巫女姫の涙
「何処へ行くんだ?アスタリス。」
ユリウスは先頭を歩くアスタリスに声をかけた。
アドニスは黙ってその後ろをついてきている。
「神殿へ行くの。そこに行けば次の巫女姫を探すことが出来るから。」
アスタリスは振り向かずに答えた。
城を抜けた先に神殿はあった。
アスタリスの魔力が送り込まれている球体は彼女を迎えるかのように一瞬強い光を放った。
彼女は二人を引き連れて更に神殿の奥を目指すと、突然目の前に美しい中庭が飛び込んできた。
「こんな場所があったなんて・・・。」
アドニスは中庭を見渡しながら感嘆の声を漏らした。
「この中庭は、本来は王家の人達でも中に入れない事になっているの。だから、この事は内緒ね。」
アスタリスは二人に言うと、中庭の中央にある陶磁器で作られた大きな水瓶に歩み寄った。
「この水瓶がどうかしたのかい?」
アドニスはアスタリスの背後から水瓶を覗き込んで尋ねた。
「・・・この水瓶で次の巫女姫を探すの。」
「そんな事が出来るのか?!」
ユリウスは驚いた。
「ええ。見ていて。」
アスタリスは言うと、常に身に着けていた美しい輝きを放つグリーンのネックレスを外して、チェーンを握りしめ、そっと水瓶の中にグリーンダイヤを沈めた。
すると水が突然輝き出した。
水の波紋が広がり、やがてそれが収まるとユラユラと影が映り始め、はっきりとある人物を映し出したのである。
そして輝きが失われていくのと同様に、その人物もゆっくりと消えていった。
3人は無言で水瓶を覗いていたが、アドニスが口を開いた。
「彼女が・・・?」
アドニスはアスタリスに尋ねた。
「そう、あの女の人が私の次の巫女姫になってくれるはず。」
「なってくれるはず?」
ユリウスはアスタリスの言い方に違和感を感じた。
「あの人が何と言おうと、説得してここへ連れてきて欲しいの。私の命は多分もう長くない。
私が死んでしまったら、この国は大変な事になってしまう。こんなお願い、お兄様たちにしか頼めないわ。」
アスタリスは今にも泣きだしそうな顔で2人を見つめた。
「落ち着けよ、アスタリス。大体どうして自分の命がもう長くないなんて言うんだ?何か重い病気でも患っているのか?」
ユリウスは震えるアスタリスの肩に手を置くと、顔を覗き込んだ。
「アスタリス、君はもしかして未来を予言する力でもあるのかい?」
「・・・・分からない。」
アドニスの質問にアスタリスは曖昧に返事をした。
「どう言う事なんだ?もう少し詳しく教えて貰えないかい?」
アドニスは優しい声で尋ねた。
「夢で見たの。私が棺に納められている姿を。最初はぼんやりとしか見えていなかった夢だったのに、今では、はっきり見えるようになったの。その姿は、今の私と殆ど変わりが無かったわ。・・・きっとあれは近い将来の私の姿よ。」
「そんな、ただの夢じゃ・・・・。」
言いかけてユリウスは、はっと気が付いた。
(そうだ、確か代々巫女姫は魔力を持つ以外に、神秘的な力として予知夢を見る事が出来たはず・・・。それじゃ、本当にアスタリスは?!)
「だけどまず、新しい巫女姫を連れてくるよりも君の死を回避する手立てを考えたほうが良いんじゃないかい?私やユリウスだけでなく、この件を城中の皆に公表しよう。」
アドニスはアスタリスの頭を自分の胸に引き寄せて言い聞かせた。
「・・・いいの。」
アスタリスは俯いて再び涙を浮かべた。
「私、もう長く生きていたいなんて思っていない。・・・お父様もお母様にも二度と会えない、城の外から一歩も出られない、挙句に15歳になったらワイズと結婚しなければならないなんて・・・絶対に嫌!!結婚相手まで無理矢理決められている私は、もうこの国のお人形でいたくない!」
アスタリスは今までに見たこともないような感情を露わにして泣き崩れたのであった。
「ワイズ・・・。」
ユリウスは舌打ちした。
ワイズとは宰相の孫にあたる人物で年は23歳、本来ならばその家柄と年齢から、とっくに婚姻していてもおかしくは無いのだか、宰相が自分の立場をより強固にする為、前国王に強引にアスタリスとの婚約を結ばせたのである。
そして肝心のワイズだが、外見は優男で口が上手い。
その為か、女性たちの憧れの存在であり、実際に多くの女性たちと浮名を流している。
だがこの男は相手の女性と関係を持った途端、あっさりと切り捨ててしまうような人物で、中には彼の子供を身籠ってしまった女性や絶望して自ら命を絶ってしまった女性もいるという。
それらの尻拭いを全て行ってきたのが宰相であった。
肩書ばかりの地位の高い役職に就き、実際は何一つ仕事なんてした事がない、身分の低い者を見下す、どうしようもない人物である。
だが、所詮は宰相の孫。
皇太子であるアドニスやユリウスの地位にはどうしても逆らえず、また自分の婚約者であるアスタリスの護衛でもするかの如く張り付いているのが気に食わないようで、何かとアドニスやユリウスに突っかかってくる。
「あの男は確かに本当にどうしようもないな。」
アドニスはため息をついた。
「この間ワイズに偶然会った時に、あまり僕の大事な婚約者にベタベタしないで頂きたいと言われたよ。あの男はアスタリスに異常な執着を持っている。」
ユリウスは苦々しげに言った。
「私、もしかして自分で命を絶ってしまうのかしら・・・。彼との結婚が嫌で。」
「駄目だ!絶対にそんな事はさせない!何とかワイズとの結婚は白紙に戻すように働きかける。同時に巫女姫探しも始める。だから自分から命を絶つなんて事はもう二度と言わないでくれ。アスタリスは私とユリウスの大切な妹のような存在なのだから。」
アドニスは震えるアスタリスを抱きしめて力強く言ったのである。