-02-
私はいらない子だった。
人々はそれでも裕福だからいいじゃないかと私を羨ましそうに見た。暮らしは確かに裕福で何も困らない。でも、何かが足りない。
ある日、私は両親に捨てられた。
連れていかれたのはとある実験場。胡散臭い実験をしている所だった。
未来の人間の為に、人間の暮らしを豊かにする為に。私は未来の英雄になれるのだと言われた。
正直、どうでもいい。私は100年以上も先の未来に生きているわけではないし、顔も知らない人間の為に今の自分を犠牲にしたいとは思わなかった。
そんなものは今が満ち足りて余裕のある人間がするものだ。
純粋な気持ちがあればそう思わないのだろうが、私は少しひねくれている。生まれの所為だと、そう言えば、何となく救われる気もするから、私のひねくれは仕方がないものなの。
実験場はどこまでも白かった。
白で統一すればいいっていうものではないと思う。見た目は白くても渦巻く空気はどこか黒い。高い高い天井も、遠く高い空と違い奈落の底に突き落とされているとしか思えない。
それでも、私はまだ、ましかと思った。
一応これでも必要とされているらしいのとあの家から離れられたことは嬉しい。実験はあまり参加したくはないのだが、これも仕方のないことなのだろうか。
投げやりになっていた私。そんな私でも「友だち」が出来た。
「ニーナ! ねぇ、今日も聞かせて」
短めに切られた黒髪に自分と同じ服装。首には「01」の番号が記されていた少女。
少しぼさぼさな髪の毛を私はどうにかしたと思っていたが、きらきらと興味溢れる黒い瞳を向けられてしまえば、髪の毛は二の次になっていく。
少女は私が「イチカ」と名付けた。
イチカは初めから実験場にいると言う。だから、「外」から来た私の話を一生懸命、そして、楽しそうに聞いてくれた。
「ニーナの話は面白いなぁ。私、大好きだよ」
「……そうかしら? でも、そう言ってもらえると嬉しい」
楽しかった。
私の話を聞いて、私と一緒に笑ってくれる存在が。
「いつか、2人で外に行こう」
イチカがそんなことを言った。
外の世界はイチカが知らない世界。私はうんざりした世界。それでも、イチカと一緒だったら? こんな閉鎖的な空間から2人で飛び出して、青い空の下一緒に歩くことが出来たら?
頭の中で考えてみると、不思議と世界が変わっていた。
きっと違う景色を見ることが出来る。訳の分からない実験にも付き合わなくて済む。真っ白な地獄で、こんな場所で死んでいくのは嫌だ。
「そうね、イチカ。2人なら」
手を取り合って2人秘密の約束をした。
「そうだわ。約束の証に私のピアスを片方あげる」
「いいの?」
「ええ、私たち友だちでしょう」
ずっと身につけていたピアスの左耳側をイチカに差し出した。イチカはそれを受け取ると大事そうに手で包んで柔らかく微笑んだ。
「今日、脱走者が出たみたい。ニーナ聞いた?」
数年たったある日。脱走者が出た。
「聞いたわ」
勿論知っていた。
だって、私が手引きしたんだもの。
「誰か出られたってことは、私たちもいつかここを出られるよね。楽しみだなぁ。ニーナと一緒に海を見たいな。……ねぇ、あとはどこに行こうか?」
そんな顔を向けないで欲しい。
どうして、希望をもった顔で私を見るの。私はどうせ、どうせ……。どうせ、この実験場からは自力で逃げ出せない。
実験場の人間から漏れ聞いたのは自分がここになくてはならない人間だということ。だから、私は手引きして、その子に私を助けてもらおうとした。
でも、私は知っている。実験場を出ればこの首輪が割れて、実験場にいた記憶を失くしてしまう。だけど、それでも、覚えているという奇跡にすがるしかない。
「……うん。行きましょうね。私を、いえ、私と外に」
悔しくて、悲しくて、でも、嬉しくて私はイチカの手を強く握りしめた。そして、握り返されたその手の強さに私は心がぐしゃぐしゃになりそうだった。
でも、イチカの前では笑顔でいたい。
夢を現実に。
「イチカ、行って! そして、私を! 私を、連れ出しに来て……」
遠くなる背中を見送り、私は涙を流した。
両腕は実験場の人間に捕まれ、身動きが取れない。走り去るイチカを同じく実験場の人間が追っていった。
でもきっと、逃げ切れる。
私が十分に足止めし、イチカを送り出したのだから。きっと大丈夫。希望は全て、イチカに託す。これが最後の望み。
一番一緒にいたイチカなら、私を思い出してくれる。本当は一緒に行きたい。私はここで1人になりたくなかった。でも、約束を果たすにはこれしかない。
「……イチカ、覚えていて」
結局これは私のわがままかもしれない。一番に考えていたのは自分のことかもしれない。
でも、ほんの少しだけ、一緒でなくても、イチカが外で生きていてくれれば良いかなって、思う。本当は一緒が良い。だから、ほんの少しだけ。
イチカの居ない白い空間に1人残されて、膝を抱える。
満たされた何かが、少しずつなくなっていくような感覚が襲ってくる。
「イチカ、一輪の花。あなたは強く生きる一輪の花であって欲しいわ」
「素敵な願いだね。ニーナ、本当にありがとう」
空っぽだった私の手が同じ大きさの手で埋められた。あの毎日を私は忘れない。だから、イチカも……。
*****
「困りましたね。「02≪ゼロニ≫」の脱走手引きには」
「今回で6件目か。隔離も考えた方が良いかと思うが……」
「そうなんですよね。しかし、精神的に負担を与えたりすれば、最悪自死しかねませんし」
「それは避けたい。彼女はこの世で1人の最高の実験体だぞ」
「そうなると、多少の脱走には目を瞑りますか……」
白衣の男たちはため息を吐く。
「自分は自力で外に出られない。だから脱走させて後に自分を外へ連れ出してもらおうなんて、無駄な」
「ですよねぇ。何のための首輪だと思っているんですかね」
「ま、そのうち「02」も気が付くだろう。自分のしていることに、な」
「記憶だけ消すんじゃ不安でしたからね。最近改良して良かったですよ」
「ああ、本当にな」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
2017/09 彼方わた雨