視線
「それじゃ、先輩。一緒にご飯食べて帰りましょ。」
着替えが終わった紗良に彩音は嬉しそうに言った。
「そうだね、誠も諦めて帰ったみたいだし・・・・。」
そこまで言いかけて、紗良は突然後ろを振り返った。
「どうしたんですか、先輩。何だか顔色が悪いですよ?」
心配そうに彩音は紗良の顔を覗き込んだ。
「うん・・・実は最近、時々視線を感じるんだよね。家の中に居ても。だからちょっと気味が悪くて。」
「ええ?!まさか誠先輩以外に新たなストーカーが?!警察に相談しますか?」
彩音はスマホを取り出した。
「いいの、いいの。大丈夫だから。視線と言っても時々だから勘違いかもしれないし・・・。」
紗良は慌てて彩音のスマホを操作しようとする手を止めた。
「そうですか・・・?先輩がそこまで言うなら・・・。」
彩音はまだ何か言いたげだったが、紗良のだいじょうぶだからとの言葉に承知した。
「それじゃ、何食べて帰りますか。先輩♪」
「そうだね~。この近くに安くて美味しいイタリアンのお店があるからパスタでも食べて帰ろうか?」
紗良の提案に
「さんせーい!」
彩音は元気よく返事をした。
それから程なく、建物から連れ立って歩く二人の後ろ姿を建物の陰からじっと見つめる目があった。
(ついに見つけた・・・・!)
「ああ、美味しかった。」
彩音と二人でイタリアン料理を食べた後、別れた紗良は独り言を言った。
「今夜は綺麗な半月だな・・・・。」
紗良は高層ビルの谷間から見える月を見上げた。
(今夜は半月だったから、後約5日で満月か・・・そろそろ準備しておかないと)
紗良の両親は世界的に有名なマジシャンで、両親は世界各国を1年中飛び回っている。
そんな紗良を育てたのが彼女の祖父であり、紗良の両親が所属するマジック財団の創立者であった。
高校生までは祖父と一緒に暮らしていたが、大学に入学してからは都内のマンションを借りて現在一人暮らしをしている。
紗良にマジックを教えたのは祖父であった。
まだまだマジシャンとしては見習い中の紗良ではあるが自身のマジックの腕を上げるために日々練習を重ねていた。
そんなある日大学の構内でカードマジックの練習をしていた所を偶然通りかかった1学年後輩の彩音に見られてしまったのである。
彼女のマジックの腕前にすっかり魅了された彩音は、いつの間にか紗良の付き人同然に何処へ行くにも付き添うようになっていた。
一方、誠は同じく大学構内で偶然見かけた紗良に一目惚れしてしまい、強引にアプローチを続けているが未だに煙たがられている男である。
それでもお構いなしに紗良に付きまとい、今夜のステージも何処で聞きつけたのか、
「紗良のステージを観に行かない男はいない!」
と強引に本日押しかけて来たのである。
今年の夏休み、紗良には壮大な計画があった。
それは大学1年の誕生日に祖父から誕生プレゼントで貰った軽キャンピングカーに乗って、東北を進みながらマジックの地方巡業を行う、という計画である。
勿論、紗良一人ではこのような計画を実行するのは到底無理と言うもの。
彼女にはマジシャンを目指す仲間たちがSNSを通して大勢いる。
その彼らと道行く先々で合流しながらマジックの巡業の旅を続け、本州最北端を目指すと言う計画である。
出発は次の満月の夜明けと決めていたのだが、それにはある理由があった。
昔から紗良には少しだけ特別な力があり、満月が出ている間はその力が増幅されていた。
その為に、何か行動を起こすときは満月の日と決めているのである。
「何とか、誠にはバレないように出発しないと・・・。」
女の一人旅は危険だと言って、絶対についてくるに決まっているが、逆に身の危険を感じてしまう。
本来ならば彩音にも付いてきて欲しい所だったのだか、彼女は夏休みは実家に帰省する事になっていたので頼むことは出来なかった。
紗良の住むマンション付近の公園を横切ろうとした時、紗良は突然強い視線を背後から感じた。
恐る恐る後ろを振り返ると、街灯の明かりに照らされた二人のガラの悪そうな若者が立っていた。
「そこの彼女、と~っても可愛いねえ。」
「俺たちとちょっと遊んでいかない?」
嫌らしい笑みを浮かべながら二人はゆっくりと紗良に近づいてくる。
(しまった・・・!近道だからって、こんなひとけの無い場所通るんじゃなかった!)
紗良は激しく後悔した。
「悪いけど、私忙しいの。遊んでいる暇なんか無いから。」
紗良は恐怖心を押さえて言った。
「君、顔だけじゃなく声もとっても可愛いね。」
髪を金髪に染め、片耳にピアスを開けた男がグイっと紗良の手首を掴んで引き寄せた。
「嫌!やめて!大声を出すわよ!」
「いいねえ、そのちょっと強気な態度も。」
帽子を被った男が紗良の顎を掴んだ、その時である。
公園内に恐ろしい殺気が漂い始めた。
そしていつの間にか、そこには美しい銀の毛を持った大きな犬が立っており、威嚇するように低い唸り声をあげている。
「な・・・・なんだよ。この化け物みたいな犬は・・・。」
「ヒ・ヒイ・・・。」
あまりの恐怖に二人の男は紗良から手を離すと、同時に巨大な犬は最初に紗良の手首を掴んだ男に襲い掛かった。
「ギャアッ!!」
男が恐怖で尻餅をついた所を犬が飛び掛かり、倒れこんだ男の喉笛に噛み付こうとした。
「や・やめてくれ!!頼む!その女にはもう手を出さないから!!」
ピアスの男は涙を流しながら叫んだ。
一方、帽子の男はすっかり腰を抜かしてしまったのか地面に座り込んで、ガタガタ震えている。
まるで男の言い分を理解したかのように、銀の犬は男の側を離れると、男たちは弾かれたように走って逃げて行った。
後に残されたのは銀の犬と紗良だけであった。
「あ・・・・。」
そこで紗良は我に返った。
銀の犬はゆっくりと歩いて紗良の前で立ち止まった。
不思議と紗良には全くその犬に対する恐怖心は無かった。
街灯に照らされた銀色の毛は光り輝き、青い瞳には紗良の姿が映りこんでいる。
(怖いなんて、この犬からは感じない・・・それよりも・・・)
「なんて、美しい姿なの。」
紗良は呟くと、そっと銀の犬に触れた。




