サイドストーリー フォウルのとある一日
本編とはあまり関係のないサイドストーリーです。
我が名はフォウル。
オメガの中のオメガと呼ばれているドラゴンオメガである。
アーヴィングカンパニーという傭兵会社に在籍している、シュウリア・ストレイヴという訓練生と契約を結んでいる為に、このエボルヴと呼ばれる訓練施設に住んでいる。
シュウリアと契約を結んではいるが、我が興味があるのは、我に力を示したユユハという少女だ。だから基本的にはユユハと一緒に居る事が多いが、たまにはひとりでエボルヴ内を散歩する事もある。
ユユハの頭の上で寛ぐのも悪くはない。だが、ドラゴンオメガにも軽い運動は必要なのだ。
今日も、この広いエボルヴ内にある通路をひとり優雅に歩いている。
普段のこの時間なら、我が歩いている通路も静かなものなのだが、今日は訓練生達の休日のようで、訓練生と頻繁にすれ違う。
すれ違った者達のほとんどは我の姿に注目し、驚いているような顔をする。
まぁ、無理もない。
強大な力を持つドラゴンオメガは、言うなれば恐怖の象徴。
そんな者とすれ違うとなれば、誰だって我が目を疑うものだ。
すると、前方から今度は騒がしい女子の一団が歩いて来る。皆、ユユハと同じ位の年頃の少女だ。あの様な少女達を怖がらせるのは本意ではないが、我の進路の先に居るのだから仕方あるまい。
我は堂々と通路の真ん中を歩いていく。
「あぁー! ほら、見て見て!」
一団の中の一人の少女が我に気付き、声を上げて他の少女達にも我の事を知らせる。
やはり気付かれる事なく通り過ぎるのは不可能であるか……。
少女の言葉に他の少女達も我の存在に気付いて、足早に近付いてくる。
ほう。逃げ出そうとはせず、敢えて向かってくるとは。さすがは傭兵を目指している者達…… といった所か?
少女達が我の前まで来ると、その場でしゃがみ込んで我の進路を塞いだ。
「キャー! 可愛いー!」
なに?
ドラゴンオメガに向かって可愛いだと?
一体どんな神経をしておるのだ?
そう思っていた我は、今の自分の姿を思い出して納得した。
自分では本来の猛々しい姿のつもりだったが、そういえば今は仮の姿をしているのだ。
シュウリアと契約するまではこのような姿になる事も無かった為に、ふと失念する時がある。
「何なの? この生き物?」
「えーっ!? 知らないの!? ドラゴンオメガだよ!」
「そうそう! 中庭に居たヤツでしょ? 確か今年入った訓練生の人と契約したんだって!」
「えぇっ!? マジ!? こんなに可愛いなら私も契約したかったなぁ~」
「ムリムリ! あんたじゃキャパオーバーだし、そもそも倒せるわけ無いじゃん!」
「ねぇねぇ、触ってみても大丈夫なのかな!?」
「大丈夫じゃない? この子を抱いてる子を見た事あるし!」
女子達は我を囲んで色々な話をしている。
よくもまぁ、そんな次から次へと言葉が出てくるものだと感心するくらい会話が途切れない。
そして、女子の一人が恐る恐る我に手を伸ばし頭を撫で始める。
「キャー! 触れたぁ!」
本来ならば気安く触るなと言いたい所だが、騒ぎを起こすわけにもいかぬからな……。仕方あるまいか。
もう少しやらせたら、さっさと散歩に戻ろう。
そう思っていたのだが、周りにはどんどんと訓練生達が集まって来た。
女子達が我を撫で回してるのを見て、他の者達もそれにあやかりたい様子だ。
さすがにこの人数を相手にしているときりがない為、我は前を塞いでいる女子達の隙間を通って再び散歩に戻る。
「あぁ……。行っちゃった……」
「ちくしょー! 俺も触ってみたかったー!」
後ろの方で残念そうな訓練生達の声が聞こえるが、我はそれを無視して歩き続けた。
それから少し歩いていると、何やら良い匂いがしてきた。
そうか。この先は食堂か。
まだ昼前だが、この匂いを嗅いでいると食欲がわいてきて、引き寄せられる様に食堂へと歩いて行った。
まだ昼前という事で、人はあまり居ないようだが、それでも食事をしている者はちらほらと居るようだ。
我も何か食べようと注文用の機械の前に来たが、そういえば社員証のカードが無いと注文が出来ない事に気付いた。
面倒だがシュウリアを呼んでくるか……。
そう思っていた時、後ろに人の気配がした。
「おやぁ? この子は確かシュウリア君の……」
「フォウルじゃない? 何をやってるの?」
振り向くと、そこには一人の男とシュウリアの教官であるアンナが居た。
「アンナか……。少し腹が減ったのでな、何か食べようと思ったんだが……」
「はは~ん。さては、注文出来なくて途方に暮れていたのね~? そういう所はシュウリアに似ているわね~。飼い主に似るってヤツかしら?」
「我はあやつに飼われているわけではないぞ!」
「わかってるって。……まぁ、可愛い教え子の連れだし、私が奢ってあげるわよ。何が食べたいの?」
そう言ってアンナは注文の機械の前に立つと、自分の社員証を読み込ませる。
施しを受けている様であまり気が進まないが、食わせてくれるというのなら、それに甘えるか……。
「では、ハンバーガーとチーズバーガーを頼む」
「ハンバーガーとチーズバーガーね。あなたしょっちゅうハンバーガーを食べてるけど栄養面は大丈夫なの?」
「大丈夫であろう。微弱だがシュウリアからも力を貰っているんだしな」
「本当に? まあ、ドラゴンオメガと人間は違うんだろうけどね」
アンナは我と会話をしながら注文の機械を操作する。
どうやら、アンナも何かを食べるつもりのようだ。
アンナの注文が終わると、今度は一緒に居た男の方が前に出てきて注文の機械を操作する。
「いやぁ、もうすっかりフォウル君と仲良しになったんじゃないかい? アンナ君?」
「教え子のシュウリアと契約しているオメガですからね。何かと絡む機会が多いからですよ、グランさん」
グラン?
ああ、確かシュウリアのひとつ上の訓練生を指導している教官だったか?
「いやいや、例えドラゴンオメガでも、君の魅力には勝てないのだろうさ。ハハ☆」
「ハハ……」
グランも注文を終えて、我と教官二人はそれを受けとるカウンターの前で少し待つ。
そして注文したものを受け取ったあと、我等は適当なテーブルに座った。
「はい。ハンバーガーとチーズバーガーよ」
「うむ。では、いただくとするか」
我はまずハンバーガーを食べる。
どうでもいい事だが、食べ始めた所にピクルスがあると、今日の運気は良い方だという事にしている。
だが、残念ながら今日はそこにピクルスが無かった。
因みにアンナはラーメンを食べていて、グランはトンカツ定食を食べている。
「それで、シュウリア君に今日の事を話したのかい?」
「はい。さっき伝えましたよ。すっごい嫌そうな顔をしてましたけどね」
「ハハッ。まあ、いきなり言われればそうなるかもね」
「む? シュウリアがどうかしたのか?」
突然自分の契約者の名前が出てきた為に、我はアンナにそう聞いてみた。
「今日の夜にね、ちょっとした親睦会みたいなのを中庭でやるんだけど、それにシュウリアを強制参加させたのよ」
「親睦会?」
「ええ。グランさん主催のね」
アンナがそう言うと、グランは食事を中断し、ハンカチで口元を拭いて我の方を見る。
「親睦会と銘打っているけど、簡単に言えばちょっとしたお祭りみたいなものだよ。簡単な屋台とかちょっとしたイベントをやって、先輩後輩の訓練生の親睦を深めつつ、日々のストレスを発散させようってね」
「ほう。そんな事をするのか」
「そのイベントのひとつにカラオケ大会ってのをやろうと思ってて、それに出場するようにアンナ君からシュウリア君に頼んで貰ったんだよ」
カラオケ大会という事は歌を歌うという事か。
シュウリアの歌など聞いた事がないが、あやつはちゃんと歌えるのか?
「何故シュウリアなのだ? あやつは歌が上手いのか?」
「うーん、あの嫌そうな顔を見る限り歌は得意ではなさそうね。でも、最年長だし、あなたと契約したって事で一応有名人だろうから、後輩訓練生の代表として出てもらおうってね」
なるほど。あやつもなかなか大変そうだな。
ストレス発散の為と言っているが、あやつとってはストレスになりそうだ。
我は少しだけシュウリアに同情した。
それから食事を終えた我は、アンナとグランと別れて再び散歩に戻る。
中庭の方へ行ってみると、アンナ達が話していた様に、職員や訓練生が屋台やステージのような物を設置していた。
その様子を見つつ、中庭の周りを歩いていると前方にオーリの姿があった。
オーリは我の姿を確認すると、側に寄ってくる。
「フォウル! 姿が見えないからユユハが心配してましたよ。何処かに行っていたんですか?」
「ちょっと散歩にな。お前こそ、ここで何をしているのだ?」
「僕は今日の夜にここで何かやるって聞いて、様子を見に来たんです」
「親睦会という名の祭りをやるらしいな。何でもシュウリアが歌を歌うとか……」
我がそう言うと、オーリが驚いているような表情をする。
「よく知ってますね! ちょっと前にアンナ教官から言われたみたいなんですが、それからすっかり元気がなくて……」
「フッ。まあ、そうであろうな」
「今からシュウリアの所に戻りますけど、フォウルも行きますか?」
「そうだな。そろそろ戻るとするか」
「それでは、失礼します」
オーリはそう言って我の体を抱き抱えた。
「えへへ。いつもユユハが抱いてるのを見てたので、僕もやってみたかったんですよね」
まったく……。
まあ、腹が膨れて歩くのも面倒になってきたから丁度良いか。
「しかし軽いですね~。これならユユハの頭の上に居ても、ユユハが気にならないわけですね」
そうしてオーリに抱えられたまま通路を移動していると、前方から先程遭遇した騒がしい女子の一団が歩いてきた。
「あーっ! あれ、さっきの子じゃない?」
その中の一人が我の姿を見つけて声を上げる。
また何か騒がれそうだと思っていたが、案の定その通りになった。
女子の一団は再び我とオーリを取り囲む。
「あ、あの、何か……?」
突然の事にオーリは少したじろく。
「もしかして、君がこの子と契約した訓練生?」
「キャー! この子も可愛いじゃん~」
「あ、いえ、僕は……」
「違うわよ~。契約したのってドラゴンオメガから逃げ回っていた人でしょ?」
「そうそう! こんな小さい子じゃ無かったわよ」
「じゃあこの子はなんで、このドラゴンオメガを抱いてるの?」
「そりゃあ、この子が契約した人と友達だからとかでしょ? そうよね~?」
「あ、はい。まぁ……」
先程と変わらず、女子の一団は次から次へと言葉を発してくる。このままじゃまた人が集まってくると察した我は、抱かれたままオーリの方へ顔を上げた。
「オーリ。ほどほどにしないと後が大変だぞ?」
「あ、うん。そうですね」
「キャー! 今、その子喋らなかった!?」
「喋った喋った! うわ~、初めて聞いた気がする~!」
「あの……。僕達はそろそろ……」
オーリがそう言って、その場を後にしようとした時、一団の中の別の女子がオーリより大きな声を出す。
「ねぇねぇ! そろそろ中庭に戻った方が良いんじゃない?」
「あっ! そうね! 準備を手伝わなくちゃ!」
「じゃあね~! また夜にでも会いましょ~!」
嵐のようにやってきた騒がしい女子の一団は、嵐のように去って行った。残されたオーリは、離れていくその一団の後ろ姿を見ながら、呆然と立ち尽くしていた。
「な、なんだったんでしょうか?」
「さあな……。我にはよく分からん」
オーリは気を取り直して再び歩き始めた。
それから少し歩いて行くと、訓練生達が寝泊まりしている部屋が並んでいる区画へとやってきた。
長い通路の壁には扉が幾つもあり、オーリがその中のひとつの扉の前まで行くと、扉の横に設置されているボタンを押して中に入っていく。そのボタンの上には、シュウリアとシエルの名前が表示されていた。
中に入るとすぐに、小さな台所とトイレのドアがあり、その先のこじんまりした部屋の左の壁際にベットが二つ並んでいて、右の壁際には二つの机がある。そして、その二つの机の間にはテレビがあり、ベットと机の間にはちいさな丸いテーブルがある。
そのテーブルを囲うようにして、シュウリア、ユユハ、シエル、クライヴが座っていた。
その中のシュウリアはテーブルの上に突っ伏している状態だ。
「お邪魔します」
そう言ってオーリは、シエルとクライヴの間にあるスペースに座り込んだ。
「あ……、フォウル……?」
「中庭の様子を見に行った時に丁度会ったので連れて来ました」
オーリがテーブル上の隅に我を降ろす。
だが、そこに突っ伏しているシュウリアが邪魔な為にユユハの頭の上へと飛んで、そこに座り込んだ。
「して……、こやつは何をしているのだ? 例のカラオケ大会とやらのせいか?」
「ほう。よく知っているな。さっきアンナ教官に出るように言われてからこんな状態だ」
シエルが我の方を向いてそう説明する。
「クックック……。こいつ、歌はかなり苦手らしぜ~!」
クライヴも腕を組み笑いながら言う。
「まったく……。しっかりせんか! シュウリア!」
「んにゃ? この偉そうな口調と声は……」
急に顔を上げたシュウリアはキョロキョロして周りを見渡す。
そして、ユユハの頭の上に居る我に気づいた。
「おひょ♪ やっぱりフォウルちゃん!」
フォ、フォウルちゃん~!?
「フォウルちゃ~ん、契約の力とかで歌が上手くなったりしないのか~?」
うーむ。こやつ、歌を歌うのが嫌過ぎて、少しおかしくなったのか。
「そんな力などない! まったく……」
「はぁ~。やっぱりそうだよなぁ~」
シュウリアはそう言うと、再びテーブルの上の突っ伏した。
「あの~、そんなに苦手なんですか?」
「ああ……。どうもストレイヴ家は音痴な家系らしくてさ。俺もその遺伝子をしっかり受け継いでいるという事は自覚してるよ」
「そうなんですか……」
「今なにか歌ってみたらどうだ? もしかしたら言うほど音痴じゃないかもしれないぞ?」
「えっ……!?」
シエルの提案にシュウリアは顔を上げて固まる。
「そうだな……。まずは聴いてみないと分からぬな」
「ええっ……!?」
我がそう言うと、今度は我の方を向いて固まる。
どうも色々と一杯一杯のようで、動きがいちいちおかしい。
「シュウリア……。頑張って……」
「うぐっ……! わ、わかった……。それじゃあ、俺の好きな歌のサビの部分を……」
ユユハに言われてシュウリアは重い腰を上げて立ち上がる。
そして、テレビのリモコンをマイク代わりに手に持ち、それを口元に近付けて言った。
「それでは……聴いてください。『君が望むなら例えこの身が朽ち果てようとも君の為に全てを賭けて僕は戦おうと誓った遠い日の春の言葉』」
「タイトル長っ!」
「○×△□※~♪」
大体ー分後……。
「そういえば、ユユハもカラオケ大会に出るんだろう?」
シエルが腕を組ながらユユハに問い掛ける。
「ちょっとぉー! シエルちゃん! 俺の歌はスルーですかぁ!?」
シュウリアは相変わらずリモコンをマイクの様に持って、シエルに抗議する。
「あ、ああ。すまん……。つい……」
「なんだ? 俺、この一分くらいの記憶がねぇー!」
クライヴが頭を抱えてそう叫んだ。
まあ、皆が何を言いたいのかと言うと、シュウリアの歌ヘタ具合は想像以上だったという事だ。
「はぁ~。だから出るのは嫌なんだよ~」
シュウリアは溜め息を吐きながらその場に座り込んだ。
うむ。これほど酷いレベルならば、様子がおかしくなって当然か……。
「でもまあ、アンナ教官は強制参加って言ってましたから、キャンセルは出来ないんじゃないですか?」
オーリがそう聞いてみると、シュウリアは力なく頷いた。
我はユユハの頭の上からテーブルの上に飛び降りて、シュウリアの前に立つ。
「なら夜までに練習して、少しでもマシにするしかなかろう? 仕方がないから我も協力してやる」
「フォウル……! お前って奴は……! このヤロウっ♪」
シュウリアは我を抱き抱えて頬擦りをしてきた。
「ええい! 離さんかバカ者!」
「私も…… 協力する……」
「僕も及ばずながら協力しますよ」
「ユユハ……! オーリ……! くぅ~、お前達も良いヤツらだなぁ~!」
シュウリアはユユハとオーリの手を握り締めて、ブンブンと振り回した。
「俺は後で焼きそばの差し入れしてやるよ! 俺は屋台係りだからな」
クライヴが得意気な顔で言う。
「ならば俺も後でたこ焼きを差し入れよう。俺も屋台係りだからな」
間髪入れずにシエルがそう言うと、クライヴの目がギラッと光った。
「おい、スカし野郎! テメーも屋台係りかよ!?」
「ああ。そうだが?」
「おもしれぇー! どっちが多く売るか勝負だ!」
「フッ。俺のたこ焼き作りの上手さを知らないらしいな」
「んなもん知るかっ! 言っておくが、俺の焼きそばは世界一だぜ!」
「相変わらず口だけは達者なヤツだな」
「テメー! このヤロー!」
シエルとクライヴは立ち上がって互いに睨み合う。
その目と目の間には火花が飛び散っていた。
この二人はまあ、いつも通りであるな。
「それじゃあシュウリアは歌の練習をしておきな! 俺は早く準備してーから、中庭に行って屋台の設置を手伝ってくるぜ!」
「ふん。お前だけに抜け駆けをさせると思うか? 俺も中庭に行ってくる。練習に励めよ、シュウリア」
二人はそう言うと、我先にと部屋を飛び出して行った。
「あはは……。あの二人は相変わらずですね」
「放っておけ。我等はシュウリアの歌レベルを上げる事に集中するぞ」
「ああ。よろしく頼むよ~。てか…… そういえば、ユユハも出るってシエルが言ってたけど、本当なのか?」
「うん……。アンナ教官に…… 言われた……」
「ユユハも我と戦って知名度があるからな。シュウリアも同じ理由で選んだとアンナが言っておったし」
「なるほど……。でも、俺が言うのもなんだけど、ユユハは歌大丈夫なのか?」
「うん……。歌は…… 好き……」
「我はたまにユユハが歌を口ずさむのを聴くが、お前よりは何万倍も上手だ」
基本的にユユハと一緒にいる我は、ユユハの歌を何回か聴いている。主にシャワーの時や、部屋に居る時。部屋の時はルームメイトのルティアと一緒に歌っている時もあるが、二人ともかなり上手である。そんな歌声を聴きながらユユハのベットで眠りにつくのも心地良いのだ。
「へぇ~。それなら俺も少しは上達しそうだな~! 何とかなりそうな気がしてきた!」
「その意気ですよ! それではさっきシュウリアが歌った『君が望むなら例えこの身が朽ち果てようとも君の為に全てを賭けて僕は戦おうと誓った遠い日の春の言葉』を練習しましょう!」
「ああ!……でも、よくタイトル覚てたな……」
そうして我等はシュウリアの歌特訓を始め、それは夜の祭が始まるギリギリの時間まで続いた。
そして、親睦会という名のお祭りが始まった。
会場である中庭は明るくライトアップされていて、そこには多くの訓練生や職員の姿があった。
シュウリアとユユハはカラオケ大会に備えてステージ裏に待機しており、シエルとクライヴは屋台をやっているから、我はオーリに抱き抱えられながら、会場を移動していた。
「職員も居るからか、思った以上に人が多いですね」
「うむ。ごちゃごちゃして落ち着かんな」
「シュウリアとユユハの出番はまだの様ですから、先に何か食べに行きますか?」
「ああ。焼きそばとたこ焼きを食いに行くか」
「シエルとクライヴの所ですね」
我等は二人がやっている屋台の方へと歩いて行く。
二人の屋台の前には結構な人だかりが出来ているようだった。
人の数は同じくらいだが、明らかにシエルの方は女子が多いようだ。シエルは得意の速い動きで、たこ焼きをクルクルと回転させていて、その度に小さな歓声が上がる。
「キャー! シエル様すごーい!」
「シエル君の作ったたこ焼きメチャ美味し~!」
そんな黄色い声を聞きながら列に並んで待っていると、我等の順番が来た。
「たこ焼き二つお願いします」
オーリの声が聞こえたシエルは、作り終わったたこ焼きを二つのパックに入れると、それをオーリに手渡した。
「出来立てだ。熱いから気をつけろよ」
「はい。なかなか繁盛してるみたいですね」
我を抱いているオーリは、我を頭の上に乗せてからたこ焼きを受け取った。
「そうだな。まあ、くだらん勝負もしているから有難い事だが」
「この後クライヴの様子も見に行きますよ。それでは、後ろの人達に迷惑なのでこの辺で……。えーっと、代金は……」
「俺の奢りでいいさ」
「え? ああ、何かすみません」
「気にするな」
「ありがとうございます。それでは、また後で」
「ああ」
オーリが屋台から離れて行くと、シエルは再びたこ焼き作りに戻った。
そしてまた黄色い歓声が上がっているようだ。
「それでは次はクライヴの焼きそばの所に行きましょう。はい。フォウルの分のたこ焼きです」
オーリはたこ焼きのパックを頭の上に座っている我に差し出してきた。我はそれを受け取り、パックを開けると芳ばしいソースの香りが漂ってくる。
「うむ。これはなかなか美味そうであるな」
「食べるのに夢中になって落ちないでくださいよ?」
「案ずるな。バランスを崩したとしても、我は飛ぶことが出来るんだからな」
「あ、そういえばそうですね」
そして、オーリの頭の上でたこ焼きを食べながら、クライヴの元へと向かう。シエルが自分で言っていた通り、たこ焼きはなかなか美味だった。
道すがらステージの方を見てみると、その壇上では何か芝居のような物をやっていた。
「フハハハ! 勇者よ! 貴様の力はその程度か!?」
「くっ! さすがは暗黒魔王! 俺の攻撃がまるで効かない! ……ここまで…… なのかっ……!」
「諦めないで! 私の力を貴方に授けるわ! この力で…… 魔王を!」
「フェアリー!? そんな事をしたらお前はっ……!」
「いいの……。どうか…… この世界を…… 救って…… ガクッ……」
「フェアリィィィーー!!!」
「……なんなのだ? アレは?」
「先輩訓練生による演劇ですよ。題名は確か『勇者と魔王~儚き命は世界を救う~』だった気がします」
「なにやらよく分からんが…… まあいいか」
たこ焼きを食べながら、勇者と魔王の熾烈な戦いが始まったステージから目を離すと、どうやらクライヴの焼きそば屋台に着いたようだ。こっちはシエルの方とは違い、男子が多く並んでいる。
クライヴは鉢巻きを付けて、鉄板の上にある大量の麺をかき混ぜていた。
「おおー! これが一人前か! スゲーボリュームだ!」
「味も全然悪くないぜー! 美味い!」
「さあさあ! 秘伝の特製ソースの大盛り焼きそばだ! 食わなきゃ損だぜぇ!」
両手に持ったヘラで器用に焼きそばを作りながら、クライヴは威勢良く啖呵をきっている。
オーリがそのクライヴの屋台の列に並んで少し待っていると、オーリの順番が回って来た。
「頑張ってるみたいですね、クライヴ」
「ん? おう、お前らか! どうだ? なかなかの賑わいだろ? こりゃ、スカし野郎に圧勝だな! だっはっは!」
「あはは。そうかもしれませんね。……あ、僕達にも焼きそば二つお願いします」
「あいよっ!」
オーリはクライヴから焼きそばの入ったパックを二つ貰った。
大盛りと言うだけあって、その量はパックが閉じないくらい大量だ。
「凄い量ですね~。えーっと、お代は?」
「んなもん入らねーよ! 持ってけ泥棒!」
「クライヴまで……。ありがとうございます」
「ま、ルームメイトだしな。気にすんなって!」
「はい。それではありがたく頂きますね。……それではまた後で」
「おう!」
オーリはそう言ってクライヴの元から離れて行った。
そして、ステージの方へ向かいながら、また頭の上に居る我に焼きそばのパックを渡す。
「はい、フォウル。また奢って貰っちゃいましたね」
「知り合いがやっていると得するものだな」
我は焼きそばのパックを開けてみると、これまた芳ばしいソースの香りが漂ってきた。
「あっ! フォウルはさすがに箸は持てないんじゃないですか?」
思い出したように、オーリが心配そうに聞いてきた。
「案ずるな。箸は持てぬが、先程のたこ焼き用の爪楊枝で麺を刺して食べれるであろう」
「そうですか? 後はシュウリア達のカラオケ大会待ちですから、ダメそうなら何処かに座って僕が食べさせてあげますけど……?」
「大丈夫。心配無用だ」
「わかりました。まあ、とりあえず座る場所は探しましょう」
オーリはステージの近くまで来ると、何処か良い場所がないか辺りを見渡す。だが、ステージの前の特等席は既に人で一杯だった為に、仕方なく少し離れた場所にあった岩の上に腰を降ろした。
我もオーリの頭の上から降りて、その隣に座り込む。
「もう少しで始まりそうですね」
オーリの言う通り、ステージでやっている芝居もどうやら終わりそうな感じであった。
「ぐわぁぁぁ! まさか、この魔王がやられるとはぁ! おのれぇ! 勇者めぇ! ……サラバ…… グフッ」
「はぁ…… はぁ……。暗黒魔王…… 恐ろしい相手だった……。フェアリー……。俺、やったよ!」
「勇者様……。ありがとう……」
「フェアリー!? 君なのか!?」
「はい。これで世界が救われました……。これからの平和な世界を…… 私は草葉の影から見ておりますわ……。さようなら……。キラリーン」
「フェアリィィィィー!!」
またかっ!
しかし、グフッとかキラリーンとか、芝居をちゃんと仕上げようとは思わなかったのか?
まあ、どうでもいい事だがな。
そして、ステージ上の役者がそそくさと裏へ帰って行くと、入れ違いに一人の男が出てきた。
ん?あれは確かグランという奴ではないか?
「いやぁ~、感動のステージでしたね~!」
どこがだ?
「それでは続きまして~、皆さまお待ちかねの~、カラオケ大会行ってみよう!」
『イエーーーイ!!』
「いよいよ始まりますね。シュウリアとユユハは大丈夫でしょうか?」
オーリが少しそわそわした様子を見せる。
「ユユハは問題無いが。シュウリアはどうなる事やら……」
とりあえず特訓はしていたが、ハッキリ言って大して上達しなかった。まあ、破壊的な下手さから、とりあえず効ける…… というレベルにはなったが。
最終的には気合と心を込めて歌おうという結論に達したのだ。
「それではトップバッターはぁ~! 自称エボルヴのアニメキングマスター! ナイマーン・フォース君です! 歌うのは、ロボットアニメ『ガンバル』から『燃えて! ガンバル!』です!」
イントロが流れてくると、グランの姿が消えて、代わりに一人の訓練生が出てきた。
「あやつは見たことあるな。お前達の同期であろう?」
「ええ、ナイマンですよ。ナイマンも出場してたんですね」
「ふおぉぉぉぉ~♪ 燃えてぇ~♪ ガンバルぅ~♪」
ズドーン!!
いきなりシュウリア並みに調子を外して、会場全体がひっくり返った。
「なんだそりゃー!?」
「引っ込めー!!」
客席から紙コップやら丸めた紙くずが一斉にステージに投げ入れる。
「その名はズバリぃ~♪ あイテっす! ガンバ…… イテテっす! 物投げないでくれっす~!」
カンカンカーン!!
突然鐘の音が鳴り響いて曲が止まった。
そして、ステージ上のナイマンは逃げるようにステージの裏に消えて行った。
「ナ、ナイマン……」
その様子を見ていたオーリも唖然としている。
しかし、シュウリア並みのナイマンがあれなら、最早シュウリアも同じ運命を辿りそうであるな……。
我はシュウリアに少し同情した。
「コラコラー! ステージに物を投げ入れちゃダメだぞー! ナイマン君はショックで歌えなくなった為に次に行きます!」
「ナイマン……。大丈夫でしょうか?」
「さあ……。どうであろうな」
ナイマンの次からは特に下手という者も出なくなり、カラオケ大会は段々と盛り上がっていった。
そして、中盤辺りではアンナも出てきた。
「あなたがぁ~♪ 何処かに~行くのならばぁ~♪ あなたを殺してでもぉ~止めて良いですかぁ~♪」
アンナは歌は上手いのだが、歌の内容がドロドロしていて、観客も素直にノリきれない状態だった。
「あやつは何か嫌な事があったのか?」
「さ、さぁ~?」
そんなアンナの歌を聴いていると、目の前をたこ焼きと焼きそばを持ったナイマンが歩いていた。
「あっ! ナイマン!」
「ん? おお! オーリ君じゃないっか? ここで観てたんすか?」
「ええ、そうですが……。ナイマン、大丈夫ですか?」
「え? ああ、さっきのっすか? 全然大丈夫っす! エボルヴ一立ち直りの早い男、その名もナイマンっす!」
「そ、そうですか。それなら良いのですが……」
「それじゃ、僕もオーリ君みたいに何処かの岩にでも座って晩飯にするっす! それじゃあ、またっす!」
ナイマンは先程の事は既に忘れているかのような調子で、持っているたこ焼きと焼きそばを美味しそうに見ながら去って行った。
「まあ、あれはあれで器の大きい者と言えるのやもしれんな……」
「はは。そうですね」
そうこうしている内に、ユユハの出番となった。
「さぁ~! 次はあのドラゴンオメガを倒したスーパーガール! ユユハ・フローレス君です! 歌うのは『ひとくちくりぃみぃちょこれぇと』です!」
ドラゴンオメガ…… つまり、我を倒したという事もあって、ユユハが登場すると歓声が上がった。ユユハは普段と同じような無表情ではあるが、歌は普段では想像出来ないくらいスラスラと言葉を発して歌っている。
「甘さの秘密はちょこっと内緒~♪ ひとくち食べればくりぃみぃ~♪」
リズミカルでポップな歌だ。ユユハは無表情だが軽く腕を動かしたりしていて、その都度歓声が上がっている。
「初めて聴きましたけど、ユユハは本当に歌が上手ですね」
「うむ。そうだな」
「……ちょこっとひとくち~くりぃみぃ~♪」
そうして、ユユハの歌が終わると観客から大きな拍手が巻き起こった。ステージ上のユユハはほんの少しだけ笑顔を見せると、ステージの裏へと消えて行った。
隣にいるオーリも大きな拍手をしている。
「いやぁ、さすがでしたね~!」
「うむ。さすがは我を倒しただけの事はあるな」
そして、いよいよシュウリアの出番がやって来た。
「さぁ~! 次も凄い人だよ~! 何とあのドラゴンオメガと契約をした底無しキャパの持ち主! シュウリア・ストレイヴ君だぁ~! 歌うのは~…… えっと、ちょっと待ってね」
グランがそういうとポケットから紙を取り出して、それを見ながら再開する。
ああ、そうか。あの、やたら長いタイトルのカンペというやつか。
「はい! えーっと、歌うのは! 『君が望むなら例えこの身が朽ち果てようとも君の為に全てを賭けて僕は戦おうと誓った遠い日の春の言葉』です! どうぞ~!」
曲が流れてシュウリアがステージ上に登場する。
ステージから少し離れたこの場所でも分かるくらい、緊張しているのが伝わった。
シュウリアも緊張からか、ステージの中央へ行く途中で派手に転んだ。
「どわぁぁ!」
その姿を見た観客からは笑い声が聞こえてくる。
「アイテテ……。ハッ! あは、あははは~……」
立ち上がったシュウリアは笑って誤魔化しながら、こそこそと中央まで移動する。
「あのバカ者……」
そんなシュウリアの姿を見て、我は思わず頭を抱えた。
「うぅ、何だかこっちまで緊張しちゃいますね……」
そしていよいよ歌い出しの部分へと差し掛かった。
「ホゲェ~♪」
ズドーン!
我とオーリはその歌声を聴いて派手にひっくり返る。
ダ、ダメだ……。緊張して特訓前に戻っておる……。
「シュ、シュウリア……」
我とオーリはナイマンの二の舞になる事を覚悟したが、何故か物が投げ入れられる事はなかった。
「これは……、どういう事だ……?」
グランの注意を守っているのか?
そう思っていたが、観客は手拍子をしていて、何やら暖かい雰囲気になっていた。
「ホゲェー! ホゲェー!!」
我はシュウリアが懸命に歌う姿を見て、何か心に伝わってくるものを感じた。
「これは……」
「もしかして、これが気合と心じゃないでしょうか!?」
若干興奮気味のオーリが我にそう言ってきた。
気合と心……。そんなのは適当に言ったただの気休め。
「ホゲェー! ホホッ、ホゲェー!!」
だが、シュウリアの酷い歌声を聴いているのに、何故かそれを非難しようとは思わないのも確かだ。
「ホゲェ~……♪」
そうして、何事もなくシュウリアの歌は終わりを迎えた。
シュウリアは疲れきった様子で頭を下げて、ステージの裏へと足早に引っ込んで行った。
シュウリアが消えた後の会場は暖かい拍手に包まれていた。
「フッ。あやつもなかなかやるものだな……」
我がボソッとそう言うと、隣のオーリが笑顔で我に言った。
「フォウルの契約者…… ですからね」
そのあとも数名が出場し、大いに盛り上がってカラオケ大会は終了した。
それから観客の投票によって、優勝者が決まるらしい。
我とオーリはシュウリアとユユハは同じくらい頑張って一番は決められないという事で、投票はしない事にした。
そして、結果発表。
ステージ上のグランが一枚の紙を見て、マイクを口元に近付けた。
「皆さま、大変お待たせしました! 本日のカラオケ大会の優勝者が決まりましたよー! 栄えあるカラオケ大会優勝者はー!?」
デデデデデデデデ……ジャン!
「私、グラン・コークスでしたー! ありがとう! 皆、ありがとうー!」
『イエーーーーイ!!』
拍手と歓声が会場に巻き起こる。
「あの男が? そもそもあやつは歌っていたか?」
我はオーリに聞いてみると、オーリは首を縦に振った。
「歌ってましたよ。……あっ! ちょうどフォウルがチョコバナナを買いに行ってた時ですよ。僕は聴いてましたけど、グラン教官は凄い上手でしたから、この結果も当然かと思います」
「そうだったのか。我もグランの歌声をちゃんと聴いてみたかったな」
そうして親睦会という名のお祭りは無事終了した。
カラオケ大会の優勝はグランであったが、準優勝にはユユハが選ばれた。
そしてシュウリアは『頑張ったで賞』というのに選ばれて、優勝したかの様に舞い上がっていた。
因みに『何か凄かったで賞』というのにはアンナが選ばれ、『裏ボスで賞』というのにはナイマンが選ばれる。
ナイマンには練習しろという意味でカラオケ店の無料利用券が贈られたが、本人は意味は気にせず、タダでカラオケが出来ると喜んでいた。
最後に、シエルとクライヴの売り上げ勝負だが、本人達は作るのに夢中で数など数えておらず、売上金という金銭的なデータは訓練生には教えられないという事で、結局勝負はつかなかった。
当の二人は自分の方が上だったと主張してはいるがな。
こうして、我のとある一日は終わった。
ユユハと一緒のベットの中で、眠りにつこうとしている我はふと思う。
また、次に散歩をしようと思った日も、何かが起こるのだろうか……? と。
ーおしまいー