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08 脈動

 驚愕する9人を前に俺は立ち尽くしていた。


「まさかお前、加藤より早いとはな」


 清水は言う。そういう加藤は無言で俺に握手を求めてきた。思わず握ってしまうと肩を叩かれた。


「感動した。見直したぜ」


 一体何を見直したのだろうか?加藤はそれだけ言って手を放した。

 谷風に支援を求めるも男はただ茫然としていた。

 鈴村は何を思ったのか突然手を叩き出した。


「おめでとう」

「ありがとう」


 俺は礼だけ言って早々と拍手をやめさせた。ノリが広まると目立つことになりさらに恥をかくことになる。


 俺が何とか皆を鎮めるために必死になっているとモルドレットが俺たちの中に割って入ってきた。


「ご歓談中申し訳ありませんが、準備が整いましたのでこちらに」


 昨日予告された体力測定が始まった。


 鈴村が小声で「燃えてきたぜ」と独り言が聞こえてきた。燃えないでほしい。


 しかし異世界の体力測定とは思っていたのとは違った。


 最初に行ったのは握力測定だった。次に立幅飛び、反復横跳び、上体起こしと続き立位体前屈、50メートル走、ハンドボール投げ、最後に長距離走を行った。


 最初にモルドレッドが項目を読み上げていく最中思った。


「これ学校のやつじゃね」


 口にしたのは清水だった。どうやら俺と同じことを思ったらしい。


 そして次々項目をこなしていきその最中の休憩時間、谷風は言った。


「俺何かさー、こう異世界ならではの測り方でさ『こ、この子の魔力は一体!?』『これは奇跡じゃ!』『す、すごい凄すぎる!』『これはもう生徒の枠を超えた教師になってもらうしか』みたいな」


 俺は谷風の漫才を聞いていて思った。


「それ測定方法じゃないだろ」


「結局学校のやってきた体力測定は洗練されたやり方ってことだろ?異世界でもやってんだから」


 唐突話の中に南が入ってきたので驚いたが俺はそれを聞いて確かに、そう思った。


 そうして昼食をはさみながら最後の長距離走を行った後には日が暮れていた。


「俺もしかしたらオリンピック出れるかもな!」


 加藤は長距離走を終えてそう言った。


「白田お前やべえじゃん!リンゴいけるって!」


 清水は白田の肩をバシバシ叩きながら当の本人は困惑している様子だ。


「私、今まで長距離走って完走できなかったの……」


 そう小声で言っていたのは桜だ。


「これが私の力……」


 篠原が自分の手のひらを見て何かを一人感じ取っている。


 この体力測定は不思議な結果で終わった。


 経験上体力測定は人数の問題から二日に分けられていたが、それでも一日で終えたとしても疲労困憊のはずである。それにも関わらず俺たちにはこうして無駄口を叩くほど余裕があった。


 まず初めの握力測定で白田は計測器を壊した。針が一瞬で一回転して持ち手が壊れたのだ。


 次の立ち幅跳び、高千穂は男子の世界記録を軽々と超えた。


 反復横跳びでは篠原から残像が見え、上体起こしでは俺も驚くほど数が増えていた。


 立位体前屈、谷風が一枚になった。


 そして50メートル走で加藤は俊足を見せ5秒を下回った。


 最後の長距離走では桜は女子の平均タイムを上回って完走した。


「あれ?中学時代はテニスやってるって?」

「私、マネージャー……」

「……」


 俺はそれを聞いて黙った。


 体力測定を終えた俺たちはシャワーを浴びるように勧められた。

 勧められるや否や高千穂に篠原、桜、おまけに鈴村がその手を取られ一緒になって駆けて行った。鈴村も何だかんだ仲良くなってきているようだ。


 しかし俺は清水らとともにシャワー室へ向かう途中、一人足を止めていた。


「どうした?」


 不思議な顔で俺を見る清水。


「い、いや……俺は」

「正義はメイドさんに背中を流してほしいんだよ」


 事情を知っている谷風がすかさずフォローを入れてくれた。俺はすかさず二回、心の中で谷風のグットボタンを押した。


「のろけやがって」


 加藤はにやけながらそう言って清水は手を振った。


「また後でな」


 この後の食事会のことである。


「おう」


 俺は返事をして、いつの間にか隣に立っていたマリアンヌが眼鏡を返してくれた。汗で汚れた手を彼女は嫌とはせず行きと同じように握ってくれた。

 しかし俺は嫌なことを聞いていた。


「びりびりしないか?」

「いいえ、どうかされました?」


 不思議そうなマリアンヌに俺は顔をそむけた。


「何でもない」


 部屋に戻るなりマリアンヌは冷たい飲み物を用意してくれた。その間マリアンヌは風呂の準備をしてくれると言う。しかし汗を流す程度なのでお湯は張らなくて良いと言っておいた。


 準備はすぐにできたらしいマリアンヌがタオル一枚でやってきた。


「さあ、一緒に参りましょう」


 俺はその光景に目を丸くした。


「だめだ!!」


 俺は思わず大きな声が出てしまった。


 マリアンヌは目を大きく見開いていた。

 俺はマリアンヌの顔をまともに直視することができず、その横を足早に通り抜けて逃げた。

 ただ真横を通る際「ごめん」と、自然と言葉が出た。


 お風呂場の脱衣所で服を脱いでいるとドアがノックされた。

 当然、マリアンヌだ。


「先ほどは出過ぎた真似をしました。申し訳ありません」


 俺はドアまで寄って扉に手を添えた。


「謝るのは俺の方だ。君を、マリーを傷つけるような真似をして、だけど……ごめん。お風呂は、一人で入りたいんだ」


「何が事情が……あるのですね」


「うん。でも、今は言えない。でもいつか!必ず君に!」


 本当は今ここで扉をあけ放ちたかった。しかしそれはできなかった。扉に添えた手が情けなくて拳を握った。


 しかし――


「私はいつでもお待ちしております」


 マリアンヌの声は暖かかった。


「ありがとう」


 声が震え目頭が熱くなった。


「ではお風呂上りにギュッとさせてくださいね」


 その何とも彼女らしい言葉に思わず笑ってしまった。

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