序章~始まり
緑溢れる豊かな大地。
そこに住む人々はこの大地に古より存在してきた「魔力」によって生活の基盤を築いていた。
各家庭には、それぞれ大人1人分はあるかと思われる巨大な水瓶がある。
水が欲しいと願えばいつでも水が満たされ、火が欲しいと願えば何もない空間から炎を出現させる事が出来た。
又、畑には欲しい野菜の種を蒔くだけで、数週間もすれば勝手に野菜は育ち、収穫時だけ人の手を必要とするだけであった。
それらの生活を当たり前としてきた人々は怠惰になり、文明の発展は数百年間進歩する事は無かった。
いずれ、この世界から「魔力」が失われてしまう事などは誰もが夢にも思っていなかったのである。
この国を統治している者達以外は・・・・。
高さ10mはあろうかと思われる太い石柱に囲まれた広い神殿。
神殿の中央には大人が手を回しても掴めそうにない大きな球体が台座の上に置かれている。
いつもなら、この球体は青白く静かに光り輝き、この世界に住む人々に安住の地を与えていた。
けれども最近の様子は違っていた。
球体からは目も眩むような青い光のエネルギーを放ち、神殿全体がビリビリ震えている。
神殿には十数人の神官たちが、成すすべがなく呆然と佇んでいるしかなかった。
ただ、はっきり分かっている事は、このままでは魔力が完全に失われてしまいこの国が混乱に陥ってしまう、と言う事だけであった。
「巫女姫様の御身体の具合はどうなのだ!」
1人、年配の他の神官たちとは違う、高位僧の法衣を着用した人物が叫んだ。
「は・・・はい。ラミエル様。意識も無く、相当お身体が弱っておられます・・・・後数日持つかどうか・・・。」
若手の神官が青ざめた表情で言った。
「何という事だ・・・・。巫女姫様・・まだ、たった12歳の子供だと言うのに、おいたわしい・・。」
ラミエルと呼ばれた高位の神官はがっくりと首を垂れた。
一方、その頃城の豪華な部屋の一室では天蓋付きのベッドに横たわる少女がいた。
その少女は長いウェーブのかかった見事な黒髪の美しい少女で肌は陶磁器のように白かった。
だが、顔面蒼白で息も絶え絶えで瞳を閉じて意識を失っている。
「アスタリス様、お気をしっかり!!」
巫女姫が生まれた時からずっと側に仕えていた侍従長の女性が目に涙を浮かべながら必死になって巫女姫に呼びかけ続けている。
アスタリスと呼ばれた少女はそれでも目を覚まさない。
ただ、苦しそうな息遣いが聞こえるだけである。
他にもベッドの周囲には国中から集められた医者たちを含め、大勢のお付きの者達が巫女姫の様子を青ざめた表情で見守っている。
「どうにならぬのか!巫女姫をお助けする方法はないのか!このまま万が一姫に何かあればこの国は・・・!!」
たっぷりとした口髭を蓄えた宰相は国中から呼び寄せた医者達に溜まらず詰め寄った。
医者の代表の1人が
「し、しかし我々はあらゆる手をつくしました。けれど巫女姫様のこのような症状は今まで診たことがありません。新種の病か、あるいは何者かに未知なる毒を盛られたか・・・それすら分からないのです。」
その後、言いにくそうに
「ただ・・・一つ言えることは巫女姫様のお命は、もって後数日かと・・・。」
申し訳なさそうに言うと、他の医者たちも全員うつむいてしまった。
「ええい!揃も揃って、この腰抜共が!呼び寄せた時には我々にお任せくださいと自信あり気だったと言うのに、何を今更そのようなセリフを吐くのだ!!」
宰相は青筋を立てて怒鳴り散らした。
「宰相・・落ち着いてください。ここは病室、巫女姫様の寝所ですよ。」
荒い息を吐いて興奮している宰相をなだめるように年若い大臣が声をかけた。
「今は巫女姫様のお命の心配もありますが、今後の対策を立てなければ・・・そろそろ例の計画を実行に移す時ではありませんか?」
「何と言う事を言うのですかレナード様?!もはや巫女姫様の命など、どうでも良いと貴方はおっしゃるのですか!」
侍従長はキッとレナードと呼んだ大臣を睨み付けた。
レナードは両手を顔面にかざしながら
「いえいえ、滅相もありません。巫女姫様は我らの希望。ですがもし万一巫女姫様に何かあった場合ではもう遅いのです。」
「確かに・・・。」
宰相は口元に手をやり考える素振りで言った。
「元々、この国の生活の糧は全て巫女姫様の魔力が神殿の球体に送られて大地に降り注いでいます。
けれども巫女姫様が倒れられてからは、球体から凄まじい勢いで魔力のエネルギーが放出されているのは皆さま、御周知の通りです。
巫女姫様となる方々は、代々その血を引き継いできました。
けれども、今はまだ巫女姫様の血を受け継ぐ人間が存在しない故にこのような事態に陥ってしまっている訳です。」
レナードは雄弁に話し続けた。
「巫女姫様が倒れられてからは、魔力の供給が少しずつ失われ始めて国中の生活に影響が出始めています。国民にいずれこの国の魔力が無くなってしまうのが知れ渡るのも時間の問題かと。」
「確かに・・・国民からは疑問の声が届くようになってきたのは確かです。」
宰相に仕える執事が応えた。
「では、早速準備を始めさせて頂きます。皆さま失礼致します。」
レナードは一礼すると寝所を後にした。
後姿を見送ると大臣は誰ともなしに言った。
「全く・・・この最中、第二皇子のユリウス様は何処へ行かれたのだ?国王陛下が亡くなり、第一皇子のアドニス様も半年程前からずっと行方が分からなくなっていると言うのに・・・。」
それを聞いたユリウスの側仕えの若者がおずおずと、
「あの~実はユリウス様は数日前から<鏡の間>にこもっておられますが・・。」
「何!!何故そのようは重要な話を今まで黙っていたのだ!!ウッ!ゲホッゲホッ!」
再び激高した宰相は、あまりに興奮しすぎた為、咳き込んでしまった。
「宰相、落ち着いてください。」
執事は宰相の背中をさすりながら、近くの椅子に座らせた。
「お前の知ってる限りのことを話すのだ。」
椅子に座った宰相はジロリと側仕えの若者に命令した。
「は・はい・・・!ユリウス様からは今日までこの事を一部の人達以外には伏せておられましたが、いよいよ準備が整ったので、発表しても良いと許可を頂いております。
ユリウス様の話によると、ついに次世代の巫女姫となられる人物を見つけたそうです。
どうもその人物は『向こう側の住人』で、数日以内にはこちらの世界に呼び寄せると話しておられました。」
「それは本当か?!では、さっそく<鏡の間>へ向かうぞ!」
宰相の呼びかけに
「はい!!」
周囲の人間が一斉に返事をし、大臣を先頭に寝所を出て行った。
後に残されたのは、侍従長と巫女姫に仕えていたメイドたちと腰抜けと呼ばれた医者たちだけであった。
「皆さん、酷い・・・巫女姫様を放っておいて、次の巫女姫様を迎えるなんて・・・。」
「確かに、巫女姫様はほとんど口を利かずに大人しい方でしたが、笑うと笑顔の可愛い女の子でした。」
「まだ、たった12歳なのに殆ど神殿の中から外へ出してもらえずに、他の子供たちが遊んでいる姿を窓からよく覗いて見ていたのを私は知っています。」
メイドたちは口々に涙を浮かべながら語り合った。
「アスタリス様・・・私は貴女が巫女姫として、生まれてきた時からお世話させて頂きました。生まれたばかりの貴女を実の両親から引き離すときは哀れでなりませんでした・・・。
それ以来、貴女の親代わりとしてずっと育てて参りました。
愛しいアスタリス・・・どうか、どうか目を覚まして下さい・・・。うっうっ・・」
侍従長は、とうとうアスタリスの手を握りしめて泣き崩れてしまった。
それを一人離れたところで、じっと冷めた目で見ているおかっぱ頭の赤毛の少女がいた。
(はっきり言うと今死にかかっている巫女姫様になんて何も興味も、可哀そうって感情も持てないんだよね・・・。まあ、こうなった全ての責任は私にあるから、こんな事考えちゃいけないかな?
けれど、どっちかと言うと次の巫女姫様の方が興味あるし。いつまでも居たら疑いの目をかけられかねないし、第一こんな辛気臭い場所にはこれ以上居たくないから今のうちに出て行こっと。)
少女は思い立つと、そ~っと寝所から出て行き、手早く荷物の整理をすると城から出てきた。
「さよなら、巫女姫様。貴女も運が悪かったわね。あの方に目を付けられ、私なんかを側に置いたせいで。
でも、悪く思わないでね。命令だったから。それに貴女も・・・死にたがっていたようだし。」
丘の上に立ち、城を見つめながら少女は呟いた。
「あ~あ・・。それにしても、あの国の人達は皆お人よしね。そんなんじゃ、すぐによその国に征服されちゃうわよ。」
少女は肩をすぼめて
「さ、仕事も無事に済んだことだし国に帰ろっと。次の”巫女姫様”の報告もしないといけないし。」
にっこり微笑むとそれきり城を振り返ることなく、少女は立ち去った。
初めて投稿します。
至らない文章かもしれませんが、よろしくお願いします。