きず
昼夜逆転の生活がまた半周回って元に戻った。
太陽の光が眩しい。蝉の声はノイズのように聴覚の大半を奪う。そんな中、インターホンの音がした。
アカリはそれを無視した。
それでも扉の向こうの人間は帰る気がないようで、そのあともしばらくして繰り返し呼び鈴は続いた。
根負けしたアカリは仕方なく、タンスに仕舞われていた長袖を着て、玄関を開けた。
「……トオル……くん?」
汗だくになりながら扉の向こうで待っていたのはトオルだった。
「どう……して……?」
「会いたかったから」
「……え?」
「アカリに会いたかったから。だから来たんだ」
「来なくていいよ」
アカリは冷たくあしらう。言葉の冷たさに比例して、腕に切り刻んだ無数の傷が熱を放つ。
「迷惑だよ」
もう自分のことは忘れて、他の誰かと幸せになってほしかった。自分ではもう、幸せには出来ないから。
貴方が幸せだったら、私は嬉しいよ。
それだけでいいんだよ。
アカリは小さく笑った。冷たい作り笑いをするつもりだった。映画で見るような、人を蔑むような笑い方をして、幻滅してもらいたかった。
しかし、作られたのは涙だった。
唯一笑った口元が、少しだけしょっぱい。
条件反射的にトオルの前で泣いてしまう癖は、いつまで経っても抜けなかった。
「あれ……? なんで」
袖で乱暴に涙を拭う。止まるどころか、嗚咽まで混じる。
トオルは黙ってアカリを抱きしめた。もうどこにもいかないように。愛が一番届くように。
「やめてよ」
「……」
「優しくしないで」
「……」
アカリが何か悪態を吐くたびに、トオルはギュッと、抱きしめる力を強めた。
「俺……1つだけアカリに嘘ついたんだ。それが一番アカリを苦しめてるんだ」
「……どんな嘘をついたの?」
「自分の彼女が何人もの男とするのは、平気じゃない」




