ずっと一緒に
アーヴィングカンパニー第一訓練施設『エボルヴ』の入り口前に大勢の施設職員が並んでいる。そこには受付を担当しているミウの姿もあった。
「そろそろ到着しますね。何事も起きなければ良いのですが…」
時計を確認しながら、隣に並んでいる職員に話しかける。
「大丈夫さ。ここにも警備してるウチの傭兵が居るし、あの方にはエージェントだって付いている。途中でそこらのオメガに遭遇したとしても何の問題もないよ」
「オメガだけじゃなく、アーヴィングを良く思わない企業やキュバイアスの様な連中も心配なんです」
「それこそ無駄な心配だよ。こう言っちゃなんだけど、エージェントもハッキリ言ってバケモノみたいな者だからね。ミサイルとかロケットランチャーで狙われても対処出来るような連中だし」
職員の言い方に友人のアンナもバケモノ扱いされているようでミウは少しムッとし、話をする気が失せたミウは道路の方へと視線を移す。すると、道路の向こうから二台のバイクに引率された黒いリムジンが近付いて来る。
「おっと、噂をすれば……。お出でなすったね」
バイクとリムジンは道路から訓練施設の敷地に入り、ゆっくりと施設入り口に近付いて行く。そして、職員達が居る前まで来ると横向きになって停車し、その場に居た者達が全員頭を下げたままの姿勢になった。
ガチャ……。
リムジンの運転手が後ろのドアを開けると、まず長身の男とロン毛の男が降りて辺りを警戒する。その後で眼鏡を掛けた若い女性とサングラスを掛けた男が降りて、最後に威厳のある初老の男性が姿を現した。それを確認すると他の職員と同じ様に頭を下げてはいるが、唯一通路の上に立っていた年配の男性が頭を上げ、初老の男性へ近付くと再び頭を下げた。
「本日は多忙の中、わざわざ当施設にご足労頂きありがとうごさいます。社長」
「うむ。出迎えご苦労、所長」
そう、この社長と呼ばれた初老の男性こそアーヴィングカンパニーの創設者にして社長であり、一代で会社を世界的大企業へと成功させたその人、サイアス・アーヴィングである。
「今年入った訓練生達はどうですか? 所長?」
社長の隣に立っていたサングラスの男が笑顔で所長に問いかける。
「はい。皆、新しい環境に緊張している様子ですが、それも直ぐに慣れる事かと思います。副社長」
「そんな事はどうでもイイんですよ、所長」
「は?」
「要は使えそうかどうか……。大事なのはそれだけです。使えない者の為に莫大な費用を消費してもしょうがない……。そうでしょう?」
「え、えぇ……。しかし、今年の訓練生は昨日、今日集まったばかりなので今はまだ何とも……」
「……ジョアン。そのくらいにしておけ。使えそうかどうかを見極める為にここは存在しているのだ」
「はっ。社長がそう仰るのであれば」
「お気遣いありがとうごさいます社長。それではどうぞ中へお入りください」
「うむ」
社長一行が『エボルヴ』内へ向かおうとした時、通路の両脇に並んでいた職員の一人が突然社長へ向かって走り出した。
「神の冒涜者、サイアス・アーヴィング! 覚悟ぉー!」
その手には鋭利なナイフが握られていた。
社長の後ろに居た長身の男がすぐさま銃を取り出し、その職員の胸元へ2発発砲、職員は衝撃によろめいたが再び社長へ向かって走り出す。
「防弾チョッキか!?」
「うおぉぉぉぉぉ! 死ねぇぇぇ!」
社長の目の前まで迫った職員がもらった! という笑みを見せた瞬間、突然そこにロン毛の男が現れた。
「な、なにぃ!?」
ロン毛の男は職員のナイフを持った手首を掴むと、バキッ! という音を鳴らしてその手首をへし折る。
「ぐあぁぁぁぁ!」
続けて職員の胸元を掴み、投げ飛ばそうとした時、ストトトッ! と職員の顔に四本の巨大な針の様な物が突き刺さった。
「!?」
ロン毛の男が掴んでいた手を離すと、職員は少しよろめいて膝から崩れ落ちる。
「……ブァ、ブァケモノ…め」
ドサッ!
そして力を失い横に倒れると、職員はそのまま息絶える。その職員は先程ミウと会話をしていた職員だった。それにミウはショックを隠せない。
「どうして……。エージェントの強さは知ってたのに…」
息絶えた職員の顔を、しゃがんで覗き込む副社長のジョアン。
「さっきの言葉からするとキュバイアスの一員ですね。とうとうウチの中にも信者が現れ始めましたか……」
「キュバイアスか……。愚か者の集まりよ。こんなのが出た以上、社員の調査をした方が良いかもしれぬな」
襲われた時も顔色ひとつ変えなかった社長が、溜め息と共につぶやいた。その一方でロン毛の男が長身の男に歩み寄る。
「俺一人で鎮圧出来た。わざわざ殺す必要は無かったはずだ」
「お前に万が一の事が起きた場合に備えて社長を守っただけだよ。急に心臓発作とか? 腹痛とか? そうなったら社長が危険になるだろう?」
「仮に、俺に万が一の事が起きたとしても、お前ならそれからでも対処出来るはずだ!」
「買いかぶり過ぎだって。俺はお前みたいにご立派なエージェントじゃないんでね」
長身の男がそう言うと、ロン毛の男が長身の男に掴みかかる。
「俺達が力を付けたのは人を殺す為じゃなく、オメガを殺す為だ。それをよく覚えておけ」
「そこまでだグラッグ」
二人のやりとりに見かねた社長が、ロン毛の男を制する。
「確かに殺す必要は無かったが、ベルガーがわしを守ろうとした…… というのも、少なくとも嘘ではあるまい。それが彼の仕事なのだからな」
「へっへっ……。流石は社長。話が分かってますな」
「だが、ベルガーよ。お前がこの男を殺さず捕らえる事が出来たのもまた事実。正当防衛やライセンス所持を主張した所で、人を殺めれば面倒事になるのだ。よってお前にはこの男の処理をしてもらう」
「はぁ……。分かりましたよ。仰せのままに」
「さて、それでは行くとしようか所長」
「あ、は、はい! どうぞ此方へ」
社長一行が中に入って行くと、並んでいた職員達も後に続いて行く。そして後に残ったのは、息絶えた男とベルガーと呼ばれた長身の男だけになった。
カチャ。シュボ! ……カチャン。
ベルガーは胸のポケットから煙草を一本取り出すと口にくわえ、ズボンのポケットからライターを取り出すとそれに火をつける。そして、煙りと共に息を吐くとその口元がニヤリと笑った。
「人を殺す為じゃなく、オメガを殺す為…… か。お前には言われたくないな…… グラッグ」
▽
表でそんな騒ぎがあったとは思わない…… というより、そんな余裕すらない俺はじっとしたまま現状の打開策を模索していた。というか、ビビって動けなかった。
すると、このフロアの二階くらいまでの高い位置にある、ドラゴンオメガの真っ赤な瞳が俺を捉えた。
「どうやら、余計な者が紛れ込んだみたいだな」
その言葉を聞いてドラゴンオメガと対峙していたユユハが振り向くと、少し驚いた顔を見せた。
「シュウリア……!」
すると、ドラゴンオメガの口元に眩しい光が集まっていき、それは段々と大きくなっていく。
「っ!? ……シュウリア! ……逃げて!」
ユユハの叫び声が終わると同時に、ドラゴンオメガの口元から光が発射された。
キュイーン…… ズバババン!
「どわあぁぁ!」
光と爆発が俺の目前まで迫って来た寸前の所で左側へ跳んで、何とかそれをかわす。これは非常にマズい。
急いで立ち上がりながらドラゴンオメガの様子を見る。
その口元にはまた光が集まっていた。
ヤバい……。またあれをやられたら楽に逝ける……。
「……させない」
俺のヤバい状況を察したユユハは、ドラゴンオメガへ向かって走り出した。
「ユユハ!!」
それに気付いたドラゴンオメガは標的をユユハに変更する。
一方、走っているユユハの体が微妙に光ったと思うと、次の瞬間その手にはユユハの身長と同じくらいの長さの大剣が握られていた。
「あれは…… シエルがやってたのと同じやつか!」
体内にある『キャパシティ』と呼ばれる領域に武器とかを収める『ストック』とか言う技術。
そんなのは知らない俺にはピンと来ないけど…。
「はぁっ……!」
その大剣を持ったまま飛び上がるユユハ。そして一気にドラゴンオメガの頭に位置まで到達する。
「う、うそだろぉ~!」
これも戦闘レベルの高さが出せる業なのか?
とても人間業とは思えないが……。
ドラゴンオメガの頭まで跳ね上がったユユハは、さっきのレーザーみたいなのが来る前に攻撃しようとしたみたいだが、少し遅かった。
キュイーン!
ドラゴンオメガの顔の前に居たユユハはモロにレーザーみたいな攻撃を受ける。だが、その光はユユハの居た位置で角度を変え、上下左右に飛び散り色んな所で爆発が起きた。
「な、なんだぁ!?」
結界があるからとりあえず建物や周りの人は大丈夫そうだが、ユユハは大丈夫なのか?
眩しい光りの中へ俺は目を凝らして見てみると、ユユハはドラゴンオメガの攻撃を大剣で防いでいたようだった。だが、その威力に押し返されたユユハは空中でバク転して地面に着地する。
「ふぅ……」
一息ついて再びドラゴンオメガを見つめるユユハ。この戦闘を見てる人は大勢居るのに、フロアは不気味なくらい静まり返っていた。
「ユユハ……」
.そして俺は一人で頑張ってるユユハを見ながら、何も出来ない自分の非力さを呪っていた。
▽
一方、二階では……。
「先生! ユユハのヤツ結構頑張ってるんじゃねーか!?」
クライヴが興奮した様子でアンナに問いかける。
「ええ、これは想像以上よ」
アンナはユユハの戦闘レベルに驚きながらそう答えるが、その一方で腑に落ちない様子でもあった。それは、先程見せた跳躍力が、明らかに人間離れしているという所だ。
もしかして彼女は既に……?
しかし、アレはアーヴィングの人間にしか……。
そんな事を考えいるとオーリが近くにやって来た。
「教官……。シュウリアは大丈夫でしょうか?」
「今の所は無事だし、ユユハも居る。軽く大丈夫とは言えないけど絶望的ではないわ」
不安にさせない様に出来るだけ明るく応えるが、アンナの内心は不安しかなかった。何故ならシュウリアは、まだ戦いの技術も何も知らないのだから……。
「これはどうした事かね、アンナさん!?」
突然後ろからそんな声がして振り返ったアンナは驚愕した。その声の主はここの所長だったが、その後にはアーヴィングカンパニーの副社長、さらに社長まで居たのだ。
「副社長!? と、社長!? ど、どうしてここに……?」
「今日は新しい訓練生への挨拶と、この施設の視察を兼ねてお見えになる予定だったでしょう!」
「え、えぇ? そうでしたっけ!?」
「まったく、頼みますよ~……」
「それで、この騒ぎは何事なんですか?」
後ろに居た副社長のジョアンが前に出てきてアンナに尋ねる。
「は、はい。新しい訓練生達にドラゴンオメガを見せるという毎年恒例の催しものをやっていたんですが、訓練生の一人が戦いを挑みまして……」
「なるほど…… あのドラゴンオメガに……」
「社長、ここは危険かと思われます」
社長の隣に居る眼鏡を掛けた若い女性が淡々とした感じで言うが、社長は動かずアンナの方を向く。
「契約書にサインはさせたのかね?」
「は、はい。それはさせてますが……」
パチパチパチ。
話を聞いていたジョアンが突然拍手をし始める。
「はっはっは。なら良いんじゃないでしょうか? 見たところ、光の壁のおかげで外は安全みたいですし、訓練生が死んでも我が社はその責任は問われない。ならこれは、他の訓練生にとって良い経験になります」
「副社長! そんな言い方は!」
「おう! そうだぞテメー! シュウリアやユユハが死んでも良いみたいに…… うぐぐ!」
「ク、クライヴ、さすがに相手が悪いですよ」
クライヴがいつもと同じ調子でジョアンに噛みつこうとしたため、オーリが慌ててその口を塞ぐ。
「社長、これでは時間通りに挨拶など出来そうにありませんが、いかがされますか?」
眼鏡の若い女性が社長に尋ねると、社長は目を閉じて考えた後、その答えを出した。
「この後の予定は全てキャンセルしろ。どんな結果になるとしても、私にはそれを見届ける責任がある」
「了解しました」
「そうなさるのならもっと楽しみましょう。これはこれで、そうそう見れない面白いショーですよ」
ジョアンが笑いながらそう言うと、アンナやクライヴ、オーリ、そしてシエルもジョアンを睨みつける。
「ここは人が多い故、わしは上で見させて貰う。カタリナ、今戦っている者達の資料を用意してくれ」
「かしこまりました」
「私もお供させて貰いますよ社長」
そうして社長一行は、所長に案内されて奥の方へと消えていった。
「ケッ! 副社長だか何だか知らねーけど、何なんだよあのグラサン野郎! ムカつくぜ!」
「ジョアン・アラハイム。まだ三十代という若さで副社長まで上り詰めたやり手のエリートだけど、会社の利益にしか興味の無い人よ。彼が社長になったらどうなる事やら……」
「今はそんな事よりシュウリア達が心配です」
オーリの言葉に一同は中庭の方を見る。そこでは相変わらずユユハが健闘しているが、ドラゴンオメガにこれといったダメージを与えられずにいた。
▽
「グオォォォ!」
ドラゴンオメガの鋭い爪がユユハを襲う。その体格とは裏腹に動きが速い。
「……はぁっ!」
その速さに負けない速さでユユハが爪をかわすと、ドラゴンオメガの腕に大剣を振り落とす。
ガギィン!
しかし、ユユハの攻撃は弾かれてしまう。周りの光の壁のようなものを、ドラゴンオメガは体にまとっているようなのだ。ユユハは後方に飛ぶと距離を開けて間合いをとる。
「大丈夫か!? ユユハ!?」
俺がユユハに向かって叫ぶと、ドラゴンオメガが俺の方を向いて今度は炎を吐き出した。
「うわわわわぁー!?」
慌てて中庭に設置されていた大きな岩の影に隠れて、何とかその炎をやり過ごす。
「アチッ! アチチチ~!」
「……シュウリア!」
「だ、大丈夫だ。まだ生きてる」
岩影に隠れながら、心配そうなユユハに向かって手を伸ばし親指を上げる。
「……」
何となくホッとした表情を見せると、ユユハはまたドラゴンオメガの方へと走り出す。
「グオォォォ!」
ドラゴンオメガがそれにまた鋭い爪で攻撃すると、ユユハは光の壁に向かって跳び跳ねて避ける。
さらにその壁を足場にして別の壁へ向かって跳び跳ね、そこからまた別の壁へ…… というのを繰り返し、ドラゴンオメガよりも上へ行くと、今度は壁を蹴りドラゴンオメガの死角へ向かって勢いよく落ちて行く。
「……これならっ!」
大剣を構え凄まじいスピードでドラゴンオメガに突っ込んでいくユユハ。だがその時、ドラゴンオメガの背中に生えている無数の刺のようなものが分裂し、ユユハに向かって飛んで行った。
「……なっ!?」
ガギャギャギャン!
慌ててその刺を大剣で防ぐユユハ。しかし、弾かれた刺はまた向きを変えて、ユユハの方へと飛んで行く。
「くっ……」
ユユハは空中で体勢を変えながら、何とかその刺の攻撃を弾いていく。しかし、その刺へと意識を向けていたユユハの背中からドラゴンオメガの腕が伸びて来て、ユユハの体を鷲掴みにした。
「……あぐっ!」
ドラゴンオメガの手に掴まったユユハは苦しそうな表情をする。どうやらギリギリと締め上げられているようだ。
「ユユハァー!!」
俺はとっさにドラゴンオメガへ向かい走り出す。
そんな俺に気づいたドラゴンオメガは、さっきと同じく俺に向かって炎を吐き出した。
「うわぁー!?」
俺はドラゴンオメガの炎を横に跳んで回避し、丁度よく側にあった小さな池に潜って、追ってくる炎から逃れる。
ドボーン。
炎の威力は池の中まで届かず俺は何とか助かったが、ユユハは相変わらず締め上げられたままだ。
「ぷはぁっ……。ユユハー!」
「…う、ぐぐぐ……」
苦しそうな声を出すユユハは力が入らなくなくなったのか、持っていた大剣がその手からすり抜けて落下し、下の地面へと突き刺さる。
ザクッ。
ドラゴンオメガはユユハを握った手を真っ赤に光る瞳の前まで移動させると、再び言葉を発した。
「人間の娘よ。その動きには驚かされたが…… どうやらここまでのようだな」
「うぐぐ……」
ドラゴンオメガの手に更に力が込められ苦しむユユハ。そしてドラゴンオメガの口が大きく開かれると、最初と同じ様にそこに光が集中し始める。
アイツっ……!
まさか、あのレーザーみたいなのをモロにユユハに!?
「くそっ!!」
俺は無我夢中でドラゴンオメガの方へと走り出していた。
「教官っ! ユユハが!」
「何とかならねーのかよ先生!!」
「分かってるわよ! ……でも、今の私たちには何も……」
最悪の結果を覚悟するアンナ……。
一方、三階の隅では社長一方が中庭のその様子を見下ろしていた。
「これで終わりですかね、社長?」
後ろで手を組みながら笑顔で立っているジョアンが社長の方を見る。当の社長は眼鏡を掛けた若い女性…… カタリナが用意した資料を見つめていた。
「あの、男の方…… シュウリア・ストレイヴという若者は何故、訓練生として合格したのかね? 戦闘技術がまるで無いようだが?」
「分かりません。彼を試験し、合格にしたのはグラッグ・フォートのようです」
「グラッグが? ……あやつは何処に行った?」
「不明です。この施設内には居ると思いますが」
「まあ、いいじゃありませんか。あの少女の力は惜しいですが、あの青年に戦闘技術も何も無いなら、ここで消えて貰った方が都合がいい」
そんな事を言っているジョアンを遠くから睨みつけるロン毛の男…… グラッグ・フォートは、視線を移して中庭でドラゴンオメガへ向かって駆け出しているシュウリアを見る。
「シュウリア……。戦いに興味が無く、戦闘レベルも無いお前をこの世界に引き入れたのは悪いと思っている。だが、こんなに早くチャンスが訪れるとは……。生き残るんだ。最後にあのドラゴンオメガがどう出るかは分からないが、上手く行けばお前は強くなれる。……そしていつの日か、この世界を……」
▽
色々な人に色々な事を思われているとは思いもしない俺は、ただひたすらドラゴンオメガへ向かって走っていた。何も出来ないかもしれないが、ユユハを助けようという行動はするべきだ。
「あ、あれは……」
視線の先には大きな剣が地面に突き刺さっていた。ユユハの大剣だ。俺は迷わずそれを抜き取ると、再びドラゴンオメガへ向かって駆け出す。
「うわっ! なんだこの大剣…… 重すぎるだろ!?」
こんな物を片手で軽々扱っていたユユハは、やはり凄いヤツなんだと再認識させられる。
しかし、今はそんな事はどうでもいい。ドラゴンオメガが今にもレーザーみたいなのを発射しそうなくらいに、光は膨れ上がっているのだ。
俺はドラゴンオメガの足下まで辿り着くと、全力でユユハの重い大剣を振り上げる。
「うおぉぉぉぉ! ユユハを離せぇぇぇぇ!!」
ユユハが攻撃した時の様に弾かれるとは思っていたが、ドラゴンオメガの気を反らす事にはなるかもしれない……。
そう考えた俺は重い大剣を降り下ろす。
すると、想像してた衝撃は無く、大剣はドラゴンオメガの足に突き刺さった。
「グギァァァァ!」
それが効いたのか、ドラゴンオメガは叫び声を上げると、その口元の光は消えてユユハを手から離した。
「ユユハ!!」
ドラゴンオメガの手からすり抜けて、真っ逆さまにユユハが落ちてくる。俺は大剣をドラゴンオメガの足に突き刺したまま、ユユハの落下ポイントまで駆け出す。
「間に合えぇー!」
微妙な所だったが、全力疾走で走った俺の方がギリギリ速く落下ポイントに辿り着き、何とかユユハを受け止められた。
しかし、その衝撃が凄くて俺は体勢を崩し転倒する。
「あイテテテテ……。大丈夫か!? ユユハ!?」
抱き抱えているユユハの様子を確認すると、閉じられていた目がゆっくり開かれた。
「シュウリア……?」
「良かった……。無事なのか?」
俺が手を離すとユユハがゆっくり起き上がり、自分の体を動かしてチェックする。
「うん。大丈夫みたい……。ありがとう、シュウリア」
ウオォォォォォ!!
ユユハがほんの少しだけ笑顔になってそう言うと、フロア内に歓声が響き渡った。どうやら周りで見ていた人達の声のようだ。
「でも…… どうやって……?」
どうやって自分を助けたのか…… と聞きたいんだろう。だから俺は、ただユユハの大剣を突き刺さしただけと答えると、ユユハは少し考えて何かに気づいたような顔をする。
「もしかしたら……」
「どうしたんだ?」
「倒せるかもしれない……」
「へ? 本当か!?」
「でも、それには…… シュウリアが必要……」
真っ直ぐに俺の目を見るユユハ。もちろん、この悪夢の様な時間を終らせる事が出来るのなら、何だって協力はする。
「オーケー! 何をすれば良い?」
一方のドラゴンオメガは、足に刺さった大剣をその手で抜き取ると勢いよく投げ捨てた。それは三階で見ていた社長一行の目前の光の壁に突き刺さり、ジョアンは思わず身構える。
「ふぅ……。はっはっは。まったく、脅かしてくれますね」
少し冷や汗をかいて笑うジョアンとは対照的に、社長はピクリとも顔色を変えずに中庭の二人を見つめる。
「さて…… どうするのだ?」
ユユハがドラゴンオメガの近くにある岩影に身を潜めている中で、俺はドラゴンオメガから距離を取るように背を向けて走り出しす。
「グオォォォ!!」
そんな俺を見つけたドラゴンオメガは、さっきの攻撃で怒っているのか、俺の方へ炎の玉を連発して吐き出す。
「うわぁぁぁぁ! これはヤバい!」
俺のすぐ後ろでボンッ! ボンッ! と炎の玉は爆発する。その火の粉が俺の方に飛んでくると、俺の服がボゥと燃えた。
「あわわわっ! 消えろ! 消えろっ!」
走りながら服をバンバン叩いて何とか火を消すが、ドラゴンオメガは容赦なく炎の玉を吐き続ける。そんな俺の目の前には光の壁が立ちはだかった為に、俺は近くの岩へと身を隠した。
ボンッ! ボンッ! ボンッ!
炎の玉は岩に当たって爆発し続ける。岩には段々とヒビが入ってきて俺はかなりヤバい状況に追い込まれたが、岩が砕ける前にその攻撃が止んでホッとする。
「はぁ、はぁ、本当に死ぬかと思った……」
恐る恐る岩影からドラゴンオメガ確認すると、さっきユユハにしたように背中の刺が分裂し、それが一斉に俺の方へ飛んできた。
「うおっ!? き、き、きたー!?」
その刺は俺が隠れている岩の上まで飛んでくると、俺をめがけて突っ込んでくる。
「おわぁ~~!!!」
俺が跳び跳ねて転がって何とかそれをかわすと、ストトトトッ! と次々地面に突き刺さってく。だが、最後の刺だけは避けきれず、それが俺の左腕に命中した。
「うあぁぁぁぁ!!」
もの凄い激痛が左腕から俺の全身を駆け抜けていく。
昔、腕に画ビョウが刺さった事があるけど、当然ながらその時の痛みを遥かに凌駕する程の痛みだ。
俺が痛みに耐えつつ左手を押さえながら立ち上がると、ドラゴンオメガはこれでトドメだと言わんばかりに口を開き光を集めだした。
最悪の光景だが、それを見た俺は思わず笑みが溢れた。
「へへ……。それを待っていたんだよ」
その言葉と同時にドラゴンオメガの近くに潜んでいたユユハが、ドラゴンオメガの方へ向かって駆け出し大きく跳躍する。だが、ユユハの目標はドラゴンオメガではなく光の壁のようだ。
一体何をするつもりなんだ……?
しかし、警戒していたドラゴンオメガはユユハを見逃さず、俺へ狙いをつけたまま左手を払い、ユユハを上空へと弾き飛ばした。
「ユユハァー!!」
弾き飛ばされたユユハを目で追って俺は驚いた。
よく見てみると、その左腕は殴られた衝撃で折れたようでダラリと垂れ下がり、プラプラと揺れていた。それを見て俺は、ユユハとの作戦が失敗したと絶望する。
『あのレーザーみたいな攻撃か?』
『うん。アレをやる時…… 体のバリアみたいなのが消える…… と思う』
『てことはつまり…… あのレーザーを撃つ時なら、アイツを攻撃できるって事か!?』
『多分……』
『なるほどな……。じゃあ、俺が必要って言ったのは、俺にあのレーザーを撃たせる為の囮になって欲しいって事か』
『うん……。あと、あの背中の刺も……』
『わかった。じゃあ、俺が奴の刺とレーザーを撃せられたら……』
『後は私が……… やる』
『オッケー。うまい具合に撃ってくれればいいんだけど……』
『シュウリア…… 気を付けて……』
『ああ。……ユユハも』
俺はさっきのやり取りを思い出す。
くそっ! 途中までは良い感じに行ってたのに……。
俺は作戦を諦めてユユハの元へ駆け出そうとした時にハッとした。弾き飛ばされながらもユユハはその軌道をジリジリ変えていたのだ。そして、その先にはさっき光の壁に突き刺さったままになっていた、ユユハの大剣があった。
「まさか…… アレを!?」
ドラゴンオメガが口元の光を溜め終わりそうなった時、ユユハはクルッと体勢を変えて壁に足を着けると、力を溜める。そして右手で大剣を掴み、曲げていた膝を思いっきり伸ばしてその壁を蹴ると、もの凄いスピードでドラゴンオメガへ向かい落ちて行った。
「……はあぁぁぁ!」
ユユハの気配に気付いたドラゴンオメガが、とっさに防御体勢を取ろうする。しかし、ユユハのスピードが僅かに勝っていて、その手に持っていた大剣がドラゴンオメガの頭に深く突き刺さった。
ズシャー!!
「グギャアァァアアアア!!」
凄まじい雄叫びを上げるドラゴンオメガの頭に大剣を残したまま、ユユハはそこから飛び跳ねて、少し離れた地面に着地した。
「はぁ…… はぁ……」
「ユユハー!!」
肩で息をしているユユハの元へ近づいて行く。しかしまあ、動く度に左腕がズキズキして今にも気を失いそうだ。
「グギャアァァ………」
ズドーン!!
雄叫びが途切れたかと思うと、ドラゴンオメガは頭から地面に倒れて動かなくなった。
「や、やったのか!?」
左腕を押さえながら、同じく左腕を押さえているユユハに確認をする。
「分からないけど…… 多分……」
頼むからもう起き上がるなよ~!!
俺が心でひたすらそう念じていると、中庭を囲っていた光の壁がスーっと消えて行く……。
「光の壁が、消えていく……。という事は……」
「……うん」
ユユハが少し笑ったような表情を見せると、フロア内で大歓声が巻き起こった。
周りを見渡すと、中庭を見ていた他の訓練生がバンザイをしたりガッツポーズをしたり、近くの人と抱き合ったりと喜んでくれてるようだった。そして、俺がその歓声に目を閉じて身を委ねていると……。
突然何も聞こえなくなった……。
▽
「え……!?」
驚いて目を開けた俺は自分の目を疑った。
そこには人も中庭も施設自体何もかも無くなっていて、黒と紫の煙のようなものが漂っているだけの空間に変わっていたんだ。
「な、何が……?」
辺りを見回すと、さっきと同じ場所にユユハは立っていて少しだけ安堵する。
「ユユハ! ……これは一体……?」
「分からない……」
ユユハの表情が少しだけ険しくなると、突然倒れたままの姿のドラゴンオメガが現れる。
「うわぁ!」
そして、閉じられていた目が開き、ゆっくりと立ち上がると、ドラゴンオメガは俺達を見下ろした。
「な、何だよ!? まだ死んでなかったのか!?」
慌てて俺とユユハが身構えると、ドラゴンオメガは静かに口を開いた。
「落ち着くがいい。お前達に危害を加えるつもりはない」
「へ?」
そう言うと、ドラゴンオメガはユユハの方へ顔を向ける。
「人間の娘よ。よくぞ我に打ち勝った。お前には我と契約する権利が与えられる」
「契約?」
「そう。我に挑み我に打ち勝った者は、我と契約する事が出来る。……お前はその為に我に戦いを挑んだのではないのか?」
俺はユユハの方を見る。
しかし、その表情はキョトンとしている感じだった。
「あの~、何か違うみたいなんですが……」
キョトンとしままのユユハを見て、俺が彼女の代弁をした。
そもそも契約って何だ?
「何!? ……ならばお前は何故我に戦いを挑んだのだ!?」
ドラゴンオメガは解せぬ…… という感じで喋っている。
「あの~、そもそも契約って何なのでしょうか?」
「契約を知らぬのか?」
俺はもちろん初耳である。ユユハも無言で首を横に降った。
「契約を知らぬ…… という事は……。娘よ、お前は何とも契約はしておらぬのか?」
「契約って…… 何?」
ユユハは軽く首を傾げる。どうやら本当に何も知らないようだ。
「うむむ……。確かにお前の中には何の存在も感じぬが……。まさか、契約もしてない人間にあの様な力が……?」
またまた解せぬ…… という感じのドラゴンオメガに俺は再び訊いてみる。
「んで~、契約って何でしょうか?」
「契約とはその名の通り契約だ。人間とお前達がオメガと呼ぶ存在とのな」
「人間と…… オメガが!?」
「オメガは人間の中に入り力を得る。人間はそのオメガから力を得る。それを契約と呼ぶ」
「オメガが人間の中に入る!? どうやって……?」
「キャパシティ……」
俺の問い掛けにユユハがボソッと呟いた。
「そう、お前達がキャパシティと呼ぶ領域にオメガが入る事で、オメガは人間から力を貰い、人間はオメガの力を使う事が出来る」
「そんな事が……?」
「そうだ。これで契約というのを理解しただろうから、改めて問う。娘よお前は我と契約を結ぶか?」
ドラゴンオメガが再びユユハに契約を持ち掛ける。ユユハは少し考えた様子をしてからその口を開いた。
「多分…… 無理……」
「へ? どういう事だよユユハ?」
「キャパシティが…… 足りない……」
ドラゴンオメガが何かを探るようにユユハを見つめると、何かに気付いた様子をみせた。
「……うむ。残念だがお前の言う通り、お前は我と契約する事が出来ぬようだ」
「えー! 何でだよー? ユユハはお前に勝ったんだぞ!?」
「例え我に勝ったとしても、我を受け入れる事が出来なければ契約は結べないのだ。だからこそ我はあの狭い中庭に居たのだからな」
「へ? どういう事?」
「我が強大な力を求める者は多い。お前と同じ傭兵の中でも、その娘より強い者は沢山居るだろう。では何故、我に戦いを挑もうとしないのか?」
「あ……」
「そう。仮に我に勝ったとしても、我を受け入れるだけの領域を持っていないからだ。故に我は長い間、年に一度あの場合でただお前達を驚かすだけの存在に成り果てたのだ。とはいえ、我らを受け入れられる領域を持った人間はそうそう居ないが……」
「そもそも何であんな場所に……?」
「昔、我と契約した者の意志だ」
「へ? そうなの?」
「娘よ……。契約が望みでは無いのならば、何ゆえ我に戦いを挑んだ? ただ我に打ち勝ちたかっただけか?」
ドラゴンオメガの問い掛けにユユハは首を横にふる。
「では、何ゆえだ?」
「寂しそう…… だったから……」
「む……?」
「ずっとひとりで、寂しそうな気がした……。あなたを倒せば、解放してあげられる気がした……。解放して欲しそうだった……。だから……」
「ユユハ……」
「フ……。解放して欲しそう…… か……」
「ユユハと契約出来ないのならどうなるんだ? また、あの中庭に戻るのか?」
「我を倒した事で、我が今まで結んでいた契約は破棄される。だからもうあの場所に居る必要はなくなった。我は自由になったのだ」
「へぇ……。だったらまぁ、ユユハの望み通りだし良かった…… かな? まぁ、ドラゴンオメガが自由になるのはゾッとしなくもないけど……」
そう言ってユユハを見つめる。ユユハも少し安心した表情だ。
「しかし、残念だ……。人間の娘よ、お前のその力、お前がこれからどうなって行くのか、非常に興味があるのだが……」
「そんな事言われても…… なぁ? どうしようもない気が……」
こんなのに付きまとわれても正直迷惑な話だ……。
そう思いながらドラゴンオメガを見てると、何故かソイツの真っ赤な目と目が合った。
なんだ……?
も、もしかして迷惑だと思ったのがバレたか?
「ま、まさか。そんな……」
何故かうろたえるドラゴンオメガ。
な、なんだ?
もしかして迷惑だと思ったのがバレて、ショックを受けているんじゃないよな……?
「そこのお前。お前のその領域は…!?」
「え? 俺の領域? 俺のキャパシティって事?」
キャパシティとか知ったように言ってみるが、正直イマイチ分かってないのは内緒だ。
「信じられん……。そこまで広大な領域を持った人間は初めてだ……」
「へ? そうなの?」
何か凄いらしいが、自分ではサッパリ分からない。
「お前ならば我を受け入れる事が出来るであろう」
「へえ~。そうなんだ」
「うむ。本来ならば契約はそれを倒した者と行うものなのだが…… まぁ、お前も微力ではあるが我を倒す事に貢献したし……」
何やら自分で自分を納得させている感があるドラゴンオメガ。そんなドラゴンオメガを、俺とユユハはキョトンとした顔で交互に見る。
「えーっと、なにが言いたいんだ?」
「よし。不本意ながら我はお前と契約を結んでやろう」
「えぇー!? 俺とぉ~!?」
てか、不本意って何だよまったく!
「だが条件がある。我が興味あるのはお前では無く、この娘だ。だから、お前は常にこの娘と行動しろ」
「えぇー? 条件って……。それに常に行動しろって言われても……」
するとユユハは何かを言いたそうに俺の顔を見る。
「それじゃあ…… ずっと一緒に…… いよ?」
ヒュオォォォォォ~。
何処からともなく風が吹いて、俺とユユハの髪がサワサワっとなびいた。何だか告白されたみたいでドギマギする。
そんなつもりじゃないとは分かっているが……。
「う、うん……」
否定する事も出来ずに曖昧な感じで俺は頷いた。それを見ていたドラゴンオメガが、ウンウンと頷いているように見える。
「それでは決まりだ。人間の青年よ。お前の名は?」
「シュ、シュウリア。……シュウリア・ストレイヴ」
「シュウリア・ストレイヴ。お前は我と契約を結ぶか?」
「え? えーっと……」
結んじゃって良いものなのか?
ドラゴンオメガだぞ?
大丈夫なのか……?
ユユハの方をチラリと見ると、心なしか嬉しそうな表情に見える。
そうだ……。この契約で今後どうなるか分からないけど、少なくとも俺は強くなれるんだ。オメガに苦しめられている人を助ける事も出来る。
ならば俺は……っ!
「分かった。結ぼう、その契約を!」
「よかろう。これにより、我はお前の力となり、お前は我が力となるのだ」
ドラゴンオメガがそう言うと、俺達が居た不思議な空間が光輝きなから消えていく。そして世界が光に満ち溢れると、俺の意識も遠退いて行った。
「ん、んん……」
それからどれくらい経ったのか分からないけど、体が揺さぶられいる感覚が俺を襲って、意識が表へ上がっていく。
ユサユサッ! ユサユサッ!
「んあぁ? な、なんだ……?」
意識が戻り、目を開けると白い天井がある。そして視界の下に何かの影が蠢いていた。
何かが俺の体の上で俺を揺さぶっている!
意識がはっきりした俺は慌てて飛び起きた。
「うわわわぁ! な、なんだぁ!?」
そこは病室のような場所だったが、そんな事はどうでも良い。問題は小さな変な生き物が俺の前に居るってことだ。
「な、何だこの生き物? ネコ? ……じゃなさそうだし、こんなの見たこと無いぞ……」
「ようやく起きたか」
「うわぁぁぁ! しゃ、喋ったぁ!」
その生き物は二本足で立ち、短い腕みたいなのを組んでヤレヤレ…… という風に首を振る。
「あ、あの…… どちら様でしょうか?」
「うん? あぁ、この姿だと分からんか……。お前と契約を結んだであろう?」
「契約って……。もしかしてあのドラゴンオメガ!?」
「そうだ。だが、もう我らは契約を結んだ身。そのように呼ぶでない」
「へ? じゃあ、なんて呼べば……」
ドラゴンオメガだったという生き物は、腕を組みながら得意気な顔で俺に向き直し言い放った。
「我が名はフォウル。覚えておくがいい!」