協力要請
訓練施設エボルヴの医務室。
エクシードでのオメガ騒動もナイマン誘拐も知らない俺は、相変わらずベッドの上に座っていた。そこにはフォウルにユユハ、クライヴとアンナ教官、そしてリース先生も居た。
「それで、俺達を襲った仮面の奴の事は知りませんか?」
俺はリンゴの皮を剥いているアンナ教官に聞いてみた。
ライールの樹海での事は既に俺意外のメンバーから報告は受けているみたいだったが、俺からも話を聞きたいという事で俺達はその話をしていた。
「仮面を被った奴ねぇ……。残念だけど聞いた事ないのよね。何が目的なのかしら?」
「俺が聞いた時は『世界の終わり』が目的とかって言ってましたけど……。そうだよな? クライヴ?」
「あー、そんな事言ってたような……。俺はとりあえず、あのクソヤローをぶん殴る事しか考えてなかったからなぁ」
「世界の終わりねぇ……。でも、よく撃退したわね~。……はい、出来た!」
アンナ教官は皮を剥いて扇状に切ったリンゴをお皿の上に乗せて俺に差し出して来た。切られた皮の部分はデコボコしていて、見た目は美味しくなさそうだった。
「……美味しくなさそう……」
ユユハが切られたリンゴを一つ手に取って素直な感想を言う。クライヴも爪楊枝でリンゴを刺して取り、それをまじまじ見た後笑いながら言った。
「おいおい。先生、下手くそだなぁ!」
遠慮の知らない二人がハッキリ言うもんだから、俺は内心慌ててアンナ教官の方を見た。アンナ教官はちょっと顔を赤くして怒ったような顔をしていた。
「うるさいわね! 味は変わらないんだから別に良いでしょ!」
「アンナちゃんはこういうの苦手なんですよね~」
リース先生がいつも通りニコニコしながらアンナ教官に言う。このリンゴの有り様を見てると、どうやらアンナ教官は料理とかの類いは苦手のようだ。
俺も得意では無いけど。
「もう、リースも余計な事言わないでよ! ……それで、フォウルから聞いたけど、やったのね? オメガドライブを?」
「ええ。あの時は他にどうしようも無かったので……」
「言っておくが、我はこうなると忠告したからな」
リンゴを食べながらフォウルは言う。すると、クライヴが身を乗り出して来た。
「俺も見てたけどアレは凄かったぜ! スピードもパワーも桁外れで、何かレーザーみたいなのも出してたしな! オメガドライブってあんなに凄いものなのか?」
やや興奮気味のクライヴがアンナ教官に説明する。どうやらユユハも見ていたようで、ウンウンと頷いている。実際オメガドライブをした俺もアレは凄かったと思う。
「オメガドライブの力は凄いのよ。でも、シュウリアが相当の腕を持った仮面の奴ってのを圧倒出来るほど爆発的に能力が上がったのは、ドラゴンオメガのオメガドライブだからだと思うわ」
「そうなんですか?」
「ええ。一般的なアーヴィングの傭兵が契約してるDランクのオメガでオメガドライブしても、強くはなるけどそこまで爆発的に強くはならない」
「やっぱ契約するなら強いオメガの方が良いって事か……。でも、そんなオメガはなかなか居ねぇしなー」
クライヴは腕を組んで爪楊枝を口にくわえたまま何かを考えている顔をする。
「仮に強いオメガが居たとしても、そのオメガと契約出来るかは分からないのよ? キャパシティの容量の事もあるんだからね」
「てか、容量がどれくらい必要とか分からなくねぇ? 契約しようとして倒して容量不足とかだったら最悪じゃんよ」
「フッフッフ。それが分かるんだなぁこれが~」
アンナ教官が得意げな顔をしてクライヴに答える。そんな話は聞いていないけど……。
「まだ、契約する機会がないと思ったから言ってないけど、オメガと契約出来るキャパを持ってるか分かる方法があるのよ」
「なんだよ! そんなのがあるなら早く教えてくれよ!」
「えーっと、もう少ししたら講義で話そうと思ってたけど…… まぁいいか。方法は簡単よ。ただ、印の入った左手をオメガにつき出すだけ」
「へ? それは契約の仕方なんじゃ……?」
「そうよ。その時に印が赤く輝けばそのオメガと契約出来るキャパを持ってるって事なのよ」
「なんだよ~。簡単じゃん~。そんなの最初の講義で言えば良かったんじゃね?」
「物事には順序ってのがあるんです!」
「アンナちゃんは教官やるのが初めてだから、こう見えて緊張してるんですよ~。だから、たまに大事な事忘れちゃうんですよね~」
「もうっ! だから余計な事言わないでよ! リース!」
そういえば前に受付のミウさんもそんな事言ってたな。緊張してる風には見えないと思っていたけど、やっぱり多少は影響があるのかな?
「それじゃあ、印が赤く輝かなかったら、キャパシティ不足って事か?」
「まぁ、大体はね。たまに契約する為の条件がある特殊なオメガも居るけどね。そんなオメガの場合も印は輝かないわ」
「くぉぉ! 何か面倒くせーな!」
「強いオメガと契約するのは大変なのよ。色々とね」
ガチャ!
俺達がそんな話をしていると、突然医務室のドアが開いて一人の女性が入って来た。それは受付のミウさんだった。
「大変よ! アンナ、リース!」
「ミウ? どうしたのよ? そんな血相を変えて?」
「エクシードでオメガが出たって! 今ニュースでやっているわ」
「ええっ!?」
アンナ教官は急いで医務室にあるテレビを付ける。そこには大破した車が転がっているエクシードの交差点をバックにして女性リポーターが映っていた。
『今日のお昼過ぎ、エクシードの街の数ヵ所で同時多発的にオメガが現れ、街は大きな混乱に陥りました。いずれも人通りのある街中で発生しており……』
「酷い状況ね……。リース、あなたの家は大丈夫なの?」
アンナ教官が心配そうにリース先生に聞く。そういえばオーリはエクシード出身って言ってたから、姉であるリース先生もそうか。
「私の家はエクシードの端にある住宅街にあるので、人通りのある街中で発生したなら、大丈夫だと思いますが~……」
いつもニコニコしているリース先生もさすがに心配そうな様子をしている。
『オメガは既にアーヴィングの傭兵によって撃退されたみたいですが、現場は御覧の通りの有り様で、その戦闘がいかに激しかったかを物語っています』
「こんな状態になるって事は、ここにはオオカミオメガみたいな弱いオメガが現れたって訳じゃなさそうね」
交差点以外のオメガが現れた場所も映し出されているが、他の場所は特に荒れた様子がなく、やはり交差点が一番酷い感じだ。一体何が起きたんだ?
『私達はこの場所でオメガを見たという目撃者を見つける事に成功しました。どうぞこちらへ』
リポーターがそう言うと一人の男性が画面に出てきた。
『あなたはここでオメガを見たそうですが?』
『はい。見たこと無いオメガでした。何かクラゲのような感じで……』
『人々が逃げ出している中、あなたは勇敢にも負傷したアーヴィングの傭兵を救出し、病院へ移送したようですね』
『いえいえ! 確かにアーヴィングの傭兵を病院まで運びましたが、それは俺を助けてくれた少年に頼まれたからですよ』
『少年ですか? どんな少年でしたか?』
『何か大人びた感じの凄い少年でした。腕を振ったら俺の車を挟んでいたトラックがドーン! と。アーヴィングの傭兵の訓練生と言っていましたが…… 詳しい事は何も。他にも小さい少年と女の子が一緒で、多分彼らがオメガを撃退したんだと思います』
「アーヴィングの傭兵の訓練生!? 誰だろう?」
「大人びた感じで、腕を振ったら車がドーン……。何か嫌な奴を思い出すぜ……」
クライヴが嫌な顔をしてテレビを見つめる。大人びた感じで、腕を振ったら車がドーン。おまけにクライヴの嫌な奴といえば……。
「多分…… シエル。小さい少年は…… オーリ」
ユユハがフォウルを抱きながらボソッと呟いた。
やっばりそうか……。
「それじゃあシエルとオーリが、この人の言うクラゲみたいなオメガを倒したって事か? 女の子ってのが誰か分からないけど、凄いな~!」
「あの子…… 達無事なのかしら?」
ピリリリリッ! ピリリリリッ!
突然医務室に着信音みたいなのが鳴り響く。一体誰のだ? と思って周りを見渡すと、それはアンナ教官のクルホだった。
「一体誰かしら? ……ルティア?」
クルホの画面を見てアンナ教官がそう言った。
ルティアって、ルティア・アーヴィングか?
アンナ教官はクルホを操作して耳に当てる。
「もしもし? どうしたの?」
リース先生がテレビの音量を下げると、ルティアの声のようなのが僅かに聞こえてくる。なにやら慌てているようだ。
「え? エクシードに? シエルとオーリも一緒? 今、テレビ見てたけど、大丈夫なの?」
シエルとオーリが一緒って事は、さっきテレビで言ってた女の子ってもしかしてルティアか?
「ええっ!? 誘拐されたぁ!?」
誘拐だって!? なんだか穏やかじゃないな……。
「誘拐って…… 拐われたって事だよな?」
「シッ……! クライヴ静かに……!」
「ええ。分かったわ。今医務室に居るから、あなた達は急いでエボルヴに戻ってきて。詳しい話はそれからよ。……ええ。それじゃ」
アンナ教官は電話を終えてクルホをポケットに仕舞った。そして、椅子に座って考え事をする。
「誘拐ってなんですか? アンナ教官?」
「どうやらエクシードのオメガ騒動はキュバイアスの仕業らしいんだけど、そのキュバイアスの連中にナイマンが連れ去られたみたい」
「ナ、ナイマンが!?」
「ナイマンってシュウリアと最下位争いしてる奴だよな?」
「何でナイマンが誘拐されたんですか?」
「分からない。とりあえずルティア達が戻るのを待ちましょう」
それからミウさんは受付に戻って、俺達は三人の帰りを静かに待った。アンナ教官が少し難しい顔をしているのが気になったが、それよりもナイマンが無事なのかが気掛かりだった。
▽
ナイマン誘拐の電話が来てから大体一時間後。重い空気が漂うエボルヴの医務室にノックの音が響き、待ち人の三人が部屋の中に入って来た。先頭のオーリがアンナ教官を見つけて近付いて行く。
「すみません! お待たせしました!」
「良いのよ。……で、何があったかもう一度初めから説明してくれる?」
「はい。えーっと、じゃあ僕から」
三人は用意された椅子に座る。やはりオメガと戦闘したらしく、衣服が汚れて多少怪我もしているようだった。アンナ教官も三人を見てそれに気づく。
「ちょっと待って。あなた達怪我してるんじゃないの? 見た限り擦り傷程度みたいだけど……」
「ちょっと色々ありまして……。大きな怪我はしていないと思いますけど」
「自己判断は危ないのよ? ……リース、この子達を看てあげて」
「はい~」
リース先生は医療箱を持って、まずシエルとルティアの怪我の具合をチェックし始めた。その間、オーリは再びアンナ教官に報告する。
「今日は休日だったので、エントランスで会ったシエルとルティアとエクシードの街に行ったんです。それで午後に町を歩いていたら、街中にオメガが現れたと聞いて現場に向かいました」
「そうしたらオメガと遭遇した。あなた達が居たのは交差点でしょ?」
「え? は、はい。よくご存知で……」
「テレビでやってたのよ。負傷したアーヴィングの傭兵を病院に運んだっていう男性が言ってたわ。アーヴィングの傭兵の訓練生に助けられたってね」
「ああ、多分それはシエルが連れてきた車の人ですね。しかし、もうそんな報道がされてたなんて……」
「テレビではあなた達がオメガを撃退したって言ってたけど、本当なの?」
「えーっと、撃退したのでは無くて契約したんです。そのオメガと」
「えー!? 契約したって…… 本当なの!?」
「は、はい」
オーリの契約発言に驚いた顔をするアンナ教官。多分、俺も同じ顔をしているんだろう。近くで聞いていたクライヴも驚いた顔をして、オーリとの距離を詰める。
「おいおいオーリ! 契約って、誰が!? 何と!?」
「ぼ、僕がです。ジェリフっていうオメガと」
「ジェリフ? あの場所にいたクラゲみたいなオメガってジェリフだったの?」
「はい」
「先生、ジェリフってなんだ? 聞いた事ねーぞ?」
「ジェリフはクラゲみたいな姿をした精霊タイプのオメガよ。基本的には姿を隠していて、滅多に会うことがない珍しいオメガなの」
「さすがアンナ教官。詳しいですね」
「そりゃあ私は色々学んだから知ってるけど、オーリはどうしてジェリフの事を知ってるの? それにジェリフとの契約は特殊な筈なのに……」
「戦闘中にクリムゾンブレイカーと名乗る二人組が現れてな。その二人から聞いたんだ」
リース先生の治療を終えたシエルがオーリの代わりに説明する。その顔には絆創膏が貼られていた。
「クリムゾンブレイカーまで出てきたの!? ちょっと、大丈夫? あの連中は結構荒っぽいけど」
「ええ、まぁ。荒っぽい所はありましたが、良い方達だと思いましたけど……。ねぇ? シエル、ルティア?」
「ええ。私もクリムゾンブレイカーの話は聞いていましたが、思ったよりは良い方達でした。ジェリフの契約に協力して頂いて……」
「まぁ、変な奴も居たが……」
ルティアも治療を終えて話に混ざってくる。オーリとシエルに比べると、汚れてはいるが傷の方は大した事ないようだ。やはり、ランキング上位者は伊達ではないという事かな?
しかし、クリムゾンブレイカーって何処かで聞いたな……。どこだったっけ?
「ふーん……。その二人の名前は聞いた?」
「はい。確かププゲイルっていう人とメアリーっていう女性の人です」
「ププゲイル!? ププゲイルって、あの爆弾オネェでしょ!?」
「は、はい。ご存知なんですか?」
「ええ、まあね。……そっか、ププゲイルとメアリーがね。あの二人はクリムゾンブレイカーの中では友好的な人達だから…… あなた達は運が良かったわね」
「へぇ~、そうなんですね」
そんな話を聞いていた俺はクリムゾンブレイカーの名前をどこで聞いたか思い出した。確か前にグランさんから聞いた名前だ。
はて? そういえばアンナ教官も元クリムゾンブレイカーだって言っていたような……。聞いてみようか?
「あの~、アンナ教官も以前はクリムゾンブレイカーに所属していたんですよね?」
「あら、よく知ってるわね。シュウリア」
「えっ!? そうだっのか先生? すげーじゃん!」
「凄くなんて無いわよ。たまたま選ばれたけど、私には合わなかったから辞めて、今こうして教官やってるんだから」
「選ばれるだけでも凄いと思うんですが……。でも、どうして辞めちゃったんですか? 合わなかったって……?」
俺がそう質問すると、アンナ教官は黙って何かを思い出しているような顔をする。その顔は少しだけ哀しそうなかに見えた。
……何かマズい事を聞いちゃったのか?
「アンナ教官?」
「ああっ! ごめんごめん。ちょっと色々思い出しちゃったわ。辞めたのは…… 簡単に言えば、あの部隊は殲滅部隊の名前の通り、徹底的にやるから…… という所かしらね。オメガが可哀想に思えるくらいね」
「オメガが…… 可哀想……?」
「……」
アンナ教官の言葉を聞いて、ルティアがそう小声で呟いたのがシエルの耳に届き、横目でルティアを見つめた。
シエルは何かを思っている様子だったが、ルティアの呟きが聞こえなかった俺は話を続けた。
「オメガが可哀想って……。そんなに凄いんですか? クリムゾンブレイカーの戦闘は?」
「まあね。ジェリフと契約したオーリなら分かるでしょう? 私の言いたい事が?」
「ん? どういう事だよ先生?」
「オメガは必ずしも悪とは限らず、中にはジェリフの様なオメガも居る…… という事ですね?」
「へ?」
「そう。ジェリフと遭遇した三人以外は知らないかもしれないけど、ジェリフは本来、自ら人を襲わないオメガなのよ。一般的な認識だとオメガは恐ろしい存在と云われているけど、実際はそうじゃないオメガも居る。フォウルも無闇に人を襲うとは思わないでしょ?」
「そういえばそうだけど、コイツの場合シュウリアと契約したからじゃないのか?」
「まったく…… 心外だな。例え契約していなくても我はその辺のオメガみたいに人は襲ぬわ。反抗的なオメガも居れば友好的なオメガも居る。人間だって同じであろう?」
「そうね。私もそう思っちゃったからクリムゾンブレイカーを辞めたのよ」
「そうだったんですね……」
「まぁ、私の事はどうでもいいの! 話が逸れちゃったけど、今はナイマンよ! 何とかあの子を救出したいのだけれど……」
そこまで言ってアンナ教官の言葉が詰まり、難しい顔になった。ルティアから電話を受けた時も同じ顔をしていたけど、何かあるのか?
「あの、何か問題があるんですか?」
「……恐らく、会社は救出に協力はしないと思うわ。残念だけど、多分ね」
「えっ!? どうしてですか!?」
「色々あるのよ。一応要請はしてみるけど、可能性は低いわね」
「そんな……」
椅子に座っていたアンナ教官は立ち上がると部屋のドアへと歩いていく。
「とりあえずナイマンの事は心配だけど、今すぐどうこう出来るわけじゃないわ。今日の所は皆休みなさい」
「……休めって言われてもなぁ」
クライヴが頭を掻きながら困ったように言う。他の皆もナイマンの事が気になって仕方がないというのか正直な所だろう。
「それと、ナイマンの事は他の人には言わないでね。余計な混乱を招くかもしれないから。彼のルームメイトには、『ちょっと用事が出来て実家に戻った』という事にしておくから」
「はい……。わかりました」
アンナ教官が部屋を出ていくと医務室内に静寂が訪れる。
そして暫くそれが続いていたが、その静寂を破ったのは何やら書き物をしていたリース先生だった。
「さてと…… 皆さん。あまり考え過ぎても体に悪いですよ~。アンナちゃんならナイマンちゃんを救出する良い方法を考えてくれますよ~。だから今はしっかり体を休めてください~」
「はい……」
リース先生は立ち上がって荷物を纏めると、オーリに声を掛ける。
「オーリちゃん。こんな時に悪いけど、お姉ちゃんは一旦家に戻りますね~。オメガ騒動でどうなったか心配ですから」
「はい。僕たちなら大丈夫ですよ。住宅街ではオメガは出てないと思いますが、家の事はお願いします、姉さん」
「今日は休みなのに、俺の為にわざわざ来て頂いてありがとうございました。リース先生」
俺はベッドの上に座ったままリース先生に頭を下げる。それにつられるように他の皆も頭を下げた。
「良いんですよ~。もう大丈夫だと思いますが、何かあったら連絡してくださいね~。それでは皆さん、また明日~」
俺達に手を振ってリース先生は医務室から出て行った。残された俺達訓練生は互いの顔を見渡しうつ向く。そしてオーリが静かに言った。
「ナイマン…… 無事だと良いのですが……」
「オーリ、ナイマンを誘拐したのはキュバイアスで間違いないんだよな?」
「ちょっと! 私達の言う事が信じられないの? シュウリア・ストレイヴ!?」
俺がそうオーリに確認するとルティアが反論してきた。
うう……。相変わらず俺には冷たい……。
「ただ確認しただけだって!」
「えっと、キュバイアスで間違い無いと思います」
「ああ。俺達にそう名乗った奴が連れ去ったからな」
「そうか……」
「どうしたんだよ? シュウリア?」
「アンナ教官の言い方だと会社がナイマンの救出をするとは思えない気がするんだけど、皆はどう思う?」
俺がそう聞くと皆は少し考え込んだ。そして、シエルが腕を組みながら答える。
「まぁ、シュウリアの言う通りだろう。以前、お前とユユハがフォウルと戦闘している時も、上層部は何もせずに傍観していたからな。……ルティアの身内を悪く言いたくはないが」
「あ、いえ……。気にしないでください」
うーん、ルティアの俺とシエルに対する態度が違いすぎないか?
しかし、そういえばルティアは社長の孫だったか。ならルティアから社長に頼んでもらえば……。いや、それが出来るならルティアからそう提案するだろう。そうしないって事はそれは出来ないか、意味がないって事だ。あの社長も会社に私情を持ち込む感じにも見えないしな。
「それで、どうしてそんな事を?」
「ん? ああ……。勿論、会社がナイマンを諦めた場合は俺達で救出する為だよ」
「えぇー!?」
皆が驚いた表情をする。まぁ、突然そんな事を言えば当然の反応か……。
「ちょっと! なに勝手な事言ってるのよ!?」
「そうですよ! 第一、ナイマンが何処に居るのかも分からないんですよ?」
「だから、それを調べるんだよ。拐ったのがキュバイアスって分かっているなら、まだ見つける可能性はあると思うんだ。多分ナイマンは奴等と一緒に居ると思うしな」
「しかし、仮に何かで奴等の居場所を得たとしても、キュバイアスのアジトは奴等が何か行動を起こす度に変わるって新聞で読んだ事があるぞ? 今日のオメガ騒動で既に新しい場所に移っているだろうし……」
「ええ。警察もそのせいでキュバイアスという組織を捕らえる事が出来ないみたいです。警察が手をこまねいているのに、僕達みたいな素人がどうにか出来るのでしょうか?」
「素人だから出来るかもしれない。前に『密着警察』ってドキュメンタリー番組でキュバイアスの組織に潜入捜査しようとした事があるんだけど……」
「ん? 俺もそれ観た気がするぞ? でも、確か警察ってバレて逃げられたんじゃなかったっけか?」
俺が途中まで話すとクライヴが話に入ってきた。
しかしまあ、クライヴは映画観たり特番観たりして意外とテレビっ子らしい。
「そう。どうも奴等は何処からか警察官の情報を得ているみたいなんだよな。だから警察が身分を偽って信者として入ろうとしても顔やIDでバレてしまうらしい。……でも、俺達なら?」
「ちょっと待って! もしかしてキュバイアスの信者に志願して潜入するつもりなの?」
「ああ。奴等が街でオメガを放す事件を起こすのは信者を増やす為のデモンストレーションも兼ねてるらしい。もし今日のオメガ騒動もそうなら、近い内に何かしら信者募集の行動を起こすはず。それに乗じれば……」
「……奴等の中に入り、新しいアジトに案内されて、ナイマンを見つける事が出来るかもしれないって事か」
シエルが腕を組んだまま俺の後に続けて話す。しかし、オーリはあまり納得してない様子だ。
「そんな簡単に行くでしょうか? キュバイアスも警察と同じようにアーヴィングも警戒してると思います。ナイマンを拐ったんですから尚更に。僕らが潜入しようとしても警察と同じようにバレるのでは?」
「確かにそうだろうな。でも奴等が警戒してるのはアーヴィングの傭兵で、俺達はまだ正式なアーヴィングの傭兵じゃない。それならイケるんじゃないか?」
「うーん……。かなり危険な賭けですね」
「でも…… 多分、ジェリフを倒したのは訓練生だって…… バレてると思う……」
突然、隣でずっと黙っていたユユハがボソッと俺達に言った。ユユハの頭の上で退屈そうにしているフォウルもユユハに続く。
「テレビで男が言っていただろう? 『訓練生が倒したと思う』とな。奴等もテレビは確認してると思うし、訓練生も警戒されているのではないか?」
「うん、警戒はされてるかもしれないけど、要は訓練生の情報がアーヴィングのデータベースに載ってるかどうかなんだよな。正式な傭兵じゃない以上、載ってない可能性はあると思うからイケると思うんだけど……。奴等の情報源はそういうデータベースをハッキングして得てる可能性が高いらしいから、それを確認出来れば……」
「確認って…… 僕達もコンピューターをハッキングするんですか?」
「いや、さすがにそれはマズい気がする。その辺はアンナ教官に頼んで調べてもらうしかない。仮にキュバイアスに潜入するとしても、アンナ教官の協力が不可欠だしな。突然エボルヴから居なくなるわけにもいかないし」
「うーん、先生は協力してくれないんじゃないか? 危険だしよ。そうなったら俺達で色々考えても何も出来ないんじゃねぇ?」
「大丈夫。他に方法が無いならアンナ教官は協力してくれるよ。ナイマンを放っておくような人じゃないし、俺達が動かないと、何とかしようと一人でキュバイアスを相手にしちゃいそうだしな」
シュウリア達が医務室でそんな事を話している時、医務室の外のドアの隣には、手を後ろで繋いで壁に寄りかかっているアンナの姿があった。
「まったく…… あの子達は……」
アンナは先程医務室を出てからナイマン救出を要請をした時の事思い出す。
初めはエボルヴの所長に電話で伝えたのだが、所長には権限がないと言われ、代わりに繋がれたのが副社長のジョアンだった。
『副社長のジョアンです。話は聞きましたよ、アンナ教官。訓練生の一人がキュバイアスに誘拐されたという事ですが?』
『副社長!? ……あ、いえ。失礼しました。仰る通り訓練生の一人が誘拐されました。つきましてはその訓練生の救出の協力をお願いしたく……』
『そんな堅苦しい言い方をしなくて結構ですよ。……しかし、残念ですが救出には協力出来ません。私達は警察では無く傭兵組織。傭兵は金で動くもの…… 貴方もそれは分かっているでしょう? アーヴィングに必要な傭兵ならまだ検討の価値はありますが、いち訓練生の為に動くなど……』
『それは分かっているつもりです! それでもお願いしているんです!』
『ふむ……。教え子を助けたいという貴方の気持ちには感服しますが、我々にとってキュバイアスはどういう存在か分かっているでしょう? かの組織は人々に害を与えるクズではありますが、それと同時に我々の需要を高めてくれる組織でもあります。我々が動けばそれに乗じて警察も動き、かの組織が壊滅するかもしれません。それは我々にとってもおいしくありません』
『ええ、ですが……!』
『こういう状況に備えて、まず始めに契約書にサインをさせているのです。そうでしょう?』
『それは……』
『本来なら安易に囚われるという失態をした責任を取って解雇処分にする所ですが、まだ訓練生という事と貴方に免じて死亡が確認出来るまではわが社に在籍させてあげましょう。もしかしたら自力で逃げ出せるかもしれませんからね。それで十分でしょう?』
『待ってください! 副社長!』
『申し訳ありませんが私も多忙の身。失礼させてもらいますよ。……分かっているとは思いますが、くれぐれもバカな真似はしないようにお願いしますよ? ……それでは』
『ちょっ!? もしもし!? 副社長っ!』
壁に寄りかかったアンナはそこまで思い出すと、深い溜め息をついた。
思った通り会社の協力は得られない。それは副社長のジョアンが出てきた時点で分かりきっていた事だが。
そして、これで自分はナイマン救出の為に下手に動けなくなった。
ナイマンを見捨てる? まさか。そんなのはあり得ない。なら…… あまり気乗りはしないが、彼等の力を借りるしかない。それに、ひとつ嬉しい誤算もある。
アンナは医務室のドアに手を掛けて大きく深呼吸する。そしてゆっくりと医務室に入って、そこに居るシュウリア達に言った。
「皆居るわね? やっぱり会社は協力はしないわ。だからバカな事を言ってるのは分かっているけど、貴方達に協力を要請します。ナイマン救出の為に力を貸してちょうだい!」




