忘れないで
「本当にこの方法でいいのか?」
「それって、私のセリフだと思う」
いいのか? という問いに二人は答えられなかった。
いいわけがなかった。他の男に抱かれることなんて死んでも了解したくなかった。しかし、死んでしまうことはそれ以上に嫌だった。それはわざわざ口に出さずともお互い分かっていた。
親は外出していて、今は二人きりだった。
アカリの可愛らしくボブカットされた髪を撫でた。透き通るような白い肌に、綺麗な黒髪が映えていた。
「……」
二人は黙って、その僅かな接点に集中した。声を出すことが恥ずかしかった。輪郭をなぞるように、存在を確かめるように、トオルの手は柔らかくアカリをなぞる。
少しだけアカリの頬が赤くなった。吐く息がだんだん甘くなっていく。
小さくて華奢で、抱きしめると壊れてしまいそうだといつも思っていた。今回も同じことを思った。
調べたことはなかったけれど、心の傷も治るのだろうか。アカリはトオルに包まれながら、そんなことを思った。
「ねぇ、トオル君」
「……なに?」
囁いた声は、意識しないと聞き逃してしまいそうなほど小さくて、すぐに消えてしまいそうだった。それが切なかった。
「……全部終わって、私の病気が完治したとき、それでも私のことを好きでいてくれる?」
「それって、俺のセリフだと思う」
「ごめん……。愚問だったね」
愚問だった。自分らしくなかった。言葉の約束なんて、いつ消えてもおかしくないものなのに。それでも今は、これからすることの目的を忘れないために、欲しかった。
どんなに辛くても支えになる言葉が欲しかった。それが例え、いつ消えてもおかしくない希望だったとしても。
「愛してるよ。これからもずっと。何があっても。それだけは忘れないで」
「今、同じことを言おうと思ったよ……。ありがとう。トオル君」
お互いの愛を渡しあった。なくさないように。一人ぼっちで頑張らないために。
アカリはぼんやりと部屋の天井を眺めていた。