違う世界
数分後。
俺達はアンナ教官に着いていく様に警備室の部屋を後にして外の空気に触れる。
「うあぁー! ……っと。ようやく狭い部屋からオサラバ出来たって訳だ」
「んんー! ……ふぅ。じっと座っているのも疲れますよね」
背筋を伸ばしながらクライヴが言うと、オーリも同じく背筋を伸ばす。俺は最後に来たから分からないけど、もしかして他の皆は結構早く来てたのかな?
「あっ! ちょっと待ってて。車のキーを貰うのを忘れてた」
アンナ教官が慌てて目の怖い警備員の所に行き、少し会話してまた俺達の所に戻ってくる。
「車のキーって……。このビルの中に入るんじゃないんですか?」
てっきりこの本社内で何かやると思ってた。
「残念だけど違うわよ~。ここは基本的には傭兵派遣依頼の調整とか他の事業の事とか、世界中にあるアーヴィングの拠点の事とか事務的な事をする場所なのよ。だから、私達のような戦闘要員の傭兵にはあまり関係ないの。何かで来る事になるとしても、それは主にエージェントクラスの傭兵だけだしね」
本社とは逆に道路の方へと歩きながら説明を受ける。中がどうなってるのか見てみたかったが、エージェントクラスか……。
俺には無理そうだな……。
「俺達はまだ訓練生だからな。まだ本社に入る資格はないって事か……」
前を歩いていたシエルが、少し振り向いて本社を見ながらつまらなさそうに言う。
やはり剣術に長けた一族の生まれというからには戦闘に自信があり、訓練生という立場に不満があるのかな?
それから少し歩いて俺がタクシーから降りた辺りに行くと、そこには黒いバイクと白いバンが停まってあった。どうやらこの車で行くようだ。
バイクはアンナ教官のかな?
ライダースーツを着てるし。
「ひゅう! もしかして、これ先生のバイクか? なかなかイケてるじゃん!」
バイクに興味があるらしいクライヴが近くに行くと、楽しげにバイクのあちこちを観察し始めた。
「ふっふっふ。アーヴィング製の最新型よ。加速も良いし燃費も良いし、その上軽くて乗りやすいのよ♪ 結構いいお値段だけど、そこはホラ、関係者だし宣伝も兼ねてるからタダでゲットしたのよ」
「これをタダで!? スゲーな! 何か俄然やる気が出てきたぜ~!」
何やらバイクの話で盛り上がっている二人。残された四人は完全に蚊帳の外である。
「アーヴィングってこういうのも作ってるんだな」
「アーヴィング=傭兵って感じですけど、色々やってるみたいですよ」
二人の話が終わるまで待っていると、突然後ろからグゥーという音が聞こえて来た。振り向いてみると、それはどうやらユユハの腹の虫が鳴いているようだった。
「どうしたユユハ? お腹空いたのか?」
俺はユユハの前で膝を落として聞いてみると、ユユハは小さくうなずく。
「お腹空いた……」
「もしかして昼は食べてないのか?」
「食べた……。でも。お腹空いた……」
見た目に反してよく食べる人というやつなのかな? 一応昼は食べてるから大丈夫だと思うけど、元々元気があるように見えないユユハが、今はさらに元気がないように見える。
「そうか……。うーん、どうしようオーリ?」
「後で教官に言って、途中でどこか食べ物を買える場所に寄って貰うとかでしょうか?」
「うーん、そんな自由な感じでいいのかな? 一応聞いてみるけど、ダメでも我慢できるか?」
「うん…… 大丈夫」
元々元気があるように見えないせいか、大丈夫な感じがしない俺は、何かないかポケットを探ってみる。すると、ここに来る時にタクシーの運転手から貰ったあめ玉が出てきた。
「お! いいのがあった!」
「あめ玉? それどうしたんですか?」
「ここに来る時、タクシーの運転手に貰ったんだ。 ……腹は膨れないけど、これ食べるか?」
「うん…… ありがとう」
あめ玉を受けとったユユハが一瞬少し優しい表情をみせて俺はドキッとする。こんな表情もするんだな……。
「おい、ようやく話が終わったみたいだぞ。 ……聞いてるのか?」
「あ、あぁ。そう? じゃあ出発かな?」
少しボーッとしてたが、シエルの言葉で我に返る。
まったく…覚悟を決めたばっかりなのに、しっかりしないとダメだな。
「あっ! あなた達誰か車の免許持ってない?」
車に乗り込もうするとアンナ教官が制止する。
「車の免許? 俺は持ってねーぞ。バイクならあるけど」
「俺も無いな。運転自体は出来ると思うが」
「僕も無いです。年齢的にまだ取れないので」
「持ってない……」
皆は口々に無い事を主張する。まぁ、年齢層が低いから当然な気もするが……。
それを聞いてアンナ教官は残念そうな顔をするが、俺を見るとパッと表情が明るくなった。
「そうだ! あなたなら持ってるんじゃない? 二十三才!」
「え? えぇ、持ってますけど…… 二十三才って……」
「シュウリア、お前二十三才なのかよ!」
皆が驚いた表情を見せる。原因は俺が免許を持ってる事にではなくて、俺の年齢か。
「もっと若いと思ってました!」
「あはは…… そう?」
何か引かれているような気がして、ちょっと傷つく。
「おじさん……?」
ユユハまで軽く首をかしげてそう言ってきて、ちょっと傷つく。というか、二十三才ならまだまだお兄さんじゃないか?
すると、シエルが不思議そうな顔をする。
「教官。訓練生として入るには二十才以下じゃないとダメだと思っていたが?」
「えぇ!? そうなんですかアンナ教官!?」
そんなのは初耳だった俺はアンナ教官に問いただす。ここまで来てまさか本当に間違えだったって事ないよな?
「原則としてはそうね。でも私があなたの年齢知ってるんだから、会社はオッケーしてるって事よ。だから心配しなくていいわよ」
「はあ、そうですか……」
「それより、あなた本当に免許持ってるの?」
「あ、はい。俺は持ってますよ。車運転できないと厳しい田舎に住んでましたから」
「良かった! じゃあ。悪いけど運転お願いね♪ 私が運転しても良いんだけど、後でバイク取りに来るのも面倒だしね。私の後に着いてくればいいから」
「えぇ! 俺が運転ですか? こんな都会の道路で運転なんて大丈夫かな……」
「大丈夫大丈夫! すぐ慣れるわよ♪」
「はあ……」
「それじゃあ他の皆も車に乗って! 出発するわよ!」
アンナ教官の言葉に従い、他の皆は車に乗り込んでいく。皆は後ろの席に座ろうとしてる中で、ユユハは当然の様に助手席のドアを開けて乗り込んだ。
「あ、そうだ。アンナ教官! 途中で食べ物買いたいんですが……」
「食べ物?」
▽
ブロロロ……。
慣れない車と土地で多少緊張しながら運転し、前を走ってるアンナ教官のバイクに着いて行く。
なんでこうなったんだか……。
隣を見るとユユハがサンドイッチを美味しそう…… かは分からないが、黙々と食べている。まったく気楽なもんだ。
「どうだ? 美味いか?」
「うん……」
本当に美味しいのかな? と思うが、ユユハはこういう子なんだろう。まあ、売り物で別段中身が変な物でもないから不味いって事は無いと思うし。しかしアンナ教官も買い物に行くのを普通に了承したもんだ。
それから少し走っていると、アンナ教官は自動車道へと入っていく。これから行く所は思ったよりも離れているようだ。
「なあ、まだ着かないのかよ?」
飽きた様子のクライヴがダルそうに言う。それはまるで子供のようで、シエルも溜め息を吐く。
「すこしは黙ってられないのか? お前は……」
「うるせーな! じっとしてるのが嫌いだって言っただろうが!」
「クライヴ、もう少しで着くと思いますから我慢しましょう」
オーリが落ち着いた様子でクライヴをなだめる。こういう時のなだめ役は大体オーリだな……。
「フッ……。オーリの方が大人だな。お前も少しは見習ったらどうだ?」
「テンメー! さっきからネチネチ言いやがって!」
この二人は相性が悪いなぁ……。
バックミラーで後ろの二人を見て、再び視線を前に戻すと、少し離れた前方を走っている俺達のより少し大きめのバンが突然ドリフトをして、道を塞ぐように横向きになって停車する。
「な、なんだぁ!?」
アンナ教官のバイクが急ブレーキをかけ、俺も慌てて急ブレーキをかける。幸い俺のすぐ後ろには車が居なかったから、後ろから激突されるという事は心配しなくて済んだ。
「どわあぁー!! ……おいシュウリア! なんだよ突然!?」
「悪い! あの車が急に……」
俺の言葉に後ろの皆は、俺とユユハの間から身を乗り出して前方を確認する。
「おいおい、なんだありゃあ? 事故か?」
「かも知れないが…… 少し様子が変だな。降りた方が良いんじゃないか、シュウリア?」
「そうだな。これじゃ進めないし、アンナ教官に指示を仰ごう」
シエルの提案に俺達は皆車を降りて、アンナ教官の元へと向かった。
「アンナ教官! あれは一体……?」
「分からない……。でも、何か嫌な予感がするわね……」
「嫌な予感って……」
俺達と謎のバンの間に居た一般人の人達も車を降りてザワついている。中にはバンのドアをドンドン叩いてる人も居た。このままじゃ酷い渋滞になると思い後方を見ると、思ったよりも車は来ていなかった。
「後ろはあまり来てないんですけど、ここは通行量多くないんですか?」
「結構多い方よ。何か怪しい気がして、私がさっき警察に連絡したから、入って来ないように封鎖したんじゃないかしら?」
「いつの間に……」
「しかし何やってんだあのドライバーは!? ……こうなったら、俺が直接文句言って来てやる」
指をバキバキ鳴らしながら謎のバンへと歩き出すクライヴだったが、何かに気づいたアンナ教官が制止した。
「待ちなさいクライヴ! ……何か動いたわ」
俺達が謎のバンに注目すると、ドライバーらしき人物が車の向こう側から車の上に登って現れ、両手で天を仰ぐ。
怪我などはしてないようだが、明らかに様子はおかしい。
「おい! お前何やってるんだよ!? さっさと車をどかせよ!」
「そうよ! 通行の邪魔よ!」
謎のバンの近くに集まっていた一般人達が、こぞって文句を言い始める。しかし、様子のおかしいドライバーはまるで聞いてない感じで何かを叫び始めた。
「神はこの腐った世界に救いを与えて下さった! 我々は神に愛されているのだ! その神の慈悲を感じよ! その神の意思を讃えよ!」
「何だよアレ? やっぱどっか打ったんじゃねーか、先生?」
「これは……。まさか!?」
アンナ教官は急いで謎のバンへ近付くと、一般人達に向かって叫んだ。
「皆さんそこから離れて!! そこは危険です! 早く離れて!」
危険という言葉が届いたのか、ドライバーの様子が不気味になったのか、一般人達はジリジリ後退りすると一斉に俺達の方へと走り始めた。ドライバーは依然として何かを叫び続けている。
「神は偉大なり! 神は絶対なり!」
「アンナ教官! 危険って何ですか!? ……まさか、自爆テロとか!?」
「いえ…… おそらく……」
「神の愛に気付くのだ! そして、神の救いを受け入れるのだ!」
その言葉で突然バンの後ろのドアが開かれると、中から何かが一斉に飛び出して来た。
「オメガ!!」
それは四本足で駆け出し、凄い速さで俺達の方へ向かって来くると、少し間合いをとって制止する。その数は四体だ。
「グォフ…… グォフ……」
オメガは荒い息づかいをしながら俺達を見つめていた。俺も見たことがあるオオカミタイプのオメガだ。体格は普通のオオカミよりも少し大きく、その瞳は真っ赤に光っていて、背中には大きなトゲの様なものが生えている。
「何でオメガなんか……」
「あのドライバーは多分『キュバイアス教団』のメンバーだからじゃないかしら?」
「キュバイアス教団って…… あの危ない感じの組織の?」
キュバイアス教団。
オメガは神が使わした神の子であり、この世界の負を破壊し、新たな楽園を創造する為に天より舞い降りた存在と謳う組織である。簡単に言えばオメガ信仰組織だ。これまでも主に大きな街でオメガを放す事件を何度も繰り返している。
「まったく迷惑な連中よね。オメガが好きなら、どっか人の居ない場所で好きなだけオメガと戯れてればいいのに」
「しかし何故こんな場所で? 大体は人通りの多い場所でやってたと思いますが……」
「ほとんどの人通りの多い場所には、アーヴィングの傭兵が配置されているからね。でも普通はこんな自動車道に傭兵の配置はしないから…… て所じゃないかしら? まぁ、なに考えているのか知りたくもないけど」
そう言うとアンナ教官は、腰を低く構えて取っていたオメガへの警戒を急に解いた。それを見た一体のオメガがアンナ教官へ飛びかかる。一瞬消えた様に見える程のスピードだ。
「アンナ教官!!」
これはヤバイと焦る俺。
しかし、次の瞬間アンナ教官に飛びかかったオメガは元の位置へと吹っ飛んでいた。
「グギャウ!」
「へ?」
「でも、ツイてなかったわね。だってここには私達がいるんだから♪」
アンナ教官は右足を高く上げたまま笑みを見せる。どうやらオメガを蹴り飛ばしたらしい。俺のような戦闘能力のないヤツからすると信じられない光景だ。
「す、凄い……」
「これくらい楽勝よ。言っておくけど、これでもアーヴィングのエージェントなんですからね」
そう言うと先程と同じく警戒を解く。オメガ達も学習してるみたいで、今度は飛びかかる事はしなかった。
「せっかくだからあなた達の力を見せて貰おうかな♪」
「え……? 俺達に…… やれと?」
「このオオカミオメガは、よくいる弱いオメガだから大丈夫よ。だからキュバイアスも捕らえる事が出来てるんだろうし」
ハッキリ言って俺は大丈夫な気がまるでしない。
とりあえずアンナ教官の構えを真似て警戒してるような格好をしてるけど、多分へっぴり腰になってる気がする。
「クックック……。俺はこういうのを待ってたんだよ!」
後ろからクライヴの声が聞こえてくる。俺は警戒しつつ後方を確認すると、他の三人は特に動揺してる感じもなく余裕を見せている。
「グギャー!」
すると、俺のよそ見を見逃さなかったオメガの一体が俺に飛びかかってくる。その声に慌てて視線を戻すが、オメガは既に俺の目前に迫っていた。
「うおぉーー!?」
「シュウリア!」
オメガの勢いに負けて押し倒される。俺の首に噛みつこうとした口をなんとか両手で抑える事が出来たが、その力は凄まじく、もう既に力の限界に達する。
「うぎぎ…… もう限界だ……」
力が抜けてもうダメかと思った時、数回の破裂音と共にオメガの頭に穴が開くと黒い液体が俺の顔に飛び散る。それに怯んだオメガは叫び声と共に後退していった。
「大丈夫ですかシュウリア!?」
顔を上げて後ろを確認すると、オーリが両手に銃を持って構えていた。どうやら銃でオメガを撃ったようだ。
「あ、ああ。助かったよオーリ。しかし、その銃は何処から……?」
「おっと、まだ一体も死んでねーんだ! お喋りしてる暇はねーぜ!」
俺の言葉を遮ってクライヴが一人で前に出て行くと、指をバキバキを鳴らす。
「お前らみたいなザコ相手に武器なんざ必要ねぇ! さぁさぁ! まとめてかかって来いやぁ!」
クライヴが一人でオメガへと突っ込んで行くと、オメガ達もそれに応え四体が一斉にクライヴへと突っ込んで行く。
アンナ教官と俺以外の訓練生達は、やれやれと言った感じで見守っている。
「一人で行かせて大丈夫なんですか?」
「まったく、しょうがない子ね。止めても聞かなそうだし、好きにさせましょう」
「は、はぁ……」
「あの子は何体もオメガを倒してるみたいだから大丈夫よ」
▽
その言葉通りクライヴは四体のオメガと余裕に戦っていた。
飛びかかるオメガの攻撃をかわしては、別のオメガの頭をぶん殴る。時には首を掴んで連打を浴びせ、蹴り飛ばしたりもしていた。
これが一般的なアーヴィングの訓練生に選ばれる人の力か……。
「……大丈夫?」
クライヴの戦いに見入っているとユユハが声を掛けて来た。その手にはタオルが握られていて、それを俺に差し出してくる。
そういえぱ、さっきオメガの血のようなものを浴びていたんだった。
「あぁ、ありがとうユユハ」
俺は受け取ったタオルで顔を拭くと、タオルがどす黒く染まっていく。
「うへー。こんなの顔に付いて大丈夫なのかな?」
「大丈夫よ。黒くて危なそうだけど肌に付着する分には無害だから。でも、傷を負った所に付くとかなり痛いからそれは気をつけてね」
「すみません。もっと良い所を狙えれば良かったんですが……」
横からオーリが申し訳なさそうに声を掛ける。
「謝ることは無いよ。オーリのおかげで助かったんだから」
「そうよ。あの時仮に体を狙った場合オメガは怯まず、シュウリアの首は噛み千切られていたわね。だから良い判断だったわ」
アンナ教官にそう言われて少し照れるオーリ。
そういえぱ、さっき持っていた銃がいつの間にか消えている。
「オーリ、さっき撃った銃は?」
「後はクライヴがなんとかしそうですし、もう仕舞っちゃいました」
両手を拡げて見せるオーリ。
体を見てもホルスターを着けてないし、どこに仕舞ったんだ? 映画とかでよく見るズボンに挟めてるとかなのかな?
「ああ、そっか。あなたは知らないのね」
不思議そうにオーリの体を見渡す俺を見て、アンナ教官がそう言った。
「え? 知らないって…… 何ですか?」
「仕舞ったって言うのはね……」
「教官」
何かを教えようとしたアンナ教官の言葉をシエルが遮る。そして、ツカツカとアンナ教官の前へと歩いて来た。
「ん? どうしたのシエル?」
「アイツはどうも戦いを終わらせる気がないようだが?」
シエルの視線の先を見ると相変わらずオメガとやり合っているクライヴが居た。シエルの言う通り、倒さないように痛め付けてる様にも見える。
「……そのようね。そろそろ時間もなくなってきたし…… あなたが終わらせてくれるのかしら?」
「分かった」
シエルは顔色ひとつ変えずに、ゆっくりクライヴとオメガ達の方へ歩いて行く。
「シュウリア、よく見てなさい。さっきオーリが言った仕舞うの意味が分かると思うから」
「え?」
アンナ教官は笑顔でシエルを見つめている。それ以上は言う気が無いようだから、俺は言われた通りシエルを凝視した。するとクライヴも近づいて来るシエルに気づく。
「ん? おい何だよ!? 今良いとこなんだから邪魔すんなよ!」
「残念だが遊びの時間は終わりだ」
シエルがサッと右腕を振る。すると一体のオメガの頭と体が分裂し動かなくなった。
「えぇ~!?」
俺は思わず変な声を上げる。シエルの右手を見ても特に何も持っていない。
「ア、アンナ教官。今のは何ですか?」
「あの子ももうちょっとゆっくりやればいいのに……。早くて分からないかも知れないけど、もっとよく見てなさい」
アンナ教官の言葉を整理すると、シエルは何かをやっているらしい。俺はさっきよりも更に集中してシエルを凝視した。
一方、シエル達の方ではクライヴに攻撃していたオメガ達がその標的をシエルに変更したようで、三体のオメガ達が一斉にシエルへと飛びかかる。
「……」
無言のままさっきと同じように右腕を振るシエル。今度は三体分の時間があったからか、凝視していた俺の目はシエルが何かを持っているのを確認出来た。
細く先の尖った物…… そうか! 剣だ! 確かシエルは剣術に長けた一族って言ってたし……。
その剣が腕を振る瞬間に現れ、降り終わる瞬間に消えているのだ。
「アンナ教官。何か剣の様な物が現れたり消えたりしてますが、アレは……?」
「うん。とりあえずそこまで分かったら良いかな。仕舞うって言ったのはホルスターにでも鞘にでも無いの。体の中に仕舞っているのよ」
「か、体の中に!?」
「『ストック』と呼ばれる技術の一つよ。手に触れた物を粒子のように分解し体内へ保管出来るの。もちろん保管した物をまた再構築して外に出す事も出来る。ただし、ストック出来る領域の容量…… 一般的に『キャパシティ』と呼ばれるものの容量以上の物はストックは出来ないの」
「ストックとキャパシティ……」
何だかあまり理解出来ない話しになってきた。
そんな技術があるとは……。
オメガとの戦闘や特殊な技術など、俺はやっぱり今までとは違う世界に来たのだと再認識させられる。
「ストックは訓練とコツを覚えれば案外簡単に出来るようになるけど、キャパシティを大きくするのはかなり大変なのよ。だから、このキャパシティが小さいとストックも出来ないって訳。因みにストックする物の容量はその大きさに比例するわ。例えば石ころみたいな小さなものの容量は一、車とか大きいものは百…… みたいな感じでね」
「うーん、何か分かったような分からないような……。とりあえず、オーリの銃もシエルの剣もキャパシティにストックしてるって事ですよね?」
「うん、そういう事。シエルのように瞬間的に出し入れするのは特殊だけど、それは人それぞれのスタイルがあるからね。あとはまぁ、自分のキャパがどれくらいあるのかとか、これをストックするには、どれくらいのキャパが必要なのかとかはその内分かってくるわよ」
アンナ教官が気楽に言ってくるが俺にそんな事が出来るのか不安でならない……。
というか、別に武器とか体内に仕舞わなくても持ってればいいんじゃないか? という気もする。
「しかし、シュウリアには悪いがさっきの戦い方といい、知識の無さといい、本当に傭兵が務まるのか?」
オメガと戦っていたシエルがいつのまにか戻ってきた。オメガはどうなったか見てみると、四体とも真っ二つになっていて、そして黒い霧になって消えて行った。
「そうね。入社のテストの評価にも、戦闘レベルは底辺って書いてたしね」
「あはは……。適格な評価ですね……」
恥ずかしさを笑って誤魔化す。
しかし、評価が間違ってた訳じゃなさそうなのに、何で俺は受かったんだ?
「おいおいシュウリア! お前本当に大丈夫なのか? ……てか、早く来いこの野郎!」
クライヴも少し遅れて戻ってくる。
どうやらこの混乱を招いたキュバイアスの男を拘束したらしい。
「あら、捕まえてくれたのね。サンキュー♪ ……でもまあ、戦闘レベルが底辺で、おまけに二十三才で条件からも外れているのに会社は入社を認めたって事は…… 何かあるって思わない?」
「……裏口入社?」
横に居たユユハが、少し首をかしげてとんでもない事を言う。
「いやいや、俺にそんな金ないから!」
「シュウリアはきっと別の何かが凄いって事ですよ」
オーリが笑顔で俺をフォローしてくれる。
コイツはなんて良いヤツなんだっ!
ファンファンファン……。
そんなやりとりをしてると、パトカーのサイレンが響いて来た。ようやく警察のお出ましのようだ。ずっと後方で待機していた一般人もゾロゾロと戻ってくる。
「さて、後は警察に任せましょう。さっさと目的の施設に向かわないと」
アンナ教官が腕時計をチェックしながら言うと、クライヴに捕まっていたキュバイアスの男が身を乗り出してきた。
「オメガを狩る貴様らアーヴィングの傭兵は悪魔だ! その行為は神への冒涜だ! オメガがいる限り我々は何度でも繰り返すぞ! それこそが神の意思なのだからな!」
「はいはい。とりあえずあなたはずっと塀の中で暮らす事になるんだから、今の内に外の空気を吸っておいたほうが良いんじゃない?」
「うぐぐ……」
それから警察がやって来て、オメガやキュバイアスの対処に感謝されては一般人の人達にも感謝されて、俺達はちょっと気恥ずかしい雰囲気になった。悪い気はしないけど、俺は何も出来なかったから素直に喜ぶ事は出来ない。
もっと強くならなくては……。
そうして、キュバイアスのバンを退かして貰うと俺達は再びアンナ教官に続いて自動車道を走り出した。そして、オメガ対策の為のゲートを出て街の外へ。
ゲートを越えた街の外を歩く人はまず見かけない。街から街への移動は車や電車がほとんどだ。もちろんそれはオメガが出没するからで、今も道路から離れた遠くにオオカミオメガが確認できる。しかし、オオカミオメガは遠くから様子をみてるだけで襲ってくる事もないまま、十分くらい車を走らせると荒野の中にたたずむ大きな施設に辿り着いた。
「ここが当分あなた達が暮らす場所よ」
車を駐車場に停めてアンナ教官の元に行くと、ヘルメットを外したアンナ教官が俺達にそう言った。俺達はその施設を見上げる。
「で、でけーな……」
クライヴが思わずそう言うほど、その施設は巨大だった。当分はこの中で暮らす事になるのか……。
「ここは一体なんですか?」
「アーヴィングカンパニー第一訓練施設『エボルヴ』よ♪」