作戦会議
ナイマンがキュバイアスに連れ去られてから四日が経過した。俺の体調も大分良くなり、この四日間はキュバイアスの情報収集とナイマン救出作戦を練っていた。
作戦を練っていたと言っても、作戦自体は俺が四日前に医務室で提案した通り、キュバイアスの入信者を装って内部に入り込み、教団の潜伏先を特定し、そこにナイマンが居たら救出、居なかったら情報収集し撤退するーーという感じだ。
その作戦を決行する前提として、俺達の情報がアーヴィングのデータベースからキュバイアスに漏れているかどうかをアンナ教官に頼んで調べて貰っていた。結果は、断定は出来ないけど情報漏洩の可能性はほぼ無いという事だった。
というのも、正式なアーヴィングの傭兵の情報は、本社を始め各拠点に行き届いているみたいだけど、訓練生の情報はエボルヴ内のデータベースにしか存在せず、しかもそれは完全なオフラインとの事らしい。
それに俺が初めてエボルヴに来た時に、エボルヴ職員の中にキュバイアスの信者が紛れ込んでいて社長を暗殺しようとした事件が発生し、それから全社員の身元を改めたらしいから、そういう者から情報が漏れたという事も無いだろうーーとの事だった。
これで俺達の素性はバレる事は無いーーと断言は出来ないけど、とりあえず可能性は極めて低そうだから作戦の条件のひとつはクリアされた。
後はキュバイアスの情報とオーリだ。
キュバイアスは以前テレビでやっていたように、警察に潜入捜査されそうになってから入信が難しくなった。これまでは比較的分かりやすく募集をしていたようだが、今は信者の推薦か勧誘されるのを待つしかないらしい。当然、俺達には信者の知り合いが居ない以上、勧誘しかないのだが、なかなかそう上手くは行かないーーというのが現状だ。
今日の訓練が終わった今も、ナイマン救出部隊の俺とユユハ、オーリ、シエル、クライヴ、そしてルティアは食堂の隅のテーブルに集まっていた。
「どうだ? 何か網に掛かったか?」
シエルは隣でノートパソコンに何かを打ち続けているルティアに訪ねる。だが、ルティアの首は縦に振られる事は無い。
「本当にこれで上手くのでしょうか?」
「他に方法が思い付かないからな……」
俺達はアンナ教官からノートパソコンを借りて、ネットでキュバイアス関係者が閲覧しそうなサイトや掲示板に片っ端から入信希望を訴える書き込みをしていた。
「オメガは神の御子! キュバイアス教団はこの世界を救済する唯一無二の神の組織! その信徒に選ばれる事がどれだけ栄誉な事か! ああ、私もその栄誉を授かりたい! ……ってかぁ? 仕方ねーけど、嫌な気分だぜ」
俺がルティアとは別のノートパソコンに書き込んでいる内容を右隣で退屈そうにしているクライヴが、ややオーバーな演技で言った。
「俺だってこんなのを書くのは嫌だけどナイマンの為だしな」
「あれから四日……。ナイマンは無事でしょうか?」
オーリが心配そうな顔をして聞いてくる。大丈夫だって! ……と軽く言えないのが辛い所だ。あまり考えたくはないけど、最悪の場合もあり得るのだから。
「信じてやるしかないさ。あいつだってアーヴィングの傭兵の訓練生に選ばれたんだから、そんなヤワじゃないよ」
「そうですね……。無事だと信じているから僕達は今こうしているんですからね」
「ああ! 絶対助け出そう!」
オーリとそんな会話をしていると、なにやら前方から視線を感じる。ノートパソコンの横からこっそり前方を確認すると、前の席で同じようにパソコンの横から俺を見ているルティアと目があった。
「う……」
「…………」
また何か言われるかと思ったが、ルティアの顔は俺を睨みつけたままゆっくりパソコンの裏に隠れていった。
……なんなんだ一体?
「あ……。それじゃあ、悪いけど私は行くね」
何かに気づいた様な声を出したルティアが突然立ち上がってそんな事を言った。
食堂の中を見渡してみると、ルティアと仲が良い女子達が食堂に入って来ていた。
あれか……。
ルティアは、今はナイマンの事があるから俺達と一緒に居るけど、普段はあの子達と一緒に居る事が多い。
ナイマンの事は他の訓練生には秘密な為、ずっと俺達と一緒に居ると不審に思われてしまうという事で、あまり行動が出来ない状態なのだ。
「気にするな。後は俺達がやる」
「はい。何か分かったら教えてください」
ルティアはそう言って女子達の方へと歩いていった。その後ろ姿を見ながらクライヴが俺に聞いてくる。
「あいつは何でスカシエルには敬語なんだ?」
「さあ…… 年上だからとか? 確かシエルのひとつ下だったと思うし。ユユハと同じ十七才だよな?」
クライヴとは逆の左隣の席で、クルホを使ってキュバイアスの情報を集めているユユハに聞いてみる。ちなみにテーブルの上に置いたクルホを操作してるのはフォウルだ。
「……うん。……同い年」
「俺だってスカシエルと同じ年だっての。シュウリアは更に上だろ? でも、俺達には敬語なんて使わねーよな?」
「更に上って…… でもまぁ、そういえばそうか。俺の場合はヘッポコだからだと思うけど、クライヴにも敬語じゃないなら年上って線は違うっぽいな」
「色々あるんですよ。それより今はキュバイアスに集中しましょう」
何かを知っている感じのオーリが俺達にそう言い、ルティアが居た席に移動してノートパソコンを操作する。
「色々ってなんなんだ?」
「さあ……。あっ!」
遠くで女子達と一緒に居るルティアを見ていると、通路から食堂に入ってきたアンナ教官を見つけた。アンナ教官は真っ直ぐ俺達が居るテーブルへと歩いてくる。
「お疲れさま。どう? 何か進展あった?」
「いえ、今のところまだ何も……」
「そっか……。こっちは動きがあったわ」
「えっ!?」
「本社の方にキュバイアスから脅迫文が届いたわ。これがそのコピーね」
アンナ教官は一枚の紙をテーブルの上に置く。その紙には新聞や雑誌の文字を切り抜いて作られた文章があった。
我々はキュバイアス教団
我々はお前達の仲間を預かっている
これ以上、我々の邪魔をするな
これ以上、神の子であるオメガに手を出すな
猶予は二日与える
これから二日の間我々の要求を守れば仲間を返してやる
だが、守られなかった場合は
三日目に仲間は神の元へと送られるだろう
「おいおい! なんだよこれ?」
「こんな要求……。会社はどうするんですか?」
「もちろん、会社はこんな要求は飲むつもりはないわ。第一、オメガに手を出すなというのは不可能な話よ。アーヴィングは世界中のオメガに対処しているんだから。キュバイアスだってそれが分からない程バカじゃないでしょ」
「それじゃあ、この脅迫文は何の為に?」
「言いにくいけど……、これは殺害予告ね。恐らくナイマンは三日後に殺されるわ……」
「そ、そんなっ!?」
あと三日でナイマンが殺される?
くそっ! それまでに救出しないと……。
俺達が暗い顔をしていると、アンナ教官が手をパンパンと叩いた。
「はいはい! そんな顔をしない! 少なくともまだナイマンは無事で三日間は大丈夫って分かったんだから気合入れなさい! もしかしたら、そろそろ網に掛かるかもしれないわよ」
「え? 網に掛かるってどういう……」
ピロリン♪ ピロリン♪
俺がアンナ教官にどういう事だと聞こうとした時、俺が使っているパソコンからメロディが流れてきた。どうやらメールが届いたらしい。
そして、その中身を確認した俺は驚いた。
「アンナ教官! こ、これ、キュバイアスからのメールじゃないですか!?」
メールにはこう書かれていた。
『二日後の土曜日の昼十二時にエクシード駅の南側入口近くのロッカー前へ。ーー神の教団より』
「ビンゴ!!」
アンナ教官は指を鳴らして小さくガッツポーズをする。
「本当に来た……。でも、どうして?」
「それにも書いてるけど二日後は土曜日。じゃあ三日後は?」
「日曜日ですが……」
「脅迫文には三日後にナイマンを殺すって書いてたでしょ? でも、ただ殺すよりは何かに利用した方が良いと思うのね。それで、三日後は日曜日。キュバイアスのメンバーは一般人が殆どで平日は普通に仕事したりしてるから、集会とか何かやるのは日曜日に集中してるの。だから、もしかしたら日曜日にナイマンを使って何かをやるかも…… って思ったのよ。この前のオメガ騒動でデモンストレーションをしたから次は、入信者へ向けた何かを…… てね」
「つまり…… 日曜日に新しい信者の前でナイマンを殺す…… ってことですか!?」
「あくまで推測だったけど、連絡が来たという事はその可能性はかなり高いわ」
「でも、このメールには土曜日と書いてますが?」
「それは恐らく、事前に名前や職業を聞いて、後で裏を取るつもりなのかもね……」
アンナ教官はそう言って考え込んだ。
アーヴィングのデータベースから俺達の情報は漏れていないみたいだけど、それだと素性を偽ってもバレるんじゃないか?
「後で裏を取るつもりなら、奴等を騙すのは難しいんじゃないか?」
シエルも俺と同じ事を考えていたようで、そうアンナ教官に聞いた。
「ええ。でもそれは私に考えがあるわ」
「考え…… ですか?」
「そうね。まずは作戦の実行メンバーを発表するわ」
今まで立って説明をしていたアンナ教官は空いている席に座る。
「今回、奴等の中に潜り込むメンバーは、シュウリア、オーリ、クライヴ、ユユハの四人よ」
「へへっ、何だぁ? スカシエルとルティアは外れるのか?」
クライヴがニヤニヤしながらシエルをからかう。シエルはそんなクライヴを無視して、腕を組んで目を閉じている。
「二人はオメガ騒動の時、奴等の幹部に顔を見られているからね。今回はバックアップに回ってもらうわ。もちろん、情報が漏れてる可能性のある私も同行は出来ない。会社からも目を付けられているしね」
「あれ? オメガ騒動の時はオーリも顔を見られているんじゃないんですか?」
「ええ。でもオーリの力は役に立つと思うから、オーリにも行ってもらうわ。多少、変装は必要だけど」
「変装…… ですか? それにオーリの力というのは?」
この四日間、オーリはアンナ教官にマンツーマンで指導して貰っていたのは知っていた。だけど、何の訓練をしていたのかは教えてもらえていなかったのだ。
「使い物になるか微妙だったから余計な期待をさせないよう皆には言わないでおいたんだけど、今日の訓練で何とかなると判断したわ。オーリも大丈夫よね?」
「はい! 大丈夫です!」
「んで、何の訓練してたんだよ?」
「オーリが契約したジェリフは、力は弱いけど特殊な能力があるのよ。その一つが『透明化』よ」
「と、透明化!? えーっと、つまり、透明になるとかですか?」
そんな事が出来たら色々問題じゃないか?
いや、オーリが透明化して悪い事をするとは思えないけどさ。
「その通りよ。ジェリフと戦ったシエルならどんな感じか分かるでしょ?」
「ああ。本当に何も見えない状態になっていたが…… まさかアレが出来るのか?」
「はい。アンナ教官との訓練のおかげで、ジェリフがやってた様な感じに出来るようになりました。まだ透明になれる時間はそんなに長くないですけど」
珍しく驚いた表情をするシエルにオーリが笑顔でこたえる。俺はどんな感じか分からないけど、シエルでさえ何も見えない状態になったなら、本当に何も見えないんだろう。とりあえず、隠密作戦にはもってこいの能力ではある。
「スゲーなオーリ! それなら隠れてナイマンを探したり、脱出するのも簡単じゃねーか!」
「ええ。でも、この能力は何回も使えないし時間も短いの。オメガドライブをして使う力だからね。フォウルみたいな凄い力のオメガドライブじゃないから、すぐにシュウリアみたいにならないけど、使いすぎると危険だわ。だから使い時は考えないといけない」
「そっか、それならここぞって時以外は使わない方がいいな。俺も軽く死にかけたし」
オメガドライブの凄さと怖さは俺もよく知っている。作戦中にオーリに倒れられたら、かなりヤバい状況になる。
「それで、あの、変装というのは? 僕も初耳なんですけど……」
オーリが変装についてアンナ教官に問い掛ける。オーリも聞いていない話のようだ。
「うーん、そうねぇ。オーリは小さくて顔も可愛いから…… 女の子になってみる?」
「ええっ!? 女の子…… ですか?」
「オーリなら…… イケる……」
フォウルを抱いたユユハがオーリをじっと見つめながらボソッと言った。アンナ教官もオーリをまじまじと見つめながら何かを考えている。
「うん! 軽く化粧して、ウィッグをつけて女装すれば、全然女の子になるわ! ねぇ、ユユハ?」
「うんっ……」
「女装…… ですか。は、恥ずかしいですね……」
「クックック! 良いじゃねーか! なかなか似合いそうだぜ!」
「クライヴもからかわないで下さい!」
オーリの女装姿を想像したのか、クライヴがまたニヤニヤとした顔になる。
「クライヴ。笑っているけどあなたも多少変装してもらうわよ?」
「どえぇっ!? 俺もぉ~!?」
「まさか、クライヴも女装とか……? ぷくく」
俺はクライヴの女装姿を想像してしまって思わず吹いてしまう。どうやらシエルも同じらしく、肩を揺らして笑いを堪えていた。
「フ……。お前もなかなか似合いそうだな。フフ……」
「テ、テメェら! 何で俺が女装しなくちゃいけねーんだよ! バカじゃねーの!?」
「クライヴの女装姿も興味あるけど、あなたはこうして……」
「ちょっ! 何しやがる!」
「えーっと、あっ、ちょっとメガネ貸してね♪ これを…… こうすれば…… 出来た!」
アンナ教官はお構い無しにクライヴの逆立った髪を下げて、丁度近くを通りかかった訓練生のメガネを取ってクライヴに付けた。
するとあら不思議!
クライヴが真面目な優等生に変化した!
「ぷくくく……! クライヴ! お前そうすれば凄い良い人に見えるぞ! アハハハ!」
俺は笑いを堪えきれずに爆笑する。その姿に皆も笑ってしまい、ユユハも珍しく笑みを見せた。
「テメェらぁー! この! バカにしやがってー!」
「アハハハ! ごめんごめん! あまりにギャップがありすぎて」
「うんうん。良い感じよクライヴ。そっちの方がすんなり入信出来るわよ。土日はそれで行って貰うわ。……ハイ、メガネありがとね」
アンナ教官はメガネを訓練生に返して、クライヴは急いで髪を掻き上げる。
「変装はこれで良し。後はあなた達の身元の事だけど……」
「何か考えがあるようですが?」
「まず、シュウリアの場合は以前仕事をクビになっているから、そのまま無職で仕事を探しにエクシードに来たって事で大丈夫だと思うわ」
「ハハ……。まぁ、事実ですからね」
「問題は他の三人だけど、この三人はエクシードの学校の生徒って事にするわ」
「学生ですか?」
「ええ。エクシード第一高等学校って学校に知り合いが居てね、土曜と日曜の間だけ三人を生徒としてデータベースに登録してもらうわ。それで万が一に問い合わせをされても大丈夫だと思う」
「へぇ~、そんな事も出来るんですね」
アンナ教官は顔が広いなぁ。こういう時に交流ってものが大切だって思う。まぁ、アンナ教官はエージェントだからって事もあるだろうけど。
「よし……! とりあえずこんな感じかな? まだ色々問題点はあるかも知れないけど、それは二日後の土曜までに考えておきましょ。あと、念のため言っておくけど何かをストックしておくのは禁止よ?」
「え? どうしてですか?」
「もしかしたらキュバイアスの中に、他人が何かストックしてるか分かる奴が居るかもしれないでしょ? 最初の頃のシュウリアを見てるから分かると思うけど、ストックは一般的じゃないから、もしストックしてるのを気づかれたら一発でアウトよ」
「それなら武器とかは持ち込めないって事かよ!?」
「そういう事よ」
キュバイアスのメンバーは基本的に戦闘経験も技術ない一般人が殆どみたいだけど、用心棒みたいな武装した人が居ると思うし、オメガだって居るかもしれない。そこに丸腰で乗り込むって事か……。大丈夫かな……?
「俺は今回バックアップで中には入らないが、それは結構危険なんじゃないか?」
腕を組んだままのシエルがアンナ教官に指摘すると、周りの皆も頷いた。
「もちろん危険よ。でも、それは武器を持っていても同じ事。言っておくけど、私達の目的はキュバイアスの壊滅じゃなくナイマンの救出ですからね?」
「それは分かってるけどよ、もし奴等にバレて攻撃とかされたらどうすんだよ?」
「まったく……。バレないように行動するのが今回の作戦でしょうに……。まぁ、万が一そうなった場合はオーリが役に立つわ」
「つまり、透明化の力を使って逃げるって事でしょうか?」
「そうよ。契約したオメガは普通のストックとは違うから、中に居ても分からないからね。……良い? もし、あなた達の事がバレたら速やかに退却すること! 余計な応戦や英雄的行動は絶対しないように!」
いつもは気楽な感じのアンナ教官の表情が真剣になる。つまり、これはお願いではなく、教官としての命令という事なのだろう。
俺達はその迫力に一瞬言葉をなくすが、それぞれアンナ教官に返事を返した。
「でも、退却した場合ナイマンはどうするんですか?」
オーリが真剣な表情をしているアンナ教官にそう聞くと、アンナ教官は優しい表情に変わった。
「その場合は私が全てを賭けてナイマンを救出するわ。必ずね。だから安心しなさい」
「アンナ教官……」
「はい! それじゃ、作戦会議はここまで。各自それぞれ準備と覚悟をしておきなさい。何か不明な点や作戦内容について意義があったら、私に連絡するようにね」
俺達が返事をするとアンナ教官は食堂から出ていった。
作戦中はストック禁止という事になったから、俺はキャパシティを整理しようとストックしているのを取り出してテーブルに並べる。
「えーっと、着替え、下着、バスタオル、財布、それに武器か。我ながらどうでもいい物しかないな~」
「大体そんなもんじゃねーか? ……お? これがお前の武器だな」
クライヴがテーブルの上に置いていた俺の武器を見つけて手に取った。武器と言っても今は短い棒にしか見えないけど。
「なあ? これはどうすりゃあの赤い短剣みたいになるんだ?」
「軽く降ると刃の部分が出るんだよ」
俺の説明を聞いてクライヴが短剣を上下に降ると、棒の先から赤いビーム状のものが伸びた。
「おお、なんか出た! スゲーな!」
「そういえばその武器はどうしたんですか? 購入したんでしたっけ?」
向かいの席でノートパソコンを片付けているオーリが俺に聞いてきた。すると俺の代わりに、オーリの隣に居るシエルがこたえる。
「確か誰かから貰ったと言っていなかったか?」
「ああ。前に俺をスカウトしたグラッグさんっていうアーヴィングのエージェントの人から貰ったんだ。フォウルと契約したお祝いだって言ってね」
「へぇ~。何度か拝見してましたけど、あまり見ない武器ですよね。そのグラッグという方は何処で手に入れたんでしょうか?」
「ん~と。確か、なんとか博士って言うアーヴィングの技術者に作って貰ったって言ってたけど…… 名前忘れちゃったな~。この左手の契約の印を刻む装置を作った人らしいんだけど」
「…………」
俺がそんな事を話しているとユユハに抱かれていたフォウルがその手を離れ、テーブルの上へと飛んで座りこんだ。
何かを考えているようだけど…… 何だろう?
お腹空いたのか?
「へぇ~。その博士って人は結構凄い方みたいですね」
「ああ。まぁ、そんな事よりさっさとパソコン片付けて飯にしようぜ。フォウルも腹ペコらしいし、ユユハもお腹空いただろ?」
「うん。……フォウル?」
「ん? ……ああ。そうだな。さて、今日はたこ焼きバーガーとやらを試してみるか」
何となくいつもと様子が違うフォウルに違和感を覚えつつも、俺達はテーブルの上を片付けて食事を取る事にした。
▽
一方、アーヴィングカンパニー本社の社長室では社長のサイアスと副社長のジョアンが話をしていた。
椅子に座っているサイアスは、前に立っているジョアンとの間にあるデスクの上に一枚の紙を置いた。それはシュウリア達も見たキュバイアスの脅迫文が書かれている紙だった。
「お主はこれをもっと以前に知っておったようだな?」
「ええ。その『仲間』というのは訓練生の一人のようでして、教官のアンナ・ルーベッドから報告を受けておりました」
「……アンナ教官は何と?」
「囚われた訓練生の救出に手を貸してほしい…… と」
「初耳だな。それで、お主は何とこたえたのだ?」
「もちろん丁重にお断りさせて頂きました。救出作戦によりキュバイアスの力が弱まる可能性もありましたので」
サイアスは溜め息を吐いて椅子から立ち上がると、エクシードの街並みを見下ろせる窓際へと歩いて行った。
「何故わしに報告しなかった? お主が次期社長になるのはほぼ確定しておるが、もう既に社長になったつもりか?」
「いえ、そのような事は……。わざわざ社長の手を煩わせるほどの案件でもありませんでしたので。……もしや、救出なさろうとお考えでしたか?」
「お主の考えている通りキュバイアスの活動はわが社に利益をもたらすものだ。だから、お主の判断には意義はない。だが、わしにも考えというものがある。今後はどんな事でもわしに報告しろ。良いな?」
「仰せのままに。それで、考えとは何でしょうか?」
サイアスはデスクの所に戻ると、デスクの上に置かれている電話機のボタンを押して誰かを呼び出した。
それからすぐに秘書のカタリナか入ってくる。その後ろには白衣を来た中年の女性と白い長髪の少女がいた。
「おや? これはこれは…… シャロン博士。本日も実にお美しい」
「見え透いたお世辞は言わなくていいわよ、ジョアン」
「お世辞なんてとんでもない。私は本心で言っているんですよ。……それで社長、これは?」
「これがわしの考えというものだ。お主も知っておるであろう? プロジェクトアルファを?」
「ええ、それは存じておりますが…… もしかして彼女が?」
ジョアンは白い長髪の少女の方を見る。少女は微動だにせずに、ただ真っ直ぐ前を見ていた。
「対オメガ用人型戦術兵器アルファ。既に最終段階のテストもクリアして、オメガとも実戦済みで問題なし。んで、後は対人用のデータも欲しいと思ってた所に誘拐事件でしょ? 人質救出という大義名分もあるから丁度良いかなってね」
「しかし、これが投入されるとなるとキュバイアスもただでは済まないでしょう。それでは今後のキュバイアスの活動に支障をきたすのでは?」
「なにも信者を殺めようというのではない。それに、人質の訓練生が囚われている場所はキュバイアスの本拠地ではなかろう。多少の痛手にはなるやもしれぬが、その程度ではかの教団は崩れぬよ」
「社長がそう仰るのでしたら……」
ジョアンは自分の胸元に手を置いて、サイアスに頭を下げる。
「それでは、アンナ教官にこの事を伝えますか?」
「あら? もしかして誘拐されたのはアンナの教え子なの?」
アンナ教官という言葉を聞いてシャロン博士は反応する。その反応から、どうやら二人は知り合いのようだが、詳細は分からない。
「ええ。今年入った訓練生ですよ」
「それじゃあ、しっかり助けてあげないとね。アルファ!」
「シャロンよ。意気込んでいる所に悪いが、最優先はデータ収集とアルファの安全だ。救出前にアルファに何かあった場合は速やかに撤退する。人質の訓練生は可哀想ではあるがな」
「大丈夫。この子はやるべき事はちゃんとやるわよ。造った私が言うのもなんだけど、良く出来た子だからね」
シャロン博士はアルファと呼ばれた少女の頭を提げる優しく撫でる。しかし、アルファは瞬きひとつせず、前を真っ直ぐ見詰めたままだった。
「ジョアン。アンナ教官への報告は無用だ。今はまだこれの存在を公にはしたくないからな」
「かしこまりました」
「お主は三日後の日曜日までに、訓練生が囚われているであろう場合を突き止めるのだ。出来るか?」
「お任せください社長」
ジョアンは再び胸元に手を置いて頭を下げると、社長室から出ていった。
「シャロンはそれまでにこれの調整をしておけ」
「『これ』じゃなくて『アルファ』よ。まったく……。それじゃあ、行きましょうアルファ」
シャロン博士もカタリナに案内されてツカツカと社長室から出て行く。アルファはサイアスの顔をじっと見つめた後、振り向いてシャロン博士の後に続いて出ていった。
残されたサイアスは再び窓際へと歩き、眼下に広がるエクシードの街並みを見つめる。そして、懐から一枚の写真を取り出した。そこには夫婦とおぼしき若い男女と小さな女の子が写っていた。
「プロジェクトアルファ……。わしが犯した罪のせめてもの贖罪になるのだろうか……?」




