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「想い」

──朝か。

「信仁〜!ご飯出来てるぞ〜!」

下の階から父親の声がする。

「いまいくよ〜」

平和だ。

自分がついこの間まで、自殺しようとしてたなんて考えられないくらい、今がとても愛おしい。

階段を下ると、リビングで兄さんと母さんが楽しそうに話しながら朝食を食べていた。キッチンからエプロンのまま出てきた父が、

「早く食べないと遅刻するぞ〜」

なんて言うものだから、俺も支度を急ぐ。

前まではいくら遅刻しようがどうでもよかった。怒られる訳でもないし、反抗期の親のありがたみもわからない子どもが、家の愚痴を交わしているのが馬鹿らしくてしょうがなかったから。

「おはよう。信仁。」

「おはよう。兄さん。」

兄さんとも上手くやれている。特に共通の趣味であるアイドルグループを応援してることもあってか最近は仲がいい。

「そうだ信仁!次の土曜日ライブ当たったんだが、いくだろ?」

「おうもちろん!席は……?」

「喜べ!最前列だァ!あっはっはっはっは!」

なんて素晴らしい。兄さんもそう言わんばかりに、高らかに笑っている。間近で本物を拝むのは俺にとっても、兄さんにとってもこの上ない至福の時間になるはずだ。想像しただけでも楽しみでしょうがない。俺も拳を握りしめた。

「あんた達……そんな上辺の女の子じゃなくてもっと本気の恋をしなさいよ。」

母さんが新聞を置いて、呆れたように言った。

「はァ!?俺は本気だぜ母さん!俺はりなっちに命をかけてんだよ!なァ!?信仁ィ!」

りなっちというのは兄さんと俺が推している子の名前で、その抜群のスタイルと“天使の歌声”と称される見事な歌唱力でファンを虜にしているアイドルだ。当然、俺もりなっちに命をかけている。これも、今だからこそ言えることだ。

「母さんはもっとアイドルを知った方がいいよ。りなっちは老若男女問わず全ての人類の希望なんだから。」

「それなァ!信仁ィ!!」

兄さんは基本静かで優しい人だが、りなっちの話になると人が変わる。“あの日”の兄さんのようなテンションなので、危なくなったら俺が止めないと……

「全く……思春期男子の夢物語は聞いてらんないね……ごちそうさま。もういくわ。」

コーヒーを飲み干して、ため息をついてから母さんがそう言った。

「いってらっしゃ〜い。」

父さんは相変わらず間抜けな声と、とぼけた顔で母さんを送り出した。

「おっ、俺もいくわ。」

兄さんも腕時計をみて、椅子にかけてあったスーツを羽織ってすぐに行ってしまった。俺より四つ年上の兄さんは、家計を支える手助けをするために、大学に行かずに大手企業に就職した。

コンビニバイトをやめて、春から就職した兄さんではあるが、職場の先輩が友好的なこともあって、成人したばっかりにも関わらず、呑み会の席に参加することもしばしば。

「じゃあ俺も行くか〜。ちょっと早いけど。」

思いっきり伸びをした。家の窓から差し込む朝日が、こんなに気持ちいいのは久しぶりだ。

「ええ〜みんな急にいなくなるなぁ〜」

さっきまで人を急かせていた父親はあっという間に置いてかれた。

「父さんも遅刻するよ〜!」

そう言い残して俺は家の扉を開けた。父さんが後ろで情けなく、「一緒に出ようよぉしんじぃ〜!」と言っていたのは聞こえなかったことにしておこう。


さて、靴紐をいつもよりきつく結んで俺は駆け出した。さっきも言ったが時間はかなり余裕がある。それなのに俺は止まれなかった。歩いていこうという気にならなかった。不思議だ。

俺は、今を生きている!


学校に着いた俺は、教室よりも先に、屋上に向かった。学校には殆ど人はいない。今日は水曜日だが、水曜日は部活の朝練がないので(何故かは知らないが)俺だけが学校にいるようだ。

屋上の錆びた扉をこじ開けて、すぐさま上を見上げた。真っ白な地面に朝日が照りつけているだけで、人の気配は感じない。

梯子を上ってみても、あの人の姿はない。

「早く来すぎたなぁ……」

頭をかいて言ったその時だった。

「だーれだ。」

ヘリウムガスを吸ったような、超高音の声が聞こえたと同時に、視界が真っ暗になった。

俺の目を塞ぐその手からは、今どきの女子が付けるような頭がクラクラする人工的な香水の匂いとはかけ離れた、自然で優しい香りがした。

……毎回毎回、彼女に惚れているような表現だが、そういう訳では断じてないことをここで言っておく。

「だ〜れだ!!!」

俺がいろいろ考え込んでいる間の沈黙にしびれを切らしたのか、素の大声で彼女は言った。

「あぁ!耳が!新川先輩もうやめて!」

俺の目を塞ぐ手を除けて、後ろを振り返ると、一瞬ヒヤッとした。

なぜなら、新川先輩の髪型が変わっていたからである。『え〜?それだけで〜?』と思うかもしれないが、下ろしていた髪が、ポニーテールになっただけで随分と雰囲気が違う。

「うわぁ!誰かと思った……」

「今びっくりするのね……」

拍子抜け、と言った感じだった。……にしても、ポニーテール姿もなかなか……じゃなくて、なにか言いたいことがあった気がする……

そうだ。

「部活どうするんですか。まだ名前しか決めてないし……」

「あ、それなんだけどね!」

新川先輩も思い出したような様子で、手をパンッと叩いて言った。

「まだ二人だし、先生に言うのも面倒だから、しばらくは非公認というか、あんまりおおやけにしない方がいいかなって。」

前から思っていたが、新川先輩は意外とざっくりしてて、めんどくさがり屋というか、大雑把な部分が目立つ。でも前回の二手に別れる案を出したり、頭は結構キレるほうだと思うんだけど……

「まぁ、新川先輩がそういうならそれでいいです。でも、ずっと二人ってわけにもいかないでしょ?」

「そうなんだよね〜。タイムスリップとか、過去改変とか、全部受け止めて協力してくれる人なんていそうにもないし……とりあえず、信仁君のクラスで後悔してそうな人、探して連れてきてよ!今日中ね!」

「はぁ〜!?」

なんて無茶を言うんだこの人は。ただでさえクラスメイトに仲の良い奴なんていないのに、今日中に外見から後悔してそうな人を探して、見つけたら見つけたで、

「それなかったことにしない?」なんて意味のわからない誘い方でここまで連れてきて、急にタイムスリップして過去を変えて恩を売って、部に入部させるなんて……もう、正気の沙汰とは思えない。とはいえ、他に具体的に部員を増やす方法も……パッとしない。しょうがない、のるしかないか……

「善処します……連れてこれなくても文句言わないでくださいよ!」

「え?いうよ?」

新川先輩はさも当然のように言った。上手く言えないが、「ほえ?」みたいな顔をしているのが妙に腹立たしい。

「あ〜!もうわかったよ!つれてきゃいいんでしょ!」

「よろしい。じゃー放課後ね〜」

手を振って俺を先に行かせた。

俺はこの頃から少し疑問に思っていた。この人は毎回屋上にいるが、授業は真面目に受けているのだろうか。

俺が通う“清条高校”は、日本でも有名な高校の一つだ。一年からトップクラスの大学進学のために勉強漬けの人が殆どだ。

だから、周りのレベルが高すぎるあまり、授業を一回でも受けなかったりしたら、その分を取り戻すのはかなり苦労する。

しかし新川先輩は、そんなこともまるで関係ないというような顔だ。

今度小手調べに、テストで出た問題でも出してみるか……


さて、面倒なことになった。

まず、クラスメイトで後悔してそうな奴を探さなければならないが、びっくりすることに、みんな後悔してそうだ。

というのも、一学期の終わりの方にやったテストが今返されて、みんなあまり点数が良くなかったのか、どいつもこいつも「もっと勉強してれば〜!」みたいな風である。

なんてバットタイミングだ。というか、今日連れてこれなかったら新川先輩はどんな文句を浴びせてくるんだ?あまりガミガミいう感じではないと思うんだけど……

「やぁシンズィー。どうだったかな?テストの方は。」

誰かと思えばあずまか。東博雅あずまひろまさ

制服の襟に付いた銀色のピンが眩しい。俺達一年の学年色は赤色だが、テストの成績や、委員会の活動が優秀な者には、模範生徒の証として、銀色のピンが支給される。

というわけで、東はまさに文武両道の化身といったところで、勉強からスポーツ、さらには音楽に渡ってなんでもできる天才だ。

しかも、中学に上がるまではずっとイタリアだかフランスだか(そこら辺は定かではない)にいたせいで、ヨーロッパの国々の言語はお手の物、といったところである。

そのキャリアを見せつけているのか知らないが、“シンズィー”と人の名前を巻舌で呼んでくるのがウザすぎる。

「俺はまぁまぁかな。まぁお前からしたら家に帰れないような点数だよ。」

「それは買いかぶりすぎだよシンズィー。」

うるせぇ。その長い前髪を払いながら『やれやれ』みたいな表情で言うんじゃない。

人柄は嫌われるような感じでもないし、むしろ明朗快活でまさに模範的なのだが、やはり自分でも己に酔いしれているのか、時々キザでナルシストな部分をちらつかせてくる。

では何故そこまで癖の強い天才が、俺なんかにかまってくるのかは俺もよくわからない。もちろん俺に固執しているわけではなく、クラスメイト全員と仲がいい感じだが、何か事あるごとに俺の方に駆け寄ってくるのがこいつだ。

「時にシンズィー。何か困っているようだが。テストの点数以外で、不安なことでもあるのかい?」

「えっ。あぁ、まぁ……」

言えない!いくら癖の強いこいつでも、タイムスリップとか過去改変とかを話したら流石に『何を言っているんだいシンズィー……』みたいな感じになるに違いない!

それどころか、こいつが何か後悔しているようにはまるで見えない。というか、こんなに何でもできる人間が後悔するように思えない。まぁダメ元で……

「お前ってさ……」

「? なんだい?」

「その……後悔とかあんの?」

俺が躊躇いながらもそう聞くと、東は少し驚いて見せて、

「後悔ぐらい誰にでもあるだろうさ。」

「もちろん……僕も例外じゃない。」

と、儚げに言った。

俺の方こそ驚いた。こいつがガラッと表情が切り替わるほどの、強大な後悔を持っているとは思えなかったからだ。

だかそれなら、話は早い。

「放課後、俺と屋上まで来いよ。」

「……なんだいそれは!お悩み相談でもするつもりかい?」

東はたまらず吹き出した。

最初の俺と同じだ。馬鹿にされてる気がするんだろう。もし俺と来るなら、これからもっとその気分を味わうことになる。新川先輩は人をからかうの好きなところあるから……

「いいから来いよ。俺こう見えてお悩み相談は上手いんだぜ?」

俺はおどけた調子で言った。余計に東を煽ることになるかもしれないが、それはそれで好都合だ。こいつは多分、怒ったから行かないとか、馬鹿馬鹿しいから行かないとか、そういうことを言うような奴じゃない。

「ふぅ……しょうがない。なら君と語り合うことにするよ。屋上は行ったことがないんだ。前から行ってみたかったし、それも兼ねてね。」

「そうか、ならよかった。じゃあ、放課後な……」

とりあえずこれで、俺の仕事は終わった。こいつの後悔は多分、結構大きいものだと思う。こいつの素振りや表情を見ていればわかる。あとは、新川先輩に任せよう────


──放課後──

「よし。行こう。東。」

ホームルームが終わってから俺がすぐに声をかけた。俺の方からこいつに声をかけるのは、これが初めてかもしれない。

「ああ。楽しみだ。」

と、本人は言っているが、珍しく楽しそうじゃない。朝声をかけてから、こいつを気にしていたが、いつもよりも明らかに元気がない。クラスメイトと触れ合う場面もあまりなかったし、授業中も普段は凄まじい集中力でノートを書き綴っているのに、今日は窓の向こうを見ていることが多かった。

「こっちだ。」

東を手招きして階段を上り始めた。

屋上に続く階段を上っている最中に、東が口を開いた。

「なぁ、君からみた僕は……どんな奴だい?」

やっぱり元気がない。とても寂しそうな声で、か細く問いかけてきた。

「そうだな……すごいけど、変な奴って感じかな。」

「そうか……なら、いいんだ……」

本当にどうしてしまったんだ。お前は誰だ。と言いたくなるほど普段のテンションとは温度差がありすぎる。

「開けるぞ」

俺はこの頃開けなれてきた屋上の扉を開けた。最初は随分と重たかったが、今ではなんてことない。

「あぁ……ここが……」

俺にとっては、暗い階段から、一気に視界が開ける感じも半ば見慣れてきたのだが、こいつは初見なので、それなりにというか、結構感動しているようだった。

さて、東には嘘をついていた。お悩み相談を受けるのは俺じゃなくて……

「新川先輩。連れてきましたよ。」

そう言って梯子の真下で彼女を呼ぶと、彼女が梯子の上からひょこっと顔を出して、にこっとわらった。

「本当に連れてきたんだね〜びっくり!」

なっ!?新川先輩は初めから連れてこれないとでも思っていたのか……

なら丁度いい。俺が本気を出せばこの程度造作もないことがお分かりいただけただろう。

「東、すまん。相談に乗るのは俺というよりこの人の方で……」

「美しい……」

!?

「差し支えなければ、お名前を教えては頂けませんでしょうか……!」

!?!?

東!?!?!?

「あ、どーも!新川七彩でーす。ほら、上がって上がって!」

まるで、自分の家に友達を呼んだ時のような調子で手招きする新川先輩に、東はただただ見蕩れていた。

「おい……!どうしていままであんな美しい女性を紹介してくれなかったんだ!」

新川先輩が、ひょっこり出していた顔を引っ込めた直後に、東が耳打ちをしてきた。

「まぁいろいろあってな。」

ニヤニヤが止まらない東をみて、俺は余計苦しくなった。こいつは無理をしているとしか思えなかったから。

さっき、階段で聞いてきたことだってそうだ。他人から自分がどう思われてるかなんて、普段は絶対気にしない奴だ。

梯子を上りきると、新川先輩が、すでに避雷針の側に置かれたパイプ椅子に腰掛けていた。今朝は椅子なんてなかったのに……

「わたし、部長だから!」

聞くまでもなく新川先輩が答えた。腕を組んで偉そうにしているのがなんだか面白くてしょうがなかったが、今ここで笑っていいのか、ということまで考えてしまう。東。お前が楽になれるように、俺は……

「よし。じゃあ改めて、俺達、後悔解消部っていう部活なんだ。」

「後悔……解消?なんだい?それは。」

「それを今から話す。難しいし信じられない話だけど、俺は、俺たちは、お前を救いたい……!」

腹の底から本音が出た。これ以上は限界だった。今朝俺の何気ない一言で、ここまで沈んでもらっては俺も申し訳ないし、なりよりそれほどお前が後悔しているなら、黙っていられない。

「そうそう。わたし達、おせっかいだからさ。でもその前に、あなたのことが知りたいの。あなたの過去のお話、聞かせてくれる……?」

東が自分に見蕩れていたことに気づいていたのか、新川先輩が、あざとい上目遣いでもじもじし始めた。完全に味をしめている。この人はさっきからちょっとふざけ気味なので、後で言っておこう。

「ぬっ……分かりました。お話します。僕の過去。」

東は大きく深呼吸をした。あの日俺が新川先輩に話したように。手が震えている。膝が笑っている。額から汗が流れ出ている。呼吸も荒い。

今の俺には分かる。自分の忌まわしい過去と向き合うのは恐ろしい。だが東、どうか話してくれ。お前のその過去を。


───以下、東による回想────

これは、僕が中学二年生の頃の話だ。

丁度夏が始まった頃だったと思う。僕はサッカー部に入っていたんだけど、当時の僕は部活のことしか頭にない熱心な奴でね。毎日毎日、ひたすらボールを追いかけていた。

その日の部活が終わって、みんなぼちぼち帰っていく時分にね、僕は独りでグラウンドに残って練習してた。顧問の先生もいくら帰るように言っても聞かない僕に呆れてね、最終下校時刻まで面倒を見てくれていたよ。

そういう日々の積み重ねで、僕はチームの中でもかなり信頼されるようになった。僕がスタメンに入っていない試合はなかったし、僕が点を決めてない試合もなかった。

試合が終わる事にね、チームのみんなや先生が僕にいい言葉を掛けてくれたんだ。それが励みになって、サッカーがもっと好きになった。

そんな時だった。遅くまで学校に残って練習してるのを見ていた女の子がいたらしくてね、その子が僕に声をかけてきたんだ。一つ年下の子だったね。

名前は石畑華蓮いしばたかれん。物静かな感じで、可愛らしい女の子だったよ。彼女もそれなりに勇気を出して声をかけてきたんだろうね。

『先輩のこと、ずっと見てました……!これからも頑張ってください!』

なんて言ってね。嬉しかったよ。下校時刻ギリギリのあんな汗臭い僕を見てくれてる人なんて先生ぐらいだと思ってたのに。

それからは彼女、最終下校時刻になって、僕が校門を出るところで毎回僕を待っていてくれてね。優しい言葉をかけてくれた。

帰り道はいつも独りで寂しくてね……彼女は話し相手には十分すぎた。いつしか僕も、部活のあとの、彼女と帰る帰り道が楽しみになって行った……

それからどんどん月日は流れて、僕は中学三年生、彼女は中学二年生になった。この時も相変わらず、というよりも、前よりももっとお互い仲良くなっていってね、チームのみんなにからかわれることもしばしばと言ったところだ。

そんな中、ついに僕達も最後の試合を迎えてね。相手はかなり有名な強豪校だった。チームのみんなも震えていた。武者震いでね。みんなもなんやかんやサッカーが大好きで、たくさん努力していたからね。この学校との試合は“まちにまった”って感じだったよ。僕も相当モチベーションは高かったね。なんせ、彼女が応援に来てくれるらしいから、張り切らずにはいられなかった。


そして試合は始まった。相手はやっぱり強かったよ。今までに試合をしたどんなチームよりも、技量、連携、気合い、全てが桁違いだった。先制点も奪われてしまった。でも僕達も負けてなかった。その後みんなが繋いでくれて、僕がしっかりと取り返して、前半は1-1の同点で終わった。

そのあと僕は、ベンチで後半に向けて高まっているみんなとは違ってすこしそわそわしていた。いくら観客席を見回しても、彼女がいなかったんだ。

彼女はわかりやすいように、白いキャペリンを被って来ると言っていたが、そんな女性は見当たらなかった。その頃から少しモヤモヤし始めてね……

案の定、後半はミスの連続だった。チームのみんなからも心配されて、顧問の先生も僕をベンチに下げた。申し訳なかった。自分のプライベートと大事な試合を割り切れなかったからね。

けれど僕は、ベンチにいても試合をよそに彼女を探してしまっていた。どこか胸騒ぎがした。嫌な予感が拭えなかった。

結局、僕のミスが原因でみんなの連携が崩れ、試合には負けてしまった。みんな泣いていたよ。僕もすぐに駆け寄って声をかけたけど、誰も構ってくれなかった。やっぱりみんな、僕のミスが原因で負けたと思っていたんだろうね。実際そうだし仕方なかったけど、流石に傷ついてしまって……情けないことにも、彼女に慰めてもらいたくてしょうがなかった。

そして伝えたかった。「君のことが好きだ」と。僕という奴は困ったことに結構シャイでね。想いを伝えられずにいた。本当は勝って告白したかったんだけどね……


だが結局、その日彼女と会うことは無かった。

そして、嫌な予感が的中した。

翌日の学校で緊急の朝会が開かれてね。ただでさえ試合で疲れているっていうのに全く……なんて思っていたら、前に重々しい表情で立った校長の口から、信じられないことが告げられた。

『二年生の石畑さんが……交通事故により……お亡くなりになりました……!』

校長の涙ぐんだ声を聞いた全校生徒はもちろん、僕も戦慄した。そこからは頭が真っ白になって、感覚がなくなってしまった。

話によると彼女は、試合が行われていたスタジアムに向かう途中、居眠り運転の車にはねられて亡くなったらしい。白いキャペリンが真っ赤な血で染まっていたことを聞いて僕は、僕は、気が狂いそうになってしまった。

その日、家に帰って彼女との思い出を必死に引きずり出して見たんだけどね、困ったことに……僕は……何も恩返しが出来てなかった……!校門の前でいつも待ってくれた彼女は、必ずタオルとスポーツドリンクを持って来てくれて、優しい声で、

『お疲れ様です。先輩。』

なんて言うんだぜ……?あの時も、あの日だって、彼女はいつも側にいて、寄り添ってくれたんだ。ああ、ああ……!ああ…………!



「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「東!落ち着け!!!!!」

「しんじ君!彼を抑えて!!」

俺は新川先輩の指示ですぐに東の体を抑えた。東は過去を語りきった瞬間、叫び、喚き散らした。東は泣いていた。彼の絶大な後悔が、俺の骨の髄まで伝わってくる……!

「あずま君!聞いて!」

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

「あずま君!!!!!」

新川先輩が今一度東の名前を叫ぶと、東は魂が抜けたように、口を開けたまま呆然としてしまった。目に光はなく、しかし涙は未だに溢れ続けている。

「あずま君、君の気持ちは痛いほどわかった。だから、だからね。」

「わたし達が、君を絶対助ける!絶対生きてて良かったって、生きてるのが楽しいって言わせてみせる!!」

そうだ、俺達にはそれが出来る!東をこの絶望の海から引き上げてみせる!

「無理だ…………僕はもう……………………」

力が抜けて、崩れ落ちる東をみて、新川先輩があの錆び付いた懐中時計を取り出した。

「お願い……!」

そしてあの時と同じように、新川先輩が懐中時計に口付けをすると、あの時と同じように、辺り一面強烈な青白い光に包まれた。


光は徐々に消えて、視界が開けてきた。周りは熱気に包まれていて、四方八方から応援が聞こえてくる。

『ピピーーーーッ!』

大きな笛の音がすると、周りの人々が一気に湧き上がった。

そう、俺達は過去に来た。

今まさに、東のチームが最後の試合をしている。今まさに、東が一点を取り返したのだ。

「ああ……うそだろ?……これ……は……これは!」

「そう、戻ってきたんだよ、あずま君。」

東がゆっくりと新川先輩の方を見た。そして、俺の方を見た。涙がまだ止まっていない。口も開いたままだ。

「改めまして!あなたの後悔!絶対に!!消しちゃいます!!!」

新川先輩の声は気合十分だった。俺も力強く頷いた。

東、自分を責めるのは、まだ早い────!

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