アドニスの回想~2
レナードが手を貸すようになってからは、驚くほどとんとん拍子に準備が整っていった。
どこでそのような知識を手に入れたのか、アドニスが住む部屋の手続きまで済ませたのには流石のユリウスも驚きを隠せなかった。
「アドニス様が住むお部屋はこちらになります。1か月の契約でここに住む事になりますので、滞在期間が長引くようでしたら更新の手続きが必要になりますが、その書類も私が準備致しましたので。」
アドニスはレナードから書類を受け取り、手続きの方法を念入りに教えて貰った。
「兄さん、並行世界では『身分証明書』と言う物が必要らしいんだ。これは兄さんの身元を証明する身分証明書だよ。」
ユリウスはアドニスに1枚の小さなカードを渡した。
「どうやってこんな物を?」
アドニスは疑問に思った。
「・・・実は嘘の身分証明書なんだ、これは。本当はいけない事なんだけども、巫女姫を探すためにはこの位の事をしないと。」
「ハア・・・皇子であり、騎士の私が嘘をつかなければならないなんて・・・。」
アドニスはため息をついた。
「アドニス様、嘘も方便と言うことわざがあちらの世界ではあるのですよ。」
「どういう意味だ?」
アドニスはレナードに尋ねた。
「目的の為には嘘も必要、と言う事でございます。」
(どうしてレナードは並行世界についてこんなに詳しいんだ?いつか、必ず問い詰めなければ。)
アドニスはレナードの様子を伺いながら思った。
そしてそれから5日後、ついにアドニスは並行世界へ出発する事になった。
「兄さん、今この世界は夜だけどむこうの世界は昼間だから安心してその姿で出発して大丈夫だよ。」
そこは鏡の間、部屋に居るのはユリウスとアドニス、レナードの3人だけである。
アドニスの来ている服は、急ぎ街の仕立て屋に作らせたもので、いわゆる並行世界で「スーツ」と呼ばれる服を着ている。
「分かった、それにしてもこの服は・・中々動きにくい。首に巻いたこの紐も慣れないし。」
「大丈夫、良くお似合いですよ。どこから見てもあちらの世界の住民そのものです。誰も異世界の人間とは疑わないでしょう。」
レナードは満足そうに言った。
「そんなものか・・?」
まだアドニスは着慣れない服で落ち着かない様子である。
「兄さん、まずは巫女姫の気配を探知できる場所で、さらにひと気が全く無い場所に転移させる。後は兄さんがしているネックレスを通して、僕と定期的に連絡を取り合っていくんだ。」
「分かった、アスタリスの事、よろしく頼む。」
「兄さんも、ご武運をお祈りします。」
アドニスは魔法陣の上に立つと、目を閉じた。
ユリウスの口から門を開ける呪文が唱えられ・・・・やがて眩しい光に包まれてアドニスは並行世界へ転移したのであった。
アドニスが初めて目にした並行世界は、まさに驚きの連続で息をつく暇も無い程であった。
アドニスが住む部屋は家財道具が全て揃ってあり、スイッチを付けるだけで部屋は明るくなるし、火も使える、温かいお湯も簡単に使えた。
人を乗せて走る「電車」「車」等を初めてみた時には衝撃を受けた。
おまけに人々は皆「スマホ」と呼ばれる道具を持ち、どんなに遠く離れた場所に居てもいつでも連絡を取り合う事が出来るのは、魔法としか思えなかった。
アドニスは昼間の間は人の姿でひたすら巫女姫を探し、夜は銀の犬の姿に変え、人目が付かない生活を送るようにしていた。
(人という物は意外と順応性があるんだな。)
アドニスがそう思えるようになったのは並行世界にやってきて、半月が過ぎた頃であった。
「どうだい?兄さん。そちらの世界は慣れた?」
毎日太陽の日が落ちる前にアドニスはユリウスとネックレスを通して定期連絡を取り合っていた。
「ああ、大分慣れたよ。でもまだ巫女姫は見つからないんだ・・とにかくこの世界は人が多すぎる。」
「そうなんだね。こっちでも今巫女姫がいる地点の特定に急いでいるよ。アスタリスは未だ意識が戻らないよ・・。」
「そうか・・・話はちょっと変わるけど、昼間道を歩いているとよく色々な知らない人達から声をかけられるんだ。」
「え?どんな風に?」
「よくは分からないが、モデルにならないか?なんて話しかける人達もいるし、中には見知らぬ女性たちからも突然、お茶でも飲みませんか?と言われる事もある。」
「女性から、誘うなんて考えられないよ!」
ユリウスの驚いた声がした。
「ああ、全くこちらの世界では私たちが住んでいる世界の常識と大きくかけ離れているよ。まず何より、女性たちの着ている服が目のやり場に困るような服装が多くて困る。」
アドニスはため息をついた。
アドニスたちの住む世界では女性は地面まで届くような長いスカートを履き、暑い日でも服の袖から腕を出す事は無いのに、こちらの世界では気温が上がってからは腕や足を露出した洋服を着ている女性たちが数多く街を歩いている。
(並行世界の女性たちの姿を見たら、あの世界の女性たちは卒倒しかねないかな?)
アドニスはクスリと笑った。
「?どうしたんだい?兄さん?」
「いや、何でもない。兎に角一刻も早く巫女姫を探しだして、連れて帰ってくる。」
「分かった。兄さん、あまり無理しないでね。」
そしてアドニスは通信を切った。
「さて・・・少し休んだら出かけよう。幾ら犬の姿に変えたとしても夜の探索は体力の消耗が激しいからな・。」
アドニスは独り言を言うと、ベッドに倒れこみ目を閉じた。
アドニスは夢を見ていた。
そこは何処か地下室のような場所。
周囲には大勢の若い男達が真っ暗な舞台を見つめて歓声を挙げている。
アドニスは黙ってその様子を見舞っていると、突然四方八方から強い光が舞台を照らした。
そして明るく照らされた舞台にやってきたのは・・
そこでアドニスの目は覚めた。
「何だか、今夜は巫女姫が見つかるような気がする。」
アドニスは人間の姿から犬の姿にその身を変え、ひっそりと部屋を後にした。
巫女姫を探すために・・・。
そして、まさに「その日」がやってきたのである。




