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無価値で無意味なワタシの話

作者: ひとみつり

 ワタシは眠っていた。

 ひたすらに眠っていた。

 疲れたのだ。人に、社会に、世界に。

 ずっと眠っていたかった。しかしそれは叶わない。

 陽は沈めどまた昇るように、死なない限りワタシはまた目覚めてしまう。

 それでも抗いたかった。無意味だと知りながらも。

 だからだろうか?諦めて目を覚ましたワタシは見知らぬ世界に横たわっていた。

 最初とうとう死んだのかと思った。

 どこを向いても真っ白な世界。まるで白紙のキャンバスの中に迷い込んでしまったかのような世界。

 ワタシは周囲を見渡すも、やはりそこは何もかもが真っ白であやふやな世界だった。

 自分が立っているのかさえ分からなくなりそうな世界だった。

 ワタシは足を踏み出すも、距離感が掴めず幾度も幾度も転んでしまう。

 ワタシは歩くことを諦めると、黙ってその場に座り込む。

 この白の世界に迷い込んでどれだけの時が経ったのだろうか?時間の感覚さえあやふやだった。

 時間というもの思い出すと、ワタシは不思議に思う。

 いくら待ってもお腹が空かないのだ。それどころか眠気も排泄感も何もないのだ。

 生理的欲求を何も感じないワタシはやはり死んでしまったのだろうかとの考えが頭を過る。

 しかしそれも確証はなかった。なにせ見渡す限り何も無いのだから。

 そんなワタシの視界にはじめて白い風景以外のものが映る。それは黒い『何か』だった。

 その黒い『何か』はゆっくりと動いているようで、ワタシはそれに歩み寄る。

 それを例えるなら黒い霧だろうか?赤ちゃんより少し大きいそれはワタシなど気にもせずにゆっくりと動く。

 どこから現れたのか分からないが、その『何か』には意思があるようには見えなかった。

 ワタシは暫くその『何か』を観察する。

 『何か』の動きはカタツムリ並みに遅く、姿は霧の中が蠢くように変化してるようだった。

 他には何も無かった。目も口も耳も鼻も手も足も何も無かった。

 ワタシはその『何か』に話しかけてみる。しかし当然ながら何の返答も無かった。反応すら無かった。

 それからもその『何か』の観察を続けるうちに、ワタシはそれに愛着のようなものが湧いてくる。

 だからだろうか?ワタシはついその『何か』に名前を付けてしまった。ゆっくり動く様が似ているような気がして『イモムシ』と。

 そうしたらどうしたことか、その『何か』はグニュグニュとこねられるように蠢く。

 ワタシが突然の事に驚いている間もその『何か』は蠢き、遂には人差し指ほどの大きさの黒い『イモムシ』へと姿を変えてしまう。

 ワタシがその変化に唖然としていると、先ほどまで『何か』だった黒い『イモムシ』はカラダを縮めては伸ばしてゆっくりと移動を開始する。

 ワタシは試しにその『イモムシ』に今度は『チョウ』と名付ける。

 するとどうだろうか。今の今まで『イモムシ』だったそれは、途端にカラダがこねられるように蠢き黒い『チヨウ』になってしまった。

 ワタシは驚きとともに理解する。どうやらワタシが名前を付けるとそれに変化するらしいと。

 ワタシは飛び立つ『チヨウ』に今度は『イヌ』と名付ける。

 やはり『チヨウ』はカラダをこねられるように蠢かすと、瞬く間にワタシが名付けた通りに黒い『イヌ』になってしまう。

 ワタシは他に何か出来ることはないかと楽しくなると、その『イヌ』に『増えろ』と命じてみる。

 するとどうだろうか、その『イヌ』は分裂したかのように分かれて二匹になったではないか。

 ワタシは再度驚くと、自分の言葉に力があることを理解する。

 それからというもの、ワタシは元々『何か』だったそれを増やしては様々なモノに変化させていく。

 『トリ』に『サカナ』に『カイ』に『ヒト』にと、一つひとつ違うものに変化させていった。

 その途中で分かったことだが、ワタシの言葉は『何か』だけではなく、この世界そのものにも影響するらしかった。

 だから『ヤマ』を創り『ウミ』を創り『ソラ』を創った。しかしそのどれもが白と黒の二色にしかならなかった。

 しかしそれでもまるでワタシが神にでもなったように感じられた。いや、実際ワタシが神なのだろう。

 だからワタシは世界を名付けた『チキュウ』と。そうしたら世界が変わった。

 白と黒二色だった世界は色鮮やかになり、匂いまで感じられるようになった。

 花が咲き、草木が風に揺れるその様は『チキュウ』そのもののであった。ワタシはその出来に思わずにやりと笑みを浮かべる。

 しかし、周囲にいた黒い『何か』だったモノたちがドロリと溶け始める。

 ワタシは驚いて周囲に目をやると、世界に名前を付ける前までに名付けた存在達が次々と溶け始めていた。

 まるで真夏のアスファルトの上の氷のように急速に溶けていくそれらは、最後まで何も言わずにじっとワタシを見ていた。

 その光景は気が狂いそうだった。

 ワタシは消えてなくなったそれらがあった場所を探すも、そこには土しかなかった。

 ワタシは世界に命じるも、世界は何も応えない。

 ワタシは焦りから『チキュウ』を駆け巡る。

 しかし何も見つからなかった。何も変わらなかった。

 気づけばワタシは地面に倒れていた。しかし今のワタシには立ち上がる力さえなかった。

 そのままワタシは朽ちていく。腐っていき、白骨となり、分解される。

 そしてワタシも消えてなくなった。

 一体この世界は何だったのだろうか?結局ワタシには最期まで理解できなかった。

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