3話
「セドリックサン、剣と魔術の特訓の本はどこですか!」
エドに「セドリックサン」と呼ばれた男は振り向いてエドを見る。
エドの手には絵本が一冊。
「おう、エドサン、何か思いついたのか?」
と、少しからかうように返事をした。
「俺の名前はエドサンじゃなくてエド!」
と少しふくれ面で反論するエドに対し
「それなら、俺もセドリックサンじゃなくてセドリックって名前だぞー。」
と軽い感じで返した。
この王立図書館分館に司書として勤め始めて12年、生まれて38年目のセドリックは息子と娘がいる既婚者だ。
生まれて26年目の暮れに7年間通った大学を卒業し、その後はこの図書館に勤め続けている。
王立組織に勤務する者は、基本的に大学等の高等教育学校を卒業して就職する者であり、例外として大きな功績を挙げて民間組織から引き抜かれる事が稀にある程度だ。
そして、図書館とは功績もなにも関係の無い場所であり、そういった例外が中途で配属されることは有り得ない。
新卒で入り、病気などもなく長年勤めれば、最終的には館長という職を経て高齢で退職する事になる。
なお、病死等で欠員が出た場合でも、翌年まで職員が補充されることはない。
そういった背景もあって、この図書館には司書が2人と館長の計3人しか職員はいない。
年中無休のこの図書館は、自分と館長とケイシーが5日に一度の割合で代わり代わり休みを取って運営されているのだ。
誰かが退職でもしない限り、恐らくこの面子から変わらないとセドリックは考える。
ケイシーが配属された理由は、セドリックの5年後輩の女性が結婚退職した為なのだ。
結婚や出産でも退職する事は殆どないのだが、この後輩は上流層のお坊ちゃまを捕まえたとかで辞めていった。
なお、ケイシーは本日休暇を取っている。
ケイシーも、こういった休みの日に誰か良い男を捕まえてくるのだろうか。
ところで、エドが名前に敬称を付けて自分を呼ぶのは、ケイシーが「おばさん」と呼ばれたその日に口うるさく指導した成果である。
生まれて30年目ともなれば、流石に自分を「お姉さん」と呼ばせるのは躊躇したのだな、とセドリックは思ったものの、それを指摘したことはない。恐ろしいからだ。
さて、エドが持っている絵本の表題を見て、セドリックは考えていた。
この絵本で描かれる特訓に近い本。
魔術は教本があるからそれでいいとして、剣については教本が無い。
教員用の指導要綱はあるかもしれないが、恐らくそれでは駄目だろう。
そもそも、剣とは体で覚えるものであって、本を読んで覚えるものではない。
剣の使い方以前に、子供ではまだ体が鍛えられていないのだから、そちらが先になると思う。
そう考えて、セドリックはエドに話しかけた。
「あー、エドさんや、魔術の特訓の本はあるんだけどな、剣の特訓の本はないんだよ。」
「えー!剣の特訓できないの!?」
それを聞いてエドは不満顔になったが、そんな顔をされても無いものは無いとセドリックは内心思った。
が、少しは助言もした方が良いかと思い、セドリックはこう付け足した。
「気持ちはわからんでもないけど、まず剣の前に体を鍛えないと駄目だなー。」
「体を鍛える?」
エドは知らない言葉に疑問符で反応した。
「そう、体を鍛えないと剣の特訓はできないんだ。十分に体を鍛えることができたら、たぶん先生が剣の特訓をしてくれるよ。」
セドリックが教える訳ではないので、将来の誰かに責任を押し付ける事にする。
「先生?」
とエドは更に疑問符で応える。
「エドさんももう少しすれば初等教育学校に通うだろ?そこに先生がいるから、初等教育学校に行くようになれば、剣の使い方を教えて貰えるんだ。」
とセドリックは答えた。
セドリックの記憶では、初等教育学校の頃に剣の鍛錬をしたことがある。今でもそう変わらないだろうと考えての受け答えだ。
「初等教育学校っていつから行けるの?」
とエドは更に聞く。
エドの両親は、いつから初等教育学校に通うことになるのか、というよりそもそも通うことになる事を教えていなかったが、セドリックがそんなことを知る由も無い。
「エドさんって今4年目だっけ?」
とセドリックが年齢を確認すると、エドは「うん」と答えた。
その返事を聞いて、呟くようにセドリックは答えた。
「そうなると、あと1年半くらい後だなぁ。」
初等教育学校は生まれて6年目の初頭から7年間通うことになる教育機関だ。
図書館の設立とほぼ同時期に、学力等の向上を目的として国民に対して強制になった。
生まれて6年目から12年目の暮れまでは初等教育学校だが、13年目から19年目の暮れまでは中等教育学校に通うことになる。こちらも強制だ。
初等教育学校と比べて教育内容が高度になるのと同時に、初等教育学校では別々に学んでいた中流層と上流層が同じ学校に通うことになっている。
その為に以前は上流層による差別の問題もあったようだが、今ではその様な問題も殆ど起きていないようだ。
そしてその先、20年目から26年目の暮れまでの高等教育学校は、高学歴の者しか通うことができない任意の学校になる。
この教育課程の強制にあたり、学費どころか都度かかる経費や教材なども全て国から支出する事とした関係で、強制されることについて子供達の親が何かを訴えたことはない。
更に任意である高等教育学校も国が費用を負担しているが、それらは全て、将来を担う者を育てるという目的があるからなのだ。
さて、1年半と聞いて少し難しい顔をしていたエドだが
「1年半って、100日を5回くらい?」
と聞いてきた。
エドは一見100まで数えられるような事を言うが、実のところその間がすっぽり抜けていて、1から10その次は100、位の勢いで聞いてくるから聞かれた方は勘違いをしてしまう。
恐らく50まで数えさせたら途中で挫折するのではないか?と、セドリックはいつも思っている。
「いや、100日を4.5回位だなぁ。」
と、セドリックは少し意地の悪い答えをしてみた。
それを聞いて、また難しい顔になるエド。
しかし、誰が数の数え方を教えたのだろうか。
セドリックはエドの様子を見ながらあれこれ考える。
普通はいきなり100という数は出てこないと思うのだが、と。
そうして「うーん」と唸るエドを見ていたセドリックだったが、ふと、更にもう一人責任を押し付ける相手を思いついた。
「ああそうだ。体の鍛え方は、たぶんエドさんのお父さんが知っていると思うよ。」
エドの父親に押し付けることで、剣の特訓については全て他人任せにした。
この世界の1年は300日か301日です。
月という表現がなく、週の頭が一般的な休日で、週5日の60週です。
不定期で数年に1回ある301日目は地球の閏年みたいな扱いで、この日は特別休日になります。
つまり301日目のある年末年始は2連休。
という内容の文章を差し込もうとして流石にくどいのでは、と。