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「繰り返さぬように」

雨はますます強くなり、ザアザアと音を立てて地面を叩きつけた。

「コンビニって傘も売ってるんだね!すごい!」

窓からその強い雨が降りしきる様が見えたので、一応人数分のビニール傘を購入した。

先輩はビニール傘を手に取って、隅々まで見回していた。

「今どき、コンビニに入ったことがないなんて、ミス新川も変わってますねぇ。」

東の言うとおりだ。新川先輩の実態は、やっぱり謎のままだ。

……今思えば、この人は決まっていつも屋上にいる。そこまで不思議に思わなかったが、こうして考えてみれば、授業はどうしてるんだ?

学校から帰ってるところも見たことないし、通ってるところも見たことがない。もっと言えば、学校の屋上以外で新川先輩を見たことは一度もない。全校生徒が集まる集会でも見かけたことは無い。いくら学年が違うと言っても、明らかにおかしい……考えすぎか?

「よし!雨すごいけど、出発しよう!苦難を乗り越えた先に、必ず希望はあるのだ!おー!ほら、きょうかちゃん、おー!」

「え?お、おー……」

「ダメだよそんなんじゃ!おー!!」

「……お、おー!」

「よし!後悔解消部!番号!いち!」

おい!そんなのないだろ!

「ほら、しんじ君!いつもやってるじゃん!にだよ、に!」

やってねぇよ知らねぇよ初耳だよ!

全く、真剣に考え事をしてたのに調子が狂う……

「二……」

「次は僕かな?三!」

「きょうかちゃんもだよ?」

「え、でも私まだこの部活に入ったわけじゃ……」

「いいのいいの!はいよんだよ、よん!」

「よ、四!」

冴嶋さんが新川先輩のテンションに負けている。シリアス要素もどんどん置き去りにして突き進む先輩に、冴嶋さんが完全に呆れる前に、早く冴嶋さんの後悔を解消しないと……

「さー、いこー!」

先輩はビニール傘を勢いよく広げ、曇天に高く掲げ、声を上げた。その笑顔の裏に、底知れない何かを感じ取らずにはいられなかった。

先輩、あなたは一体、なんなんですか……


────数分後────

「この光の道、結構続くねぇ……」

懐中時計の能力によって道に敷かれた光は、まだまだ先まで続いている。車道のスペースで精一杯の、ガードレールが隔てられた狭い歩道を、新川先輩を先頭に、俺、冴嶋さん、東の順で歩いていた。

「あずま君、意外と短気?」

雨の中歩き続けて疲れたのか、東が漏らした一言を新川先輩がからかうように拾った。

「いやいや、雨が嫌いなだけですよ。そもそも僕が短気なら、模範生徒なんてできっこない。」

勉強における集中力、ということだろうか……そもそもこの学校に入学できる時点でそこそこ学力は高いのに、さらに模範生徒の座まで獲得するには確かに、相当な努力が必要だろう。

「模範生徒、ねぇ……」

……! 今……

「? ミス新川、なにか?」

「ううん。なんでもないよ。でも、模範生徒だからって、なんでも出来るって訳じゃない。それは先輩として言っておきたかったの。」

「はぁ……なるほど……」

雨は止む気配もなく降り続けている。

東と新川先輩の距離が少し離れているため、東には新川先輩が漏らした呟きは聞こえなかっただろう。だが、俺にははっきりと聞こえてしまった。

『懐かしいなぁ……』

彼女は確かにそう言った。

新川先輩の表情は見えないが、雨の中、儚げに空を見上げる先輩の顔が、なんとなく頭に浮かんだ。


ここに来て体調がまた悪化してきた。気圧の変化からか、頭痛がひどい。きつく締め付けるような痛みに、少しばかり苛立ちを覚えていた。なんでこんな時に、といったところか。

「あ、あのさ、冴嶋さんって、中学の時何部だったの?」

自分自身の気を紛らわせるためにも、そしてあまり溶け込めていない冴嶋さんの緊張をほぐすためにも、何気ない質問をしてみた。

「帰宅部。」

即答だった。

「へぇ、なんで?」

「……言ったでしょ、ずっとピアノやってたから、部活なんてやってる暇ないの。」

なんとも愛想のない返答だったが、ここで終わらせるのも妙に気まずい感じがしたので、もう少し踏み込んでみることにした。

「得意な教科とかは?なんかある?」

「音楽と美術。」

「音楽は分かるけど、美術も得意なんだ〜。すごいね!」

普段の俺なら、こんなおちゃらけた調子なることはない。あえて女子が話しやすい男子を演じている。さぁ冴嶋響歌、俺の演技力にひれ伏せ!

「……うざい。」

玉砕!

「いやぁ、そんなこと言わずにさ、あ、そうだ!なんて呼べばいいかな?ずっと冴嶋さんじゃ、なんかしっくりこなくて。」

「呼ばないで。」

二度目の玉砕!

屋上の時から思っていたが、なんでこいつはこんなにも俺に対して辛辣なんだ。俺がなにかしたって言うのか?

「そ、そっか。でもすごくない?俺達今本当に過去にきてるんだよ?すごいよねぇ、普通なら絶対有り得ないよ!」

「…………」

遂には無視か。短い会話だった。見た目はかわいらしいし、ピアノも上手いし、まさに理想の美少女だが、こんな調子じゃ、普通のクラスの平凡な女子の方がマシだ。

「お、道曲がるね。」

長かった一本道がようやく終わり、人が住んでいるのかも分からないボロ小屋の前を曲がった。

見回すと、辺り一面畑だらけで、チラホラと見える塗りの禿げた鳥居や、畑の所有者であろうご老人が焼畑をしている様子が、田舎の匂いを漂わせる。

「あ、この道は知ってます。何回かですけど通ったことがあるので。」

ふと思い出したように冴嶋さんが先頭の新川先輩に向かって、少し大きめの声で言った。

「お、じゃああと少しかな?」

「はい。ありがとうございます。」

「やっと着くのか……」

つい声に出てしまった。頭痛と雨の中、ここまで歩くのは正直しんどかった。

「……ん?でもさっきの不良の話のとおりなら、お姉さんはもう既に家にはいないんじゃ?」

そういえば。という感じで浮かんできたのでまたまたつい声に出してしまった。目的である冴嶋さんの姉がいない家に行っても、まずその中に入れないだろうし、当然手がかりも得られない。

「あ。」

新川先輩が歩みを止めて呆気に取られた顔を見せた。

いやぁ。何のためにここまで歩いたんだよ。

「考えればわかること、誰も気づかなかったなんて……最初のワープと言い、今日は不調だね。」

東が傘の外に手を出して、まだ止まない雨を嘆くように言った。

「んー。誰かに“邪魔”されてるのかなぁ。」

「え。そんなことあるんですか。」

「考えすぎかなぁ。でも今までこんなこと、なかったもんね。」

ワープを失敗したのも、能力でカバー出来るし、今までの無駄足だって、別に考えれば分かったことなので、一見大したことないように思える。

でも普段なら、そんなミスはしないはずだ。俺達だってそれなりに頭の回転は早いし、なにより模範生徒の東までいるんだ。“考えれば分かることが、考えられなかった。”なんてことは滅多にないというか、ありえないと言っても過言ではない。

ワープだって今までは必ず後悔と密接に関係している場所かその近くにワープしていた。全く身に覚えのない道端にワープするなんて新川先輩も想定外だっただろう。

これでもし、俺たちの後悔解消が本当に誰かに邪魔をされているとしたら……

全く展開が読めない。嫌な予感がする……

「まぁいいや。終わったことだし。ねぇ、無駄足ついでに、やっぱりきょうかちゃんのお家、行ってみようよ。なにかある気がするの。」

「えぇ……そんな曖昧な理由で……」

「男はグチグチ言わないの。」

「はいはい……」


────さらに数分後────

「見えてきました。あれです。」

冴嶋さんが指をさす向こうには、畑だらけの田舎にはそぐわない、いや、この土地の方が“あれ”にそぐわないほど立派な白く大きい家(というよりほぼ城)が建っていた。

「わぁ……」

「オォ……」

新川先輩も東も、この規模の家を全く想像していなかったので、口が開きっぱなしだった。

「でっけぇ……」

俺自身も、ため息混じりにそう呟いた。


冴嶋さんの家に近づけば近づくほど、その威圧感がひしひしと伝わってくる。

……冴島さんの手が震えている。怖いのだろうか。自分の過去と、向き合うのが。

「ついたね。」

冴嶋家の豪邸の正門に到着した。光の道もそこで途切れている。

巨大な家は、白い外壁に囲まれていて、門は薔薇の茨をあしらったデザインになっている。表札には、筆記体で冴嶋と書かれていて、門の先に、機能していないが、中心に彫刻が聳え立つ立派な噴水があった。

「入るんですか?」

と聞いても、決めるのが誰かわからん。新川先輩が適当かもしれないが、いくら何でも人の家だし、最終的な決定権はやはり冴嶋さんに……

「はいろっか。」

なんてことは無かった。新川先輩がトップでありクイーンなのだ。何も意見できまい。冴嶋さんもなんか言おうよ。

「きょうかちゃん。きょうかちゃんは一応、ここで待ってて。私とあずま君できょうかちゃんの御両親と話してくる。そこでもう一声情報を集めたら、お姉さんを探す。それでいい?」

「……はい。すみません。何から何まで。」

「いいの。私も勝手にどんどん決めちゃってるし。」

やっぱり本人にもそういう自覚はあったのか。新川先輩が少し申し訳なさそうに言ったのを見て、冴嶋さんは俯いた。

「……てことは、俺も此処で待ってるんですね。」

「うん。しんじ君はすぐ熱くなるので、ここにいてください。」

「はいはいっと……」

冴嶋さんの方にふと目をやると、やはり、嫌そうな顔をしていた。そんなに俺が気に食わないか。

『ピンポーン』

新川先輩がインターホンを押す。カメラ付きなので、俺たちの姿はバッチリ映るだろう。念の為、冴嶋さんはカメラの圏外にいてもらっている。

『……はい。』

インターホンのマイクから、弱々しい女性の声が聞こえてきた。

「こんにちは!冴嶋遥歌さんのお友達の、新川と言います!」

そういう設定か……

少し間が空いて、新川先輩が肘で東をつつく。

「同じく、東と言います。」

いきなり振られたので、震え声で東も名乗る。

「突然すみません。最近、遥歌さんを見かけないので気になって……何かあったんですか?」

スイッチが入ったのか真剣な声色で新川先輩が攻め込む。この人が何を考えているかイマイチよく分からないので、とりあえずは大人しく見てるのが正解だろう。

『すみません……お引き取りください……』

「おっと……少しだけでいいのでお話聞かせてください。何かあったんですよね?」

『……なにも、本当に何もありませんから……』

掠れて気力のない声が、だんだんと先輩を鬱陶しがるように、鋭くなっていく。

「あったんですよね???」

『ヒッ……』

(うわっ……)

あの新川先輩を怖いと思ったのは、これが初めてだ。

腹の奥底に強い衝撃がおこって、内側から震え上がった。

先輩は目をカッと見開いて、いつもより低く、重い声を凄まじいさっきと共に放った。

とにかく、先輩が恐ろしかった。

『本当にお友達……?』

「ええ。そうです!」

急にいつもの先輩に戻るものだから、さっきのが気のせいなんじゃないかと思うほどだった。しかし、先輩のあの表情が、俺にはもうしっかりと、この目に焼き付いてしまった。


ガチャン、と鉄が重たく響くような音がすると、巨大な茨の門が開き始めた。

『……どうぞ。』

「すみません!お邪魔しま〜す!」

「ほら、あずま君もいくよ!」

「あ、ああ。」

東もやはり恐怖を感じたのだろうか、声が震えていた。

「じゃ、二人とも、適当にお話でもしながらまっててね〜またあとで!」

「はいはい。上手くやってくださいよ。」

「わかってるって!」

そうして二人は白い豪邸の中へと消えていった。門がまた自動で閉まり、ガチャン、と開く時よりも大きな音がして、何も無い土地に響き渡った。

冴嶋さんはやはり、嫌そうな顔をしている……


────新川・東サイド────

「お邪魔します!新川七彩です!」

「東博雅といいます。」

「はい……どうぞ……」

待っていたのは、顔がやつれ、全身が痩せこけていて、髪もボサボサの覇気のない女性だった。このマダムがミス冴嶋のマザーだろうか。

様々な画風の絵画が壁一面に飾られていて、アロマの香りが鼻をくすぐった。大理石調の床の玄関に靴を揃えると、無言で紺色のスリッパが出されたので、それに履き替えて家に上がった。


長い廊下の壁は、やはり絵画が敷き詰められていて、芸術とは別の、妙な気味の悪さを感じた。

「ここで……」

マダム冴嶋が白い大きなドアを開けると、かなり広く開放的なリビングが姿を現した。

「わぁ、ひっろ〜……」

とりあえずはミス新川に任せよう。僕が出る幕は、ほとんど無さそうだ。

僕達は黒い革製のソファーに腰を下ろし、マダム冴嶋と向かい合った。

「じゃあ改めて、遥歌さんについて聞かせてください。」

「……あの子は……」

「はい。」

「おい、誰だその子供達は。」

マダム冴嶋が話を始めようとしたところで、強面の、髪をオールバックに整えた、ガタイのいい眼鏡の男が現れた。ブラウスからネクタイまで真っ黒な黒いスーツに身を包み、僕達を睨みつける。

「あ、この子達、遥歌の友達だって……」

「遥歌の友達だと……」

「……フン。あの女に友達なんてものがいたとはな。下がれ。話は俺が聞く。」

「でも……」

「下がれ、といったんだ。」

「はい……」

彼は冷淡な表情でそう言い放つと、僕達の向かいのソファーのど真ん中に、偉そうに腰をおろした。

「私、しんかわな」

「名前はいい。要件はなんだ。」

ミス新川が抑えられた……!

「新川七彩です!冴嶋遥歌さんについて教えて欲しくてきました!」

一度抑えられたぐらいじゃ退かないところに、彼女らしさを感じた。また、ちゃっかり用を大分省略して話してしまうところも、彼女らしかった。

「親不孝の役立たず。それだけだ。」

彼は自分が何者か名乗らないまま返したが、“親不孝”というところで、彼女の、同時にミス冴嶋のパパなのだということが分かった。

「でもピアノ上手いって聞いたことあるんですけど。」

「フン。妹に劣る姉がどこにいる。兎に角、あいつはもうウチの娘ではない。今頃どこにいるかも皆目検討がつかない。それが分かったらとっとと失せろ。」

「でも……」

「失せろ。」

彼はその冷淡な表情ひとつ変えることなく、雰囲気で僕達を圧倒した。

「……分かりました。さようなら。いこ、あずま君。」

「え……あぁ。」

そうして僕達はソファーから立ち上がり、一礼してその場を後にした。

……その時、マダム冴嶋の肩に、青あざをいくつか確認した。肩だけでなく、首、腕、脚、身体のいたるところに出来たあざは、なにか悲惨なものを物語っていた。

あの男が現れた時のマダムの勢いといい、男のマダムに対する扱いといい、マダムは恐らく、暴力を受けているのだろう。

そしてそれは、ミス新川も気づいた様子だった。帰り際、マダムを見て、『可哀想に』と小声で呟いた彼女なら、きっと僕以上に深く察したことだろうと思う……


────信仁、響歌サイド────

やはり冴嶋さんは、俺と目も合わせてくれない。さっきから不機嫌そうな顔をして、腕を組んで足を揺すっている。

「……ねぇ。」

我慢出来ずに話しかけてしまった。

「なに。」

こっちを向かないで、冷たく返した。返ってくるとは思っていなかったので、少し驚いたが、もういい加減この一方手に険悪なムードも飽きたというか、きまりが悪いので、そろそろ踏み込んで聞いてみることにした。

「冴嶋さんはなんで、俺をそこまで疎むの。」

「生理的に無理。おわり。」

まいった。だってそれじゃあ、どうしようもない。改善とか、そういう次元じゃない。俺という存在自体が、冴嶋さんにとって不快なのだろう。詰んだかと思われたが、妙に対抗心が湧いてきて、まだまだ退る気にはならなかった。

「ねぇ。」

「話しかけないでくれる?」

「俺さ、冴嶋さんの過去を聞いた時、似てるって思った。」

「……は?」

冴嶋さんの過去は確かに、聞いていてもその重さがひしひしと伝わってきて、心が痛んだ。それと同時に、俺と重なる部分が多かった。

「俺さ、この歳だけど母親大好きでさ。仕事いつも頑張ってるし、家族のこと一番に考えてくれるんだ。……お兄ちゃんも居てさ、すっげぇ優しくて、なんでも出来んの。父さんはヘタレ。でも料理うまいし、いつも俺達兄弟を気にかけてくれてる。」

「……何が言いたいの。」

「んー、なんつーかさ。家族って大事だよね。やっぱり。……俺の母さんさ、本当なら死んでるの。受験期に喧嘩しちゃって、家を出たものの、結局帰ってきてきてみれば、母さん死んでた。殺されたんだ。」

「………………」

冴嶋さんが、やっとこっちを向いた。と言っても、目線は下になっているが、少しは俺の話を聞いてくれるらしい。

「んで、俺は生きる意味も、希望も完全に無くしちゃって、自分もいっそ死のうとした。……そんな時、新川先輩に出会った。話聞かせてとか言うからさ、全部さらけ出したら、『過去に戻ってなかったことにする』とか言うから、なんだこいつって思ったけど、本当に過去に戻っちゃって。」

「そしたらさ、母さん殺したの、兄さんだったんだ。笑っちゃうよな。兄さんからしたら、俺の方が母さんに気にかけてもらってるのが、羨ましかったんだって。兄さんも大概マザコンだよな。」

笑っちゃうよな。とか言ったけど、実際見た時はまるで理解が追いつかなかった。ただひたすら、“どうして”という感情が頭の中に渦巻いていた。

「確かに、かなり焦ったよ。でも、不思議と全然憎いと思わなかった。なんでだろうな。どんな理由があっても、人を殺すことが許されるわけがない。でも、『兄さんはそんなことする人じゃない』って思っちゃったんだよ。……だから、冴嶋さんがお姉さん馬鹿にされて怒った時、すごく共感した。」

「悔しいよね。大好きな人、馬鹿にされんの。」

「!! 私……」

「おーい!」

冴嶋さんが漸く俺と目を合わせてくれたところで、聞き慣れた声がした。随分早く帰ってきたので、大方、うっかり地雷ふんで追い出されたんだろう。それにしても空気が読めない人だ。お互いの過去をきっかけに、これからいい感じに泣ける話が始まりそうなところだったのに。

なんて冗談を言えるのも、この人のおかげか……

「先輩、一応聞きますけど…」

「うん!ダメ!」

「やっぱり…」

先輩は清々しい声で“ダメ”とだけ言ったが、なんの情報も得られないまま、ただただ追い出されてしまうだけでは終わらないだろう。現に、帰ってきた先輩は落ち込むどころか口角を釣り上がらせて、

「よし!」

と面を上げて大声で言った。そう、この人はそう簡単に諦める人じゃない。まだ付き合いが長いとはとても言えないけれど、なんとなくわかるし、この人の明るい雰囲気はなんとなく安心する。

「聞きこみ開始!」

「フッ」

「あ、笑ったな!大事なんだからね!」

彼女が真面目に言ったのは俺にも充分わかっていたが、続く不調に、根気のいる作業を余儀なくされている状況でも、常に前向きに考える彼女が、実に彼女らしくて堪らず口元が緩んでしまった。

一方先輩は、上目遣いを効かせながら、頬を膨らませてあざとく怒る。先輩はいつもあざといというか、大げさというか……

「いいねぇ!ニッポンの刑事ドラマみたいで憧れるじゃないか。」

「お前も日本人だろエセ帰国子女。」

「帰国子女にエセとかあるのかい!?」

「エセ帰国子女……ふふっ……」

「ミス冴嶋!?」

「ほら!いこいこ!急がないと日が暮れちゃう!」

っと、まずこの辺りに人がいないので、また住宅街の方に戻るかどこか人通りの多い場所に行くとなると、確かにこのいつものくだらないノリを続けるわけにはいかない。

「はやくはやく!チート美少女でも移動手段は徒歩なんだから!」

「模範生徒、東博雅。体力には自信アリ任せ給え!」

「尚、俺は体力には全く自信が無い模様。」

「わ、私も……」

おおっ!?冴嶋さんが同調してくれた!めちゃくちゃ些細で恐ろしいほど小さいが確実に二人の関係は以前よりマシになってるきがする!

「が、がんばろう!」

誤魔化すように、高らかに拳を突き上げる先輩。


それからというもの、ローファーの走りにくさに苦しめられながら、俺達は畑に挟まれたアスファルトの道を疾走した。

いや、その言葉が似合うのは東と先輩の二人だけで、俺と冴嶋さんは苦悶の表情を浮かべながらヘトヘトになっていた。

「速い……」

冴嶋さん、そろそろ限界の模様。

かく言う俺も横腹が痛くてしょうがない。今すぐ誰かに助けて欲しい。けどそんな訳には行かない。気を強くもて。という二つの感情が混在して、頭の中を巡っているので余計に気持ちが悪い。

冴嶋さんも俺も、互いに極限状態だったその時、一縷の希望の光が差した。

「あんたら、そんなに走ってどこへ行くんだぁ?」

現れたのは、白い軽トラックにのった、筋骨隆々の中年男性だった。

「ちょっと人通りの多いところまでー!!!」

俺達を置き去りにして、尚走り続ける先輩が遠くから答えた。てかこの距離で聞こえたのかよ。チート美少女すげぇな。

「あのお嬢さん達も一緒か。……ここから人通りの多い場所まで走ってくなんて無理があるだろうよ。乗り心地は良かぁねぇが、荷台に乗せてやることぐれぇはできるぞ。」

「あ、お願いしまぁぁす!!」

おまえらはまずこっちまで戻ってこいよ。

「っし。じゃあのれ。」

そうして俺達は、軽トラックの荷台に乗せてもらい、東が硬い荷台にグチグチ言いながら、人通りの多い場所まで揺られていた。

「いやぁ〜助かったねぇ!」

あんだけ先を走ってても、汗ひとつかいていない先輩が涼しい顔をして言った。

「本当ですよ……オ゛ェ゛……」

とまぁ、今すぐぶちまけそうな僕、さっきから体育座りで顔を伏せたまま何も言わない冴嶋さん。

「なんでわざわざこんなに硬い荷台に…そもそも君達がもっと急いでいればこんなことには…むしろあのまま走って行った方が…」

……まだグチグチ言っている東。

雨は随分弱まってきて、霧雨が視界を濁す程度までになっていた。……うちの学校の制服は、俺達ももちろん、他の学校の生徒の間でも、“薄すぎる”ことで話題になっている。

未だ伏せている冴嶋さんはよく分からないが、割とオープンな姿勢で構えている新川先輩の透け具合は凄まじい。彼女は喋らなければ清楚系女子といった感じなので、その透明感と制服の物理的な透明感が、霧雨と相まってなかなか風情のある感じに仕上がっている。意識的に視線をそらそうとしても、吸い込まれてしまう。

ちなみに俺の隣に座っている東は、視線を逸らす抵抗もなくガン見である。ただでさえ年下の彼女を持っているのに、罪なヤツだ。いや、罪なのは、新川先輩から漂うこの色気だろうか……

「なに、ジロジロ見て、……あっ、ははぁ〜ん?男子はエッチだね〜。」

おおん。そのまま一生喋らなければ良かったのに。特に「ははぁ〜ん?」がウザすぎる。先輩は味をしめたように、次々に際どいポーズを決めてくる。

「一気に安っぽいエロスだ……」

東が落胆した。頭を抱えて、なにか大きな問題について悩んでいるようだ。そう、実際これは大問題だ。なぜこれほどまでに整った美少女に、こんな性格が付与されているのだろうか。神様はふざけているのだろうか、それともうっかり間違えちゃったのだろうか。

ダメだ、落ち込んでたら急に酔ってきた……

「きょうかちゃん、きょうかちゃんってば。」

「んん……」

「!?ダメだ!ミス冴嶋!」

東が諌めた時にはもう、既に手遅れだった。

「きゃっ!?先輩……」

まだ疲れが残っている冴嶋さんを無理やりたたき起こして、先輩はドヤ顔でグラビアポーズを決めた。制服を第二ボタンまでしっかり開けて、かなり大胆である。

これは良くない。あまりに良くない。

「きゃー!!!!」

「よし、着いたぜ。」

そこは駅前の商店街だった。それなりに活気があって、人通りもたしかに多かった。

「ありがとーございましたー!」

「ちょっ……先輩!ボタン開けっ放し……!」

「おっとっと、私ってば自分の色気を制御出来ない模様。」

忘れてただけだろ───!

「ハッ、色っぽい姉ちゃんだな。姉ちゃん達がこれから何するか知らねぇが、“サエシマ”には気をつけろよ。ここらは元々ゴロツキが多いが、あいつぁ別格だ。」

“サエシマ”!?

冴嶋さんのお姉さんを知っているのか……いや、多分、相当有名なんだろう。さっきの不良と言い、このおっさんといい、年齢を問わず名を馳せている。でも、冴嶋さんのお姉さんが不良になってからそこまで、というか、全然日が浅いはずだ……

それでもここまで恐れられる程、暴れ回っていたのか……?

「あ、知ってるんですか!?私達、今からその人に会いに行くんです!友達なので!」

「友達だぁ?アンタらみたいな真面目そうな学生さん達がねぇ……まぁいい、だがこれだけは言っておくぞ……」

オッサンは額に汗を滲ませ、眉間に皺を寄せた。

「俺の息子は、“サエシマ”にやられた。打撲、骨折、内出血……息子があいつから貰った傷は数え切れねぇ!」

「ちが……!」

「ミス冴嶋!落ち着いて……」

オッサンが大声で俺達にそう警告してみせると、そばを通りがかった人達がざわつき始めた。やっぱり、この街のどこにも……

冴嶋さんのお姉さんの居場所は、ない。

「んんーーー!んー!!」

必死で何かを訴えかけようとする冴嶋さんを、東が抑える。

商店街の店の壁やら、街灯やらをよく見てみると、何枚もの張り紙が貼ってあった。

『街の景気を乱す“サエシマ”見つけたら110番』

「まさか、ここまで……!」

「うわぁ……これはマズい。」

さすがの先輩も、これほどとは思ってもみなかったようだ。

“サエシマ”この四文字は、街の人々にとっては何とも聞き入れがたく、目を背けたくなるほど忌々しいものだということが身にしみてわかる。

「悪いこたァいわねぇ。引き返すなら今のうちだ。何も知らずにここまで連れてきた俺にも責任があるからな。警告は確かにしたぞ。じゃあな。」

周りの視線に気づき、決まりが悪くなったオッサンは、せっせとその場をあとにした。

「きょうかちゃん。諦めちゃダメ。自分を見失ってもダメ。お姉さんにあって伝えたいことがあるなら、言いたいことがあるなら、まだ何も始まってないよ。」

「先……輩……」

「いこっか。ほら、こういうとこってさ!路地裏のあたりとか、悪そうな人達いるイメージじゃない!?」

この人は本当に、最悪なムードや流れも一気に切り替えてしまう。……すごい人だ。


商店街といえば、今どきあまり賑わっているイメージがないが、ここはかなり繁盛しているようだ。いや、……そう言えばここは過去だったな。過去に渡るのはこれで三度目だが、どうしても未だに時を超えてきたという実感がわかない。

先輩は人の過去に来るのはこれで何回目なのだろうか。今までの効率的な“解消”の仕方、手際の良さから、相当な手練だと推測できるが……

「ん〜いると思ったんだけどなぁ、路地裏。ほら、ドラマとかでもよくあるじゃん。ね、あずま君。」

「そこで振られても困りますよ。」

前言撤回。やっぱりこの人は、経験とかそういうのよりかは、自分の直感で動いている感じだ。そこが彼女の強みなのかもだけれど。

「?………この匂い……」

「どうしたの?しんじ君。」

「血……!」

「ちょっと!?」

この鉄臭いドロっとした匂いは、俺の過去で嫌という程鼻を抜けた血の匂いだ!

この裏……!

「!!!!!!!!」

「いやぁ、しんじ君。意外とっていうか、かなり鼻が利くんだね……って、大丈夫ですかぁ!?」

路地裏に赤い鮮血をダラダラ流して倒れていたのは、腹の肥えた、スーツの男性だった。

「大人……!?」

身体中に殴られたようなあとがあり、切り傷も伺える。

「サエ、サ……“サエシマ”…………目が、紅く……!」

「!! あずま君!救急車!!」

「ァ……ok!」

男性は確かに、“サエシマ”と言った。こんな立派な大人の男性までここまでめった打ちにするなんて……ますます冴嶋さんのお姉さんに対する謎が深まるばかりだ……

「この傷、まだ新しい!……あずま君と私はここに残る!しんじ君ときょうかちゃんははるかさんを追って!まだ近くにいるはず!!」

「っ!!……わかりました……!」

結構な無茶だが、これは逆にチャンスだ!千載一遇のチャンス……

これを逃すわけには行かない──!

「いこう、冴嶋さん!」

「う、うん!」

俺は冴嶋さんの手を取り駆け出した。路地裏を抜けると、すぐに分かれ道が拡がっていた。

「どっちかわかんねぇけど……」

先輩を見習って、“直感”でいく──!

「こっちだ!」

「川村君……!」

道を右に曲がり、少しの間突き進むと、またすぐに分かれ道。

「またかよ……!」

「こっち!……だと思う!」

「冴嶋さん……わかった!」

直感だけを頼りに、道を進んで行った。全力疾走を続けていたので、そろそろ体力も尽きる……

「あ、あれ……!」

冴嶋さんが指さす方に、バイクに乗った人影が見えた。まさか、とは思ったが、距離が遠く、俺達では到底追いつけそうにもない。クソッ!詰みか……!?


『しんじ』

「……え。」

「どうしたの?川村君……」

「いや、なんでもない。何とか追いつけないかな……!」

『しんじ、“僕”だよ。』

なんだ?誰だ?頭の中に響き渡る、気色が悪い……これは……“子供の声”?

「うぅ……」

「川村君!?」

『いいの?逃げられちゃうよ。』

ダメだ……!というかお前は誰だ!なんなんだよこれ!頭が割れるように痛い、身体中がむず痒い……!喉の奥が焼けるようだ!

『しんじ、こっちだ。こっちだよ。いいから“代わって”よ。』

代わる……?何をだよ!

『いいから、交代。』

あっ────

意識が、水の中に沈みゆく。遠のく、遠のく、遠のく────

「冴嶋さん。」

「……え?」

「つかまってて。」

「えっ、きゃっ!」

俺は冴嶋さんを抱きかかえた。俺がやったわけじゃない。

身体が勝手に動く─!自分が動かしているようで、俺はただ貼り付けられてるみたい!う!うう、うごけ、け。

『ここからは、僕がやる。君は寝てなよ……邪魔だからさ。』

暗闇の中、ぼんやりと怪しく光る靄が近づいて、針を刺すような鋭い視線に睨まれると、俺は自分の中に閉じ込められたような感覚に陥った。

「いくよ。」

っ!?速っ!!!!


一瞬で、風のように駆けたぼくは、バイクの前に立っていたのでした。

「冴嶋遥歌さんですね。」

「チッ!なんだお前……!邪魔だァ!」

ドォオォオオン!!!!

と、大きな音がしました。ぼくは黒くて大きなバイクに轢かれたけれど、右脚でかっこよく受け止めました。このぐらい、全然痛くないのでした。……この痛いのは、慣れっこでした。

「邪魔なのは君の方だよ。」

くっっっっそ!なんだ!?思考が全然働かない!俺が俺じゃないみたいだ!……!?来る!!

「オラァ!!」

鉄パイプ……なんて露骨な……!

「いいの?君の妹、死んじゃうよ。」

「妹ォ?」

「お姉ちゃん……!」

鉄パイプを振り下ろそうとする彼女の目の前に、冴嶋さんを突き出した。もう、全く自分の行動が読めない!

やめろ!とまれ!俺!!

「響歌……!?なんでここに……というか、大人になって……」

咄嗟に振りかざす手を止め、驚いた隙を、

「はい、よそ見しない。」

俺が、蹴りあげる。

「ガッッッッッ」

「お姉ちゃん!!」

俺の一蹴りで、金髪の荒んだ女性は勢いよく吹き飛んだ。……やっぱりこの人が冴嶋遥歌?遥歌さん?ぁあ。ぁぁうがぁぁ……ダメだ、 またおかしくなるっつっ!頭の中まで取られたら!っがぁ!

「川村君!やめて!」

分かってる!分かってるけど……!

『うるさいなぁ、しんじ。』

「お前……誰なんだよ……!」

冷たい、血塗られた大理石の床の上で、灰色に光る靄が俺の前に立っている。それは、子供のような姿をしていたように見えたが、はっきりと輪郭を留めておらず、ゆらゆら揺れていた。

『僕のことは、君がいちばんよく知ってるはずだ。』

「しらねぇよ……!ウッ!」

ズキズキと頭にヒビが入っていく。今すぐかち割れそうだ。

『僕が起きた時、君達は上手くいかなくて困ってたみたいだね。』

「なっ!?それって……」

『君達は“邪魔”されたと思ってたみたいだけど。』

ワープ場所がずれていたこと、頭が回らなかったこと、ただの偶然というか、なんてことないことだと思っていた。まさか、本当に邪魔されてたのか?

『本当は、僕が目を覚ますことは無かった。だから目覚めた時、周りの物事が狂い始めたんだよ。でも僕がしたいのは、そんなちっぽけな事じゃない。』

「何言ってるか全然わからねぇよ……!」

『ようするに、君はいらないんだよ。僕に返せ。』

骨が折れる音がした。内蔵が潰れる音がした。頭の中も、体の中もぐるぐるして、気持ちが悪かった。

俺は冴嶋さんを振りほどいて、遥歌さんの首を締め上げていた。俺が俺自身の映画を見ているようだった。無意識上映中──!


「まずは貴方を消します。」

主演俳優おれの決め台詞が決まった。かっこいい。

「テメェ……!」

脇役はもう死ぬかな?ドキドキ。ドキドキ。

「川村君!ダメ!!!」

あっ。脇役の脇役が割って入ってきた。邪魔だなぁ。いいところなのに。

俺はポップコーンをつまみながらそう思った。

「な!に!」

ん?(脇役の脇役の脇役?)

「やっとんじゃぁぁぁぁぁ!!」

ぐぁ!!

ぁぁぁぁぁぁぁぁ。ぁぁ!ぉぁぁ!?ぁぁ!

……新川先輩!

「うがぁっ!!」

痛い……感覚がある!戻ってきたのか?

「しんじ君!後でたっぷりお説教です!!」

「先輩!俺……」

いつぶりかの強烈な飛び蹴りが炸裂した。

また先輩に助けられてしまった。俺はいつも肝心な時に役に立たない……

でも、良かった。冴嶋さんも遥歌さんも無事だ。

俺の方はまだ頭が痛むけど……

「お姉ちゃん!!」

「来るな!」

「え……?」

涙を流しながら駆け寄る冴嶋さんを、遥歌さんがきつく諌めた。

周りの空気をつんざくような、鋭い怒号だった。

「もう二度と、アタシの前に出てくるな。」

ゆっくり立ち上がって、無慈悲にそう吐き捨てる。しかしその目は、少しだけ寂しそうだった。

「じゃあな……」

「行かせません。」

倒れたバイクを起こして去ろうとする遥歌さんの前に、東が堂々と立ちはだかった。二人とも、あの男性の救助を終えたのだろう。危なかった。ひとまずこれでやっと話が進む。

「チッ……何なんだよ、アンタら。」

「はい!私達後悔解消部です!略してKK部とも!」

いや、その略称は初めて聞いたが……

「なんだそれ……」

やさぐれた感じで、小声で呟く。

「冴嶋遥歌さんですか?」

「……そうだよ。アタシが“サエシマ”だ。」

「私、KK部部長の新川七彩と言います。お話聞いてもいいですか?」

「嫌だね。」

「あなた、なにか隠してますよね?」

早々に引き上げようとする彼女を、先輩なりにやる気のある時の声で引き止めた。

先輩のこの声はやっぱり、心の底が震え上がるような、威圧感のある声だ。

「おかしいなって思ってたんです。多分あなたは、望んでこんなことやってない。」

左腕を右手で抑えながら、先輩が自分のペースを作り上げていく。

この人と行動してきてわかったけど、先輩は考える時、先を見通す時、こうして腕を抑える。つまり今先輩は、冴嶋さんと遥歌さんを助けるための大きな鍵を掴もうとしているのかもしれない。

「あなたの暴行の犠牲者は、みんな完膚なきまでに叩きのめされてます。しかも、年齢層もバラバラ。不良グループの少年もいれば、大企業の社員まで……最近は、大人の犠牲者が増えてきてるみたいですね。ポスターに書いてありましたよ。」

完全にハマった。空気は先輩の流れになり、遥歌さんもここから抜け出せることは出来ないだろう。新川先輩の憶測のような推理が続くが、この推理は多分、かなり的を射ていると思われる。

先輩と俺が考えてることは、恐らく一致している……

「この短期間で随分と暴れ回ったみたいですけど、一見無茶苦茶に見えて、かなり効率がいいんですよね。

さっき貴方の暴行の被害にあった方の救助に駆けつけた隊員の方が教えてくれました。

……社会的にはどうでもいい不良の子から、何の変哲もない一般人、名門学校の生徒、将来が期待される有能なエリート、日本の経済を担う一流企業のベテラン社員。どんどん段階を踏んでいるような気がするんです。

まるでわざと有名になろうとしているみたいに。」

「妄想だろそんなの……!」

いや、違う。だって明らかにおかしいんだ。こう言っちゃなんだけど、つい最近までピアノを熱心に弾いていた少女がグレただけで、ここまでたくさんの人を巻き込めるか?まるで事前に計画されているような……

不良少女なんてものだったら、せいぜい近所のゴロツキと張り合うぐらいが関の山だ。なのに、大の大人まで、しかもどんどん有望な人材にグレードアップしていくように潰していくなんて、あまりにタチが悪い。有名人や有名なグループに属する人間が何かの被害にあえば、世間にもある程度この事件が認知される。

目的はまるで分からないけど、これじゃあまるで、「自分は犯罪者です。」と世間にアピールしているみたいだ。

「少なくとも、単独犯じゃないですよね。共犯が何人かいるか、それとも……」

「アンタに……」

「アンタに何がわかるんだよォ!!!!!!!!」

鬼の形相で、圧倒するような大声で、彼女は叫んだ。

彼女の心の底からこみあがってきたような声だった。彼女も、冴嶋さんも、涙ぐんでいた。

「わかりますよ。」

「あぁ?」

「わかっちゃうんです。私も同じでしたから。あなた、すごい無理してる。」

私も……同じ……

先輩、あなたやっぱり……

「私たちは、貴方を助けたいんです。」

「お姉ちゃん!私だよ!響歌!」

冴嶋さんが遥歌さんの腕を掴んで、必死に訴えかける。

「私、お姉ちゃんを助けたくて……!未来から戻ってきたの!だからお願い、私達の話を聞いて!」

「お前が本当に未来から来たなら、未来のアタシは死んでんのか。」

「…………」

「図星か。どうやってここまで来たかは知らねぇが───死人は引き止めるもんじゃないぞ。」

「そんな……!」

俺も驚いた。彼女が、“サエシマ”と恐れられる暴行犯が、想像よりはるかに聡明で、鋭かったからだ。

“死人は引き止めるもんじゃない”なんて、今までの俺達を全否定するような言葉だが、確かに、心のどこかで納得してしまった。

いや、最初からそんなこと、分かっていたのかもしれない。

「人間なんて、死ぬときゃ死ぬさ。遅かれ早かれ、いつか無残に死んでいく。アタシがどう死のうが、幸せに生きていく響歌には関係ねぇよ。」


パァン────


「っ…………」

鮮やかな平手打ち、遥歌さんの頬は赤く染まり、冴嶋さんの顔は涙でボロボロになっている。

「私は!お姉ちゃんが死んだら悲しいよ!!」

雨上がりの空に響いた彼女の声は、その場にいた全員の心を震わせたらしかった。

「遥歌さん。」

「チッ……分かったよ。」

「ついてこい───」


そう言って連れていかれたのは、また人通りの多いところから随分外れた、森の中だった。

「こっちだ。」

「長い……」

確かに相当長い道のりだった。ここに来るまでに、殆ど人と会わなかったし、連続暴行犯が堂々と歩いているのに、警察も、後ろ指を指す人もいなかったのが不思議だった。

「ここだ。」

「え?」

遥歌さんが指をさしたのは、地面についた鉄の扉だった。

扉にかぶった落ち葉や土をどけると、錆び付いた取っ手の部分を掴んで、重たそうにこじ開けた。

「おら、いくぞ。」

中から地下へと続く階段が現れた。なるほど。ここが“隠れ家”ってことか……

遥歌さんはライダースジャケットの内から小さめの懐中電灯を取り出し、真っ暗な階段を照らしながら降りていった。

特に焦る様子もなく、淡々と。

本当に、何の追っ手も来なかった。


「ここが……」

階段を下りきると、壁も天井もコンクリートで囲まれた部屋が広がっていた。

驚いたのは、部屋が想像以上に充実していたことだった。

寝心地は良くなさそうだがベッドも置いてあって、あろう事か、冷蔵庫やテレビ、水道やシャワーまで完備されているし、そもそも天井に電気がついていたために、普通に明るかった。ここが本当に地下なのかを疑うほどだった。

「これ、全部動くんですか……?」

「あぁ、これら全部、自家発電で動いてる。」

そんなの、どうやって……

「まぁ、ここの生活も今日で終わりにするさ。」

「あら、結構居心地いいのに。」

見ない間にまた天然間抜けモードに戻ってる先輩。

「アタシは、自首する。」

「なるほどね……」

「お姉ちゃん……」

「響歌、さっきのお前のビンタで、気持ちが固まった。罪償いには興味ないが、アタシがさっさと檻にぶち込まれれば、死ぬこともなくなる。そして……」

「これで冴嶋家の闇が明るみになる。」

冴嶋家の……闇?

なんだそれは……

「それを今から話す。アタシ自身も上手くやるつもりだが──」

「アンタら全員、死ぬかもしれない。」

空気が一気に重くなった。なにかとんでもないことが始まるのだと、そう直感した。

そしてまた、頭の中で声がした。

『……かえせ』と。

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