私の好きな人(ライバル)
私にはライバルがいる。
私がなにかと勝負を吹っ掛けては、毎回返り討ちに合わされるライバルが。
そのライバルは私の幼馴染みで名前は優。なんでもそつなくこなすくせに、妙にめんどくさがり屋な普通の男子。
中学一年の時から色々な方法で優に勝負を仕掛けてきた。
内容は本当に様々、かけっこやテストの点数、じゃんけんのような運の絡む方法まで本当に色々。
そして、どの勝負にも私は負けてきた。何度悔しくて涙を流したかは、もう覚えていない。
自分から仕掛けておいて全敗とか本当に悔しい!
結局、中学は全敗で終わり、私たちは高校生になった。
今日が入学式で、今はその帰り道。
「高校はまぁ、お互い家が隣同士だから同じなのはともかく、まさかクラスまで同じとは驚いたな。なぁ、穂乃香」
「そうね」
「しかも幼稚園の時からずっとだぜ? 運命ってやつなのかな? ・・・・・・でも、運命の相手がお前ってのもなぁ。・・・・・・穂乃香、聞いてるか?」
「うるさいなー。今、次の勝負内容決めてるんだから少し黙っててよ」
「またかー。なぁ、もう俺の負けでいいから勝負とか止めようぜ。そんなことよりさ、どっかで飯食ってこうぜ! ほら、そこのカレー屋とかさ」
そう言って優が近くのカレー屋を指差した。
仕方なく、思考はそのままで視線だけカレー屋に動かすと一枚の張り紙がしてあった。
『激辛カレー! 三十分いないに完食で無料! 集え! 挑戦者!』
「あれよ!」
「わっ! なんだよ急に大声だして。そんなにカレー食いたかったのか?」
「そうじゃないけど、カレー屋さんでご飯を食べていくのは私も賛成よ」
「おっ? 珍しく素直だな。じゃあ早速入ろうぜ。実は入学式ん時から腹ペコでさ」
そう言いながらカレー屋さんへと足を向ける幼馴染み(ライバル)に私は指を指してこう言った。
「でも、食べるのはお互い激辛カレー! 完食出来なかった方が負け! 二人とも完食出来た場合は早さで勝負よ!」
「えー・・・・・・あのさ、ご飯ぐらい楽しく食おうぜ? 早食いとか体に良くねぇしさ」
優が明らかに嫌そうな顔で渋ってきた。
「問答無用! さぁ勝負よ!」
それを私は強引に一蹴した。
「ったく。しょうがねぇーなー。無理はすんなよ」
「敵からの情けなんていらないわ。手加減したら承知しないから!」
「あーはいはい」
げんなりした優と一緒にカレー屋さんに入る。
店内はカウンタータイプの椅子と、テーブルと椅子が用意されている二種類の座席があった。
「おっちゃん。張り紙してあった激辛カレー二つよろしく」
「お? 挑戦者たぁー、久しぶりだな。でもいいのか? 兄ちゃんはともかく、隣のお嬢ちゃんには辛いんじゃねーか?」
「大丈夫よ。だから二つお願い」
「かーっ! こんなに威勢のいい嬢ちゃんは久しぶりだぜ。おっしゃ! 二人ともカウンター席で待ってな」
カレー屋のおじさんに言われて二人でカウンター席に腰を掛ける。
そして、待つこと数分ーーー
「へい、お待ち! 激辛カレー二丁!」
おじさんの元気よい掛け声と共に、私たち二人の前に二枚の皿が置かれる。
「げっ・・・・・・マジかよ・・・・・・もはや色が赤じゃん」
優が皿に盛られたカレーを見て、そう感想を漏らした。
でも、優の言いたいこともわかる。
だってルーが本当に真っ赤で、例えるなら地獄のマグマとかそんな感じ。
「それじゃあ、念のためルール確認だ。制限時間以内に完食出来た場合は二人勝ちで、出来なかったら俺の勝ち。いいな」
「あーい」
「わかったわ」
私たち二人の返事を確認するとおじさんがポケットからストップウォッチを取りだした。
「それじゃあ、よーい・・・・・・スタート!」
おじさんの合図と共に私たちは同時にスプーンを動かし、激辛カレー口に運ぶ。
「かっらっ! てか、いてーっ!」
「んんーーっ!」
激辛カレーを口に含むと、まず激痛が走った。
もはや辛いとかじゃない、痛いだ。
それでも私たちは負けじとスプーンを動かした。
時間が過ぎて、制限時間が残り五分まで迫っていた。
隣では優が完食したらしく、冷水で舌を休めている。
それなのに私はまだ半分ほど激辛カレーを残していた。
でももう食べきれるとは思えない。
時間的にも私の口的にも限界だ。
私は優にまた負けたという敗北感と、それなりの料金を払わなきゃという、おじさんへの敗北感に苛まれながら泣く泣くスプーンを置こうとした。
「なぁ、おっちゃん。これって制限時間以内なら誰が食べても勝ちになる?」
優の言ってる意味がわからず、私は優の方を見た。
「あ? さすがにそれはゆるせねぇーな。だけど、兄ちゃんが食うってんなら話は別だ。既に一皿平らげて、残り三分で食べきれるってんなら兄ちゃんらの勝ちでいいぜ」
「さっすがおっちゃん! 話がわかるー!」
そう言うと優は私の皿を引ったくり、半分ほど残っている激辛カレーを口の中に強引に掻き込んだ。
「どうよ・・・・・・おっちゃん」
「こいつぁすげー。まさか食いきっちまうとはな」
おじさんが空になった皿を見て、感嘆の声をこぼす。
「そんじゃ、タダってことでいんだよな?」
「悔しいが仕方ねぇ。またの挑戦を待ってるぜ兄ちゃん」
「にゃはは、もう、こんな激辛カレーは勘弁だぜ。次は普通のを食いに来るよ」
二人は短いやり取りを交わし、事態に付いていけない私は優に手を引かれて店を出た。
「かぁーっ。食った食った。でも、辛いの食いすぎて舌がやべー。なぁ、このあとデザートでも食いにいこうぜ」
両腕を頭の後ろで組み、なんでもなかったかのような顔と声で話しかけてきた。
「なんで、私の分まで食べたの・・・・・・」
私は震える声で言った。
「あ? そりゃあ、金出さなくていいならその方がいいだろ? 値段だって二千円って高校生にはバカにならない額だったしよ」
なんでそんなこと聞くんだ? とでも言いたそうな顔で優はそう言う。
「そういうのがおせっかいだって言うのよ! バカっ!!」
「え? あっ! おい、穂乃香!」
私は逃げるようにその場から走った。
家に着くと、私は大きな音を立てながら階段を上がり、勢いのままにベッドに倒れ込む。
「なんでまた負けるのよ!」
苛立ちを声に出して発散する。
「今度こそは、って思ったのに!」
いくら声に出しても、中々苛立ちはなくならない。
そうこうしているうちに時間が経ち、少し落ち着いてきた。
「はーぁ・・・・・・今日も告白できなかったな。あんなルールにしなければよかったなー・・・・・・」
告白、ルール。
これが、私が私に課してしまった大きな課題。
私はーーー優が好きだ。
楽しそうに笑う笑顔、男らしく硬い身体、私とは違う低い声、めんどいとか言いながらも、なんだかんだ言いつつ手伝っちゃう所、全部好きだ。
それどころか最近はちょっとしたことでもときめいてしまう。
ふとした笑顔、眠そうにする欠伸、歩く後ろ姿、私を呼ぶ声、そんな小さなこと一つずつにときめいてしまう。
「こうなってもう三年かー。早いなー・・・・・・」
私が優を異性として意識しだしたのは中学一年の頃。
クラスの女子と話しているとき、カッコいい男子の話になり、その時に友達から「穂乃香と優くんって付き合ってるんでしょ」と、言われて私はそれを否定した。
どうやら幼馴染みなこともあって、良く話したり、一緒に登下校をしてる姿からそう思われていたそうだ。
問題はここからだった。
私と優が付き合ってないことが公になり、優がしょっちゅう告白されるようになった。
何度、優を探して告白現場を覗いてしまったか、もう覚えてない。
そんな、ある日だった。
私が優を意識しだしたのは。
優が他の女の子と楽しそうに話しているのを見て、私は腹が立った。
少し前までは何てことなかったのに、急にだ。
そして、いつからか優のことを目で追うようになった。
そして、それが恋からくるものだということに私は気がついた。
幼馴染みだからといっても、中々『好き』の二文字が紡ぎ出せなかった。
今のままの関係も確かに楽しい、でも、その先に行きたい。でも、もし振られて今までの関係すらなくなったら。
そんな無限に続く悪循環。
だから私は私に一つの課題を出した。
それは優に何でもいいから勝つこと。
私はお世辞にもそんなに優れた人間じゃない。それに比べて優は特別に目立って優れたところはないが、大抵のことはそつなくこなしてしまう。
そんな優に平々凡々の私が勝つことが出来たとき、きっと告白する勇気が持てる。
そう思って自分にこんな課題を出した。
その結果がこれだ。
全然勝てなくて、自分に苛立って、優に八つ当たりして、この繰り返し。それを三年間。
「よし! 決めた!」
こんな状況を終わらせたくて、私は新たに自分に課題を与える。
「一週間以内に優に勝って告白する! もし、できなかったら・・・・・・そのときはーーー優を諦める!」
背水の陣。
逃げ場のない状況でだからこそ出る、火事場のクソ力。
もう私にはこれくらいしか頼れるものはない。
カレンダーを見る。今日は金曜日。
すべては、来週の金曜日に決まる。
「よーし! 月曜日から頑張るぞー! おーっ!」
早速月曜日から私は今まで以上にことあることに優に勝負を仕掛けた。
月曜日
「あーっ、もう! またかよ! 今日でもう五回目だぞ!」
「問答無用! 勝負、しょーぶ!」
火曜日
「なぁ、もう止めようぜー。俺つーかーれーたー」
「私には好都合よ! いざ、しょーぶ!」
水曜日
「悪いな穂乃香。今日は仲良くなった男友達と昼食って、帰るときもそいつらと帰るわ」
「そう。なら私もその中に入れてもらうわ。大丈夫、男扱いしてもらっていいから」
「いいわけあるか!」
「なら、女の子としてでいいから」
「・・・・・・はぁー、アイツらに断り入れてくるわ」
木曜日
「おい、穂乃香。最近なんか勝負吹っ掛けてくる頻度上がってねーか?」
「そう? 気のせいよたぶん。それよりも勝負よ、勝負」
「・・・・・・はぁー」
そして、来てしまった金曜日。
今日の今日まで全戦全敗。
でも、後には引けない。
「大丈夫、やれる。諦めるのはまだ早いわ穂乃香」
カレンダーを見て、折れそうになる心を必死に奮い立たせる。
「それに、今日の勝負はもう決まってる。その準備も十分やった。今日はこの勝負に掛けて、他は全部捨てる!」
私はもし今日まで勝負に勝てなかったら、金曜日の勝負はこれ! というものを決めていた。
そしてその準備も進めていた。
正直、今日までの勝負はすべて前座だったといっても過言じゃない。
「いくわよ穂乃香! ファイ、オーッ!」
元気十分に家を出た。
「で、今日の勝負はなんだよ穂乃香」
学校に着いて、ホームルームが始まるまでの僅かな時間、優が話しかけてきた。
「なに? 今日はずいぶんやる気じゃない。もしかして私との勝負が楽しくなってきた?」
「んなわけねーだろ。どうせ仕掛けられるんだったら先に知っとこうって思っただけだよ。安眠を妨害されたくないしな」
「ふーん。まぁ安心しなさいよ。私が勝っても負けても、今日で勝負は終わりにするから」
「えっ! マジかよ!」
「本気も本気よ。乙女は嘘をつかないの」
「穂乃香が乙女とかそうじゃないとかはともかく、今日で勝負が終わるのはマジで楽しみだぜ。で、勝負内容は?」
優の心の底から嬉しそうな表情と声音に若干腹が立ったけど、私はそれを顔に出さないようにして、優に今日で最後の勝負内容を告げる。
「勝負内容は今日の小テストの合計点よ!」
入学して一週間の今日、中学の内容をちゃんと覚えているかという五教科の小テストが行われる。
私はその合計点を勝負内容にした。
五教科なら苦手科目もカバーできるし、優は勉強嫌いで家では勉強しないから、中学の内容なんて卒業式と共に忘れているはず。
その点私は優に負けるのが嫌で復習を高校生になるまでも続けていたので私にも十分に可能性がある。
「小テスト? あー、今日って小テストの日か。まぁ、いいぜ。勝っても負けても終わりなら点数なんてどうでもいいからな」
優の了承を得たところで、ホームルームを告げるチャイムがなった。
そして放課後。
教師の頑張りによって今日中に採点の終わった小テストを担任の先生から受け取った私と優は、教室に残ってテストの結果を見せあうことにした。
「いよいよね・・・・・・」
「あー、これで肩の荷も降りるってもんよ」
睨む私を優は笑顔で受け流す。
「それじゃあ、いっせーの! で、お互いの合計点を書いた紙を出しましょ」
「オッケー!」
お互いノートの切れ端にテストの点数結果を書いて、机の上に伏せる。
「それじゃあーーー」
「「いっせーの!!」」
二人同時にノートの切れ端を捲る。
優ーーー395点
私ーーー390点
ーーー負けた
負けて、しまった。
負けちゃいけない勝負でーーー負けちゃった。
「しゃあ! 最後の最後も俺の勝ちー! いやー、これで完全に俺の勝ち逃げだな! ・・・・・・って、穂乃香ーーー」
優が私の顔を見て、喜びの表情を一瞬で戸惑いの表情に変える。
「なんでお前ーーー泣いてんだ」
私は泣いていた。
みっともなく顔を歪ませ、今まで流したことのない量の涙をこぼし、赤ちゃんのように大きな声で、叫ぶように泣いていた。
「おいおい、そんなに泣くなって。そんなに悔しかったのか? そんならまた勝負に付き合うから次頑張れよ」
「違うの・・・・・・違うのよ。今日で終わりなの・・・・・・今日でーーー」
「何がだよ。勝負がか? それならまたやってやるって言ってるだろ?」
「だから違うの。終わりなの・・・・・・今日で、勝負も、恋も・・・・・・」
私は声を振り絞るようにこぼす。
「恋? なんのことだよ」
「決めてたの。ずっと前から・・・・・・優との勝負に勝ったら優に告白するって・・・・・・勝負に勝ったら、きっと私に足りない勇気も沸いてくるって」
涙が止まらない。
「でも、負けちゃった・・・・・・今日こそは絶対に負けないって思ってたのに」
もう、自分でも何を言ってるのかわからない。
「まけ・・・・・・ちゃっ・・・・・・た」
瞬間、私は暖かい何かに包まれた。
「悪いけど俺はそんなにしっかり者じゃねぇからハンカチを持ってなくてな。胸のシャツで我慢してくれ」
私は優に抱かれていた。
硬い胸板、力強い腕、私が気になって仕方なかった優の一部に抱き寄せられ、優の全身に抱かれていた。
「なぁ、穂乃香。お前、これは勝負だって言ったよな? それでお前の賞品は俺への告白券ーーー」
優の優しい声がすぐ側に聞こえる。
「なら、俺にも賞品がなきゃ不公平ってもんだよな」
優の話す言葉の一つ一つが心地いい。
「いいか? 恥ずかしいから一回しか言わねぇーぞ」
優が私を引き離し、両頬を挟んで無理矢理自分の顔を見させる。
「俺はお前がーーー穂乃香が好きだ!」
「・・・・・・え?」
一瞬、何を言われたのか、何が起きたのかわからなかった。
目の前には顔を真っ赤に染めた優。
その優が好きって言った。
私をーーー好きってーーー
「だから俺はお前が好きなの! いつも勝負勝負うるさくて! 負けても懲りずに立ち向かってきて! 一緒に居て飽きない穂乃香のことが好きなんだよ! わかったか! このやろー!」
優が私の頬から手を離し、ヤケクソ気味に叫んだ。
「はは・・・・・・あはは・・・・・・そっかー・・・・・・優も、私のこと好きだったんだ・・・・・・」
涙が止まらない。
「そうだよ。こっちは一緒に買い物したりデートしたりしたいのに、お前はいつも勝負勝負って、こっちの身にもなってみろってんだ」
ただ、これはさっきまでの涙とは違う。
「そっか・・・・・・そっかー・・・・・・」
これは、嬉し涙だ。
「それよりよ、答えはどうなんだ? 俺、まだ穂乃香の答え聞いてない」
私は優の質問に答えようと、優に抱きついた。
「これが私の答えだよ」
「そうかよ」
私たちはそれから言葉なく、しばらく抱き合った。
しばらく経って、私たちは家への帰路を歩いていた。
「なぁ、どっか寄ってかね?」
「なに? 早速デートのお誘い?」
「そうそう。今まで散々我慢させられてきたんだ。ここらでいっちょ晴らさせてもらうぜ」
「えー、どうしよっかなー?」
「なんだよ。行きたくないのかよ」
「そうじゃないけどー。あっ、そうだ! さっき私に告白してくれたときの真っ赤な顔見せてよ。かわいかったし!」
「嫌だね。俺はカッコいい専門なんだよ。そんなこと言うならデートなんてなしでいいね」
「あははは、冗談だって。どっか寄って行くんでしょ? どこ寄ってくの?」
「んー。やっぱ飯だな。勉強頑張って腹減ったし」
「えー、結局ご飯なの」
「いいだろ。腹が減っては戦はできねぇんだよ」
「んー、まあ、いっか。私も勉強頑張ってお腹減ったし」
「そうそう。そうだ! この前のカレー屋行こうぜ」
「そうだね。今度は激辛カレーじゃなくて普通の食べよっか」
こうして私たちは歩き出す。
どちらからでもなく繋がれた手と手を繋いで。
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