アーヴィングの少女
俺が契約したドラゴンオメガ…… フォウルと名乗った生き物のどや顔に言葉を失っていると、この病室みたいな部屋のドアが開く音がした。
ガチャ……。
「む? 誰か来たみたいだな?」
そう言ったフォウルの姿が光に包まれたかと思うと、それは小さな光の玉になり俺の体に入っていく。
「うわっ!? な、何だ!?」
『慌てるでない。お前の中の領域に入っただけだ』
頭の中でフォウルの声が聞こえる。何だかちょっと気持ち悪いと思っていると、しきりの向こうから白衣の女性が現れた。
「あら~? 何か声が聞こえたと思ったら、気がついたようですね~」
女性は俺の顔を覗き込むと、そのままジッと俺の顔を見詰める。多分何かをチェックしてるんだろうけど、見られてる方としては少し気恥ずかしい。
「うん。顔色も良いし、特に問題はありませんね~」
満面の笑みを見せる白衣の女性。その笑顔は白衣の天使という言葉が頭をよぎるくらい良い笑顔だった。
「あの、ここは?」
「ここはエボルヴ内にある医務室ですよ~」
「医務室っていうのもあるんですね。……あ、俺はまだ来たばかりなので、まだ施設内の事は全然把握してないんですよ」
「ええ、知っていますよ~。今年の訓練生のシュウリアちゃんですよね~?」
「シ、シュウリアちゃん?」
「ちょっと待っててくださいね~。今、アンナちゃんを呼びますから~」
そう言うと、にこやかな笑顔のまましきりの奥へと消えていく。しかし、『ちゃん』呼ばわりされたのは驚いた。
「あ、アンナちゃん? シュウリアちゃんが目を覚ましましたよ~」
何処からか白衣の女性の声が聞こえる。他の声は聞こえない為、おそらく電話をしているのだろう。
俺はベッドの上に据わったまま自分の左腕を見る。包帯でぐるぐる巻きにされているが、思ったより痛みは無い。
「もう左腕は使えないかと思ったけど、大丈夫そうかな…」
『あの程度で使えなくなると思うとは、人間は脆い生き物だな』
「うわ! ビックリした! ……そういえば中に居たんだっけ?」
『いちいち驚くでないわ。……まったく、先が思いやられるな』
「仕方ないだろー。まだ慣れないんだから」
『早く慣れて貰わないと困る』
ドラゴンオメガと契約したからには、何か凄い力が溢れてくるとか、何か凄い力が目覚めるとか想像したけど、何かが変わった気がまるでしない。現状、ただ頭の中で煩い小言を言われてるだけだ。
コンコン…… ガチャ!
「シュウリアの様子は?」
ノックの後にドアが開く音がして、俺の様子を聞く声が聞こえた。どうやらアンナ教官が来たらしい。
「大丈夫ですよ~」
ツカツカと足音が近付いて来たと思ったら、しきりの向こうからアンナ教官が顔を見せる。
「あ、アンナ教官。どうも心配をお掛けしました」
「本当よ! でもその様子だと大丈夫そうね」
アンナ教官はベッドに腰掛けると、一安心した表情を見せる。
「俺、どうしてここに?」
「何も覚えてないの?」
「はい。ドラゴンオメガと契約した所までは覚えているんですけど……」
「ドラゴンオメガと契約したぁ!?」
驚いた声を出して思わずアンナ教官は立ち上がる。
「は、はい。あれ? 見てませんでした?」
「見たって何の話よ? ドラゴンオメガを倒した後、ドラゴンオメガが消えるわ、あなた達は倒れるわで大変だったのよ?」
俺達が倒れただって? 俺『達』って事は……。
「じ、じゃあユユハも!? アイツは無事なんでしょうか!?」
てっきり俺だけがこうなったと思っていたけど、ユユハまでなんて……。
「まだ意識は戻ってないけど、命に別状はないわ。今もあなたの隣のベッドで可愛い顔して寝てる」
「そうですか…… 良かった……」
命に別状はないなら、とりあえずは大丈夫そうだ。
「それで、契約ってどういう事?」
驚いた時に立っていたままだったアンナ教官は、再び俺のベッドへ腰掛ける。俺はフォウルを倒した後の変な空間での出来事をアンナ教官に説明した。
「……そんな事が起きていたのね。しかし、まさかあなたがドラゴンオメガと契約出来る程のキャパを持っていたなんてね」
「フォウルも驚いてた感じでしたけど、それは凄い事なんですか?」
「フォウル?」
「あ、あのドラゴンオメガの事です。フォウルって名前らしくて……」
「へぇ~。フォウルねぇ……。まあ、ドラゴンオメガと契約出来るキャパを持つ人なんてそうそう居るもんじゃないわ」
「そうなんですか?」
キャパシティとか全然理解してない俺は、どうも凄さが分からない。
「私が知っている人でも、それくらいのキャパを持っていると思われるは、あなた以外には一人しか知らないわ」
「一人だけ……」
アーヴィングの傭兵で、しかもエージェントであるアンナ教官なら、戦闘のプロは沢山知っているはず……。それでも一人だけという事は、やはり凄い事なのだろう。
「その人もアーヴィングの傭兵なんですか?」
「ええ。あのドラゴンオメガの…… フォウルって言ったかしら? その契約者よ。……あ、今はあなたと契約したみたいだから元契約者かしら?」
「フォウルの元契約者……」
「でも、これでどうしてあなたがここに居るのかハッキリしたわね」
「え?」
「あなたの試験官…… グラッグはあなたのキャパの大きさを知ったから、あなたを採用したのよ」
「ああ、グラッグさんですか」
俺がアーヴィングカンパニーの傭兵に応募した時に俺をテストした男の試験官。寡黙な雰囲気の人だったけど、俺のダメダメなテストを嫌な顔ひとつせず真剣に見てくれてたな……。あと、採用が決まった時、ご飯をご馳走してくれたっけ……。
「でも、キャパシティの大きさなんて他人が分かるものなんですか?」
「分かる人には分かるみたいよ。残念ながら私はまだそこまでのレベルじゃないけど」
カーン。コーン。キーン。
不意に大きなベルの音が施設内に鳴り響いた。
「あら、もうお昼か。とりあえず、話はここまでにしましょう。動けるようなら食堂でご飯食べてきなさい」
「え!? お昼!? 俺はどれだけ眠っていたんですか?」
「あなた達がドラゴンオメガと戦ったのは昨日の事よ。だから、そんなに時間は経ってないから安心して」
そう言ってアンナ教官はベッドから立ち上がると、体をぐぐっと伸ばす。
「昨日…… か。何日も意識不明とかじゃなくて良かったかな。でもご飯って、勝手に動いて良いんでしょうか?」
俺がアンナ教官に聞くと、しきりから、さっきの白衣の女性が顔を出してきた。
「食べて来てもいいですよ~。あと、ユユハちゃんも目を覚ましましたよ~」
「ユユハが!?」
「ユユハもお昼食べさせて大丈夫なのかしら?」
「ええ、目を覚ますなり『お腹空いた……』でしたしね~。調子も良さそうですから大丈夫ですよ~」
「それじゃあシュウリア、あなたはユユハと一緒に行ってあげなさい。午後は私の講義があるから、問題なければ出席してね」
「はい」
お腹空いた…… か。
その様子ならユユハも大丈夫そうだな。
「アンナちゃんは私と食べましょうね~。あとミウちゃんも一緒にね~」
「オッケー。じゃあ、私はミウを呼んでくるから先に行ってて」
そう言って俺に手を振って部屋を出ていくアンナ教官と白衣の女性。そういえば名前聞いてないけど…… まぁ、またここのお世話になる時はあるか。特に俺は。
ベッドを降りて隣のベッドを見ると、そこにはユユハとフォウルがいた。
「ユユハ! 大丈夫そうで良かったけど、なんでフォウルがそこに? 俺の中に居たんじゃ?」
「我が興味あるのはこの娘だと言ったであろう」
「はいはい。そうでした」
「シュウリア…… 大丈夫……?」
俺の左腕を見ながらユユハは聞いてくる。
「大丈夫だよ。それよりユユハの方はどうなんだ?」
ユユハの左腕も包帯が巻かれ首に吊られている状態だ。
「うん…… 平気……」
「あの医者はなかなか腕が良いようだ。ここの医療機械や薬が良いというのもあると思うが。まあ、これくらいの怪我ならすぐ治るであろう」
まったく、誰のせいで怪我したと思ってるんだか……。
「あ、この変な生き物はフォウルって言って、あのドラゴンオメガだよ」
「変な生き物と言うでないわ」
「うん…… さっき聞いた……」
「いつの間に……。それで、どうもお昼みたいだから、何か食べに行くか?」
「うん……」
ユユハはそう言ってベッドから降りる。いつもと同じような無表情だから断言は出来ないが、この感じだと調子は良そうだ。
「では、さっさと行くぞ。我も腹が空いたからな」
「ええ!? フォウルも食べる気なの~!?」
▽
医務室から出ると通路が左右に伸びていて、他の訓練生らしき人達が歩いていた。
「食堂でご飯って…… どっちに行けば食堂に着くんだ?」
「……分からない」
よく考えてみれば俺とユユハは案内中にトイレに行ってたのもあって、何処に何があるかサッパリな状態だ。
「うーん。とりあえずこっちに行ってみるか?」
「うん……」
俺達は部屋を出て右の方向へ歩いて行く。途中どこかに案内図みたいなのでもあれば良いんだけど……。
だが、少し歩いた所で知ってる人物がこちらに向かって歩いていた。
「オーリ!」
俺の声が聞こえたオーリは俺達に気づくと、タッタッタッと駆け足で近づいて来た。
「シュウリア! ユユハも! 心配しましたよ。さっきアンナ教官からお二人が目覚めたって聞いたから、様子を見に来たんです」
嬉しそうな笑顔で話すオーリ。
くぅー! コイツはやっぱり良いヤツだなー!
「いやー、助かったよ。アンナ教官に食堂でご飯食べて良いって言われたんだけど、食堂が何処か分からなくてさ」
「ええ、アンナ教官も場所を教えるのを忘れたようで、それも兼ねて僕が来ました」
ああそうか、アンナ教官も俺達がトイレ行ってたのは知ってるんだもんな。
「それでは行きましょう。クライヴとシエルが場所を確保してる筈です」
「えぇ? あの二人が? てっきり後は各々好きに行動すると思ったけど」
「僕が声をかけたんですよ。ここまで一緒に来た仲ですし」
「そうか。それじゃあ、待たせるとクライヴがうるさそうだから行こうか」
「はい。食堂はこっちですよ」
オーリはもと来た方へと歩きだし、俺とユユハはそれに続いていく。
「ところで…… その生き物はなんですか? 」
俺達の後を四足歩行でトコトコ着いてくるフォウルを見てオーリが聞いてくる。さっきオーリと会話してる間も、すれ違う訓練生達がなんだコレ? という感じでフォウルを見ていたのには気づいていた。
「フォウル……」
俺の代わりにユユハが答える。
「フォウル?」
「うん。まぁ、後でクライヴやシエルにも聞かれると思うから、その時に説明するよ」
「はぁ、そうですか」
オーリはまた不思議そうな顔でフォウルを見る。当のフォウルは、こっちの話を聞いてない様子で周りを見渡していた。
そして、何やら良い匂いが漂って来たと思うと、通路の終わりに大きな空間が広がった。
「ここが食堂ですよ」
その広い空間の右側には訓練生が並んでいて、カウンターを挟み厨房がある。そして左側にはテーブルが沢山並んでいて、そこで皆が食事をしていた。
「へぇ、結構大きいんだなぁ」
「そうですね。それでは早速注文しましょうか? あそこの機械で注文するんですよ」
食堂の入り口近くにオーリの言う注文の機械が設置されていて、俺達はそこへと向かう。その機械の横の壁には大きくメニューが表示されていた。
「なるほど。この表示されている中から選んで、決まったらその機械に入力するって事か。……ユユハ分かったか?」
「うん……」
俺達は何を食べようか悩んでいると、オーリが、あっ! っと何かを思い出したような声を上げる。
「お二人にコレを渡すのを忘れてました」
そう言うと、ポケットから白いカードを出して俺とユユハに差し出す。それには簡単に俺の名前と、数字の羅列が書かれていた。
「これは?」
「社員証です。まだ仮のらしいですけど、注文するときにコレを読み込ませるんですよ。代金は給料から天引きみたいです」
「了解。俺が前に働いていた工場もこんな感じだったしな」
そして俺達は各々注文してカウンターに並ぶ。どうやら注文内容は既に厨房に伝わっていて、出来上がったらさっきの機械から出てきた紙と交換するような流れのようだ。
「はい! 番号札百十七番の方お待たせしましたー!」
まず一番先に注文していたユユハの料理が出来上がって来たが、その量に俺は目を疑った。
肉に野菜に肉にパンに肉に米にプリンにパフェ……。肉率が高いのが気になるが、凄い量だ。
「ユ、ユユハ、そんなに食べれるのか?」
「うん……」
心なしか満足そうな表情のユユハ。
そのトレイも他の人に比べてやたらデカくて重そうだが、ユユハは気にしてない感じでそれを片手で持ちながら俺とオーリを待つ。
そういえば、やたら重かったユユハの大剣も軽々持っていたもんな……。
「はい! 番号札百十八番と百十九番の方お待たせしましたー!」
俺とオーリの分も出来て、俺達はテーブルの方へと移動する。因みに俺のにはフォウルのも含まれている。
「えーっと、クライヴとシエルは…… あ、あそこですね」
壁際の方のテーブルに、向かい合って座っているクライヴとシエルを発見した。ちゃんと三席分空けておいてくれているようだ。二人とも既に注文をしていて食べている最中だった。
「お待たせしました」
そう言ってオーリはクライヴの隣に座りユユハはシエルの隣に座り、俺はそのユユハの隣に座った。
「モグモグ…… おう! おせーじゃねーか…… ってブフッ! な、なんだそりゃあ!?」
ユユハのご飯の量を見て、クライヴは食べてる物を吹き出しそうになるの必死でこらえる。
「……いただきます」
そんなクライヴをお構いなしにユユハは黙々と食べ始めた。
「あのドラゴンオメガを倒す力の源はこれか……」
ユユハの隣にいるシエルも少し驚いた表情を見せる。
「さて、それでは我もハンバーガーとやらをいただくか」
フォウルが俺の目の前のテーブルの上に飛び乗って座ると、両手でハンバーガーを持って食べ始める。それを見たクライヴがまたしてもブフッ! と食べ物を吹き出しそうになった。
「な、なんだソレ? 今、喋らなかったか?」
「フォウル…… だそうですが、確かに喋りましたね……。この生き物は何なんですか、シュウリア?」
「あ、コイツはユユハが倒したドラゴンオメガだよ。名前はフォウル」
「えぇー!! あのドラゴンオメガぁ!?」
驚いて大声を上げるクライヴ。その声は食堂中に響いて、周りの人は何事かと俺達の方を一斉に見る。
「クライヴ! 声がデカいよ!」
俺は周りに、何でもないですよーすいませーん、という顔で頭を下げる。
「そりゃあ声もデカくなるって! あのドラゴンオメガは死んだと思ってたけどよ……」
「我がそう簡単に死ぬわけがなかろう」
ハンバーガーをモグモグ食べながら心外そうにフォウルは答える。因みに、今食べてるハンバーガーは二つ目だ。
「シュウリア、一体何があったんですか?」
オーリがそう聞いて来たため、俺はその経緯を皆に話し始めた。
▽
そして大体十分後。
「つまり、お前はあのドラゴンオメガと契約とやらをした…… という訳だな?」
食事を終え、腕を組んで考えてる様子のシエルが言う。クライヴとオーリと俺も食べ終わったが、ユユハはこれからパフェタイムに突入するようだ。
「やっぱり皆も契約っていうのは知らないみたいだな」
「ああ、何なんだ契約って?」
「何か力を与えてくれるような感じですけど、よく分かりませんね……」
皆がうーん…… と考えてると、俺達のテーブルの横に誰かがヌゥっと現れた。
「契約とは何かっ……!? それはこの後の講義で説明するわ!」
そこには両手を組んで得意気な顔をしたアンナ教官が立っていた。
「ア、アンナ教官?」
「先生知ってんのか?」
「モチのロンです! 契約はアーヴィングの傭兵にとって大事な事ですから」
「大事な事とはなんですか?」
「それは講義の時にちゃんと教えるわよ、オーリ」
勿体ぶるアンナ教官にクライヴが文句を言ったりしている中、俺はアンナ教官に問い掛ける。
「ところで…… どうしたんですかアンナ教官? 何か用事でも?」
「ああ、そうだった。シュウリアとユユハに用事があるのよ、リースがね。ホラ、リース!」
リース?
誰だと思っていると、医務室に居た白衣の女性が横から現れた。今は白衣を脱いでいるけど。
「具合はどうですか~? シュウリアちゃん、ユユハちゃん」
「あ! 医務室の……。えぇ、具合は良いですよ。ユユハは…… 彼女も良いようです」
「そうですか~。それは良い事ですね~」
「なあ? コイツ誰だ? それにシュウリアちゃん…… って」
「医務室の先生だよ。…それで俺達に用っていうのは?」
「薬ですよ~。これを食後三十分以内に飲んでくださいね~。怪我の回復を早めてくれるんです~」
「へぇ、回復を……」
俺は自分の分とユユハの分の錠剤を白衣の女性…… リースさんから受けとる。ユユハはまだパフェを食べているため、俺は先にその薬を飲んだ。
すると、リースさんはオーリに向かって手を振りだした。
「オーリちゃん、元気でやっていますか~?」
「はい、今のところは元気にやっていますよ」
「ん? 何だオーリ? お前はこの先生と知り合いなのか?」
二人のやり取りに、不思議そうな顔したシエルがオーリに聞く。それは俺も気になった所だ。
「はい。僕の姉さんです」
「ね、姉さん!? オーリの!?」
俺達は、笑顔でこたえたオーリからリースさんの方を一斉に見た。すると、リースさんも笑顔で俺達に手を振る。
「オーリちゃんがお世話になってます~」
「あ、ハイ。こちらこそ……」
「アンナ教官!!」
俺達がリースさんにお辞儀をしていると、突然女性の大きい声が響いた。何事かと思って俺は声した方向を確認すると、数人の少女訓練生がこっちに向かって来ていた。その先頭にいる子が何かを抱えている。
「一体どうしたの!?」
「はい! さっきそこで変な生き物を捕まえたんですが!」
そして抱えていた物をアンナ教官につき出す。
それはなんとビックリのフォウルだった。
「ええい! 離せ! 離さぬか!」
フォウルは抱えられたままジタバタしていて、それを見た周りの少女訓練生が歓声を上げる。
「キャー! 喋ったぁー!」
「キャー! 可愛い~!」
周りが騒ぐ中で、フォウルを抱えた少女はキリッとした顔でアンナ教官を見つめる。
「この生き物は? この施設で飼っている動物とかでしょうか?」
「あぁ、えーっと、それはね……」
苦笑いでチラッと俺の方を見るアンナ教官。どうやら俺に説明しろって事らしい。
「あぁ、ソイツは俺の連れなんだ。君達も見てたと思うけど、その生き物は昨日のドラゴンオメガなんだよ」
「えぇー!! あのドラゴンオメガ!?」
「アレがこんなに可愛くなるの!?」
周りがまた騒ぐ中、先頭の少女は俺の方を睨み付ける。
「ああ、アンタが昨日逃げ回っていたシュウリア・ストレイヴね。あんなんでよく訓練生になれたもんだわ」
「へ?」
そう言うと少女は、俺の胸にフォウルを押しつけて来た。
「ムギャ!」
「覚えておきなさい。アンタみたいなのがオメガに簡単に殺されて、アーヴィングの傭兵の評判を下げる事になるのよ。悪いこと言わないからさっさと辞めた方が良いんじゃない?」
少女が俺を睨み付けながらそう言い放つと、再びアンナ教官へと向き直る。
「お騒がせしましたアンナ教官。それでは失礼します」
お辞儀をして少女が去って行くと、周りに居た少女もアンナ教官にお辞儀をして彼女についていった。
「あらまぁ、元気ですね~」
「ヘッヘッヘ! 何か知らないけど嫌われたなぁ、シュウリア!」
ニコニコしたリースさんとは違い、ニヤニヤした顔のクライヴが楽しげに話しかけてきたが、俺は何が何だか分からない状態のまま、アンナ教官へ顔を向ける。
「あ、あの…… あの子は一体……?」
「あの子はルティア。ルティア・アーヴィングよ」
「アーヴィング……?」
「そう、アーヴィングカンパニー社長、サイアス・アーヴィングの孫娘よ」
「社長の…… 孫娘……」
食堂から出ていこうとしているルティアを目で追う。そう言われてみると、歩き姿になんとも言えない威厳のような物を感じなくもない。
「悪い子じゃないんだけどね、アーヴィングの一族なのもあって、アーヴィングの傭兵っていうのに誇りを持っているのよ」
「一族の誇り…… か」
シエルがボソっと呟いたのが俺の耳に届いた。
因みに俺とシエルに挟まれているユユハは何事もないように、いつの間にか俺の腕から消えたフォウルにプリンを食べさせている。
「そう落ち込まないで! これからちゃんと訓練してレベルを上げて行けば、あの子も態度も変わってくるわよ」
「あ、いえ、落ち込んでる訳ではないのですが…… そうですね。やれるだけの事はやろうと思います!」
「それで良し。それじゃあ、そろそろお昼休みも終わりそうね……。あなた達も後片付けして、お昼休みが終わる前に講義室に来なさいよ」
「……講義室?」
全ての料理を平らげたユユハが、フォウルを抱きながら軽く首を傾げる。
「ちゃんと僕達が案内しますよ。ね、クライヴ、シエル」
「まあ、この俺様について来りゃーいいんだよ!」
「偉そうによく言う」
「何だとテメー!」
そんな相変わらずなクライヴとシエルをなだめて、俺達は食堂を後にして教室へと向かって行った。
ルティア・アーヴィングか……。
彼女にこれ以上何かを言われないように頑張ろう。
でもまぁ、当分は色々言われそうだけど……。