声色5
美遙の兄の名前は未来です!よろしくお願いします!
コンコン、と先生の部屋のドアを2回ノックすると、中から「どうぞー」という声が聞こえた。
「何かあった?」
『あの、先生の事、もっと知りたいなって…ダメですか?』
「いや、別にいいよ。何から話す?」
先生の部屋は壁一面に書が飾られていた。部屋の奥に敷かれた畳や障子が和の雰囲気を感じさせ、墨の匂いがそれを一層強くする。
『ではまず…自己紹介から!』
「えっと…沙田秋也24歳。雅号は秋水。8月15日生まれのA型で、好きな食べ物はふきのとうの天ぷら。…美遙ちゃんは?あ、美遙ちゃんって呼んでいい?」
『はい!お好きなようにお呼びください!水澤美遙19歳。ペンネームは紗田美遥。5月24日生まれのO型で、好きな食べ物はおせんべいです!』
部屋と職業に和が関わると好きな食べ物も和風になるのだろうか。確かふきのとうは山菜だったはずだ。
「え、美遙ちゃんってもしかして小説書いてる?」
『あ、はい』
「え、もしかしてあの若き天才とも謳われた…紗田先生?」
『えっと…多分私がその人だと…というか先生じゃないですよ!ただあの作品は声がでなくなって学校休んでた時に兄に薦められて書いてただけっていうか…』
大学に入学して、1年生の終わり辺りから声が出なくなり、今は休学している。
休学し始めた頃は不安で落ち着かず、家にいても塞ぎ込んでしまっていた。そんな時に兄の未来がパソコンを「本好きなんだし、小説とか書いてみれば?まあそれは俺もう使わないし美遙にやるよ」と押し付けたのが執筆活動のきっかけとなった。
「そう言えば敬語も使わなくていいよ、あと先生っていうのも。秋也でいいよ」
『じゃあ秋也…さん?』
「よし!じゃあ今から敬語と先生禁止!使ったら肩もみとマッサージ!」
『分かった!秋也さんも先生って使ったら肩もみとマッサージね!』
書くのは簡単、しかし心の中では敬語を使わないというだけで緊張して胸がドキドキする。しかし、この会話だけで一気に距離を縮められた気がして嬉しいと思った。