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「ずっとそばに」

丁度夏の真っ只中、猛暑日だった。

ただでさえ暑いのに、会場の熱気も相まって今にも倒れそうだ。

過去の東は今まさにグラウンドでボールを追いかけている。現在の東は腰を抜かしたまま驚きを隠せないでいる。

「新川先輩。これからどうするんですか。」

「うん。最優先事項はあずま君の好きな子を助けること。かれんちゃんだよね?でもかと言って、ミスばっかりで負けちゃう試合もつまんないでしょ?」

それはそうだ。だが二つ一気に取りかかるとなると……

「また役割分担ですか?」

「そーいうこと。わかってきたね〜。」

これから死ぬはずの人間を命懸けで助けるというのに、気楽な人だ。

「東、立てるか。」

「シンズィー……僕は、やり直せるのかい……?」

怯えた表情を浮かべて彼はそう言った。体全身も声も震えている。こんなとき、気の利いた言葉を言ってやりたいんだけど……

「あぁ、だからもう心配すんな。そんなブルブルしてるのは、お前らしくないぜ。」

柄にもなく熱血主人公みたいなセリフを言ってしまった。でも東は安心したのか、体の震えが収まり俺の目を見てから、いつものように鼻で笑った。

「僕の後悔、しっかり消してくれよ?」

そう言って彼は、やれやれといった普段通りの調子で立ち上がり手を差し出した。

「なにいってんだ。お前もやるんだよ。」

俺は差し出された東の手を強く握ってそう言った。

「盛り上がってるとこ悪いけど、こうしちゃいられないよ二人とも。かれんちゃんがいつどこで事故にあったか分からない以上、一刻も早く見つけてあげないと。」

そっか。華蓮という子がいつ事故にあったのは、東の話を聞く限りでは正確には分からない。試合が終わった後か、試合の真っ最中か……でもこの時間にタイムリープしたってことは多分、始まる前ではないと思う。

一番しんどいのは場所の検討がつかないことだ。情報が“会場に向かう途中の道”ってだけじゃあまりにも不利すぎる。

時間も場所も分からないんじゃ、どうすれば……

「そこで私の作戦。天才美少女七彩ちゃんは、この懐中時計でだいたい何でもできます。チートです。」

「え、そうなのかい。」

東は初見なのでびっくりするだろうが、(と言っても割と冷静だが)俺の方はというと、目の前で記憶を消したり傷を直したり、というかそもそも過去に戻ったりしちゃっているので、彼女がチートということぐらいは把握済みだった。といっても、チートなのは彼女本体ではなくその時計の方だろうけど。

「そのチートをフル活用します。あずま君は初めてで何言ってるかわかんないだろうから、しんじ君、ちゃんと聞くように。」

「は、はい。」

新川先輩は腕を組んで、またあの偉そうな体制に入った。

「まず、さっきも言った通り二手に別れます。私がぼっちで二人は一緒。さびしいけど別にいいです。

二人には、会場の外に出て貰います。早速私が能力の一端をつかって、二人の脳に直接語りかけるみたいなかっこいいことするので、どこからともなく私の声が聞こえたらよく聞いててください。指示はそれで通しますからね。」

うわ、そんなことも出来るのか……すごいな、時計。

「……しんじ君、手出してくれる?」

「え、はい。」

俺が手を出すと、新川先輩がその柔らかい手で優しく俺の手を握り……って痛ッ!?静電気が走ったような痛みだったが……

「はい。これで君もほんのちょっとだけ能力が使えます。」

「ええ!?どういう能力ですか!?」

「しょぼいですよ。寝てる人と寝てない人を見分ける能力です。まぁ正確には意識がハッキリしてるかしてないかを見分ける能力なので、ちょっと応用?ですけどね。意識が薄い人は、能力を使えばオレンジ色に見えます。これで誰が居眠り運転してるかもばっちり見分けられちゃいます。」

まさにこの時のためだけにあるような都合の良い能力だな……まぁこの能力の本来の用途が違うらしいしなんとも言えないけれど。

「私の能力を分けた感じになるので、私はかなり消耗しますから、その分頑張ってくださいね。」

そういうことか……本当にアニメやゲームの話みたいだ。というか、先輩はさっきからなんで偉そうな姿勢を取りながら敬語なんだ。妙に気になって話に若干集中できない……

「あずま君、過去のあなたはこの日、どうやってスタジアムまで来ましたか?」

「……え、あぁ、みんなで電車に乗って、駅に着いたら後は真っ直ぐ進んで大きい交差点を右に曲がればつくから、駅からは歩きだったよ。緊張してたからよく覚えているんだ。」

なるほど。ということはつまり……

「華蓮ちゃんも同じようにここまで来たと。」

「そう考えるのが自然だよね〜。」

新川先輩も抜けた調子で言った。

そう。つまり、その道の途中で事故にあったとするなら、単純に来た道を辿ればいいだけだ。入れ違う可能性もほとんど無い。

「じゃあ、来た道を辿ればいいんですね。」

俺がそう言うと、彼女は少し笑ったが、すぐにキリッとした表情を見せた。

「そうなんですけど、時間は結局のところよく分かってませんからね〜。道中にかれんちゃんを発見できなかった場合、駅で待ち伏せするのも手ですね。」

そうか。今回はかなり考える場面が多そうだ。常に何が最適な行動か考えなければならない。人の人生がかかってる。その重みが今になって、とても凄まじいものに感じた。

「そこで、あずま君には大役を担ってもらいます。なんせかれんちゃんをその目で見たことあるのはあずま君しかいないので、事故に遭う前のかれんちゃんを見つけることが出来るのは、あなただけです。しかも白いキャペリンを被っているということなので、わかりやすいと思うし!」

「あぁ、任せてくれたまえ。彼女は僕が目を光らせて探すよ。」

三人がそれぞれ違う役割を持っている。この万全の体制なら、東の後悔は必ず解消出来る。しなければならない。東の人生を、俺達三人で取り戻すんだ。

「よし!そうと決まれば早速行動!いやぁ!司令塔ってドキドキするね〜!」

……やっぱり楽しんでるんじゃないか。


『聞こえる〜?』

「うわっ。びっくりしたぁ。」

スタジアムの外に出て、駅に向かって歩き出した俺達の頭の中に、新川先輩の声が響くように聞こえてきた。

「これは便利だな……」

東も驚いているようだ。

『じゃあ、駅まで気をつけていってね〜。しんじ君、能力はこう、カッ!っとやれば使えるから!』

なんて大雑把な説明だ。あなたは慣れていても、俺は完全に初見だし、まだ自分に特別な力があることも自覚してないというのに……

……こうか?

「おおぉ!?」

「どうだいシンズィー。」

すごい、これは想像以上にすごい!風景の色はほぼ灰色で統一され、街を歩く人々は緑色にぼんやり光っている。これは意識がハッキリしている人の色か……?

『緑色は元気な人で、オレンジ色は寝てるか意識が朦朧としてる人、……赤色は死んじゃってる人。』

死人の区別まで出来るのか……道路を流れていく大量の車の運転手の識別もできる。これなら居眠り運転なんて楽勝かもな……

「すごい、はっきり見えます!」

『おっけー。しんじ君は識別係、あずま君はかれんちゃん発見係。協力してやるように!後、あずま君はかれんちゃんを見つけても、声をかけたりしちゃダメだよ?本当なら君は、今まさに試合中なんだから。』

「もちろん承知しているよ。その感じだと、事故から華蓮を救うのもシンズィーの仕事だろう?」

『話が早くて助かるよ。さっすが模範生徒。じゃあ、いってらっしゃい。』

こうして俺達は、駅までの道を、お互いに細心の注意をはらいながら歩いっていった。この緑色に溢れる車道も、一瞬を見逃したら終わりだ。そう考えると、どんどん胸が押しつぶされるような感覚に陥った。


だが、案外何事もなく駅に着いてしまった。東が華蓮ちゃんを発見した様子もなかったし、俺から見ても車道は緑一色だった。

「じゃあ、ここで待ち伏せだね。」

駅に着くと、東が淡々とした風に言った。さっきまでの緊張感がまるでなく、サラッとしていた。分かってる。こいつは、冷静を装ってるだけだ。

「演技下手くそか。」

「……やっぱり君には適わないな。なぁ、華蓮が来るまでの間、雑談でもしようじゃないか。そうでもしないと、今すぐ緊張と焦りに潰されてしまいそうだ。」

「しょうがねぇなぁ。でも、俺は特に面白い話持ってないぜ?」

「いいとも。僕にとっておきがある。」

そう言うと東は、得意げに胸を張って鼻で笑った。


「どうだい!?最高だろう?ハッハッハッハッハ!!」

雑談というより、東のくだらない話を一方的に聞かされてその場が終わった。

どんな内容だったかなんて覚えていない。こいつの話がつまらないのを確信した時から、相槌を打って適当に流していたので、話の大部分は聞いてすらいない。

そんな中、俺はしっかりと駅の方を見ていた。今日の華蓮ちゃんの目印である白いキャペリン帽子を、群衆の中から見つけ出すために。簡単だと思っていたが意外に難しい。真夏日は白色の衣服を纏っている人が多い。キャペリン帽子という特徴のあるものも、見つけ出すのはなかなか神経がいりそうだ。

「シンズィー。やっぱり君も探していたかね。」

「あぁ、お前も?」

「当然さ。ここまで付き合わせておいて、役立たずではこまるだろう?」

こいつも根は真面目だから、それなりの責任は感じているんだろう。東は高い身長から俺を見下ろして、少し困ったように笑った。

「だな!ちゃんと働けよ?」

「言われなくてそのつもりさ!」

気を遣わなくていい。俺が頑張れば上手くいく。俺が成し遂げるんだ。東の後悔は、俺が消してみせる。新川先輩にも、無理をさせたくないから……


この時点で俺は、最初の団結意識から、自分一人が頑張るという無謀な思考に変わっていたことに自分でも気づいてなかった。多分、人の人生の重みを感じていって、責任感に圧迫されてしまった結果だろう……


「おい、あれ、そうじゃないのか?」

そんな中、俺は人混みの中から真っ白なものを見つける。

「あぁ、僕もそう思ってたところだ。近づいてみよう。」

駅を忙しく出入りする群衆の中、辛うじて白い大きな帽子が見えた。その上ほんの一瞬。よく東も俺も見逃さなかったものだ。

とはいえ、まだ確定した訳では無い。俺は石畑華蓮という女の子を見たことすらないので、こればっかりは東に見てもらわないとなんとも言えない。群衆を除けて、徐々にその子に近づいていく。

その時、女の子が一瞬横顔を見せた。

「あ……」

東が急に立ち止まり、口を開けたままになってしまった。

「違ったか?」

俺がそう問いかけても反応がない。せっかく詰めた距離から遠くなっていく女の子を見つめたまま、呆然としている。

「おい!東!?」

俺が体を強く揺さぶって、ようやく戻ってきた。

「……あぁ、すまない。間違いない。華蓮だ。」

「なら行くぞ!いつ事故に遭うかもわからねぇ!」

俺達はすぐに走り出し、一度は空いた距離をすぐに取り返した。

そうして群衆に紛れながら、上手い具合に女の子の、石畑華蓮の後ろにつくことに成功した。

二人に一気に緊張が走った。ここからが勝負。いつ車が来て事故に遭うか、そしてすぐに助け出すことが出来るのか、完全に俺の集中力にかかっていた。

しかし、そこで華蓮ちゃんの歩いていく方向が、来た道と違うことに気づいた。

もちろん東もすぐに気づいて、二人目を見合わせた。

『どう?見つけた?』

そんな時、新川先輩の声が入ってきた。

「はい。でも、華蓮ちゃんが来た道と違う方向にいってるんですけど……」

『おっと。それは予想出来なかったなぁ。まぁ、ついて行くしかないし、やることは変わらないよ。試合は今のところ順調だけど、いつ流れが変わるかわからないし、かれんちゃん早く連れてきてね!』

「え、俺たちと一緒に行くんですか?」

『うん。かれんちゃんの応援がないと、試合中のあずま君、ダメになっちゃうから。しんじ君がかれんちゃんを助けたら、その時点で二人は別行動、しんじ君はかれんちゃんと一緒に、あずま君は一人でスタジアムまできて〜。』

なっ……初耳だぞそれは……

そういうのは最初に言って欲しかった。いくら今の東を見られるのを避けるためといっても、俺は華蓮ちゃんと初対面なんだぞ?

いきなり三つ上の冴えない男子高校生が「あぶないから一緒に行こう」なんて言ったところで、ホイホイついてくるとは思えない……

「まぁ善処しますけど、同行を断られたらどうするんですか。」

『そしたら、バレないように尾行!でもあずま君は変わらずスタジアムまで急いできてね。わたしが寂しいから!!』

なんて身勝手な理由だ……!

まぁ、別にいい。俺は頑張るって決めたじゃないか。新川先輩もおどけた風に言っているけど、実際本気で寂しいのかもしれない。早いとこ彼女を助けたいんだが、彼女は今群衆から外れて、駅に比べて随分と人気のない方へ進んでいった。

商店街のようだが、まるで活気のない通りだった。シャッターが閉まっている店も多く、昔は栄えていたとしても、現状、繁盛しているとは言い難い。

さっきまでは上手いこと人に紛れて尾行できたが、今はそう上手くいかないだろう。

「おや、あれは……」

東が何か気づいたようだ。

「どうした?」

「……そうか!思い出したぞ!」

「……馬鹿!声がでけぇ!」

東が急に大声をあげたので、俺は急いで東の口を塞ぎ、すぐそこにあった店の看板に隠れた。

「思い出したんだよ、シンズィー!彼女は僕が試合に勝っても、負けて引退しても、どっちにしろ花束を送りたいと言っていたんだ!あぁ、なんでこんな大事なこと……!」

東の言うとおり、華蓮ちゃんはすこし古臭い花屋の方に入っていった。

「彼女が花束を送るのはサプライズじゃなかったのか?」

素朴な疑問だが、気になったので聞いてみた。

「華蓮は口が軽いからサプライズなんて無理だよ。」

そうなのか……

「もう少し近づいてみよう。」

「そうだね。」

俺と東は、できるだけ花屋の近くまでいって、店からは見えない位置で中の華蓮と店員の会話を盗み聞きした。

「すみませーん!」

うわっ。彼女の声は初めて聞いたが、この妙なテンションの高さは、あの人に酷似している。

「はい〜……あら〜可愛いお嬢さんねぇ〜。贈り物かしら?」

中から聞こえてきたのは、店の外見と同じく古臭い調子の老婆の声だった。

「あ、泣きそう。」

「おい東!?」

「シンズィー。泣いてもいいかな?」

落ち着け!死んだ彼女の声を久しぶりに聞いた気持ちは分かるが、ここで泣いたら今までの尾行がパーだ!だってお前は泣くとうるさいからな!

「はい!好きな人に贈りたいんです。てへへ。」

明るいテンション自体は新川先輩そっくりだったが、華蓮ちゃんからはあっちとは違って、心が洗われるような純粋さを感じた。

「まぁ、かわいいねぇ。ならこのお花はどうかしら?」

「わぁ〜!きれ〜い!これ、ください!」

「ズッ……ズッ……」

一つしか歳が変わらないにも関わらず、猫をかぶってるとも思えない澄みきった彼女の声に、東ともども感動してしまった。

こんなに清楚感溢れる台詞なんて、昔の洋画でしか聞いたことがない。

「おい、出てくるぞ。」

「おわっ。」

危ない危ない。

買い物を終えて、店から出てきた華蓮ちゃんは、さっきよりも気分が良さそうに見えた。花束の規模こそ大きくはないものの、大切な人から贈られるというのは何とも羨ましいように思えた。

『二人ともまだぁ〜?』

うわぁっ!急に脳内に響く感じやめて欲しい。

「こっからどうスタジアムに行くか分からないですけど、今んとこ順調ですよ。」

『そ。一瞬でも気を抜いちゃダメだよ。ここまで丁寧にやってきてるんだから。』

「はいはい。試合はどうですか?」

『今ちょうどハーフタイム。じゃ、頑張ってね〜。』

あっ……早く来て欲しいのか慎重にやって欲しいのかわからない。

とりあえずさっきから東の空いた口がふさがってないので、さっさと尾行に戻ろう。


「しかし、贈り物なんて大事なこと忘れちゃやばいだろ。」

東がさっき、「思い出した」なんて言ってたので、少しだけ尖った調子で言った。好きな人が贈り物をわざわざ告知してまで渡そうとしていたのに“忘れてた”はないだろ……

「いや、すまない。……と君に言っても仕方ないが、僕からすれば、彼女がいなくなった時点でこの世の終わりなんだ。だから、彼女が死んだという結果ばかり抱え込んでしまった……」

そういうことか。ならしょうがない。とは思わなかったが、東が彼女の死をどう受け止めていたのかをより深く知った気がして、一層こいつを気の毒だと思った。

「そうか。すまん。俺のはやとちりだった。」

「あぁ、いいんだ。シンズィーも……」

東が何か言いかけたようだが、俺はすでに走り出していた。

華蓮ちゃんが今まさに道を曲がろうとしたその時、エンジンの轟音が響いて、死角の向こうから、ぼやけたオレンジ色が見えたからだ。

「あっ……」

華蓮ちゃんは立ち尽くしたまま動かなかった。

俺が華蓮ちゃんのすぐそばまで来ると、大型のトラックも、華蓮ちゃんに向かってかなり速いスピードで迫っていることがわかった。

「あぶねぇ!!!」

華蓮ちゃんを道路から弾き飛ばしてでも助けようとしたその時だった。

この光景を、どこかで見たことがあるような気がした。

大型トラックの大きな音、まぶしいライト。何が起こっているのか分からなくて逃げ出せない恐怖。

「……あれ?“僕”……」

────さ!……ずさ!か…………さ!

懐かしい声がする。暖かくて、優しい声がする。

俺は……いや、“僕”……あれ?あれ……?



「信仁!!!!!!!華蓮!!!!!!!」

冷たく、深いところへ落ちていく感覚を、気迫のある叫び声が切り裂いた。

一気に現実に引き戻された。だが気づいた時にはもう遅く、トラックはすぐそこまで来ていた。

せめて華蓮ちゃんだけでも助かるようにしてあげたかったが、寝起きの頭がまわらない感じと似て、最善策が思いつかなかった。

まずい!来る────!

「らぁ!!!!!!」

「がっ!」

「きゃあ!」

その時だった。東が華蓮ちゃんを抱いて庇っている俺もろとも助走をつけた物凄い勢いで蹴り飛ばし、トラックの軌道から間一髪というところで逸らした。

東も道路の端に滑り込み、三人とも、何とか無事で済んだ。

完全に、東のおかげだった。俺一人でなんとかしようとしていた俺が、何も出来ず終いだった。

「はぁ……二人とも、無事みたいだね……」

「……すまん、何も出来なかった……」

「反省は後にしよう。ひとまず第一段階はクリアしたんだ。何、何も出来なかったなんてことは無いさ。君がいなければ、僕は未だに抜け殻のままだったさ。」

俺の肩をたたき、いつもとは少し違って疲れた顔で笑った東の顔を、申し訳なさからあまり見たくはなかった。

「運転手は?」

「あ、あぁ、一時は朦朧としてたらしいけど、今は緑に復帰してる。」

「そうか、なら何も気に病むことなんてないじゃないか!計画どおりとは、流石に行かなかったがね。」

そうだ。これで華蓮ちゃんに東の顔を見られてしまった。本来なら試合中のはずの東が、見ず知らずの男と二人でいる所をみて、今まさに混乱しているはずだ。

現に、尻もちをついたまま、さっきから一言も発していない。どうしたものか……

「ひろくん……?」

“ひろくん”というのは、東のあだ名だろうか。華蓮ちゃんは目の前の東を震える指でさして、信じられないものを見る目をしていた。

「あぁ、違うよ。石畑華蓮ちゃんだね?僕は博雅の兄、ヒロタカだ。博識の博に貴いと書く。弟の最後の試合を見に来た途中に、友人のこの男と一緒にトラックに轢かれそうな君を見たんだ。危ないところだったね。」

今唐突に考えたとは思えないほどの切り返しだった。模範生徒だけあって、頭の回転が尋常じゃない。ただ一つこの切り返しに欠点があるとしたら、東が俺たちを助ける時に、“華蓮”と叫んでしまったことだが……

「え!そうなんですか!お兄ちゃんいたんだぁ〜びっくりです!」

さっきの怯えた調子とは打って変わって、初めて見る(もちろん初めてではないが)好きな人の兄に驚きを隠せず、テンションも一気に上がった感じだった。

事故直前のあの叫びは、都合のいいことに、覚えていないようだ。

「そうさ。博雅がいつも世話になっている。一人だと危ない。スタジアムまで一緒に行こうじゃないか。」

そう言って東は、華蓮ちゃんに手を差し伸べ、優しくもキザな笑顔を見せた。

「はい!お願いします!」

東が華蓮ちゃんを起こすと、俺の方をみてウインクした。“上手くやっておいた”のサインだろうか。

俺は余計に申し訳なくなってしまった。さっきの感覚……あれは一体、なんだったんだ……?

「ほら、君も自己紹介したまえ。」

東に肘でつつかれ、はっとした。

「あ、川村信仁っていいます。信じるに仁義の仁。ちょっと珍しいけど……さっきは急にごめんね。」

「いえいえ!庇ってくれてありがとうございました!」

そう言うと彼女は、何故か俺に向かって敬礼をした。

あの常に何を考えているかわからない新川先輩とは純度がまるで違うが、こういうオーバーアクションはそっくりだった。

「よし、じゃあ行こうか。今日は弟の華々しい晴れ舞台だからね!さぞ活躍していることだろう!」

東は鼻を高くして胸を張って言った。本当は自分が一番足を引っ張ったと、自分が一番理解しているはずなのに、その片鱗を全く見せずに“弟思いの兄”を完璧に演じていた。

「はい!楽しみだなぁ、ひろくんのかっこいいところ見るの!」

「そ、そうかい?でへへへへ。」

「なんで博貴さんがてれるの?」

「あ、いやいや、弟のことを褒められると兄も嬉しいだろう?」

やっぱり完璧に演じきれては無さそうだ……


それから、スタジアムまでの道を三人で歩き出した。華蓮ちゃんは延々と東のいいところを、まるで自分の事のように自慢しながら話していて、東はデレデレでそれを聞いていた。

俺の方は、その不思議な光景を見ながら、しょっちゅうはいってくる新川先輩の通信を、華蓮ちゃんに怪しまれないように素っ気なく返していた。そのせいで新川先輩も少しイライラし始めた。あっちについたらめんどくさそうだ。

ひとまず、華蓮ちゃんを助けられてよかった。今はその安堵に浸っていた。


「うさぎは寂しいと死んじゃうんだよ!!」

はい。めんどくさい。

スタジアムに着いて観客席に続く階段を上がると、新川先輩が待ち伏せていた。

「はいはい。あとそれ迷信らしいですよ。」

「少なくとも七彩ちゃんは寂しいと死んじゃいます!」

「あ〜はいはい。」

「うー!!」

頬を膨らませてぶーぶー言う新川先輩を、天使のような純粋さを持ち合わせた華蓮ちゃんに紹介しなければならないこの感じ。

「このかたは?」

俺達から紹介する前に、華蓮ちゃんが聞いてきた。

東がこっちを見ている。“紹介は頼む”って目だ。

「あー。この人は、俺達の先輩で、熱狂的なサッカーファンなんだ。」

「え!サッカーとか素人なんだけど!?とりあえず、天才美少女新川七彩です!新しい川に、七色の彩りを!って覚えてね!」

なるほど覚えやすい!……って感心している場合じゃないんだよなぁ。何やってんだ俺。

「試合どうなってますか?」

「うん。今後半が始まってちょっとしたところだけど、まずいまずい。“全体的に”ミスが目立つね。」

新川先輩は表情を一気に切り替えてそう告げた。得点板に書かれた点数は2-1。東側が負けている。

そして新川先輩の発言の中に気になる箇所があった。全体的にミスが目立つということ。東の話では、“自分のミスから連携が崩れ負けてしまった”となっていたはずだ。

つまり、現状はもう連携が崩れている段階に入っている。このままだと、東はベンチに下げられてしまう。そうなってしまえば、東の二つ目の後悔を解消することが出来なくなってしまうが……


すると、華蓮ちゃんがおもむろに観客席の一番前まで駆け寄った。

大きく、息を吸って、

「こらぁぁぁぁぁ!!!しっかりやらんかぁぁぁぁ!!!!」

あの華奢な身体から出たとは思えない、ドスのきいた怒号だった。

スタジアムの観客も選手も、唖然としている。

俺の隣に立っている東は震えていて、新川先輩は何故か必死に笑いをこらえている。俺はさっきとのあまりのギャップに、思考が停止した。

「ど、どうだいシンズィー!?彼女は怒ると怖いんだ!!ハハッ!」

なんでお前が得意げになってんだよ。声も上ずってるし……この感じは、あの怒号を何度も経験している感じだな。

「プッ、あっはっはっはっは!!!!」

新川先輩もこらえていた笑いが爆発した。腹を抱えながら、息が続かないぐらい笑っている。

「お腹痛い……!お腹痛い……!あはははははは!!」


そこからは驚きだった。

東側の士気が一気に高まり、ファインプレーの嵐だった。チームの連携も見事で、東も華麗なドリブルで鮮やかに敵をかわしながら、力強いトーキックで点を決めていく。

しかしながら相手チームも負けじと攻め込んでいく。そうして後半残りわずかの段階では、瞬きも許されないほどの接戦になっていて、中学生とは思えないレベルのゲームだった。

さっきまで笑いっぱなしだった新川先輩も試合に釘付けになっていて、かく言う俺も手に汗握りながら、試合を見ていた。


そして、試合終了のホイッスルが鳴った。

試合結果は4-5。試合終了直前の東のシュートが決まり、東側は見事勝利を収めた。

「しゃぁぁぁ!!!」

と俺。

「すっご〜!」

と新川先輩。

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」

と涙を流す華蓮ちゃん。

「あぁ……良かった……」

後悔が解消され、膝から崩れ落ち、安堵の息を漏らす東。

「やったじゃねぇか東!」

俺は東の肩を強くたたいてそう言った。

「やったのはグラウンドにいる僕さ……はぁ……本当に良かったよ。」

「あぁ、最後まで試合に出たお前も、華蓮ちゃんを助けたお前も、大活躍だ。」

「そうかい……確かに、それは最高に、気分がいいね……」

東は静かに涙を流した。このまま成仏でもしてしまうんじゃないかと思うほど、幸せそうな顔をしていた。

「良かったねあずま君!しんじ君はなにもしてないけど!」

うるせぇ!折角いい所だったのに、まぁその通りだけど……

「あとは、想いを伝えるだけだね。」

新川先輩が妙に優しく東に言った。

「はい。でもこればっかりは今度こそ、過去の僕だけの仕事ですよ……」

「あれ?別に今のあずま君が言ってもいいと思うよ?」

「……え?」

「……分かりました。シンズィー。心細いから、着いてきてくれないか。」

「あぁ、わかった。」


そうして俺達は、試合が終わった選手達を待ち伏せていた。華蓮ちゃんは上手い具合に新川先輩が止めてくれている。

東の最後の後悔が今、東の手で解消される。

「あ、あれだろ。」

夕陽に照らされたスタジアムの出口から、首にかけたタオルで汗を拭う選手達が出てきた。

その中には今日大活躍した、過去の東博雅がいた。

「じゃあ、行こう。」

俺は東について行き、過去の東の元へ歩み寄った。

「やあ。」

「え、誰。」

過去の東とはいえ、東らしくない、冷たい反応だった。

「僕はお前さ。未来からきたお前。」

「……は?」

「あぁ、君達は先行ってていいよ〜」

選手達が立ち止まって東を気にしていたので、俺が先に行くように促した。

「まあ、そうなるのも無理はない。華蓮、来ているよ。」

「なんで華蓮のこと……アンタ、本当に僕なの?」

「そうだと言っているだろう。……いいのか、想いを伝えなくて。」

「なっ……!」

過去の東は急に頬を赤らめて、目線を下にやった。

東は過去の自分の顔を覗き込んで、無言の圧力をかけている。

「華蓮は……今どこに……」

ボソボソと過去の東が言った。すると東は、“しめた”とでも言うように鼻で笑った後、

「上にいるよ。行けよ。お前の想い、全部ぶちまけてやれよ。」

東は昔のシャイな自分の頭をポンポンと叩いてから、クシャッと撫でた。観客席に続く階段へ向かった歩き出した昔の自分の、今より一回り小さな背中を強く押し出した。

自分の想いごと、託すように。


「シンズィー、申し訳ないが、見に行ってくれないか。バレないように。」

「ああ、任せろ。」

「頼んだよ。」

東はずっと、夕陽が沈む空を見ていた。静かに微笑み、佇んでいる彼の姿から、彼の過去に対する想いを感じ取らずにはいられなかった。


間隔を開けながら過去の東について行き、階段をのぼりきると、すぐそこに華蓮ちゃんがいた。あれ、と思って周りを軽く見回すと、新川先輩が柱の影に隠れている。

この人もおせっかいだな、と思った。

じっと過去の東を見つめる華蓮ちゃん。そして、過去の東がその重たい口を開く。

「華蓮……」

「……なんですか?」

夕陽に照らされる二人。観客席には人はもう殆ど残っておらず、静かな空気に優しい風が吹きぬける。

華蓮ちゃんは悟ったような顔をして、少し困ったように微笑を浮かべている。

そして、二人の目線がピタリと合った。

「好きだ。どうしようもなく好きだ。この上ないほど好きだ。だから……だから……その……」

風が一瞬強く吹いた。華蓮ちゃんの髪がふわりと靡いて、少し間が空いた後だった。

「ずっとそばにいてくれ。」

重みのある声だったが、辛くはなかった。むしろ、安心するような声だった。

華蓮ちゃんはまた一瞬強く吹いた風と、その言葉にはっとして、満面の笑みを浮かべた。

「はい!私も大好きです!」

「だから、これ!」

華蓮ちゃんは後ろに隠してた花束を差し出した。鮮やかに彩られた花々を見て、東はそれを受け取るなりすぐさま華蓮ちゃんに抱きついた。華蓮ちゃんも後から、静かに、だかギュッと力強く東を抱きしめた。

ずっとそばに……そう言って結局別れてしまうカップルなんて、この世の中には溢れかえっている。

だがこの二人は本当に、最後の最後まで、お互いずっとそばに、肩を寄せ合うことができそうだった。ずっと、二人で……


今の東がゆっくり階段を上がってきた。

「みろよ。」

「あぁ、見ているよ。」

「本当に、良い人生だ……」

昔の自分と、死んでしまうはずだった想い人が抱き合っている光景を見て、東は心底、安心したようだった────


─以下、後日談─

放課後の鐘が鳴った。まだ少し蒸し暑い。みんなだらだらと帰って行く中、俺の席に東が元気よく駆け寄ってきた。

「ほら、行こうシンズィー!」

「あぁわかったから。」

勢いよく階段を上がる東に手を引かれて、その後ろ姿に俺も安心した。

「フゥーーーー!」

思いっきり屋上の扉を東が開けた。今日は雲一つない快晴で、屋上に出るとスカッとした。

「お、きたきた〜」

上から新川先輩が顔を覗かせる。

相変わらず錆びた梯子を上りきると、相変わらずうるさい換気扇の音に、相変わらず偉そうにしている新川先輩。

「じゃあ今日もはじめよっか!」

「まってましたッ!」

「お〜。」

二人のテンションの高さに置いていかれる俺だが、楽しくない訳では無い。いやむしろ楽しい。後悔解消部は、新しい部員の東博雅を迎えて三人になった。

それと同時に、模範生徒の東が頼み込んで、後悔解消部は学校唯一の顧問なしの独立した部活となった。

許可した校長と教頭いわく、「特例中の特例」らしいが、なんでもいい。

今この部活をやっている瞬間が一番生きがいを感じる。それは恐らく東もそうだろう。

そして俺達は今日もいく。後悔してそうな生徒を片っ端から探すという無謀なミッションから始まり、その後悔をしっかり解消するところまで。

大きく息を吸った。

次はどんな後悔を解消するのだろうか。ワクワクすると言ってはあまりに不謹慎だが、誰かの過去に戻る度、自分が確実に成長しているのを感じる。

こんな俺でも、少しでも誰かの力になれる。

失敗もあるけれど、仲間がいる。

「シンズィー!同じクラスのミス冴嶋なんだが……」

「おい、聞いてるのか?」

「あぁ、すまんすまん。冴嶋さんがどうかしたのか?」

「噂なんだがね……」

クラスのマドンナ的存在、冴嶋響歌。ピアノの演奏において右に出る者はいない、かなり有名なピアニストだが……

次も、大変なことになりそうだ────

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