髪の、まだ直していない寝癖を()でながら鷹志がまた口を挟む。


「誰も、孤独を慰める、なんて言ってないって」と芳江が鼻で笑う。

 

 そんな二人のやりとりを、さらりと流してケンジは話を続ける。


「夜ね、空見てたら、星が流れていった」ケンジはもともと大きな目をさらに見開く。「びっくりした!」


「すごい!」と食べ終えた自分の食器を重ねながら、年甲斐もなく声をはずませたのは鷹志、ではなくもちろん芳江である。

「流れ星に、願いを三回言えたらっていうやつ、あれにはロマンがあるよね」

 

 対して「それだけか、つまらん」と鷹志は、不機嫌そうに鼻を鳴らした。土曜日、日曜日は本来、勤めているIT関係の仕事が休みのなのだが、その日曜日である今日が突如出勤になってしまったらしく、鷹志はそのことに苛々としているらしかった。


 ところが「それだけじゃないって、お父さん」とケンジが、目玉焼きの最後の一口を(かじ)りながら嬉々とした表情で言うものだから、「ほう」、と鷹志はコーヒーカップを、ことん、とテーブルの上に置き、まだ剃っていない(ひげ)を撫でながら向かい側の息子をまじまじと見た。


「星が流れて、それで、どうなったんだ」


「3回、ねがいごとを言えた」

 

 それからケンジは、若干言いよどみながらも「あ、でもねがいごとでもないけどね。言えたよ、3回」、と目玉焼きを咀嚼しながら付け足している。


「ケンジ、口に物を入れて(しゃべ)ってはいけない」とまた、本当は親として注意すべきところだった。しかし鷹志と芳江は、この瞬間、そのことをすっかり忘れてしまっている。それどころか二人とも泡を食ったような顔になっていた。

 どうやらケンジの発言にそれなりに「びっくり」しているようだ。


「3回、何て言えたの」「3回、何と言えたんだ」

 流れ星に、と芳江と鷹志の声がほぼ同時に発せられた。

 三回言えた? だとしたら何が叶ってくれるのか? と彼らの期待は案外に大きい。

 

 二人ともまさか、といった表情で内心「宝くじが当たりますように」とか、「石油を掘り当てることができますように」だとか、そのような言葉がケンジの口から飛び出すことを、大人気なくも期待している。


「バスガス爆発って言えたよ、3回」ケンジは満足そうな顔で言う。




     ☆




 ケンジが家を出てから少しのあいだ、「なんだ」「そんなことか」と芳江(よしえ)鷹志(たかし)はぶつぶつと言ったり、苦笑いをしたりしていた。

 が、そもそも流れ星が現れ、消えるまでの時間がピンとはこないものの、その間に何か言葉を発するなんて不可能だろう、しかも3回続けて、と、すぐにそんな話になった。


「バス、ガス、爆発」と芳江はテーブルを布巾で()きながら、「言いにくいし、不謹慎すぎる」と鷹志はスーツを着ながら、二人は活発に話し合っているのだが、そんなとき二階から、長女のミキが降りてきた。


「おはよう」よりも先に「は、爆発、朝から何?」、という一言がミキの口から()いて出る。


 当の本人たちは、パジャマ姿の娘に、先ほどの事の顚末(てんまつ)を話した。

 

 宝くじに石油、それはたしかに残念だと、まだ中学生ながらミキもそう感じたが、瞬時に両親と同じ疑問にぶつかる。


「でもさ、考えてみて」ミキはテーブルに近づき、椅子に座る。

「流れ星が見えて、消えるまでに喋るんだよ? できる? 普通」


「そうなのよ」「そこなんだ」と、芳江と鷹志はつよく頷く。

 

 しかしながら、そのとき「あ、そうだ、普通はね」とミキが何かを思い出したように宙に目を向けた。

 娘のその妙な仕草に、「え」と二人は困惑を浮かべるしかない。 


「まさか忘れたの?」ミキはなかば怒鳴るように言う。

「ケンジは何度も、学校の早口言葉大会で優勝してきたでしょ?」


 一瞬、場が静まった。

「それは」芳江は布巾をたたんでいた手を止め、「盲点だった」鷹志はネクタイを締める手を止めた。

 

 そこで咄嗟に立ち上がり、テーブルに手を突いたミキが、あえて声のトーンを暗くして言う。

 まずは母、芳江の目をじっと見て「優勝してきた、ケンジなら、ぱぱぱっと」、次にゆっくりと父、鷹志の目を見て「一瞬でバス、ガス爆発って、3回」

 

 そこまで言ったところで三人の声が見事に重なった。


「言いきれるかもしれない!」




     ☆




 我が中村家の次男ケンジが、流れ星に「バスガス爆発」と3回言いきった。

 

 嘘だろ、信じられない、と長女ミキは自分の髪をわしゃわしゃとやった。

 残る二人もミキ同様に驚きを隠せなかったが、芳江のほうは、ぱん、と嬉しそうに手を叩き、鷹志のほうは、どん、と悔しそうにテーブルに拳を当てた。


「マジでありえない」「すごい才能だよ」「認めざるを得ない」

 しばしリビングは、ぽつぽつと鷹志以外の笑い声が漏れたりして、機嫌の悪い鷹志の周辺を除いて、藹々(あいあい)とした雰囲気を漂わせた。

 

 そんなときだった。テーブルを囲む三人が、ほぼ一斉に黙る瞬間があった。

 

 なぜ自分は、急に口を(つぐ)んだのだろう。

 ここにいる三人ともが初めはそう思った。だが次第に、場に緊張感のようなものが滲んでくる。三人ともがそのようなことを感じ取り、さすがに三人とも不安になった。


「なにかを、忘れてない?」そうミキが切りだす。

「忘れてるって、なにを?」芳江が首をかしげる。

「まだそんな年じゃない、なめるな」鷹志が一喝。

 

 それぞれの心になにか暗いものが芽生える中、ミキが口を開いた。動揺を紛らわすように。

「そういえばお母さんさ、わたしの朝ごはんまだ?」


「こら、ミキ、今はそんなこと言ってる場合じゃないでしょ」

 そこで珍しく、芳江の笑顔が歪んだ。


「おい芳江、朝食の支度くらいで、いったい何を言い出すんだ」

 鷹志は、背広を羽織り終えた状態で、(うな)るように声を出す。

 

 このとき、この場にいる三人ともが、自分の胸に手を当てて想像をしていた。

 自分たちは今、どんなに(おぞ)ましいことを悟ろうとしているのかと。


「なあお前たち」

 そう、鷹志がやっとの思いで口を開くや否や、そこでなぜか女性陣に助けを乞うような瞳で見つめられたものだから、それには流石の鷹志も(ひる)んだ。彼は続けた。


「流れ星って、願いを3回言ったら、どうなるんだっけな」


「それは、もしも3回言うことができたら……、それが願いごとかどうかは置いといて、とりあえず叶うんだと思う」芳江は目元を引き()らせながら、なんとか言いきった。


「叶うというか、叶ってしまうというか、ね」

 そう、おどけて言ってみせたミキのことを、両親の圧のある目線が貫いた。「馬鹿、そんなことを言うもんじゃない!」という二人の心の声を、たしかに聞いた気がしたミキは、ひい、と()けぞってしまう。


「バス、ガス、爆発」呪文のようにそう(つぶや)く鷹志の鼻息は、荒い。なにより、彼の頭からはすでに休日出勤による不満など毫釐(ごうり)も残ってはいなかった。


「おいお前たち、バスガス爆発ってなんだ」


「そりゃあガスに、なにかの拍子で引火したりして、バスが爆発することじゃないかしら」


「おい芳江、なにかの拍子ってなんだ」

「火遊びとか、恋とか、あ、そうだわ、きっとそうよ、恋愛よね」

 芳江はすでに冷静ではなくなっている。


「おい芳江、ケンジはスイミングスクールまで、どうやって行くんだったか」

「バスに乗って、行くんじゃない?」


「芳江、ケンジはどうなるんだ」

「あなた、すこしは自分で考えて」と言いつつも、「ねえミキ、ケンジはどうなるの?」と芳江は夫の質問をミキに押し付けた。


 あっという間に解答の責任を負わされてしまったミキは、戸惑いつつも口を動かす。

「えっと、ケンジは昨日の夜、流れ星が現れて消えるまでに、”ガスバス”爆発……」


「バスガス爆発!」そこでタイミングを見計らったように、両親の厳しい訂正が入った。


「そう、バスガス爆発って言った。3回ね。そしてそれが、ケンジの願いごとかどうかは知らないけれど、とにかく、流れ星に3回唱えることに成功したらっていう、あの話が本当ならば」


「本当ならば?」芳江と鷹志は、娘の言葉に真剣に耳を()ませた。

 

 ごくりと、誰かの喉が鳴る。

 一拍置いて、ミキは明言した。


「それがほんとなら、今からケンジが乗るバスは、爆発する」


「嫌」、芳江は泣きそうな声を出した。危惧(きぐ)の念は元々自分の中にあった。ただ、それを他の誰かが代弁したというそれだけのことなのに、一気に不安がこみ上げてきた。口元に手を当て、芳江は嗚咽(おえつ)する。

 その姿を見るに見かねた鷹志は、自分なりに、妻に掛けるべき優しい言葉を探した。「待て芳江、よく考えろ、流れ星の(くだり)は迷信だ、おそらく、しかもその”ガスバス”爆発……」

「バスガス爆発!」今度は鷹志に、女性陣からの厳しい訂正が入った。


「そう、バスガス爆発。こんなにも言いにくい言葉を、絶対に言えるわけがない、一瞬で」そう、鷹志はまるで、自分自身にしっかりと言い聞かせるように言う。


「でもあなた、ケンジは」 

 その涙ぐんだ芳江の言葉を、ミキがなんとか繋ぐ。

「早区地小学校の、早口言葉大会で、連続で優勝している」


 ばん、とそのとき、部屋中に大きな音が鳴り響いた。もうおしまいだ、と言わんばかりに、鷹志がテーブルを叩いたのだ。「なんということだ」


 しかしなんだ、鷹志はなんとここから男を見せる。

 

 ケンジが家を出てから、まだ十分も経過していない。さらにケンジは小学校二年生ときた。

 鷹志は、小学校低学年の歩行速度とベクトルを予想する。さらに計算をし、必死の形相で憶測をたてる。どうでもいいが鷹志は、このときの自分の脳の処理速度はスーパーコンピューター並みだったと自負している。


「まだ、間に合うかもしれない!」

 ケンジを助けに行くぞ! 鷹志は目を光らせた。


 内容は曖昧でも、鷹志のそのはっきりとした物言いに女性陣の表情がぱっと輝いた。

 一方、いや今まであんなに暗かったじゃないか、と鷹志はすこし怪しく思った。


「あなた」芳江は今着ているルームウェアとエプロンを(つま)んだ。

「お父さん」ミキは今着ている派手なパジャマを摘む。

 彼女らの仕草から、「わたしたちは今こんな格好だからね、外に出るのはあれだから、お願いね」というメッセージを鷹志は秒で察した。

 

 ここにいる三人の中で、今すぐ外出できる格好をしているのは、残念ながら鷹志だけだ。

 自分の背広を摘んだ鷹志は、悲しい現実を知る。

 今から出勤だというのに走らされるなんて、まさか俺は呪われているのだろうか。

 

 いや、もしかすると「これも誰かの願いなのかもしれないな」と鷹志はあえて前を向く。

 

「あなた」

「お父さん」

「違う、俺は流星だ!」


 バス停へと向かうケンジめがけて、鷹志はどたばたと廊下を走る。




     ☆




 こうして第一回、中村家流星会議は何事もなく、かといって久しぶりの全力疾走にその日の晩、休日出勤から帰った鷹志はこむら返りを起こしてしまうのだが、やはり何事もなく、流星会議は幕を降ろした。




完全に出オチです(笑)。

読んでもらえて嬉しいです。

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