ムーンライト・パレード
今日は満月だ。しかし、空は曇っていて、月もつまらそうにしているようだった。霞んだ空に月光が行き止まりを食らって、微妙な光の漏れで、空は彩られていた。
私は、一人、乗っていた車を降りて、空を見上げていた。これが、私の見られる最後の景色だと思ったからだ。
私は、今年で七十になる老人だ。ただし、可愛い孫も、しわしわになった妻も、私にはいない。親も、私が五十の時に、交通事故で死んでしまった。いわゆる、天涯孤独というやつだ。おじいさんになって、誰とも繋がりを持たずに、孤独な思いをしている人間は、私以外にもたくさんいるだろう。繋がりを持っていないという事実は、時に寂しさを、時に生きる意味を、投げかけてくる。私は、その投げかけてこられた「悲しみ」の重みに耐えられなくて、今、逃げようとしている。
私は、今日死ぬ。この車と一緒に、迷惑のかからないところで、事故を起こすつもりだ。私は、ずっと一人が嫌で、それでも一人を貫いてきた。一人は、楽だけれども、何も生んではくれない。そう気づいてからは、自分のこれまでの人生と、これからの未来、どちらも消えて無くなってしまって、今の自分がどっちつかずになってしまった。
月明かりは、微かな雨の匂いを含ませ始めた。人生最後の日ですら、私を慰めてはくれないのか。そう思って、私は車に乗り込んだ。そろそろ時間だ。アクセルを踏んで、車を発進させる。山奥へ行くつもりだった。
やがて、雨が、車のフロントガラスを叩き始めた。私はワイパーを動かす。ワイパーは、忙しなく働き始める。
そして、車が山道に差し掛かった時のことだった。雨が突然、ピタリと止んだのだ。そして、車の後ろから、光り輝く何かが迫ってきていた。ライトにしては、眩しすぎる。一体なんだろうか。私はサイドミラーを確認するが、対象が明るすぎて、全貌がわからない。
やがて、光は私が乗った車と並走を始めた。こんな時なのに、私は、対向車線を走る光が向かってきた車とぶつからないかが気になってしまっていた。そして、光は複数いることに気づく。すっかり光の集団は私の車を囲んでいた。
だんだん、腹が立ってくる。私は誰にも迷惑をかけるつもりなどないのに、この光達は、私をまるでおちょくるように付いてくるのだ。嫌になって、私は思い切りアクセルを踏み込んだ。車は加速を始める。だが、光は私と全く同じスピードで付いてくる。私はますます意地になって、山道のカーブを思い切り曲がる。
それでも、光達は、私への追跡を止めない。車の走る軌跡が、だんだん私に何かを見せはじめる。妻も孫も、子供も親もいない私に、見せるものなんてないだろうに。
そう思っても、ついそちら側に目を向けてしまった。何かは、私の頭の中に入り込んできた。
私は、山道を走る一つの車を見た。私の車ではない。これは・・・私の両親が乗っていた車だ。白のワンボックスカー。忘れようもない、忘れることなどできない車だった。ワンボックスカーは、山道の急なカーブを曲がりながら走り続ける。しかし、途中から曲がるのが追いつかなくなっていく。速度を緩めればいいのに、車は同じ速さで走り続けた。そして、車はガードレールに思い切り激突した。ものすごい音を立てて、煙が上がる。
私にこんなものを見せて、一体どういうつもりだ。両親の死の瞬間なんて、見たくはなかった。しかし、立ち上る煙から、何か光が漏れ出し始める。光景から目をそらそうとした私だったが、気になって視線を元に戻す。
光は、事故を起こした両親の車から、月に向かって行く。
光は、私に付いてきたものに、よく似ていた。
気づくと、山道は終わっていた。山を越えてしまったようだ。だんだん街の明かりが近づいてくる。そして、並走を続けていた光は、徐々に消えていく。街に入ると、光はすっかり見えなくなっていた。
私は車を降りて、空を見上げる。空は、雲が晴れて、月がくっきり見えていた。
あの光が見せたかったものも、あの光の正体も、私にはわからない。だけど、私の眼の前に広がる空と、浮かぶ月は、静かに私を見下ろしていた。
両親が、月が、空が、そして光が「私は一人じゃない。」と言ってくれている気がした。