命を愛で救いませんか
「お揃いだよ」
トオルは長袖を捲って、自身の両腕をアカリに見せた。
そこには、アカリと同じように赤黒い線がいくつも入っていた。
「これ、どうしたの?」
「カッターで切った」
「そうじゃなくて」
「辛くて切っただけだよ」
「バカじゃないの……?」
アカリはトオルの傷口を優しく撫でた。
「もう一生治らないよこれ」
そういうとポロポロと涙を流した。そんなアカリの涙を手のひらで包み込むように拭った。小さな体。
「いつかお互いの愛で完治するその日まで、ずっと一緒にいよう」
見え透いた嘘と本音が混じった言葉を放った。
二人とも分かっていた。罪悪感で傷ついた心も、自らが傷つけた体も、一人分の愛では一生かけても治らない。
「叶わない願いかもしれないね」
願いは叶わない限り、願いのままであり続けてくれる。
叶わない願いを願い続けることに縋って、不格好でも生きることを選んだ。生きていたいと思った。
大切な人がいてくれるなら、どれだけ恥を晒しても、それでも生きていたい。そばにいてほしい。そのためだけに生きていたい。
だからそれを一生のお願いにした。
愛の力では傷は癒えない。愛の力では罪悪感は消えない。
愛の力では過去を変えられない。けれど
二人で愛を分かち合うときだけは、全てを忘れることが出来るから、だから幸せなんだ。
そのときくらいは、幸せになってもいいんだ。
生きている長い時間のほんの少しだけなら、自分を許してもいいんだ。人を許してあげてもいいんだ。
こんな私でも、笑っていいんだ。泣いてもいいんだ。
生きている間は、生きていていいんだ。
それは貴方に対しての義務で、私にとっての権利だから。
真っ黒な画用紙に、白い絵の具を一滴だけ落とした絵を「光」だと名付けるように、私の人生もきっと同じだったよ。
たった一つの幸せのおかげで、どれだけ辛くても「私の人生は幸せでした」と言うことが出来たよ。
貴方が最期までいてくれたから。
*
そして二人の体も心も、死ぬまで治癒し続けた。
それでも腕の傷が完治することはなかった。
しかし、その傷は同じ形で、同じ痛みで。
そのときの気持ちは忘れてしまったけれど、同じ気持ちだったことだけは忘れなかった。
治らなくてよかったね。と笑ったトオルの顔は、アカリにとって宝物になった。
そうしてアカリは一人になった。
*
*
*
貴方が死んでも空は青くて、貴方が死んでも明日は来るから。
私が死んでもきっと空は青くて、私が死んでも明日は来るの。
いつの間にかこの人生は本番を迎えて、いつの間にか幕が降りたけど。
だけどね、私は幸せだったよ。
私の人生に白い絵の具を添えてくれたのは、貴方だったから。
貴方が作ってくれて、必死に守ってくれたから、私の人生は私になれたよ。
貴方の人生もそうだったら、いいな。
少なくとも貴方は、命を愛で治せなかったけれど、命を愛で救ったんだよ。
それを、死んでも忘れないで。私も忘れないから。
待たせてごめんね。
もうすぐ行くよ。
少しだけ、貴方がいない世界を見てみたかったの。
だって、私。貴方とずっと一緒にいたら、貴方しか見ないの。
世界よりも、何よりも、貴方に興味があったから。
だから少しだけ、見てみたんだ。
綺麗だったよ。
春は桜が咲いて、命が芽吹いて。
夏は生きて、愛を見つけて。
秋はそばにいて、小さくくっついて。
冬は眠って、さようならして。
私たちが生きたのは、そんな簡単で、分かりやすい世界だった。
貴方の愛は、そんな世界を守ったの。
命を愛で救ったの。
生きていることで、命を救っていたんだよ。