声色9
秋也さんの部屋で、他にも色々な事を話した。学生時代の事、作品の事、失声症の事。
『私と会話してて疲れない?』
ふと、そう思った。普通なら会話にこんなに時間を必要としない。しかし今は、片方が筆談のため書いている時間は無言に近い。
「んー別に疲れないよ。むしろ面と向かって喋るのあんまり得意じゃないし」
『そっか、それならいいんだけど』
「ねえ、美遙ちゃん髪の毛切る気ない?」
『髪の毛?切りたいって思ってるんだけどなかなか美容室行けないんだよね。会話、出来ないから…』
失声症になってから、あまり外に出なくなった。買い物も必要最低限しかしないし、友達と遊びに行くこともない。美容室も例外ではなく、会話を恐れてなかなか行けなかった。
「俺、切ってもいい?」
『秋也さん切れるの?』
「うん、自分の髪の毛はもちろん、友達の髪の毛も切ったことあるよ」
『じゃあ是非お願いします!』
元々ショートヘアで邪魔にならなかった髪の毛が、今じゃ伸ばしっぱなしでひどく痛み、前髪も顔全体を覆って前がよく見えなくなっている。
秋也さんは、いきなり立ったかと思うと、机の引き出しを開けて、メガネを取り出した。普段はコンタクトを付けているが、今日は目の調子が良くなくて入れられないらしい。またメガネが黒髪に良く似合う。
「何か希望ある?ショート、ボブとか、段入れるとか」
『じゃあボブで!』
「ボブね。前髪は?流行りのオン眉にする?」
『え、えっと、じゃあオン眉で…』
「はいよ、何でちょっと照れてんの」
ふふ、と笑う秋也さんは、私を後ろから抱きしめるようにタオルをかけていく。
『何か恥ずかしくて…あと似合わないと思うし…』
「そう?俺は似合うと思うよ?じゃ、はさみ入れてくね」
静かな部屋に、はさみが髪の毛を切る音が響く。既に私の周りには髪の毛が散っていて、切るスピードが速い事が分かる。
「よし、完成ー!どう?何か不具合ある?」
そう言って切ったばかりの髪の毛を鏡に写して見せる。非の打ち所がない。手が器用なのか、元々才能があるのか分からないが、プロのような仕上がりだった。
『完璧です!ありがとう!』
切ってもらった後、私は嬉しくて鏡を見ると毎回髪の毛を写していた。