一生消えないんだよ
「やっぱりそうだよね」
体中の血の気が引いていくのが分かった。
嘘ってことは、そんなことは言われなくても分かっていた。分かっていたけど、分からないふりをして自分を支えていたんだ。
でも、分かっていたから、平気だと嘘をつくトオル君にどう接していいのか分からなくなっていたんだと気付いた。
私は一人ぼっちで、答えが出せずに、負の感情が渦巻く隙間に入り込んで抜け出せないでいた。
「ごめん……、こんな方法でしかアカリを助けられなかった」
トオルが続けて言う。
「でも、それでも生きていてほしかった。俺のそばで生きていてほしかった」
「そばにいても……いいの? 私壊れちゃったんだよ。もう価値なんて残っていないんだよ」
大切な人が生きているだけでいい。それはどれほど自分勝手な考え方なんだろう。大切な人がどれだけ苦しんでいても、自分は同じ苦しみを背負うことは出来ない。自分の願いはどれだけアカリを苦しめたのだろう。どれだけアカリが、そのことに応えようとしてくれていたのだろう。
トオルは悔しくて、唇を噛んだ。自分自身の不甲斐なさを恨んだ。
自分が渡せる言葉は、なんてちっぽけで頼りないんだろう。
全部初めから見透かされていたんだ。アカリに嘘が通じるわけなかった。ずっと一番近くで自分のことを見てくれている人間に、嘘なんてつけるわけがなかった。
「ごめん……、ごめん。俺……自分のことばっかりで、自分一人だけいい人間でいようとしてしまった。逃げて全部アカリに背負わせてた。俺さ……こんなにズルい人間だけど……アカリのそばにいても……いいか?」
自分ような男が、アカリのことを幸せに出来るはずはない。それでも、もう嘘だけはつきたくなかった。
全てに嘘をついて、いい人間でいるのはもう辞める。
俺だってずっとアカリを一番近くで見てきたんだ。
アカリの嘘に気付けないはずがなかった。
「……」
アカリの細い腕が、背中に回る。壊すつもりで抱き締めても壊れそうにない大きな体を、それでも抱きしめた。
どれくらいの間、一つになっていたのだろう。蝉のノイズが頭をボカしていく。現実が遠くなっていくように思えるくらい、今この瞬間が大切だった。
アカリがクスリと笑って、トオルの体から離れた。
「もう一緒にいるのは、無理」
アカリは長袖を捲った。両腕には手首から肩にかけて深くて痛々しい切傷が幾千も重なってついていた。
傷口は赤黒くなっていて、アカリの白い肌は台無しになっていた。
「怖いでしょう?」
アカリは腕を差し伸ばして、それを見つめるようにして言った。自分の罪の象徴のような気がした。
「これ、もう一生消えないんだよ。消えることはないんだよ」
アカリは今度こそ上手く作り笑いをした。
トオルはそれがとても儚くて愛おしいと思った。
これでもう終わりかな。