弁当屋
「コンニチワー!店主のにいちゃんいる?」
箱型の真っ白な雲に映し出されていた小さな店に来客の姿が見えた。
天井からの眺めを映しているのか、いくつもの弁当と、茶髪と黒髪のつむじがこちらを向いている。
「うーわ、またあいつかよ…さっき弁当買っていったじゃん…ってなんか一緒にいるなぁ。」
「いないならそこに置いてある弁当、勝手に持ってっちゃうからねー?」
茶髪の男はそう言いながら弁当を物色し始める。
「ふっざけんなよ、あんにゃろう!」
誰もいない店内に、薄手の長袖長ズボンの地味な僕と、上下七分丈のゆるっとした格好の派手なお兄さんがいた。
頭から耳を生やし、後ろでぱたぱたと揺れる尻尾を持つ彼は、僕をここへ案内してくれた人だ。
「あれ?マジでいなかったのかな。」
目の前で揺れるふわふわした尻尾の毛先がしょんぼりと下がる。
しばらくして奥のドアが勢いよく開き、そこからエプロン姿の若いお兄さんが現れた。
「店で堂々と万引き宣言たぁ、どういうつもりだコラ。」
「あ、いた。」
「あ、いた、じゃねぇよ!…んで、何の用だ?まさか弁当2個目ってわけじゃないだろうな。」
「早弁しちゃったからそれもいいかなー…じゃなくて、用事があるのは、こっちのガキの方。」
腕を組んで少し悩み始めていたお兄さんの視線が、隣にいた僕の方へ向く。
店主と呼ばれた人が僕の顔を覗き込んだ。
「あ、あの、お弁当?を作ってもらいたくて…」
そう言いながら僕は今朝貯金箱から崩したばかりのお金をポケットから取り出し、骨が剥き出しの両手でお弁当屋さんの前に差し出した。
「お前さん…骨人族か?骨人族といえば生きてくのに必要な栄養だけしか取らないって聞いたことあるが、なんでまた弁当なんか欲しがるんだ?」
骨人族とは、体の一部や大半の骨が剥き出しの半人類の一種だ。僕も例外じゃなく両手の肘から下と、肋骨の下半分から尾骶骨の辺りまでの骨が剥き出しになっている。お腹を触れば着ているものが異常なまでに凹み、それがよく分かるだろう。
そんな僕達は、さっきお弁当屋さんが言っていたように基本的に村で飼っている乳牛のミルクしか口にしない。実際に僕も生まれてこの方、あの白くて少し臭い飲み物以外口に入れたことが無い。
「僕は今まで自分の村から一歩も出たことがなくて、今日初めてこの街に来たんです。それで、皆が美味しそうにゴハンを食べてるのを見て、いいなって、美味しそうだなって思ったんです。そしたら、このお兄さんが、ここのお弁当屋さんが代金に応じたお弁当を作ってくれるって話をしてるのを聞いて、連れてきてもらったんです。」
僕がお兄さんの方に顔を向けると、尻尾を嬉しそうに振りながら、自慢気に胸を張った。
「俺っちが街で宣伝したおかげだなっ!ってなわけで弁当1個、タダでくれ。」
お兄さんがにんまりと笑いながら、指を揃えてお弁当屋さんに手を突き出す。
「誰がやるか。ちゃんと金を払え金を。」
お弁当屋さんがお兄さんの頭をひっぱたいた。スパンッという景気のいい音が隣で鳴った。
「なにすんだよー!こちとら客だぞ、しかも常連の!」
お兄さんの喚き声を無視して、お弁当屋さんは僕の背に合わせるようにしゃがみ、差し出しっぱなしだった僕の両手の小銭を数えだす。
「うーん、この額だと普通に作ってやるのは厳しいなぁ…」
「そんな…」
「うーむ…そうだ、お前さんさえ良ければ各地で材料取ってきてくれないか?事情を話せば分けて貰えるはずだ。」
「いいんですか?」
「そりゃあ、この街で少しでもいい思い出作って欲しいしな。必要なものをメモしてやるからちょっと待ってろ。距離があるからあいつを足代わりに使うといい。」
お弁当屋さんはエプロンのポケットから厚みのあるメモ帳とペンを取り出しながら、顎で僕を連れてきてくれたお兄さんを指した。
店内に並ぶお弁当を眺めていたお兄さんは、突然声をかけられ、マヌケな顔をしながら自分を指差した。
「俺っち!?」
「どうせ暇だろ?あれでも人狼族だから足だけは無駄に早い。ちょっとは使えるはずだ。」
「無駄にって…相変わらずしつれーだなー。それで、どこに向かえばいいんだ?」
お弁当屋さんはメモ帳から何枚か引き抜くと、僕に手渡した。
「このメモを魚人族、こっちのを獣人族に渡してくれ。最後に翼人族から卵を貰ってきてくれ。場所は…分かるな?」
「とーぜん。獣人族ってのは東の森の奴らで合ってる?」
お弁当屋さんがうなづいたのを見ると、お兄さんは僕の手を引いて外に出た。
「そんじゃ、そのメモ無くさないようにしまっとけよー。そんで俺っちの背中にしがみついてくれ。」
僕は言われた通りにメモをズボンのポケットの奥にしまって背中に飛び乗ると、お兄さんは四つん這いになった。
さわさわと音を立てながらお兄さんの身体中にびっしりと茶色い毛が生える。
「しっかり目と口閉じとけよー。この街で多分…一番速い俺っちが最高速で飛ばすんだからなっ!まずは魚人族の沼地に向かうぞー!」
言い終わるより早くお兄さんは飛び出した。
後ろに強く引っぱられる感じがして、肩から手が外れて落ちそうになったけど、お兄さんが尻尾で強く支えてくれたおかげでどうにかなった。
目や口を少しでも開けたら乾ききって干からびてしまいそうな気がしたので、大人しくお兄さんの言うとおりにした。
「着いたぞー!…あ。」
急にお兄さんが止まり、僕はそのまま前にスポンッと投げ出された。そのまま宙を舞い、大分先の地面にスライディング。
長いこと地面に擦られた僕は、顔を上げて頬に付いた泥を手で拭った。
辺りを見回すと湿っていて、そのだいぶ先にはとても大きくて綺麗な水たまりのようなものが見えた。
「悪い、大丈夫か?」
お兄さんが駆け寄ってきて起き上がるのを手伝ってくれた。僕がありがとう、と小さく言うとお兄さんはどういたしまして、と少し申し訳なさそうに返してくれた。
「すごい音がしたが、一体何事じゃ?」
声をかけられて振り返ると、青白い肌をした人達に囲まれていることに気づいた。どうやら僕が思っていた以上に大きな音がしていたらしい。
「いやー、ちょっとここに食材を取りに来たんだけどさ、勢い余って乗せてたヤツを落っことしちまったんだわ。」
お兄さんはそう言いながら僕の服を軽くはたいていた。気がつくと僕の服の泥はほとんど落ちている。
「お主は本当に雑じゃのう。それで、食材を取りに、とは?」
ハッとした僕はポケットから水色のメモを取り出して、声をかけてくれたお婆さんに手渡す。
「弁当屋のにいちゃんに頼まれたんだ。なんでもコイツ、初めてゴハンを食べるんだと。」
「そうかいそうかい。あそこの弁当は本当に美味いからね、お主も気にいるだろうよ。そら、そこでぼーっと眺めてるお前達!ちょいとこの紙に書いてある物を揃えておいで。」
僕達を興味深そうに眺めていた人達が慌ててメモを持って沼地の奥へ走っていった。
彼らをよく見ると、体のあっちこっちに不思議な模様があって、それがぬめぬめと光っていた。
「すまんのう、何せワシらは骨人族を見るのは初めてでな。ところでお主は魚人族を見るのは初めてかね?」
僕がうなづくと、魚人族の皮膚は全体的に青白く、どこかに鱗があること、髪の毛の色が濃さに関わらず青いことを教えてくれた。
「似た種族に人魚族もおるが、彼らは鱗の代わりに上半身か下半身が魚のそれなんじゃよ。」
「人魚族には歌手が多いんだ。街で流れる曲の大半は人魚族が手がけてるんだぜ。」
「うむ、対してワシらは魚や魚介類を採ったり育てたりするのを生業にしとる。今回弁当屋が頼んできたのも魚や海藻などじゃな。」
そんな雑談をしていたら、籠にたくさんのもじゃもじゃした海藻と、てかてか光る魚と呼ばれた物を詰めて魚人族の人達が帰ってきた。
「おお、終わったか。ほれ、落とさないようしっかり持っておくんじゃよ。」
「ありがとうございます。」
背中に籠を背負ってお礼を言う。
「なーに、大したことではないよ。代わりに気に入ったらで良い、仲間にも魚人族の採る海産物は美味いと広めておくれ。これを機にお主らと仲良くしたいものでな。」
こうして魚人族の皆とお別れした。
こんな調子で頼まれた食材を集めていき、その度に他の種族の話を聞いて、ぜひこの食材を仲間にも広めてくれと頼まれた。
僕みたいな子供に頼んでも意味がないんじゃないかと聞いたけど、話をすることに意味があるんだって笑っていた。
ちなみに僕は目的地に到着する度に頬とおでこに擦り傷を作った。顔がすごくヒリヒリする。
両手をついて前転することで怪我をしないことに成功した頃には、お弁当屋さんに辿り着いていた。
お兄さんが入り口のドアに手をかけた時、誰かの話し声が聞こえた。
「全く…私を都合よく使うのはお前位のものだよ。」
「いいじゃないですかノス様。戦も終わってちょうど手も空いていたんだし。」
「…」
「…この星の奴らってね、私に似て飯に無頓着なんですよ。食わなくてもいっかなー、みたいな。でも美味いもん食うと、なんだか幸せな気分になれるんですよね。だからそれを少しでも多くの奴らに知って欲しくて、私は弁当屋を始めたんですよ。」
「その意気込みで灯台守としての仕事もして欲しいんだがなぁ…」
「ちわーっす。にいちゃん、頼まれたもん貰ってきたよー!って誰だ?お客さん?」
お兄さんは話をぶつりと切るように中に入った。
追いかけるように僕も中に入ると、お弁当屋さんの隣に優しそうな顔をした男の人が立っていた。
お弁当屋さんが男の人の肩を持つ。
「いーや助っ人。そうそう、食材渡してくれるか?」
僕は背負っていた籠を肩から下ろし、お弁当屋さんに渡した。
「お、いいの揃えたな。よっしゃ、すぐ作るからそこで待ってろ。ノス様、行きますよ!」
「やれやれ、私に拒否権は無さそうだな。」
お弁当屋さんは籠を担いで男の人と共に店の奥に入っていった。
残ったお兄さんと僕は、店に並んだお弁当を一緒に眺めながら待っていた。
しばらくして、男の人だけが出てきた。
僕達に気がつくと、にこにこしながら声をかけてきた。
「おとなしく待っているとは君達は偉いなぁ。うちの娘に待てと言ったら、外に飛び出して暫くは帰ってこないぞ…嗚呼、弁当ならもう少し待ってやってくれ、今盛り付けているところだ。」
「あなたは…何族なんですか?」
「うん?私はこの星の者ではないから種族としての名は無いなぁ、強いて言うならそうだな、ここの弁当屋と同じ、と言ったところかな。」
僕とお兄さんが揃って首を傾げていると、男の人は気にするな、と笑いながら僕達の頭を撫でてくれた。ごつごつとして大きな手だけど、とても気持ちがいい撫で方だった。
「これからも、ここの弁当屋を使ってやってくれ。」
「もちろん!言われなくてもそうするつもりだよー!」
「そうかそうか。」
男の人はとても嬉しそうだ。
「よーし、完成したぜ!」
今度はお弁当屋さんが片手に2つのお弁当を積み重ねて出てきた。
一番上のお弁当を僕に手渡してくれた。透明な蓋を通してでも暖かくて美味しそうなのが伝わってくる。
「これが骨人族の坊主の。この魚の煮付けは長いこと煮てあるから骨も食えるぜ。少ししょっぱいから米と一緒に食べるといい。こっちの和え物は…」
「にいちゃん…その話してたらまた弁当冷めちゃうよ…」
「青年の言う通りだな。お前の料理への情熱は一口食べれば十分伝わるさ。」
「それもそうですね。そうだ、こっちはお前さんの分。手伝ってくれてありがとうな、いつもより肉料理の量を増やしといた。」
もう1つのお弁当をお兄さんに渡す。お兄さんは耳と尻尾を目一杯伸ばして目を輝かせていた。
「やったー!食べていーい?食べていーい?」
「おいおい、今食べたら弁当である必要性が無くなるだろ?ちゃんと家に帰ってから食え。坊主も村に帰ってから食えよ?そんで、目一杯みんなに自慢して、この星のことを好きになってくれ。いいな?」
最後の一言の意味が僕にはよく分からなかったけど、僕とお兄さんは揃って返事をした。
僕は代金のことを思い出してポケットからもう一度お金を取り出すと、お弁当屋さんはお代として少しだけ持っていって、残りは他のことに使うといいと言ってくれた。
店先でお兄さんとまた会う約束をして、僕は歩き出した。
村に帰って今日あった事を皆に話しながらお弁当を食べた。
僕が食べた量より皆が勝手に摘んだ量の方が多かった気がするけど、また今度一緒に買いに行く約束をしてくれたので許してあげた。
僕は布団に入ってからも今日の事を思い出していた。
お兄さんが今度は前よりもっと面白いところに連れて行ってくれるって言ってたけど、どんな所だろう?そういえば村の長老様が、他の種族の人達と交流しようって言ってたから、また皆に会えるかな?
明日からが楽しみだ。
お弁当屋さんが言ってた『この星の事を好きになれ』ってこういうことなのかな。
なんとなくだけど、そう思った。