アドニス
アドニスはキャンピングカーのベッドで眠りについている紗良の寝顔を見つめていた。
今から1時間程前にキャンピングカーに戻ってきた二人は、夜も更けていた為に今夜は車中泊をする事にした。
余程紗良は疲れていたのか、横になるとすぐに眠りについてしまった。
暫く紗良の寝顔を見つめていたアドニスはそっと紗良の髪の毛に触れた。
(余程疲れていたんだな・・こんなにすぐに眠ってしまうなんて。それにしてもなんて見事な黒髪なんだろう・・・・まるでアスタリスのようだ、。紗良のいた世界では黒髪の人間が大勢いたな・・私の国では珍しい色なのに。)
アドニスは紗良の寝顔を見つめながら、初めて紗良と出会った日の事を思い出していた。
いつものように犬の姿に自身の身体を変え、気配を消して巫女姫を探していた時、突然体の中に隠してあるネックレスが強く光るのを感じた。
建物の中から二人の若い女性が出てきたのである。
アドニスにはどの女性が巫女姫であるのかすぐに分かった。
(ついに見付けた!あの髪の長い女性が巫女姫だ!隣の女性とは格段に違うオーラを身にまとっている。彼女がそうに違いない。)
その時、紗良が一瞬後ろを振り向いたのだが、連れの女性に促されて再び歩き始めたので、アドニスはこっそり後を付けたのである。
そして公園で2人組の男に絡まれていた紗良を助けたのが二人の初めての出会いとなった。
アドニスは座り込んでいる紗良を初めてみた時に、アスタリスに似ていると思った。
漆黒の長い髪は光沢があり、肌は陶磁器のように白かった。
長い睫毛はまだ恐怖の為か少し震えている。
(まるでアスタリスが成長した姿のようだ・・・。)
アドニスが思った矢先、紗良が手を伸ばしてきた。
「なんて美しい犬なの・・・。」
そしてフワリとアドニスを抱きしめたのである。
(・・・・!!)
いくら犬の姿をしているからといって、突然抱きしめられるとは思っていなかったアドニスは動揺してしまった。
けれども紗良の身体が小刻みに震えているの分かり、紗良の肩の上に自分の頭をそっと乗せたのである。
「う・・・ん。」
その時突然紗良が寝がえりをうった為、アドニスは現実世界に引き戻された。
アドニスは黙って紗良の布団を掛けなおし、床にうずくまると目を閉じた。
(明日、ようやく紗良を城に連れて行くことが出来る。でもこの先どうすればいいんだ・・。紗良をこの世界に残すのか、それとも元の世界に返すか・・・それ以前に門を再度開く事が出来るのだろうか?)
考え事をしている内に、アドニスもやがて深い眠りについたのである。
翌朝、アドニスは鳥のさえずりで目が覚めた。
「ん・・・?」
そして自分の身体に薄い布地がかけられている事に気が付いた。
傍らにはベッドで寝ているはずの紗良の姿が無い。
(まさか、寝ている間に紗良の身に何かが?!)
アドニスは慌てて身体を起こすと剣を握りしめ、車の外に飛び出した。
すると
「あ、おはようアドニス。」
キャンピングカーの外で料理をしている紗良がそこに立っていた。
「紗良・・・良かった。目が覚めると側にいなかったから、紗良の身に何かあったのではないかと心配したよ。」
アドニスは安堵の声で言った。
「あ、ごめんなさい!アドニスがあまりにも良く眠っていたから、起こすのが申し訳なくて。昨夜から何も食べていなかったから食事を作っていたの。」
紗良はキャンピングカーに積んであった小型の屋外用調理器具で作った野菜たっぷりのスープをカップに注ぐとアドニスに渡した。
「凄いな・・。こんな便利な調理器具まで用意していたなんて。」
アドニスは感嘆の声を漏らした。
「うん。今回の旅をする為に色々準備していたから・・・でもこんな事になるなんて思いもしなかったけど。」
紗良の言葉は最後の方は今にも消え入りそうな小さな声だった。
「紗良・・・。」
アドニスには紗良にかける良い言葉が思いつかなかった。
「でも、いつまでも落ち込んでいても仕方ないものね。そうだ!パンも持ってきていたの。はい、アドニス。」
紗良はトレーにクロワッサンを乗せてアドニスに差し出した。
「テーブルと椅子を用意してあるから、そこで一緒に食べましょ?」
二人はパンとスープが乗ったトレーを持って紗良が用意した椅子に腰かけた。
「冷めないうちに食べない?いただきます。」
紗良は手を合わせた。
「いただきます・・・か。素敵な言葉だね。」
それを聞いたアドニスは笑みを浮かべた。
「アドニスの国では言わないの?」
「そうだよ。何も言わないで食べるかな?強いて言えば・・・食べよう。かな?でも紗良の国の言葉が気に入ったよ。いただきます。」
アドニスも手を合わせた。
「どうぞ、召し上がれ。」
紗良は照れたように言うと、スープを口に運んで食べ始めた。
「ん?美味い!」
アドニスはスープを飲んで驚いた。
はっきり言うと、アドニスの国の食事はあまり美味しいとは言えない。
見た目はいかにも美味しそうに見えるのだが、それは見かけだけで味が単純で香りも殆どない。
けれど紗良の作ったスープは彩も良く、ピリッとしたスパイスが効いた深みのある味わいのスープであった。
「そう?良かった。私一人暮らしだし、実は料理するのも結構好きなの。気に入ってもらえてよかった。まだ沢山あるから好きなだけ食べて。」
「遠慮なく頂くよ。私の国の料理は正直あまり美味しくないから、出来れば城の料理人達に伝授してもらいたい位だよ。」
「私みたいな素人がお城の料理人の人達に教えていいの?」
紗良の心配そうな声をよそに、
「勿論、何の心配も無いよ。是非、お願いしたい。」
アドニスは頭を下げた。
紗良は言った。
「そう言えば、この国の巫女姫が死にかけていると言っていたでしょう?何を勘違いしてこの世界に連れて来られたのかは分からないけれど、私は医者ではないわよ?」
「でも君は不思議な力を持っているのだろう?私は紗良の魔術を何度も目にしている。その不思議な力があれば巫女姫の病を取り除く事も出来るのでは?」
「魔術?もしかして手品の事を言っているの?」
「手品?それは一体どういう意味だい?魔術とは違うのかい?」
アドニスは不思議そうに首をかしげた。
「手品と言うのは・・・。」
紗良がそこまで言いかけた時、突然アドニスのネックレスが光り輝き、何者かの声が聞こえて来た。
「兄さん!今何処にいるんだ!?大変なんだ!アスタリスが・・・!!」
「ユリウスか?!連絡が遅くなってすまない!巫女姫を連れて、こちらの世界に戻ってきている。アスタリスがどうしたんだ!?」
アドニスはペンダントに向かって慌てて返事を返した。
「医者が言うにはアスタリスの命は長く持っても明日までだろうって言うんだ!兄さん、お願いだ!早く城に帰ってきて!」
「分かった、すぐに城に向かう!」
アドニスは通信を切ると紗良に向き直った。
「紗良、説明は後でする。悪いけどすぐに出発してもらえないだろうか?」
今の会話を聞いていた紗良はただ事では無いと思い、黙って頷いたのである。




