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ライールの樹海

 翌日。


 昨日、アンナ教官に言われた通り俺とシエルはエボルヴのエントランスホールへとやって来た。集合時間の三十分前に来たから、まだ他のメンバーは来ていないようだ。


「ちょっと早く来すぎちゃったな」


「遅く来るよりはいいだろう」


 シエルはそう言うと受付案内所の近くにある新聞を取ってきて、ホール内の隅のソファへと座る。俺もその隣に座ろうとした時に、中庭へ続く扉から二人の先輩訓練生とグランさんが出てきた。


「それじゃあ気を付けて。何か困った事があったら、いつでも私に連絡してくれよ」


「はい! 今までお世話になりました! グラン教官!」


 二人の先輩訓練生がピシッと敬礼する。

 何だ? と思って見てると、その一人と目が合った。


「ん? 君は確か…… シュウリア・ストレイヴ君だったな」


「あ、はい。どうも……」


 そのままソファに座る訳にもいかず、先輩訓練生達の側へ歩いて行く。


「同期以外の訓練生とはあまり絡みがないからな。俺はハル・クランツ。君の一期上の訓練生だ。いや…… 訓練生だったと言った方が正しいかな」


「……と言うと?」


「私達は今日で訓練生から卒業したのよ。だから、これからはアーヴィングの正式な傭兵ってわけ。私はセリーナ・シュトックフェルトよ。よろしく…… と言っても、もうここには居なくなるんだけどね」


「そうなんですか。あの、訓練生の卒業ってどういうシステムなんですか?」


 俺が質問すると、俺達の間にグランさんが入って来て代わりに説明をし始める。


「訓練生として入ってまず一年は訓練生のままなんだけど、一年経つと任意で試験を受ける事が出来てね、それに合格すると早々に訓練生から卒業になるのさ」


「試験を受けないと卒業出来ないんですか?」


「いや、ここに二年居たら自動的に卒業にはなるよ。ただし、条件はそれまでにオメガと契約してる事。弱いのでも何でも、とりあえず契約してればいいから難しい事ではないよ。でも、契約が出来てないと解雇になるから、そこは注意してくれ。まぁ、君は既に契約してるから卒業は確定されてるけどね。しかも、それがドラゴンオメガだっていうから驚きだ」


 誉められているようで俺は少し照れる。しかし、とりあえず解雇にはならないようだから一安心だ。


「凄いわよねー! あのドラゴンオメガと契約しちゃうなんて! 私たちの同期の中でもあなたは結構有名よ」


「ああ。俺達は今のところCクラスが限界だからな」


 先輩二人が感心してるように話をしているが、俺には何の事か分からない言葉が出てきた。……Cクラス?


「あの、Cクラスって何ですか?」


「ん? ああ、そうか。君たちは入って一ヶ月位だから、まだそこは知らないのか」


「?」


「Cクラスって言うのは簡単に言うとオメガの強さのクラスの事よ。一番下のクラスはEクラス…… オオカミオメガとかその辺の弱いオメガは大体このクラスに分類されていて、一番上はSクラス…… ドラゴンオメガレベルのオメガはこのクラスね。ドラゴンオメガの場合はSクラスの中のSクラスだから、SSクラスでも良いと思うけど」


 へぇ~。オメガもそんなクラス別に分けられているんだな。

 しかし、ドラゴンオメガレベルのオメガって……。そんなのが世界の何処かに居ると思うとゾッとするな……。


「Cクラスのオメガと契約するのも凄い事だよ。一般的なアーヴィングの傭兵はDクラスが主だからね」


 グランさんが両手を広げて凄いというジェスチャーをする。一般的な傭兵がDクラスだとすると、この二人は凄い人達なんだろう。


「それじゃあ、お二人は結構凄いんじゃないんですか?」


「Sクラスオメガと契約した君に言われると恐縮だけどね」


「この二人は優秀だよ。だからこそ一年で早々に試験に合格したんだしね。私も二人の教官として鼻が高いよ」


 自慢気に話すグランの表情は何となく嬉しそうに見える。そうか…… 先輩訓練生の教官はグランさんだったもんな。


「それではグラン教官。俺達はそろそろ出発しようと思います」


「ああ。君達の活躍を期待しているよ」


「はい!」


 ハルさんとセリーナさんは再び敬礼をし、荷物を持ってエボルヴを出ていった。


「あの二人はこれからどうなるんですか?」


「配属はエクシード支部みたいだよ。エクシードの街の警備になるかもしれないけど、彼等みたいな優秀な人材はオメガ殲滅部隊に回されるかもしれないね」


「オメガ殲滅部隊?」


「通称クリムゾンブレイカー。戦闘レベルの高い傭兵達で構成されるエリート部隊だよ。さっきも話で出ていたオメガランクのBランク以上のオメガと戦うのが主な任務だ。一般的な傭兵が戦うのが厳しいようなオメガとね」


「クリムゾンブレイカー……。そんな部隊もあったんですね」


「ああ。君の教官のアンナ君も、クリムゾンブレイカーに属していたんだよ」


「アンナ教官が!?」


「……私がどうしたの?」


「うわっ!? アンナ教官!?」


 突然背後からアンナ教官の声が聞こえて、振り向くとそこにはアンナ教官が立っていた。


「やあ、アンナ君! 今日も朝からグッドルッキングだね! ハハ☆」


「ハハ……。二人で何を話していたんですか? 私の名前が聞こえた気がしましたけど」


「いやいや、アンナ君みたいな素敵な女性が教官だなんて羨ましいって話をしてたのさ☆ なぁ、シュウリア君♪」


 肯定も否定も出来ない雰囲気だから、とりあえずグランさんに合わせて笑っていると、通路の奥からユユハとオーリとクライヴがやって来た。あと、ユユハに抱えられたフォウルも。フォウルのヤツも俺と契約したのに、ユユハと一緒に居る方が断然多いな。


「すいません。クライヴが中々起きなくて遅れました」


「わりぃわりぃ! 昨日の夜にやってた『爆裂特攻Dチームの逆襲』って映画を観てたら寝るのが遅くなってよ」


 オーリとは正反対に、全然申し訳なさを感じないクライヴが頭を掻きながら謝る。


「まだ集合時間を越えてないから気にしなくていいわよ」


 時計を見ながらアンナ教官が言うと、グランさんが不思議そうな顔をする。


「集合時間……? 今日皆で何処かに行くのかい?」


「はい。オメガを捕まえにライールの樹海へ」


「ほぅ……。ライールの樹海にねぇ……。それじゃあ……」


「はい。訓練所のオメガの数が減ってきたんですよ」


「……なるほど。そういうことか。私もアンナ君の為に一肌脱ぎたい所だけど、ちょっと用事があってね」


「気にしないでください。この子達だけで十分だと思いますから」


 残念そうなグランさんとは違ってニコニコしているアンナ教官を見て、俺はグランさんに同情する。


「それじゃあ、皆集まった事だし出発しましょうか」


「気を付けて行っておいでー」


 グランさんに見送られながらエボルヴの外へと出る。休日の日は訓練生の為に、近くのエクシード行きのシャトルバスが出ているんだけど、俺はストックを覚えるとか他の事とかでそんな暇がなかったから、エボルヴの外へ出るのはここに来てから初めてだった。


「なんか久しぶりに施設の外に出たな~」


「僕は一度エクシードに行きましたよ。姉さんの忘れ物を実家に取りに」


「へぇ~、オーリはエクシード生まれだったんだな。いいな~、都会生まれって」


 そんな話をしていると、俺の服がグイグイ引っ張られる。このグイグイはユユハだ。


「ん? どうしたんだユユハ?」


「お腹空いた……」


「朝飯食べて無いのか?」


「うん……」


 そういえば俺とシエルも何も食べていないし、クライヴも寝てたって言ってたから食べてないだろう。オーリに聞いてみると、オーリもまだのようだった。


「すいませんアンナ教官。ユユハがお腹空いたみたいで……。俺達もまだ何も食べてないんですが……」


「そっか…… それじゃあ先ずはご飯食べに行きましょ。エクシードを通るからそこの適当なお店でね。あんた達もたまには食堂のご飯以外を食べたいでしょ? 私が奢ってあげるわ♪」


「先生の奢りか!? やっほぅ!」


「ユユハは結構食べますけど…… 大丈夫ですか?」


「大丈夫大丈夫! エージェントは給料もいいのよ♪」


 そう言って得意気な顔をするアンナ教官。

 エージェントって幾ら貰っているんだろう……?

 きっと、俺の倍は貰ってるんだろうな……。


「我の事も忘れるでないぞ?」


 ユユハの頭の上でくつろいでいるフォウルも口を開く。


「それはいいけど、お店の人とか街の人とかに見られないようにしてよね。あなた結構目立つんだから」


「仕方ない……。街を移動中はシュウリアの中に入っているか……」


 まったくコイツは……。

 人を便利なバッグか何かと一緒にしてるんじゃないか?

 そうこうして俺達が駐車場まで行くとそこには、以前俺が運転したのと同じような白いバンがあった。


「これで行くのか?」


「ええ。荷物があるから後ろは少し狭いかもしれないけど…… そこは我慢してね」


 そう言ってアンナ教官が運転席へ、ユユハは助手席に座らせて男チームは後ろの席へ座ると、アンナ教官が言う通りそこには銀色の大きくて四角い金属の固まりのような物体があった。


「何ですかこれ?」


 オーリが恐る恐るそれを触りながらアンナ教官に聞く。


「捕まえたオメガをその中に入れるのよ。行動不能にしたオメガをその中にストックするって言った方がいいかな。言うなればそれは、人工的に作られたキャパシティってところかしら?」


「キャパシティって人工的に作れるもんなんですか?」


「まぁ、そこにあるから作れたんでしょうね。原理とかはよく分からないけど、それを作ったオメガとかキャパシティとかの研究をしている天才がアーヴィングに居るのよ」


「へぇ~、そんな人が……」


「契約の印を刻む装置もその人が作ったのよ。世の中には凄い人が居るもんよね」


「へぇ~…… これを……」


 俺は自分の左手に刻まれた印を見る。エボルヴに来て一週間くらいした時に俺達訓練生も契約の印を左手に刻まれたのだ。でも、まだ俺と同期の訓練生の中で契約をしてる人は居ない。今のところ契約したいと思うオメガと出会う機会がないから…… というのが大多数だろう。

 そうして俺達を乗せた車はエボルヴを後にした。





 それから十分くらい車を走らせていると首都エクシードが見えてきた。街の中に入る為のゲートを通って適当な飲食店を探していると、回転寿司の店があったから俺達はそこへ入っていった。

 まぁ、そこでもシエルとクライヴが食べたお皿の枚数を競ったり、わさびが苦手なユユハが涙目になったり、他の客にバレそうになったフォウルが人形のフリをしたりと、色々あったけどそれは飛ばそう……。最終的にユユハが四十皿くらい食べて店員は目を丸くしていた。

 それから少し休憩してエクシードの街を後にする。

 そして、それからまた十五分くらい車を走らせていると目の前に大きな森が広がった。どうやらこの森が『ライールの樹海』のようだ。


「さーて、皆! 着いたわよ!」


 アンナ教官の言葉で俺達は車から降りて入口の前に立つ。目の前の森を見て、クライヴとシエルが口を開いた。


「これがライールの樹海かよ。思ったよりデカいな……」


「これは…… 迷ったら危険なんじゃないか?」


「そうよ。別名迷いの森。適当に奥まで入って行くと本当に迷っちゃうから気を付けてね」


「それで…… どうするんですか?」


 オーリがアンナ教官に聞く。

 オメガを捕まえるって言ってたけど、どうやるんだろう?


「それじゃあね、車はここまでしか入れないから…… その辺でオメガを行動不能にしたらここまで連れてきて」


「えぇー? 行動不能って言われても……」


「オメガだって生き物なんだから、頭を強く殴れば気絶するわよ」


 うーん。

 もっと何か特殊なやり方でもあるかと思ったら、ただ頭を殴って気絶とは……。


「クックック! 分かりやすくて良いじゃねーか!」


 クライヴは腕をバキバキ鳴らしながら森の中へ向かって歩いていく。仕方ないからアンナ教官以外の俺達四人も、クライヴに着いていった。アンナ教官は車を守るのと、俺達が行動不能にしたオメガを人工キャパシティに入れる係だそうだ。


「その辺でやってよー! 奥に行っちゃダメよー! 殺しちゃダメよー!」


 とりあえず、アンナ教官が小さく見える位まで中に入って来た。ウヨウヨいると言っていただけあって、視界にはもう何体かのオメガが見えている。


「よーし! それじゃあ始めようぜ! 誰が一番多く捕まえるか勝負だ! ……オラァ!! 掛かってこいやぁ!!」


 クライヴが大声で叫ぶと、周りのオメガ達が一斉にこっちを見て襲い掛かって来た。


「お、おいおいマジかー!?」


 ざっと見回しても十体分以上いそうな赤い目が、段々俺達に近付いてくる。


「シュウリア…… 離れないで……」


 ユユハがそう言って大剣をその手に握った途端、目の前の茂みからオオカミオメガが飛び出して来た。


「きたぁー!?」


 俺は慌てて赤い短剣を出して構えたが、横から出てきたクライヴが思いっきりそのオオカミオメガの頭を殴って地面に叩きつけた。


「ギャウン!!」


 殴られたオオカミオメガは倒れたまま動かない。黒い霧に変わってないのを見ると死んではなさそうだ。


「よっしゃあ! まず一匹!」


 倒れたオオカミオメガを担いでアンナ教官の方へ走っていくクライヴ。

 これ、向こうまで運ぶのもちょっと面倒じゃないか?


「なあ? これ運ぶの面倒だから、アンナ教官の近くまで誘き寄せてから行動不能にした方が良くないか?」


「そうだな……。はっ! ……賛成だ」


 バードオメガの攻撃を避けながらシエルが賛同し、オーリとユユハも頷く。


「よし! それじゃあ皆、一旦退却だ!」


 俺達は一斉にアンナ教官の方へと走っていく。そして、オオカミオメガを担ぎながら何となくルンルン気分で前を走っているクライヴが俺達に気づいた。


「お、おいおい! 何だよお前ら!?」


「もう少しアンナ教官の近くで戦ったほうが効率が良いと思ってさ」


 そう言ってクライヴを追い越していく俺達四人。そんなクライヴの後ろには色んなオメガ達が迫ってくる。


「おいテメェら! 俺は今、手が離せねーんだっつーの!! 変なの連れてくるんじゃねー!」


 走る速度を上げて何とかオメガ達から逃げるクライヴの少し離れた先で、俺達は振り返りオメガに構える。その時、一体のオオカミオメガがクライヴの後ろからクライヴへ向かって飛び上がった。


「クライヴ! 後ろ!」


「な、なにぃ!?」


 バーンッ! ……ドサッ!


 大きな破裂音が響き、クライヴへ飛び掛かろうとしたオオカミオメガが地面に倒れた。俺はオーリの方を見ると、いつもの二丁拳銃ではなくライフルを抱えて構えていた。


「オーリ…… それは?」


「麻酔銃です。今回は殺しちゃいけないみたいですからね」


 オーリが撃ったオオカミオメガを見てみると、それも黒い霧に変わらずに倒れていた。


「へぇ~、そんなのも持ってたのか!」


「ええ、ただ…… この麻酔の弾はちょっと高いですから、あまり使いたくないんですよね」


 そう言いながらも別のオメガにバンバン麻酔銃を打ち続ける。


「フッ……。それじゃあその銃はあまり使わせられないな」


 シエルは一体のバードオメガへ向かってジャンプし、いつものように構えると攻撃の瞬間に出てきた剣を凄い速さで斬りつけていく。だが、その音はいつもとは違い鈍い音に変わっていた。


「みね打ちだ…… 死ぬことは無い」


 そう言って剣を鞘に納めるように消すと、バードオメガの体がボトッと地面に落ちた。


「……はぁっ!」


 ユユハも大剣の柄の部分でオメガ達を殴り付けてその動きを止める。


「皆やるなぁ!」


 俺が隅っこで感心していると、目の前に人の頭と同じ位の大きさの黒い物体がボトッと落ちてきた。

 何だ? と油断していたらその黒い物体から白いものが飛び出してきた。

 糸だ! てことは…… スパイダーオメガだ!


「うぎゃあー!!」


 俺はとっさに右腕を上げて顔をガードする。糸は顔には付かなかったが、右腕と頭に巻き付いて動けなくなる。


「何だこの糸!? 全然切れない!」


 顔の前に腕があるせいで視界が悪い。

 それでもスパイダーオメガを警戒していると、地面に居たそれが俺の方へジャンプしてきた。


「ええぃ! 気持ち悪いんだよぉ!」


 俺は左手に出した赤い短剣の赤い刃の部分を消して、柄の部分でスパイダーオメガを思いっきり殴りつける。すると、スパイダーオメガはベチッという音を立てて地面に叩きつけられた。すかさず、また左手に持った柄の部分でスパイダーオメガを殴りつける。


「その音も気持ち悪いんだよぉ!」


 ガツッ!


 俺の攻撃でスパイダーオメガが逆さまになって動かなくなった。霧になっていないから死んではないと思うが、クモは死んだフリも上手いらしいから、迂闊に触れない。

 ってか、このオメガは要らなくないか?

 ……気持ち悪いし。

 すると俺の元へユユハがやって来て、大剣で器用にクモの糸を切ってくれた。俺は自由になった腕で体に着いた糸を払い落とす。


「……大丈夫?」


「ああ……。ありがとうユユハ。俺も何とか一匹仕留めたよ」


 周りを見てみると、俺が苦戦している間、他の皆が俺達を追って来たオメガをあらかた片付けていた。


「うーん。やっぱり皆は凄いな……」


「まっ、今回はオメーも一人で倒せたみてーじゃねーか! 早くソレ持って来いよ!」


 オオカミオメガを担いでバードオメガを持っているクライヴが俺の前を通っていく。

 しかし…… このスパイダーオメガを持って来い…… だと?


「目を覚ますなよぉ~」


 俺は裏返ったスパイダーオメガの脚をつまみ上げて、急ぎ足でアンナ教官の元へと走っていく。


「アンナ教官! お待たせしました!」


 つまみ上げたスパイダーオメガをアンナ教官の前に差し出すと、露骨に嫌な顔をされた。


「うえっ。あんたよくこんなモノ持てるわね~」


「ハハ……。正直気持ち悪いです……。コレをどうするんですか?」


「えっと、まず片手で人工キャパシティの箱に触れる。もう片方の手でオメガに触れて、ストックと同じ要領で粒子に変換させて、自分のキャパシティじゃなく人工キャパシティへ仕舞うようにイメージすると……」


 そこまで言うと、俺が持っていたスパイダーオメガが光の粒になって消えた。


「『スルー』という技術よ。もちろん、私の中に仕舞ったわけじゃないからね。ただし、自分のキャパかスルー先のキャパをオーバーする物は当然出来ないから注意してね」


「こういう技術もあるんですね」


「まあ、そんなに使い道はない気がするけどね。ストックが出来るなら簡単に出来ると思うわ」


「それで、これで終わりか?」


 シエルが腕を組みながらアンナ教官に訊ねる。


「うーん。結構捕まえたけど、もう少し欲しい所ね~。悪いけど、もう少し付き合ってくれない?」


「ええ、いいですけど……」


 俺がそう言うと他の皆も頷く。


「それじゃあ急いででエボルヴに行って放して、すぐに戻って来るからここで待ってて。少し休憩してるといいわ」


「ここで休憩…… 出来るかな~」


「何なら、この入口から真っ直ぐ道なりに進んだ所に教会があったと思うからそこで休んでていいわよ。前に来た時は中は綺麗だけど、人もオメガも居なかったし」


「おっ! なら、ここに居てもつまらねーから、その教会に行ってみようぜ!」


「行くなら道を逸れないようにね。迷ったら危険だから。当然、道中にオメガが居ると思うからそれも気を付けて」


「さっきの奴等と同じようなオメガだろう? それなら問題はない」


「そうそう! さっきは思いっきりやれなかったからな! 教会までの道で出てきたら思いっきりやらせて貰うぜ!」


「それじゃ、出来るだけ早く戻ってくるわ」


 アンナ教官はそう言って車へと乗り込む。そして、エンジンを掛けると凄い速さで飛ばして消えて行った。


「さて、それじゃあ教会とやらに向かってみますか……」


「よっしゃあ! 俺様に着いてこい!」


 クライヴが先陣を切って一人で森の中へ入っていく。

 まったく、度胸が良いのか何も考えていないのか……。


「俺達も行くか……。ユユハ、足元悪いから気を付けろよ?」


「うん……」


「シュウリア、お前もオメガに気を付けておくがいい」


「あ、うん。そうだな」


 フォウルに言われて気をしっかりさせる。俺は特にオメガに注意しておかないとな……。

 そうして、皆でライールの樹海にあるらしい教会を目指して歩き出した。当然ながら途中で何体ものオメガと遭遇したが、ほとんど前を歩いているクライヴとシエルが軽く倒す。


「この分だと僕達の出番は無さそうですね」


「ああ、そうだな」


 笑顔で隣を歩いているオーリとそんな話をしていると……。


 ゴーン。ゴーン。


 という鐘の音が道の向こう側から聞こえて来た。どうやら目当ての教会は近いらしい。

 だけど、何で鐘が鳴っているんだ?


「おかしいですね……。ここは今では人が居ないと聞いた事があるんですが」


 オーリが顎に手を添えて考える素振りを見せる。

 そういえばオーリは近くのエクシード出身だから、この場所の話を聞いた事があるのかな。


「自動で鳴ってる…… とかじゃないのか?」


「そうなのでしょうか……?」


 俺達は若干不審に思いながらも教会へと歩いて行った。そして少し歩いて行くと、開けた場所に目当て教会が建っていた。


「アンナ教官が言ってたのはこれの事のようだな」


「よっしゃ! とりあえず中に入ろうぜ」


 俺達が中に入ろうとしたその時、ユユハが何かに気付いた。


「っ!? シュウリア…… 危ない!」


 咄嗟に俺を押し倒すユユハ。

 次の瞬間、俺達の周りの地面に複数の短剣が突き刺さった。


「くっ……」


 ユユハが少し痛そうな顔をする。その腕を見てみると短剣の一つがかすったようで、血が流れていた。


「うぅ……」


「ユユハ! 大丈夫か!?」


 ただのかすり傷にしてはユユハの様子がおかしい。俺がそっと横に寝かせると虚ろな目をして俺を見ていた。


「……あ……う……」


 何かを言いたそうにしているが口が動かないような感じだ。


「当たったのは娘か? ツイているな」


「っ!?」


 上の方から機械の様な変な声が聞こえて来て、俺達はその方向へ視線を向ける。

 視線の先の教会の鐘の前には、黒い仮面とロープを纏った人間らしき者が俺達を見下ろしていた。


「何だお前は!? ユユハに何をした!?」


「その娘を傷つけた短剣には少々痺れ薬を塗り込んであってな。暫くは動けまい」


 そう言うと黒い仮面の人物は屋根から飛び降りて、俺達の前に着地する。


「安心しろ。その薬で死ぬことはない。……だが」


 黒い仮面の人物が腰を落として構える。


「俺を倒さなければ全員死ぬことになる」


「なんだと!?」


「てめぇ! ふざけてんじゃねーぞ!」


 俺達も仮面の人物に向かって構える。

 何なんだコイツは? 何者なんだ?


「ふざけてるかどうか…… 試してみるか?」


 仮面の地面の体が少し光るとその両手には短剣が現れた。

 オメガの巣窟の森の中で、俺達は謎の仮面の人物と理由も分からないまま対峙し、何故か戦いの火蓋が切られようとしていた。

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