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ドラゴンオメガ

 アンナ教官に案内されて『エボルヴ』内へと入って行く。

 入ってすぐエントランスホールになっていて、正面奥に大きな扉、その左右に通路がある。そして俺達のすぐ左側には硝子張りの中に小窓がある受付があり、アンナ教官はそっちに向かって行った。


「どーもー。訓練生を連れてきたよー」


「アンナ! もう、遅いじゃない!」


「え? 十六時迄に来れば良いんでしょ? ぴったしじゃん♪」


「十分前行動は社会人の基本よ!」


「へいへい。まったく真面目なんだから」


 受付にいる女性と親しげに話しているアンナ教官。年齢も近そうだし友達なのかな?


「ほら、あそこの椅子でグランさんが待ちくたびれているわよ」


 受付嬢が小声で囁く。俺も彼女が示した方を見てみると、椅子で仰け反ったまま動かない男の人が居た。


「う……。案内役はあの人なんだっけ?」


 何やら嫌な顔をするアンナ教官。俺達に手を振ってる受付嬢と別れて仰け反ったまま動かない男の方へ向かう。


「すいませーん。遅れまし…… た……」


 おそるおそる顔を覗き込むと、男は大口を開けて居眠りしていた。


「なんだぁ? 寝てるじゃねーか?」


「そうみたいね……。起こすのも悪いから寝かしとこっか?」


「え? それで良いんですか?」


 待ってたみたいだし、寝かしておくのはマズイんじゃないか?

 どうもアンナ教官の態度を見ると、この男の人とあまり関わりたくないように見える。


「ふが……?」


「あ…… 起きた……」


 俺達の気配を感じたのか、男の人は目を覚ます。しかし、まだ寝ぼけているようで、俺達の顔を不思議そうに見渡している。


「ん~、君達は誰だい?」


「グランさん。訓練生を連れてきましたよ」


 アンナ教官が苦笑いをしてそう言うと、男の目がパッチリ開いた。


「アンナ君!? あぁすまない。寝てしまったようだ」


 男が慌てて立ち上がると乱れた服を直す。


「先生、コイツは誰だ?」


 クライヴがアンナ教官に問いかける。

 しかしまあ、クライヴには礼儀ってものが無さそうだな……。


「クライヴっ! コイツじゃなくこの人ね。この人は私の先輩のグランさん。これからあなた達訓練生にエボルヴ内を案内してくれる方よ」


「私はグラン。グラン・コークスです。アンナ君が言ったようにこれから君達を案内するよ。よろしく」


「先生が案内するんじゃないのか?」


「私も途中から同行するけど、説明はグランさんがやってくれるのよ」


「いやぁ、早くも訓練生に慕われているんだね。やはり君の魅力は隠しきれないってことかな? はは☆」


 グランさんは真っ白い歯を見せてニヤリと笑う。その白い歯がキラリと光った気がした。


「はは……。それじゃあ私はちょっと着替えてくるから、グランさんの言うこと聞くのよ?」


「この子達の事は任せておきたまえ。あ、アンナ君! ……その姿も素敵だよ♪」


「あ、ありがとうございます……」


 アンナ教官がまた苦笑いを見せて右側の通路の奥へと消えて行く。すると、シエルが俺に小声で話し掛けてきた。


「……なんなんだコイツは?」


「さ、さぁ……。ちょっと変な人だな…」


「……変人?」


 ユユハが首を傾げて俺達に聞いてくる。それに対しシエルが頷きながら「かもな……」と肯定したもんだから俺は慌てて否定した。


「さぁ、それじゃあ行こうか。他の皆も待っているしね」


「他の皆…… ですか?」


「君達と同期の訓練生達だよ。テストの時期も多少早い所とか遅い所とかあるし、住んでいた地域によってはここまでの移動時間も違うから幾つかのグループに分けて集めていたんだよ。早いグループはもう昨日からここに居て、君達が最後って訳さ」


「やっぱり僕達以外にも訓練生は居たんですね」


「君達以外に後二十~三十人くらいかな?」


「へぇ~。結構居るんですね」


「毎年大体こんな感じかな? まぁ、世界中で集めてだから多いかどうかは微妙だけどね」


 そう言って大きな扉を開けると、そこには巨大な円形の空間が広がっていた。俺達から見て正面、おそらくこの巨大な円形の空間の中央に中庭のような場所があり、上から太陽光が降り注いでいる。そしてその中庭を囲むように通路があり、外側に何かの部屋や、階段等が見える。中庭は吹き抜けのようになっていて、上の方には二階、三階があるのも確認出来る。


 そして、その中庭の前にこっちに背を向けて整列している人達が居た。あれがおそらく俺達と同期の訓練生なんだろう。俺達はグランさんと一緒にそのグループに近づいて行った。


「それじゃあ、君達も列の後ろに付いて並んでくれるかな?」


「はい!」


 その列は横に五列に並んでいた為、俺達五人もそれぞれ適当に列に加わる。それを確認したグランさんは、訓練生の前に立つと咳払いをして話し始めた。


「えー、それでは皆さん、アーヴィングカンパニー第一訓練施設『エボルヴ』へようこそ! 私は今回この施設を案内させて貰うグラン・コークスです。昨日来た人達は待機中に各々見て回って既に理解したかもしれないけど、私の話をよく聞いてくれよ?」


「はい!」


「よし。それじゃあまず一番目に止まるのが多分この中庭だと思うけど、ここはいわゆる安らぎの場所だ。休憩時間にここで仲間と親睦を深めるのも良し! 昼食を食べるのも良し! 夜には月明かりの下で愛を語るのも良し! ……くぅー、私もいつかはアンナ君と……!」


 何やら一人で盛り上がり始めるグランさん。他の訓練生も少しザワつき始め、笑い声も聞こえてくる。


「なぁ、アイツ本当に大丈夫なのか?」


 左隣に並んでいたクライヴが頭を掻きながら言ってくる。

 なるほど、アンナ教官に惚れてるって事か。でも、さっきの態度を見るとアンナ教官にはその気が無い…… と。


「ああ、すまない。話が逸れたね。後でこの中庭でちょっとした催し物もやるつもりだから、楽しみにしててくれよ」


 腕を組んでグランさんに同情してると、不意に右腕の服がグイグイと引っ張られた。何だ? と思って見てみるとその犯人はユユハだった。


「ん? どうしたユユハ?」


「トイレ……」


「へ?」


「トイレ…… 行きたい……」


 な、なにぃ~!?

 こんな時にトイレだとぉ!?

 この子も何て言うか自由だなオイ~!

 ……仕方ない、グランさんに伝えてみるか……。


「グラ……」


 俺はグランさんを呼ぼうとして止める。

 伝えるって何て言うんだ?

 ユユハがトイレですってか?

 そんな事言うと……。


 ー妄想ー


「グランさん! ユユハがトイレです!」


「なんだい? まったくしょうがない子だね~、はは」


「まるでお子様ね。こんな子と同期だなんて恥ずかしいわ」


「何か暗そうなヤツだしな」


「……しくしく…… しくしく……」


 ー妄想終了ー


 アカーン!

 そんな事言うとユユハの立場が悪くなる。ユユハはもしかしたらそうなる事を恐れて俺を頼ったのかもしれない。


「…………?」


 ユユハの方を見てみる。相変わらずその表情からは何も読みとれないが、きっとそうなんだろう。ならば俺がやるべき事はさりげなくユユハをトイレに行かせる事だ!


「グランさん! ちょっと宜しいでしょうか!」


 俺は勢いよく右手を上げてグランさんの説明を遮ると、グランさんだけじゃなく、前に居る訓練生全員が振り返ってきた。

 うっ……。皆に見られると緊張する……。

 ええい! 臆するなシュウリア・ストレイヴ!


「きみ、どうしたんだい?」


「すみません! 緊張し過ぎたせいかトイレに行きたいのですが!」


 とりあえず元気よくそう言うと、案の定、他の訓練生達の笑い声が聞こえてきた。

 フ、やはりな……。計算通り。


「ふふ。しょうがないね。その元気に免じて許可しようか。トイレは入って来た扉を出て右の通路を行くとあるから」


「は! ありがとうございます!」


 また元気よく返事をすると、またどこかで笑い声が聞こえた。これはもしやトイレ宣言に笑われたのではなく、無駄に元気よく言ったのが裏目に出たのか?

 しかし、とりあえず許可は貰った。


「私達はここをグルっとまわっているから、終わったら戻ってくるといいよ」


「はい」


 そう言うとグランさんはまた説明に戻り歩き始める。するとクライヴ、オーリ、シエルが不思議そうな顔をして寄ってきた。


「どうしたんだお前? 大丈夫か?」


「突然でしたからびっくりしましたよ」


「何かあったのか?」


「いやぁ、本当にトイレに行こうとしただけだよ。んで、悪いけどユユハもこっそり連れて行くから、ユユハが居ないのを気付かれないよう頼むよ」


「はぁ~? なんだそりゃ?」


「んじゃ、ヨロシク。よし行くぞユユハ」


「うん……」


 俺達はグランさんや他の訓練生に気付かれないようにサササっと移動する。


「お、おいお前らっ……。たく、なんなんだよ一体?」


「分からんが…… 放っておこう」


 後ろで何か言っているクライヴ達には悪いと思いつつ、扉からエントランスホールへと移動した。


 ガチャ…… バタン。


「ふぅ~。ここまでくれば大丈夫かな?」


「何が大丈夫なのかな?」


「うわぁー!」


 安心しているところに後ろから声を掛けられて、思わず声を上げてしまう。おそるおそる振り向くと、それはさっきの受付嬢の人だった。


「んん? 君達は確かさっきアンナと一緒に来た……」


「は、はい! 訓練生のシュウリア・ストレイヴです。んで、こっちが……」


「ユユハ……」


「シュウリア君とユユハさんね。私はミウ。ミウ・パメラよ。……で、こんな所で何やってるの? 今は案内の時間じゃなかったかしら?まさかサボりじゃないでしょうね~?」


「いえ、ちょっとトイレに……。勿論許可は頂いてますので!」


「ふーん。まあいいけどね。トイレはあっちよ」


 グランさんに教えて貰った方角を指差すミウさん。やはりこっちで合ってるようだ。俺達が礼を言って立ち去ろうとすると、ミウさんが「ねえ」と引き留めた。


「はい? なんですか?」


「あなた達の教官はアンナよね?」


「はい、そうですが……」


「あの子、教官を務めるのは今回が初めてで緊張してるみたいでね。なにかやらかしちゃっても、最初のうちは大目にみてあげてね」


「へ? そうなんですか? 緊張してる様には全然見えませんが……」


「そう見せないように気を張っているのよ」


「はぁ……」


 俺は今までのアンナ教官の事を思い出してみた。

 うーん、全然そんな気配を感じないが、それはアンナ教官も努力してるって事なのかな?

 するとまた俺の服をユユハがグイグイ引っ張る。ああっと、こっちはそろそろ限界か?


「あの、すいません。そろそろ……」


「ああ、引き留めちゃってごめんね」


「それじゃあ失礼します」


 頭を下げて俺達は、はや歩きでその場を後にした。


「うーん、あの子はちょっと大人びて見えるわね。本当に未成年なのかしら?」





 せっかくだから俺も用を足し通路に戻るが、ユユハはまだ居なかった為に近くで待機する。しかし、トイレも綺麗で大きかったな。


「……」


 うむ。ユユハが中々出てこない。まさか先に戻っちゃったとかじゃないよな?


「ユユハ~……? ユユハちゃ~ん?」


 俺は女子トイレの前で小さい声で呼んでみる。

 すると突然……。


「コラ! 女子トイレの前で何をやっているの!」


「どわぁ!」


 また後ろから声を掛けられて思わず声を上げる。

 ここの住民は人を脅かすのが好きなのか?

 声のした方を見ると、そこにはアンナ教官が立っていた。


「シュウリア!? あなたこんな所でなにを……。まさかあなた……!?」


「違います違います! 覗きとかじゃありません!」


 アンナ教官の目付きでそう疑われている事を察した俺は全力で否定する。


「そんな必死になられると益々怪しいんだけど?」


「違いますって! 俺はユユハを……」


 そう弁解してると、トイレからユユハがなに食わぬ顔で出てきた。


「……どうしたの?」


「ユユハ!? ……良いところで来てくれた」


「……?」


「女子トイレを覗いたんじゃなく、ユユハを待ってたんですよ!」


「もう、分かってるわよ。ちょっとからかってみただけよ♪」


「勘弁してくださいよ~」


 変な汗が吹き出して心労が凄い。こういう事で疑われるのは一番嫌だな……。


「教官…… 服が替わった……」


 ユユハの言う通りアンナ教官は黒いライダースーツではなく、制服の様な姿になっていた。


「似合うでしょー? これがアーヴィングの傭兵の制服よ♪」


「へぇ~。アンナ教官も着るんですね。そういえばグランさんも似たのを着てましたもんね」


「う……。ま、まあね」


 アンナ教官が嫌な顔をする。やっぱり二人の関係は俺の想像通りのようで、俺はまたグランさんに同情する。


「あーっと! そろそろアレが始まるわ。さあ、戻るわよ。こんな所で話をしているのを上の人とかに見られると何を言われるか……」


「すいません。教官やるのは初めてなのに色々迷惑をかけてしまって……」


「ちょ、ちょっと! 何であなたがそんな事知っているのよ!?」


「あ、さっき受付に居たミウさんって人に聞いたんですが……」


「まったくあの子は~! 余計な事を~!」


 両手を腰に置いて少し恥ずかしそうにするアンナ教官。緊張とかの件は言わないでおいたほうが良さそうだ。


「まぁいいわ。そろそろ時間だから、とりあえず中庭の方へ行きましょう」


 そういえば、さっきもアレが始まるとか言ってたな……。ん? 確かグランさんも催し物が何とかって……。


「あのー、中庭の方で何かやるんですか?」


 そう聞いてみると歩いていたアンナ教官の足がピタッと止まり、何やら笑みを浮かべてゆっくり振り向いて来た。その表情はハッキリ言って怖い……。


「教官…… 怖い……」


 隣にいたユユハも思わず俺にしがみつく。


「くっふっふ。すんごいものが見れるわよぉ~」


 教官には悪いけど軽くホラーだ。


「す、すんごいものっていうのは?」


 その問い掛けにアンナ教官の顔がニチャ~という音が聞こえそうなくらい崩れる。アンナ教官は美人なんだけど、この顔はさすがにNGじゃないか? ユユハに至っては目を閉じて見ない様にしている。


「ま、それは見てのお楽しみよ♪ さあ行きましょ」


 崩れた顔を元に戻すとアンナ教官は再び歩きだした。


「……終わった?」


 俺にしがみついて目を閉じたままのユユハが聞いてくる。


「ああ、終わったよ」


 しかし、すんごいものとは何だろう? 気になるな。

 俺はアレコレ色々想像してみるが、答えなんて分かるはずも無かった。





 大体十分後……。


 俺はユユハを後ろに隠しながらアンナ教官と一緒にグランさん達に合流する。ユユハの事はバレて無かったようだが、結構時間を食ったので大勝負だったなーとか、他の訓練生にからかわれた。

 そして、いつの間にか中庭を囲む様に先輩訓練生らしき人達も集まっていて、俺達はグランさんのオススメという最初俺達訓練生が並んでいた場所の丁度上にあたる二階で待機していた。


「オーリ、何が始まるとか聞いた?」


「いえ、楽しみにしててくださいという事しか……」


「ふん。どうせくだらんショーか何かだろう。期待するだけ無駄だ」


 皆が中庭に視線を向ける中、シエルは中庭に背を向けて詰まらなさそうに腕を組む。


「へっ! オメーみてーなスカし野郎はどうせ何にも興味ないんだろ」


「ふん」


「……はい。……はい。分かりました。それじゃあお願いします……」


 俺達の前に立っていたグランさんが中庭を見ながら小声でインカムの様なものを使い誰かと話をしていたが、その話が終わるとこちらに向き直った。


「さあて、それでは準備が出来たみたいだからそろそろ始めますよー! ビックリして腰を抜かさないようにね! ……あ、アンナ君! 何時でも私の胸を借りて良いからね♪ はは☆」


「はは……。お構い無く……」


「さあ! それでは特とご覧あれ!!」


 グランさんがそう言って右手を上げると明かりが消え、空間全体が青っぽい照明に包まれ、この空間に居る者のほとんどが声を出してザワつき始める。


「年に一度の催し物は…… これだぁ!!」


 プシャー! と中庭にスモークが焚かれる。そして大歓声に包まれながらスモークが消えると、そこには信じられないものが居た!


「あ、あれは…… まさか……」


 巨大な体に長い首。


「お、おいおい! う、嘘だろぉー!?」


 鋭い爪に猛々しい翼。


「どうしてこんな所に……」


 刺の様に長く尖った尾。


「…………」


 そして、真っ赤に光る瞳。


「……ドラゴンオメガ!!」


「グオォォォォォォ!!」


 俺の叫び声に答えるように、ドラゴンオメガは翼を広げ凄まじい咆哮を上げた。


「うひょ~♪ 何回見ても迫力があるね~! どうだい? オメガの中のオメガ、ドラゴンオメガだよ! 勿論、生で見るのは初めてだろう?」


 興奮した様子のグランさんが鼻息を荒くしている。確かにこれはすんごいものだ。


「き、教官! どうしてここにドラゴンオメガが!?」


「凄いでしょ♪ 私も初めて見た時は驚いたわー。言っておくけど機械とか映像とかじゃなく本物だからね」


「そんなのは見れば分かる! どうしてここにドラゴンオメガが?」


 さすがのシエルもこれには驚きを隠せない様子だ。


「うーん、簡単に言えば捕らえたって所かしら? 昔、アーヴィングの傭兵の一人がね」


「と、捕らえたぁ!? あんなものを~!?」


「………」


 ユユハもさすがに驚いているんじゃないか? と思って見てみたがいつもと変わらず無表情だ。


「さあて、これも毎年恒例なんだけど、新人訓練生には何とドラゴンオメガへの挑戦権があるんだよー! 誰か挑戦しないかーい?」


 ドラゴンオメガに挑戦って…… 本気なのか?


「グランさん! それは止めた方が良いって言ってるじゃないですか!」


「大丈夫だよアンナ君♪ あんなバケモノに挑戦する人なんかいないさ♪ 毎年言ってるから恒例の儀式みたいなものさ」


「以前、ふざけて挑戦した訓練生が亡くなった事もあるんですよ!」


 訓練生が死んだって…… 洒落にならないなソレ……。


「おい、お前挑戦してみれば良いんじゃねーか?」


 クライヴがふざけた様子でシエルに促す。だが、シエルは「まさか」という表情で首を横に降った。


「これでも自分の力量と相手の力量の差くらいは分かっているつもりだ」


「ま、確かにあれはヤバすぎる相手だな……」


 この二人も戦闘レベルは高いと思うけど、ドラゴンオメガ相手だとさすがに無理のようだ。


「さあさあ、誰か挑戦する人居ないかな~?」


「グランさん!」


「分かった分かった。それじゃあこの話はここまで……」


「……やる」


「へ?」


 話を終わらせようとしたグランさんの言葉を誰かが遮った。俺にとっては聞き慣れた声だ。


「私が…… やる……」


 辺りがシーンと静まりかえる。その場に居た皆が一斉に声の主へと視線を送る。つまり、ユユハに。


「お、おいユユハ!?」


「あっはっは! なんだよもう~! 可愛い顔して冗談がうまいねー♪ 一瞬本気かと思ったよー」


 周りが「なんだよー」とか「ビックリしたー」と笑っている中、俺は全然笑えなかった。それは、今のユユハの目が今までとは別人と思うくらい鋭くなっていたからだ。クライヴ、オーリ、シエル、おそらくアンナ教官も俺と同じ事を思っているだろう。


「ユ、ユユハ……?」


「……行く」


 そう言うと、ユユハは黙って階段の方へと歩いていく。何が何だか分からず呆然としていると、我に還ったアンナ教官が俺の名前を叫んだ。


「シュウリア! シュウリア・ストレイヴ!」


 その声で俺もハッと我に還る。


「は、はい!」


「あの子を止めなさい! あの子も戦闘レベルは高いらしいけど、ドラゴンオメガ相手だといくらなんでも無謀よ!」


「は、はい!」


「た、大変!」


 俺が走り出そうとしたとき、中庭を見ていた少女の訓練生が声を上げた。


「どうしたの!?」


「さっきの子が…… もう中庭に入ってる!」


「なんですって!? ……シュウリア! 急がないと手遅れになるわ!」


「はい!」


 返事と共に俺は駆け出した。大勢の人波をかき分けて階段を降りる。

 一階でもユユハのせいか訓練生達がザワついていた。

 すると何処からか謎の声が響いて来る。


『人間の娘よ。お前は我に戦いを挑もうというのか?』


 これはまさかあのドラゴンオメガか!? よく分からないけど何だかマズイ状況だ。


『もう一度だけ聞く。人間の娘よ。お前は我に戦いを挑もうというのか?』


 また声が聞こえてきた。ユユハの声は聞こえないけど、この感じだと返事をしているんだろう。


「ユユハー!!」


 もう少しで中庭の入り口に着く…… という時にまたあの声が響いた。


『良かろう。ならばお前の力を我に見せてみよ!』


 ドラゴンオメガの言葉が終わる瞬間に中庭になだれ込む。すると中庭全体を囲む様に地面から光の壁が天へと伸びた。


「遅かった……」


 二階に居たアンナ教官がガックリと肩を落とす。


「どういう事だよ先生!」


 アンナ教官の言葉が聞こえたクライヴがアンナ教官へと詰めよって問いただす。アンナ教官は項垂れたままそれに答えた。


「あの光の壁は結界よ。ドラゴンオメガが邪魔が入らないようにする為のね……。あれは決着が着くまで消えない」


「つー事は……」


「どちらかが死ぬまで、私達は手出しが出来ないのよ」


 二階のアンナ教官がそんな事を言ってても俺には全然聞こえていない。でも、この光の壁に閉じ込められた者にしてみれば、そんな事が聞こえてなくても直ぐに理解出来た。

 俺は今、人生最大の危機に陥ったのだと……。


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