アドニスの回想~1
今を遡る事数か月前--------
「兄さん、このネックレスが並行世界への門を開いてくれる。」
「分かった。」
アドニスはユリウスからネックレスを受け取ると首にかけ、目立たないように服の中に隠した。
「そしてこの指輪で自分が念じた生き物に変身する事が出来るんだな。」
ユリウスは右手にはめた指輪を見た。
「ところで・・・兄さん。」
ユリウスは言いにくそうにアドニスに声をかけた。
「ん?何だ?」
「兄さんは、ひょっとして並行世界《向こう》に行けば、すぐに巫女姫を見つけられる・・と思ってる?」
「え?違うのか?」
アドニスは何を言っているのだと言わんばかりの口調であった。
「兄さん・・・」
ハアッとため息をつきながらユリウスは言った。
「それは確かにアスタリスの事もあるし、一刻も早く巫女姫を見つけて連れて来なければならないのは当然の事だけど、そんなすぐに見つかるなんて甘い考えは駄目だよ。」
「そうなのか?」
「並行世界に住んでいる人々は、この国に住んでいる人々とは比べようもないくらいの人口なんだよ。しかもこのネックレスも半径20㎞までしか特定出来ないんだ。」
「そうか・・・それは長期戦になりそうだ・・。それなら何処か仮の住む場所を探す必要があるな。」
うんうんと頷きながらアドニスは呟いた。
「兄さん、あの世界で犬の姿をした状態で何処に住むって言うんだい?食べ物の確保は?」
「私は行けばすぐに巫女姫を見つけられると思っていたから、そこまで考えていなかった。」
アドニスは剣の腕前は一流で、頭も中々切れるのだが肝心な所が少し抜けている所がある。
そこがユリウスには悩みの種となっていた。
「でも、大丈夫。良い手があるんだ。」
ユリウスは言うと、大人の腕がくぐれそうな銀色のリングを取り出した。
「このリングは何だ?」
アドニスは初めて見るリングを指さした。
「このリングは<簡易ゲート>さ。ここに腕を入れると・・。」
言いながらユリウスは左手でリングを持ち、右腕をリングの中に入れた。
「!!」
アドニスは衝撃を受けた。
ユリウスがリングに腕を通した部分が消えているのである。
「ユリウス!お前の腕が・・!」
しかしユリウスがリングから腕を引き抜くと、手にはリンゴが握られていた。
「これは・・・!」
「驚いただろ?兄さん。このリングは腕が通る大きさの物なら何でも取り寄せる事が出来るんだ。」
「どこでこんな物を?」
「これも城の宝物庫で見つけたんだ。ただ、鍵の開け方が複雑な暗号になっていて、大変だったよ。」
「そうか・・・色々お前は動いていてくれたんだな・・。ありがとう。」
アドニスはユリウスの肩に手を置いた。
「これぐらい、当然だよ。兄さんはこれから僕たちが一度も行った事の無い未知の世界に行くんだから。しかも人の姿を変えた状態で。僕に出来るのは兄さんを精一杯サポートしていく事なんだよ。このリングがあれば飲食には困らないから。」
「となると後は、仮の住居の問題か・・。何処か目立たない場所でテントを張って野営するのはあの世界では難しそうだな・・。」
アドニスはユリウスと一緒に<鏡の間>で見た、巫女姫が住むという並行世界の光景を思い浮かべた。
その世界はこちら側では見た事も無いような巨大な建造物が立ち並び、人を乗せた乗り物が空を飛んでいる。
また馬車など一切無く、物凄いスピードで走り回る光沢のあるボディの乗り物が走り、森や草原が一切見当たらない世界なのである。
「豊かな暮らしぶりには見えたが、あのように自然が一切無い世界では息が詰まりそうだ。」
アドニスはため息をついた。
「仕方ないよ、兄さん。文明の進み具合がここと、あの世界では天と地ほどの差があるんだから。でも、とてもあのような環境では身を潜めて暮らす事は出来ないよ。」
(一体、どうすれば巫女姫が見つかるまであの世界で暮らしていけばいいんだ・・・。)
アドニスが頭を悩ませていた時、ノックの音がした。
「ユリウス様、少しよろしいでしょうか?」
声の主はレナードであった。
「うん、入ってくれ。」
ユリウスはドアに向かって声をかけた。
「失礼致します。」
レナードは頭を下げながら入室し、アドニスに気が付いた。
手には書類の束がある。
「これはアドニス様、ユリウス様のお部屋にいらしたのですね。」
「ああ・・でもレナードは何の用事があってユリウスに会いに来たんだ?」
アドニスは眉根を寄せて問いかけた。
実はアドニスは以前からこのレナードと言う男に不信感を抱いていた。
どこか、自分たちを・・・と言うか、この国に住む全ての民を馬鹿にしているような態度がそこはかとなく感じ取れていたからである。
(この男は危険だ・・・!)
アドニスは本能的に感じ取っていたのだが、まだまだ子供のユリウスには通用しない話で、しかもレナードのその頭脳に惚れこんでいる節もある。
レナードは若干28歳と言う若さで筆頭大臣の地位を得ている男であり、その身元は不詳で一切が謎に包まれていた。
城の兵士の話によると10年程前にある日突然この城に現れて、何でもするから働かせてくれと頼みにやってきたそうだ。
着ていた衣類はボロボロで、レナードを最初に見つけた下働きの男が初めは乞食だと思った程である。
彼を憐れんで、男はレナードを働かせてもらえるように口利きをして、下働きとしてレナードは城に努める事になった。
レナードの頭脳は素晴らしく、様々な場面でその能力を発揮し、ついには大臣と言う役職にまで上り詰めていったのである。
アドニスにとっては、この世界にはおよそ似つかわしくない頭脳のレナードは危険人物にしか見る事が出来なかった。
そのような警戒心をあらわにしたアドニスを気にも留めず、レナードはアドニスの問いかけに答えた。
「はい、私はユリウス様に頼まれていた並行世界を調べて、書類をまとめてお持ちしただけでございます。」
言うと、レナードはユリウスに書類を手渡した。
「ありがとう、もう下がっていい。」
ユリウスは書類を受け取ると満足気にレナードに言った。
「はい、それでは・・・。あ、そうそう、アドニス様。」
立ち去り際にレナードはアドニスに声をかけた。
「何だ?」
「並行世界にはアドニス様が行かれるそうですね。」
「ユリウス!お前、そこまでレナードに話したのか?!」
普段は温和なアドニスンの態度にユリウスはたじろいだ。
「ど・どうしたんだよ?兄さん。だけどレナードはこの城一番の博学者なのは知っているだろう?だから協力してもらたんだよ。」
「私に秘密にしていてか?二人でどれだけの話をしてきたんだ?」
アドニスはイライラしながらユリウスに問い詰めた。
「だ・だってそれは兄さんが・・・。」
ユリウスは口ごもると、後は俯いてしまった。
アドニスがレナードを毛嫌いしているのにはユリウスは感づいていた、だからこそレナードの話は今まで話せなかったのである。
「まあまあ、その位にしてユリウ様を許して頂けませんか?第一この国の異変を止めるのは皇子達だけでなく、我等家臣の務めでもあります。ですからユリウス様に相談を受けた時に、協力を申し出たのでございます。」
レナードは笑みを浮かべ、場を治めようとした。
「それで、私に何の話がある?」
アドニスはレナードに向き合った。
「アドニス様にアドバイスをと思いまして。」
「アドバイス?」
「ええ、アドニス様は騎士だけあって、身体も精神も鍛えていらっしゃしゃるので恐らくあちらの世界でも太陽の出ている時間だけでしたら普段通りの姿で過ごされても全く問題は無いはずです。」
「その根拠は?」
「強靭な精神力をお持ちですので、太陽の光がある内はあちらの世界の毒素にも耐えうる事が出来るだろうからです。1日中動物の姿でいるには、あまりにもあちらの世界は住みにくいようですので。」
「そうだ!きっと兄さんなら昼間の間だけは今の姿のままで大丈夫なはずだよ!そうすれば巫女姫が見つかるまでの住む場所も探せる。そうと決まれば、さっそく兄さんが並行世界へ行っても困らないよう、整えるよ。任せておいて!レナード!」
ユリウスはレナードに向き直った。
「はい、僭越ながら協力させて頂きたいと存じます。」
レナードは深々と頭を下げたのである。




