還幸
アドニスの案内で城への道を進む中、アドニスは難しい顔をしていた。
胸中は穏やかなものでは無く、焦りばかりが募っていた。
(アスタリス・・・!どうか紗良を連れて戻るまで無事でいてくれ・・!!)
アドニスは、紗良がアスタリスに会う事で事態が好転するのではないかと一縷の望みを持っていたのである。
一方の紗良は訊きたい事は山ほどあったのにアドニスが難し顔をしているので、中々声をかけられずにいた。
「あの・・・アドニス。」
紗良は車を運転しながら言いにくそうにアドニスに声をかけた。
「あ・ああ、ごめん。考え事をしていたものだから。どうしたんだい?」
紗良はハンドルを握りながら言った。
「この道、分かれ道になっているの。どっちの道を進めばいいの?」
見ると前方の道が二手に分かれている。
「この道をずっと右に進んでもらえるかい?そうするとやがて城が見えてくるよ。」
アドニスが応えたので、これをきっかけに紗良は質問を投げかけた。
「アドニス、アスタリスって誰なの?」
「アスタリスはこの国の巫女姫で12歳の少女だよ。只、今は原因不明の病に倒れて・・・命が尽きかかっているんだ・・。」
アドニスは唇を噛み締めながら言った。
「え?そんな・・・?!」
紗良は驚いた。
「ど・どうして・・・何とか出来ない物なの?」
アドニスは黙って首を振った。
「国中の医者を集めて治療に当たっていたが、誰一人彼女を治す事は出来なかった・・むしろ今迄身体が持っていたのが不思議な位だって言われている。アスタリスはこの国で唯一無二の存在なんだ。彼女が居てくれるから、私たちの生活が成り立つ事が出来ていた。」
「ねえ、どうしてアスタリスと言う巫女姫のお陰で生活が成り立っているって言えるの?その女の子はこの国の政治を行っていると言う事?そんな小さな女の子に政治を動かす力があるなんて・・・。」
紗良の言葉にアドニスは否定した。
「いや、そうじゃない。紗良のいた世界は文明の発達で生活が成り立っていたけれども、この国では巫女姫の魔力によって生活してるんだ。巫女姫の魔力を国民が享受して火を起こしたり、水を呼び集めたりしている。そして、アスタリスが倒れてからは徐々に魔力が枯渇してきている。このままではアスタリスの命と共にこの国も終わってしまう・・・!」
アドニスはぐっと拳を握った。
「魔力・・・?そんな話は作り物の世界の話だけだと思っていたど・。」
「?でも紗良?君は魔法を使えるじゃないか。私は紗良が魔法を操る姿を何度も見てきている。」
アドニスは何を言っているのだと言わんばかりの口調で言った。
「だから、あれは魔法じゃなくて手品なの。特殊な細工を施した道具で、まるで魔法のように見せるものなの。それにちょっと手先が器用なら練習すれば簡単な手品は誰だって出来るわ。」
(でも・・本当はそれ以外の事も多少は出来るのだけど、ここは黙っていた方が良さそうね。)
アスタリスは心の中で呟いた。
「手品・・・?誰にでも出来るって本当の事なのかい?」
アドニスが言ったその時である。
車の外で騒ぎ声が聞こえて来た。
見ると、この国の村人達が紗良とアドニスの乗った車を見て騒いでいるのである。
「すまない、少しだけ車を止めてくれるかい?」
「う・うん。」
紗良は車を止めるとアドニスは外へ出た。
「あ!これは皇子様ではないですか!」
鍬を持った中年の男が驚いた風に言い、頭を下げた。
「まあ・・こんな所で皇子様にお会いすることが出来るなんて・・!」
恐らく夫婦であろうか、手にかごを持った女性も驚いている。
皇子が居ると言う事で大勢の村人たちが集まってきた。
(この国の人達・・・?暫くこの世界にいる事になるかもしれないから、挨拶しておかないと。)
紗良は車から降りて、アドニスの側に行くと村人たちに挨拶した。
「あ・あの初めまして。私、紗良と言います。暫くここでお世話になるかもしれないので・・よろしくお願いします。」
紗良は頭を下げた。
村人たちは紗良を見てざわめいた。
「な・何・・?あの服、足をあんなに出して・・・。」
若い女性が言えば、
「いや、中々ああいう恰好も悪くないじゃないか。」
ニヤニヤしながら言う男。
「あのお姉ちゃん、巫女姫様みたいに髪が真っ黒!」
紗良を指さす小さな女の子に対し
「これ!指を指すなんて失礼だろう!」
子供を注意する母親・・等々。
「あの・・皇子様、そのお方は一体・・?」
初老の男性がアドニスに尋ねた。
「この女性は、私が招いた大切な客人だ。暫くこの国に滞在する予定なので皆よろしく頼む。」
アドニスは簡単に説明した。
「おお・・!異国の方ですか!道理で我々の見た事もない乗り物に乗っておられる訳ですな!皇子様の客人は我等の客人と同じです。どうぞよろしくお願い致します。」
老人は頭を下げた。
「紗良、行こうか。」
「え?あ、はい・・・。」
二人で車に向かって歩き出すと、一人の若い男性が声をかけた。
「あの・・・アドニス様。」
「何だ?」
「その・・巫女姫様の最近のご様子はいかがでしょうか・・?」
「何も問題は無い。どうかしたのか?」
「い・いえ、何でもありません。」
若者は何か言いたげだったが、そこで黙ってしまった。
車に戻り、運転を再開してから紗良は尋ねた。
「アドニス・・・巫女姫の事、何も言わないのね?」
アドニスは車の外を眺めながら言った。
「駄目だ・・・彼等も異変は感じているかもしれないが、真実を伝えればパニックを起こすかもしれない。今はまだ黙っているしか無い。」
「そう・・。」
暫く草原を走り続けると、やがて大きな城が見えて来た。
「紗良。あれが城だよ。」
「すご・・い。」
紗良は目を見張った。
そこには美しい白亜の城が建っていたのである。
その頃、城の見張り台ではユリウスが望遠鏡を覗いていた。
(ペンダントが強く光り輝いている・・・!兄さんがきっと戻ってきたんだ!)
そして草原を走る1台の車を発見した。
「あれは・・・『鏡の間』で見た事のある乗り物だ!兄さんはきっとあの乗り物に乗っているんだ!」
ユリウスは望遠鏡を握りしめると城の中に駆け戻り、そこにいた家臣達に呼びかけた。
「皆!兄さんが戻ってきた!城の城門を開けるんだ!!」
そこへ宰相が慌てた様子でやってきた。
「ユリウス様、一体何ごとなのですか?」
「兄さんが、巫女姫を連れて城に戻ってきたんだ!」
「何ですと?!おい、早く門を開くのだ!!」
城の門が開けられ、城中の者達が両脇にズラリと並び、アドニスの到着を待った。
ユリウスと宰相は城の入り口の正面に立っている。
やがて車が城に入ってくると人々は初めて見る乗り物に驚愕し、ざわついた。
「あの乗り物は一体?」
「馬も引かずにどうやって走っているのだ?」
皆、初めて見る車に釘付けになっている。
車は城の中に入ると止まり、ドアが開くとアドニスと紗良が降りて来た。
「アドニス様がついに戻られた!」
「おお・・・あの方が・・!」
「新しい巫女姫・・。」
「変わった衣装を着ておられるなあ。」
「なんて見事な黒髪でしょう・・・。」
大勢の人々の目に晒され、紗良は戸惑ってしまった。
そこをアドニスがにっこり微笑んで手を差し出した。
「紗良、おいで。」
そして紗良の手を握ると、さっそうと歩き出した。
そこへ、
「兄さん!!」
ユリウスが息を切らしながら走ってきた。
「お帰り、兄さん。ずっと待っていたよ。」
「遅くなってすまない。」
二人は固く抱き合うと、ユリウスは紗良に向き直った。
「初めまして、巫女姫。僕の名前はユリウスと言います。この国の第二皇子です。ずっと貴女を探していました。」
紗良に跪いて挨拶をした。
「あ・あの、お願いですから頭を下げてください。私巫女姫なんかじゃありません。」
紗良は慌てて言ったのだが、その両手をユリウスはギュッと握りしめて顔を近づけて言った。
「いいえ、貴女は紛れもなく私たちの巫女姫です。」
美しい少女を思わせるような顔を近づけられ、紗良はたじろいだ。
「あ・あの・・・私・・。」
「ユリウス、顔が近い。紗良が困っているじゃないか。」
アドニスはため息をつくと、ユリウスを引き離した。
「あ、こ・これは失礼!」
ユリウスは顔を真っ赤にして後ろに下がった。
「紗良。」
アドニスは優雅に微笑むと言った。
「ようこそ、わが国【アトランティス王国】へ。」
「え?【アトランティス】?!」
国の名前を聞いた紗良は驚愕した。
そして、そんな紗良の驚愕する様子をじっと城壁の陰で冷ややかに見つめている人物がいた事には誰一人気付く者はいなかった・・・。




