決意
「どうなされました?ユリウス様。さっきからずっと黙っていらっしゃいますが?」
侍従長の自分を呼ぶ声にユリウスは、はっとした。
「嫌・・・・なんでもない。ちょっと考え事をしていて。」
自分でも気が付かない内に随分と長い間考え込んでいたようだった。
ユリウスはアスタリスの額にそっと手を置くと、
「彼女の事をよろしく頼む。僕は少し部屋で休む。もし容態が急変するようならすぐに呼んでくれ。」
そう言うと、ユリウスは部屋を後にした。
自室に戻ると、ユリウスは長椅子に横たわると目を閉じた。
(まだなのか・・・。兄さん。まだ彼女を見つける事が出来ないのか?このままでは彼女を連れてくる前にアスタリスの命が・・・そうなると兄さんだって二度とこっちの世界に戻ってこれないのに・・・。)
余程ユリウスは疲れが溜まっていたのか、程なくして部屋には静かな寝息が聞こえてきたのであった。
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あの出来事からひと月も経たないうちにアスタリスは体調を崩すようになった。
二人の皇子は宰相にもう一度ワイズとの婚約を白紙に戻すよう頼んだが、宰相を始め、全ての大臣達の裁決により婚約解消する事は出来なくなってしまった。
大臣たちは全て宰相の息がかかった者達であり、報復を恐れて誰もが反対の意を唱える事が出来なかったのである。
アドニスは皇太子とは言え、まだ王位継承の儀式を執り行ってないので実権は宰相がほぼ握っていた。
「・・・すまない、アスタリス。私がまだ王位継承を受けていないばかりに。」
病床のアスタリスを見舞ったアドニスは頭を下げた。
「父上が生きていた時はまだ宰相はそれ程実権を握っていなかったのに・・・!」
ユリウスは悔しそうに言った。
「いいの。お兄様たち。私、その気持ちだけでもう十分。・・でもやっぱり私もう婚約解消は諦めたから・・その代わり巫女姫だけは必ず見つけて?だからこれを渡すわ。」
アスタリスは首に下げていたネックレスを二人の前に差し出した。
「これは・・・あの時の?」
受け取ったアドニスはアスタリスを見つめた。
「この石の力がきっと彼女を見つけ出してくれる。私には・・もう必要が無いものだから。<鏡の部屋>でこの石を使って。居場所を教えてくれるはず。」
アスタリスの瞳は真剣だった。
「僕は城の蔵書の中から<並行世界>へ行く方法が載っている古文書を探し出したよ。今この解析を進めている所だから、アスタリスは巫女姫探しの事は何も心配しなくて大丈夫だよ。」
ユリウスは兄のアドニスとは違い、剣の腕前は良くなかったが学問は得意で暗号や古代文字を解く才能があったのである。
その後二人はアスタリスの部屋を後にすると、
「兄さん、ちょっと僕の部屋へ来て欲しいんだ。」
ユリウスはアドニスにそっと耳打ちした。
「お前の部屋にくるのも久しぶりだな。子供の頃は良く小さなアスタリスと一緒に3人で遊んだりもしたし。」
アドニスは椅子に座ると言った。
「そうだね、でもその内アスタリスは巫女姫としての仕事が忙しくなったし、兄さんは剣術に優れていたから軍に入隊して忙しくなったし・・僕はそっちの方は全く駄目だったけどね。」
「でも、その代わりお前は学問がある。アカデミーの首席じゃないか。・・・だからもう、大体の事は調べ上げたんだろう?<並行世界>へ行く方法が。」
アドニスはじっとユリウスを見た。
「うん。大体の事は・・。<並行世界>へ行くには門を開けないといけない。
それを開ける事が出来るのが、『鏡の間』なんだ。あの部屋は一番魔力を充填している部屋で<並行世界>につながっている。あの部屋で巫女姫のおおよその場所を探せる。その後は門を通って向こうの世界へ行って連れて来る。ただ・・・・どの位時間がかかるか分からないし、未知の世界だからどんな危険があるかもしれない・・。何より<並行世界>には精霊の力が一切及んでいないから、人の身体のままでは負担がかかり過ぎて、倒れてしまうかもしれない。
何か・・・別の・・動物の姿になら大丈夫かも・・・。」
ユリウスはそこまで言うと言葉を切った。
「<並行世界>にも存在して、その辺にいても怪しまれない動物なんかいいんじゃないか?」
アドニスが言うと、
「!そう言えば、該当する動物がいるよ。兄さん、犬に姿を変えれば大丈夫だ!」
「確か、王家の宝の中に動物に変化出来る指輪の形のマジックアイテムがあったな。あれを使えば問題ない。」
アドニスはうんうんと頷きながら言った。
「<並行世界>へは当然、私が行く。行って必ず巫女姫を連れて来る。」
アドニスは言うと立ち上がった。
「本当は僕も着いていきたいところだけど、誰かが門を開けないといけないし・・・。でも兄さん、これは危険な賭けだよ。」
「大丈夫、伊達に《白銀のナイト》の称号を貰っているわけではないよ。例え、犬の姿であっても何とかなるさ。」
心配いらないとでも言うようにアドニスはユリウスの肩を叩くと、
「では、<並行世界>に行く為の準備をしようか?」
ユリウスは黙って頷いた。