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オメガ騒動

 正午が過ぎたエボルヴの医務室。俺は少し前に再び目覚めて体調は多少回復した。看病していたユユハも俺が目覚めた時には起きていて、その頭の上にはフォウルも居る。そして、他には見舞いに来たクライヴとアンナ教官、リース先生も居るが、部屋のカーテンは閉められていて室内は真っ暗の状態だった。

 すると突然懐中電灯の光が天井に伸び、その光の中にこの状況を作った犯人の顔がヌゥっと出てきた。そいつは見開いた目で俺達の顔を見渡して、ニヤリと不気味な笑みを見せた。


「それじゃ…… 始めましょうかねぇ……。身の毛もよだつ恐怖の話しを……」


「ちょっと! いきなり何なの? 止めなさいよクライヴ!」


 アンナ教官がリース先生にしがみつきながらこの状況を作った犯人…… クライヴに言った。

 まったく……。何を始めるかと思ったら……。

 どうも、昨夜テレビでやっていた有名な怪談師『ジュン・ライスリバー』の番組に感化されたらしい。クライヴが怖い顔をしているとユユハも俺の手を握りだした。


「うぅ……」


 その顔を見てみると多少怯えた表情をしていた。

 普段はあまり顔色を変えないのに……。

 怖い話とか苦手なのか?

 頼られるのは嬉しいけど、見かけによらず怪力だから握られてる手が若干痛い……。

 因みにリース先生は普段と変わらずニコニコしていた。


「良いじゃねーか先生。最近暑くなってきたからな。涼しくなろうぜ」


「楽しそうじゃないですか~、アンナちゃん」


「怪談というやつか。面白そうではないか」


「もうっ、あなた達まで」


「よっしゃ! それじゃ始めるぜ! ……オッホン。これは俺が昔聞いた話しなんだけどさ……」


 クライヴが咳払いをして話しを始めると、皆が黙りこんで医務室内に静寂が訪れた。

 クライヴの話しはこうだ。


 とある街にバスで帰宅中の男子学生が居た。学生がポケットからガムを取り出して食べようとした時、バスが一度激しく揺れたせいでガムを床に落としてしまう。腰を曲げて床に落ちたガムを拾うと、座席の下に茶色い封筒が落ちているのを発見しそれを拾い上げた。


「なんだこれ?」


 封筒には何も書かれておらず、封もされていなかった為に学生は中身を取り出してみた。


「原稿用紙……?」


 封筒の中には数枚の原稿用紙が入っていて、何かが書かれている。一番上の原稿用紙にタイトルのようなものが書かれていた。そこに書かれていたのは『好奇心』。だが作者の名前は書いていなかった。

 誰かが忘れていった作文か小説か……?

 少し悪いと思いつつ学生は中身を読んでみる。最初は主人公の学生がバスの中で封筒を見つける所から始まった。


「ハハ。今の俺みたいじゃん」


 今の自分と同じような内容だった為に興味が出てきて続きを読んでいく学生。『好奇心』の主人公は封筒の中身を確認すると、中には原稿用紙が入っていて台詞を一言。


『ハハ。今の俺みたいじゃん』


 その台詞を読んで学生はゾクッとする。

 今自分が何気なく言った言葉と同じ台詞が原稿用紙に書かれていたのだ。

 少し気持ち悪いと思ったが、偶然だと自分に言い聞かせ少し飛ばして続きを読む。そこには『好奇心』の主人公が窓の外を見ると、横断歩道を歩いている会社員が車に跳ねられたのを目撃する…… という内容が書かれていた。さすがにこれは無いと学生が笑っているとバスが停車する。どうやら信号待ちのようだ。原稿用紙を読んでいて、今どこまで来たか分からない学生は窓の外を見て場所を確認する。すると、会社員風の人が横断歩道を渡ろうと歩いていた。


「え……?」


 学生が驚いた瞬間…… その会社員の人が車に跳ねられた。騒然とする現場を見ていると信号が青になりバスは発進していく。さすがに怖くなった学生は原稿用紙を封筒に入れて座席の下に投げ捨てると、下車ボタンを押して次のバス停で慌てて下車した。


「なんなんだよ! あの原稿用紙!」


 目的の場所よりも早くバスから降りてしまった学生は仕方なく徒歩で帰宅する。

 まだ明るく人も多い道を歩いていると、次第に恐怖心も薄れ落ち着いていく。


「だだの偶然……。だだの偶然……。何をビビってるんだ俺は」


 学生はポケットからクルホを取り出して、イヤホンを差し音楽を聴くことにした。落ち着いたバラードが学生の耳に流れてくる。

 そうして歩いていると、道を彩るように脇に植えられている草木の茂みの中にハンドバッグが落ちていた。

 落とし物か……?

 無視して歩こうと思ったが、学生はそれを拾った。一見みると女性用のハンドバッグだが思ったより軽い。中に何が入っているか見てみると、中には小さなメモ帳のような物が入っているだけだった。

 交番に届けるか捨てておくか悩んだ学生がメモ帳の中身を確認すると再び背筋が凍りついた。適当にめくった所に『好奇心は……』という文字が書かれていたのだ。


「え……?」


 バスの中で見た原稿用紙が脳裏を横切る。しかし、あれとは無関係という事を確かめる為にも学生は恐る恐る紙をめくる。そこには綺麗な文字の羅列が書かれていた。そこに書かれていたのは、学生が怖くなってバスを飛び出した後、茂みの中に女性用のハンドバッグが落ちているのを発見するという内容だった。


「な、なんなんだよ! これは!」


 恐怖と苛立ちが込み上げて来てメモ帳をパラパラとめくる。そこには文字がびっしりと書き込まれていて、途中でめくられていた紙が自然に止まった。そこには恐怖で錯乱した主人公が道路に飛び出しトラックに跳ねられて死ぬ…… という内容が書かれていた。


「ぶさけんな!」


 学生はメモ帳をハンドバッグの中に戻すと、ハンドバッグを茂みの中に思いっきり投げ捨て走り出す。

 さっさと家に帰ろう……。

 人目も気にせず走り続ける学生。その目の前には交差点があり、青信号が点滅している。急いで渡ってしまおうと思った学生だったが、さっきのメモ帳の内容が頭に浮かんだ。


「道路に飛び出して…… 死ぬ……」


 学生は咄嗟に足を止める。信号はまだ点滅していていたが、学生が止まると赤信号に変わった。その瞬間一台のトラックが無理矢理左折してきて走り去って行った。


「へ、へへへへ。やっぱりな。俺をなめんな! ……アハハハ!」


 よく分からない現象を回避した学生は安堵する。そして、周りを警戒しつつ横断歩道を渡り、家を目指してあるき始めた。

 これまでの事で喉が渇き、安心したらお腹も空いてきた学生は、途中のファーストフード店へと入る。軽い食べ物と飲み物を注文して、それを受け取り適当な椅子へと座り食事する。クルホをいじりながら食事していると、隣の椅子の上に一冊のノートが置かれているのを見つけて学生の動きが止まった。


「う、嘘だろ……」


 学生の額に冷や汗が流れる。そして、今まではこういうのを見たから変な事が起きたと考えて、ノートに背を向ける様に座り急いで食事をする。そのままノートを見ないように店から足早に出ていった。

 ノートを見なかったからか、店を出た学生に変な事は起きない。安堵の溜め息を吐いて学生は帰路につく。家まではまだ距離があるためにクルホを取り出し、また音楽を聴くことにした。今度はさっきのファーストフード店でダウンロードしてみた音楽だ。知らない歌手だったが、何となく気になってダウンロードした曲を聞き始める。なかなか良い歌声で好きな曲調だったが、あるフレーズで数回リピートしてしまう。


『好奇心…… 好奇心は…… あな…… あなた…… あなたを……』


「え……?」


 若干トラウマになりかけている『好奇心』という言葉のリピートにドキッとする。クルホの調子が悪いのかと思い画面をタップしたりボタンを押したりしても反応がないまま曲は流れ続ける。そんな事をしていると突然音量が最大になって、デスボイスが耳を貫いた。


『殺す!』


「うわっ!!」


 学生は慌ててイヤホンを耳から離す。突然の爆音に心臓が止まりそうになった。


「何だよこの歌!」


 学生が曲を止めてクルホで調べてみると、どうやらそのアーティストはデスボイスを得意としたアーティストだったようだ。この歌は優しい雰囲気から突然激しくなる歌らしい。歌詞のリンクがあったから何気なくそこを開いてみた。


 風が吹くと思い出す

 二人一緒だったあの頃を

 その心を知りたいと思った

 好奇心はやがて薄れていく

 離れてしまったあなたを

 まだ好きだと叫びたい声を殺す

 僕は悲しい結末を逃れられない主人公

 ただ皆と同じように歩いているだけなのに

 僕の心は恐怖に満ち溢れていく

 僕は悲しい結末を予感している主人公

 ふと誰かの声が聞こえた僕が顔を上げると

 僕の心は恐怖から解放されたんだ


 学生は歩きながら歌詞を読んでいる内に心臓の鼓動が高鳴っていく。注目するべきは『殺す』の後のサビと思われる部分。ふと周りを見てみると前にも後ろにも同じ方向に歩いている人が居る。これは『ただ皆と同じように歩いているだけなのに』と同じではないか?

 学生は恐怖を感じながらも少し安堵している部分もあった。それは最後のフレーズの『恐怖から解放された』という部分だ。

 もしかしてこのよく分からない現象が終わるという事ではないのか?

 でも声? 声って一体なんだ?

 そう思いながら歩いていると、周りに居るはずの人の気配が無いのを感じた。背筋がゾクッとしているのが止まらない。


「危ない!!」


 ふと後ろからそんな声が聞こえて、思わず立ち止まり顔を上げてしまった学生は後悔した。

 最初に見えたのは赤信号。

 そして最後に見たのは目の前に迫ってくる大きなトラックと、片手にファーストフード店で見たノートのような物を持っていた運転手の驚いている顔だった。


「……という話なんですよねぇ~」


 『ジュン・ライスリバー』に似た口調で話を締めるクライヴ。微妙に似てたのは言わないでおこう。


「な、何よ! 全然怖く無いじゃない!」


 リース先生にしがみつきながら引きつった笑顔でアンナ教官はクライヴにそう言った。クライヴは笑いながら医務室のカーテンを開ける。


「何だかよく分からん話であるな」


 ユユハの頭の上で横になって、片手で顔を支えているフォウルが体をポリポリ掻きながらつまらなさそうに言った。

 お前はおっさんか……。

 ユユハは話が終わり安心したような表情をしている。時折握られている手に力が入り、手が潰されるかと思った俺もその恐怖が終わり安心する。


「とりあえず最後のトラックの運転手も学生みたいな事になっていた…… って事か?」


「さぁ~。どうなんでしょうかねぇ~?」


 俺がクライヴに聞くと、相変わらず怪談師を真似た口調で応える。自分でも気に入っているようだ。


「まぁ、ある種のバタフライ効果ってやつでしょうかね~?」


 リース先生も何故か怪談師を真似た口調でそんな事を言った。こっちは似てなさすぎて逆に笑いそうになる。


「バタフライ効果……?」


 ユユハが首を傾げて俺に聞いてくる。本でもゲームでもドラマでも映画でも何にでも出てくる言葉だ。


「よく聞く言葉で言うとファルナで蝶が羽ばたくとエクシードで竜巻が起こる…… ってやつだよ」


「……?」


「簡単に言えば、ちょっとした事が後に大きな事になるってことさ。学生が封筒の中身を見たから最終的に死んでしまう。もしかしたらトラックの運転手もそれに巻き込まれたかもしれない。逆に言うと、学生が封筒を開けなければ何も起こらなかったんじゃないかな」


「あとは好奇心が強すぎるのも危険…… というメッセージもあれば、人は好奇心という誘惑に勝てない…… というメッセージも含まれている感じですね~」


 俺の説明にリース先生が続ける。確かに好奇心を抑えるのはなかなか辛い。


「別にどうでもいいわよ。あまり考えすぎるのも面倒だから、この話はおしまい!」


 アンナ教官がかしわ手をして強引に話を終了させるが、俺は少しだけ考えていた。

 ちょっとした事が後に大きな事にる……。

 俺みたいなちっぽけな存在が傭兵という世界に入った事が、後に大きな事になるのだろうか? ……と。





 一方、エクシードの街ではオーリとシエルとルティアが丁度お昼ご飯を終えて、店から出てきた所だった。


「やはりエポルヴの食堂以外で食べるのも良いものですね」


 笑顔のオーリがそう言うとシエルとルティアも頷く。


「午前中は僕の用事に付き合って頂いたので、次はお二人の用事を済ませに行きましょう。本を見に行くんでしたね」


「そうだが……。お前はもう良いのか?」


「はい。色々購入したので満足ですよ」


「銃使いはちょっと大変ね。弾なんかは消耗品だから出費がかさむんじゃない?」


「アーヴィングに入る前は金銭的余裕がありませんでしたが、今はお給料が出ますから大丈夫ですよ」


「結構大変なのね」


「そういえば、お前は何の武器を使っているんだ?」


 シエルがルティアに問いかけるとオーリも興味ありそうな顔をルティアへ向ける。基本的に戦闘訓練は決められたグループでやっていて、訓練施設も広く、グループも離れた場所で訓練している為に別グループと会う事は滅多にない。だから、別グループの訓練生のバトルスタイルは話を聞く以外にあまり情報が入ってこないのだ。

 シエルに聞かれたルティアは少し恥ずかしそうに応える。


「私ですか? 私は……」


 ルティアがそこまで言った時、前方から叫び声と共にエクシードの住民が走ってくる。その表情は怯えていて、何かから逃げているようだった。


「何なの!?」


 その状況に戸惑う三人。オーリは逃げている住民の一人に近づいていく。


「何があったんですか!?」


「オメガだよ! オメガが出やがった!」


「オメガが!?」


「ああ! 見たこと無いやつだ! お前らも逃げた方が良い!」


 執拗に後ろを振り向きながら焦った感じで話す住民は三人に逃げるように言うと、一目散に駆け出して行った。


「何で街中にオメガが?」


 不思議そうな顔をするルティア。それとは別にオーリとシエルは何かに気づいたような顔をしてお互いを見る。


「前にもこんな事がありましたね。シエル」


「ああ。街中にオメガ……。何処からか飛んできたのでは無いなら、恐らく奴等の仕業だ」


「奴等って何ですかシエル様?」


 二人の時以外はシエルの事を様を付けて呼ばないようにしているルティアだが、この混乱で彼女も少し焦っているようだ。しかし、シエルはそれを指摘する事もなく応えた。


「キュバイアスだ」


 三人が三百メートルくらい走った先の交差点では十台以上の車が乗り捨てられていた。その中の数台は車同士で衝突していて煙を上げている。だが、見た限り周りには住民の影はなく死亡者は居ないようだった。オメガの姿も見当たらない。


「ん? なんだあれは……!?」


 ふと空中を見ると一人の男性が宙に浮いていた。アーヴィングの制服を着ている事からアーヴィングの傭兵だと思うが、首や手が力無く垂れ下がっている。三人が様子を見ていると、突然その傭兵が三人の方へ飛んできて近くの車の上に叩きつけられた。三人は急いでその傭兵に駆け寄る。


「おい! 大丈夫か?」


 シエルが傭兵の体を揺らすと、傭兵の手が少し動く。


「ぐぅ……。何を…… している……。早く…… 逃げろ……」


「俺達はアーヴィングの傭兵の訓練生だ。オメガは何処に行った?」


「く、訓練生……? お前らの…… 敵う…… 相手じゃ…… ない」


 かなり苦しそうに声を出す傭兵を車の上からそっと降ろして道路へと寝かす。口からは血を吐き、身体中が傷だらけだ。


「このままじゃ危険ですよ! シエル! 病院へ運ばないと!」


「ああ。……しかし、どうやって……」


 シエルは辺りを見渡す。

 動かせそうな車を探してそれで運ぶか?

 しかし、近くの車はキー大破してたり、キーが無かったりで動かせそうにない。

 すると、静かな交差点に誰かの声が響いた。


「誰かー! 助けてくれー!」


「人の声? ……お前達はこの人を見ていてくれ。俺が様子を見てくるついでに車を探してみる」


「分かりました!」


 シエルは声がした方へ走っていく。

 大体、交差点を中心にしてオーリ達が居る場所の反対側の場所車の中に、その声の主の男性がいた。


「大丈夫か?」


「おお! すまない…… って、君、学生さん?」


「学生では無い…… が、似たようなものだ」


「よく分からないが、まあいいか……。オメガが現れて急ブレーキしたら横からぶつけられて、気を失ったらしい……。気がついたらこんな状況でさ……」


 男性の車は後ろの側面がへこんでいたが、それほどダメージは無いようでエンジンも掛かっている。だが、前後をトラックに挟まれていてアクセルを踏んでもトラックを押し出すパワーが無く、抜け出せないようだ。


「車から降りて逃げればいいだろう」


「この車はボロだが俺の命だ! 捨てられるか!」


「まったく…… こんな時に」


 シエルは溜め息を吐いてから男性に向きなおす。


「分かった。そこから出してやるが頼みがある。そこから出れたら病院へ連れていって欲しい人が居るんだが」


「怪我人か? それは構わないが、どうやって出す気だ?」


 シエルは少し離れると腰の剣を持つように構えて集中して目を閉じる。そして目を開けると同時に素早く腕を上下左右に振ると、衝撃波が男性の車の前にあるトラックを切り刻んでいった。


「な、な、なにぃ~!?」


 驚きを隠せない男性に構わずトラックを粉々にしたあと、地面に衝撃波を打ってトラックの残骸を吹き飛ばした。すると、男性の車はゆっくり前進してシエルの前に停車する。


「き、君は何者だ? さっきのは?」


「俺はアーヴィングの傭兵の訓練生だ。向こうに重体の傭兵が居る。……約束は守ってくれるよな?」


「あ、ああ」


「よし、じゃあ行くぞ。すぐそこだ」


 シエルは車の上に飛び乗り身を屈めて、そこから男性にオーリ達の場所へと誘導する。


「お、おい! へこますなよ!」


 車はすぐにオーリ達の元へと辿り着いて、シエルは車の上から飛び降りる。


「良かった。車が見つかったんですね。大きな音がしたので心配しましたよ」


「ちょっとトラックをな。しかし…… 一人増えているな」


 シエルが男性を助けに行く前に居た重体の傭兵とは別に、もう一人が隣に横たわっていた。制服と襟元にあるアーヴィングのバッチで、この人も傭兵だと理解する。


「そっちの車の影で見つけました。気を失っていますが、まだ息はあります」


「そうか。よし、車の中に運ぶぞ」


 車の運転手を含めた四人で二人の傭兵を後ろの席に座らせる。そして、まだ意識がある傭兵を座らせた時にその傭兵がオーリの腕をつかんで引き寄せた。


「うわっ? 何ですか?」


「お前らも…… 逃げろ……! ゲホッ! ゲホッ!」


「僕達は大丈夫です。まずは早くオメガを探さないと」


「いいから聞け! ……オメガは…… すぐそこに居る……!」


「……えっ!?」


「シエル様! オーリ! ……あれ!」


 突然ルティアが大声を出し、交差点の中心部へ指を指した。オーリとシエルがその方向を見てみると、地面に人の腕くらいのロープ状の物が何本も現れて、それが空中へと上っていく。……というより、元々そこにあったロープ状の物が現れていっていると言った方が正しいかもしれない。そして、次第にその本体とおぼしき姿が現れていく。それはまるでクラゲのような姿をしていた。


「なんだあれは? ……クラゲか?」


「急に現れましたよ!?」


「そうじゃない…… 奴は…… 姿を消せる……」


「姿を…… 消せる?」


 オーリはもう一度オメガを見る。クラゲのようなオメガだが、その大きさは普通のクラゲとは比べ物にならない。傘の横幅が大体三、四メートルはある。そして触手はかなり長く、十メートル以上はありそうだった。クラゲオメガはユラユラと揺れながら宙に浮かんでいて、傘の渕の辺りが赤く輝いていた。


「あの輝き…… やっぱりオメガのようね」


 両端の触手を高く上げながら、クラゲオメガはゆっくりと三人の方へ近付いてくる。シエルは傭兵の乗った車の後ろのドアを閉めて運転手へ声を掛ける。


「ここは危険だから早く行ってくれ。後ろの二人を頼む」


「わかった! お前らもヤバくなったら逃げろよ!」


 車は乗り捨てられてた車の間を器用に通り抜けて走り去っていった。残された三人はクラゲオメガを見上げる。


「さて…… どうしたもんか……」


「エクシードの警備をしている他の傭兵はどうして来ないの?」


「そういえばそうですね。こんな騒ぎになったら駆けつけると思うのですが」


「アーッハッハッハ!!」


 三人がそんな事を話していた時、突然笑い声が辺りに響いた。何事かと辺りを見渡す三人。すると、クラゲオメガを挟んだ向こう側の車の上に、黒いローブを着た人物が立っていた。


「残念ですが他の傭兵は来ませんよ!」


「お前は…… キュバイアスか!?」


「いかにも! 崇高なる組織キュバイアス教団の幹部、コルクーと申します。以後、お見知りおきを」


「他の傭兵が来ないってどういう事ですか!?」


「フフフ。我等が神の使いであるオメガを離したのはここだけじゃないって事ですよ。他の傭兵は別のオメガの対処で手一杯……」


「他の場所でも離したなんて……。なんて奴等なの!」


「しかし、君達は運が良い。他の場所はあくまで陽動。メインはこの場所、このオメガですからね。まずは君達を神の元へ送って差し上げましょう!」


 コルクーは下に置いていたロケットランチャーの様なものを拾って担ぎ、オーリ達三人に狙いを定めて発射する。三人は咄嗟に後ろに飛び跳ねたが、その弾は三人の手前でUターンしてオメガへ向かって飛んでいく。


「なに!?」


 そして、それがオメガに当たると凄まじい音と光が辺りを包んだ。


「キュオォォォォォ!!」


 目眩と耳鳴りの中にオメガの叫び声のようなのが聞こえる。三人はフラフラと立ち上がり、シエルがコルクーに向かって叫んだ。


「くっ…… 何の真似だ!?」


「ご心配なく。殺傷能力のないスタングレネードのようなものです。少々怒らせないといけないもので」


「……怒らせる?」


 その瞬間、クラゲオメガの幾つもの長い触手が凄い速さで三人に伸びて来た。


「危ない!」


 三人はその触手をかろうじで避ける。避けられた触手は近くの車を難なく貫通した。まともに当たればかなり危険のようだ。


「アーッハッハッハ! これでこのオメガはあなた方を敵だと認識しました。せいぜい楽しんでくださいね」


コルクーは車から飛び降りてその場から走り去って行く。


「待ちなさい!」


 ルティアがコルクーを追いかけようとしたが、オメガの触手が行き場を遮りルティアの足が止まる。そして別の触手がルティアの背後へと伸びて行くが、ルティアは気付いていない。


「ルティア! 後ろです!」


「っ!?」


 オーリの声で後方を確認するも、触手はすぐ目の前に迫っていた。さすがに避けきれない勢いでルティアにはどうする事も出来ない。


「くっ!」


 車すら簡単に貫く触手に無意味なガードをして、ルティアは覚悟を決める。その時、ルティアの視界に黒い影が横切った。


 ザシュッ!


 触手がルティアに突き刺さる寸前に切り落とされる。ルティアが影の横切った先を確認してみると、そこにはシエルが立っていた。


「シエル様!」


「油断するな。お前は昔のままではないのだろう?」


「……はい!」


 返事をしたルティアの目が鋭くなる。そして体が僅かに光ると、その両手に二本の剣が現れた。


「ルティアも剣を!? しかも二刀流!?」


 ルティアの武器を初めて見て少し驚くオーリ。ルティアは次々と伸びて来る触手を二本の剣で切り落としていく。その動きはシエル程ではないが、とても速い動きだ。


「フッ……」


 その剣さばきを見て思わず笑みを浮かべるシエル。

 昔、オメガに襲われた時に何も出来なかった少女が、よくここまで腕を上げたものだと彼は感心していた。

 しかし、クラゲオメガの触手は切っても切っても伸びてきてキリがない。


「くっ! 一体何本あるの!?」


「いや…… そうじゃありません!」


 触手を次々切り落としているシエルとルティアと比べて、相手をしている触手の数が格段に少ないオーリは、触手を避けながらクラゲオメガを観察していて何かに気付いた。


「どういう事?」


「触手の数が多いのではなく、切られた触手がすぐに再生しているんです」


「再生?」


 シエルは伸びて来る触手を切り落としてから後退し、切られた触手を観察する。するとオーリの言う通り、切られた触手は後退してすぐに、切られた所から再生して元通りになった。


「ちっ……。これじゃキリがないぞ」


「それなら本体を叩きます」


 ルティアはそう言い、一旦左に側転して触手を避ける。その後を追って来た触手を右手の剣でまとめて切り落とし、左手の剣をクラゲオメガの本体へ向けて降った。すると左手の剣の剣身が柄を離れてクラゲオメガ本体へと飛んで行き、傘の淵に赤い輝きを放つ目と思われる場所に刺さった。


「キュオォォォォォ!!」


 クラゲオメガの触手の動きが止まる。ルティアが左手を引くとクラゲオメガに刺さっていた剣身が抜けて、ルティアの左手へと戻っていく。そして剣身が柄と合わさって元通りの剣になった。


「ルティア凄いです!」


 歓喜の声を上げるオーリに少し照れ臭そうな顔をするルティア。クラゲオメガはルティアの攻撃が効いているようで、触手をうねらせている。


「よし、本体への攻撃が有効のようだ。一気に攻めるぞ」


 シエルは衝撃波を食らわせようと構えて集中する。そしていざ攻撃をしようとした瞬間、クラゲオメガの姿が跡形もなく消えた。


「なに!?」


 驚いて動きが止まるシエル。次の瞬間、シエルの体が何かに殴られたように横に吹っ飛んで電柱に叩き付けられた。


「ぐはっ!?」


「シエル!」


「シエル様!」


 オーリとルティアは急いでシエルの元へと駆け寄り、倒れた体を支え起こす。


「大丈夫ですか!?」


「ああ……。何とか…… な。しかし、こうも見事に姿を消せるとは」


 ヨロヨロとした動きでシエルは立ち上がる。交差点を見渡してもクラゲオメガの姿が見えない。


「これでは危険です! 少し離れましょう!」


「そうね!」


 三人は交差点から少し離れた場所へと急いで移動して警戒する。すると、交差点にある一台の車が突然宙に浮かんだ。


「あれは……!?」


 地上から結構な高さまで上っていく車が途中で止まった瞬間、三人の方へ勢いよく飛んできた。


「うわっ!」


 三人は散らばって車を避ける。飛んできた車は地面に接触して潰れ、逆さまになって道路を滑って行く。


「くそっ、奴は何処に居るんだ?」


「シ、シエル様っ!」


 交差点を見ていたルティアが驚いた様子の声を出した。その声を聞いたシエルが交差点の方を見たとき、我が目を疑った。今度はそこに乗り捨てられていたほとんどの車が宙に上っていたのだ。


「あれを全部投げられたらマズイですよ!」


「ちぃ!」


 シエルは突然凄い速さで交差点へと駆けて行く。


「シエル様!?」


「奴が見えない触手で車を持ち上げているなら、あの下辺りに居るはずだ! 俺はそこに衝撃波を叩き込む! それで何も変化がなければお前達は逃げろ!」


「シエル!」


「はぁぁぁぁ……」


 シエルは走りながら構えて集中する。そして、乗り捨てられたら車の上を蹴って高く飛ぶと、浮かんでいる車の下を目掛けて幾つも衝撃波を放つ。


 ズドドドドド!


 放たれた衝撃波が地面に当たりコンクリートを砕いていく。すると、宙に浮かんでいた車が次々と地面に落ち始めていった。どうやら車を持ち上げてた触手には当たっているようだ。だが、三台の車は宙に浮かんだままで、その一台がシエルへ、残りの二台はオーリとルティアの方へ飛んできた。


「はぁっ!」


 シエルは横に飛んで車を避け、オーリとルティアは、シエルの元へと走り前転して車を避けた。


「ふぅ……。大丈夫ですか? シエル様?」


「ああ。お前達は?」


「シエルが車の数を減らしてくれたので大丈夫です」


「そうか……。しかし、状況は何も変わっていない。どうする?」


「何か位置が分かるような印をつけられれば良いんですけど……」


「印……?」


 ルティアがふと言った言葉にオーリが反応する。そして、少し考えた顔をした後で、何かに気付いたように顔を上げた。


「上手く行くか分かりませんが…… 印をつけられるかもしれません!」


「本当か? オーリ?」


「どうするの?」


「これを使えば……」


 そう言ったオーリの体が僅かに光り、その手にランチャーのような物が現れる。


「これは?」


「エアランチャーです。普通のとは違ってカスタマイズされた特殊なものですが」


「銃口がやたら大きいわね。サッカーボールくらいあるんじゃない?」


「特殊なものですから。このエアランチャーの弾は変わっていまして、発射されて1~2秒で破裂するんです。そしてこれがその弾で、午前に買ったものなんですが…… 中に青い着色料が入っているんです。これを交差点の上空で破裂させれば……」


「飛び散った着色料があのオメガに付着する…… か」


 シエルがニヤリと笑うとオーリも笑顔になる。しかし、ルティアは怪訝そうな顔をしていた。


「それはいい案だけど……。これ、何のために存在してるの? てゆーか、何でこれ買ったの?」


「ランチャーも弾も、一種の面白グッズみたいなものです。小さい花火が出る弾とか、花びらが一杯詰まった弾とかもあって中々綺麗なんですよ。この着色料のは、青い雨みたいになれば面白そうだな~と思って買ってみたんですが……」


「そんな事はいいから、さっさとやるぞ」


 シエルとルティアが周りを警戒しつつ少し交差点へと近付き身を低くして待機する。クラゲオメガの体に印が付いたら真っ先に攻撃する為だ。オーリはその少し離れた後方にいて、エアランチャーを構えた。


「良いですか? 着色料は服に付いたら取れないかもしれないので注意してくださいね」


「そんな事は気にするな」


「それじゃあ…… 行きます」


 オーリは交差点の中心の上空で弾が破裂するように狙って引き金に指をかける。

 しかし、オーリは釈然としない気持ちがしていた。クラゲオメガの攻撃は、さっきの車を投げる攻撃からピタリと止まった。その前も攻撃をしたシエルとルティアには激しく応戦していたが、攻撃を与えていない自分への攻撃は二人のそれに比べてかなり緩かった。

 攻撃というよりは威嚇みたいなものだ。

 それに、一番最初にクラゲオメガが姿を見せた時も向こうから攻撃をしようとしていなかった。コルクーの『怒らせる』攻撃があって、クラゲオメガは手を出してきたのだ。

 何故『怒らせる』必要がある?

 訓練等で良く戦うオオカミオメガは遭遇した途端見境なく襲ってくるが、クラゲオメガはそんな感じではない。

 もしかしたらあのオメガは……。

 オーリが引き金を引かずに考えていると、不審に思ったシエルが振り返ってオーリに声を掛ける。


「どうしたオーリ? 何か問題……」


 そこまで言ったシエルの顔が驚きの表情に変わる。隣にいたルティアも振り返った途端に同じ顔になった。

 そんな二人の表情を見て、オーリは狙いを定めるのを止め背後に意識を集中する。すると、そこに何かがいる気配がした。


「オーリ…… 動かないで……」


 ルティアが手を広げて動くなというジェスチャーをする。

 オーリは最初はそれに従ったが、徐々に体を後ろに向ける。そのオーリの目の前の上空にはクラゲオメガ浮いていた。そして、その触手でオーリの体を突っついたりしている。


「オーリ! 今助ける!」


「待ってください!」


 オーリの元へ駆け出そうとしたシエルを、オーリが振り向き静止する。そして再びクラゲオメガを見上げて口を開く。


「もしかして君は…… 人を襲うようなオメガじゃ……」


 そこまで言った時にクラゲオメガの上空で突然爆発が起きた。


「キュオォォォォォ!」


「うわぁ!」


 爆風でシエル達の前までオーリが飛ばされる。そして、その三人の前にはいつの間にか二人の人影が立っていた。その一人がオーリに近付いていく。


「ごめんなさいねぇボーヤ。ちょっと激しすぎたかしらン」


 そう言って吹き飛ばされたオーリを無理やり立たせると、服に付いた砂ぼこりを両手で払う。

 女性のような口調だがその声は男性のように低い声だった。化粧をしているその顔もまた、男性のような顔つきだ。


「何だお前達は?」


 シエルが前に出てきてその女のような男…… いわゆるオネェに問いかけると、オネェは嬉しそうな顔をした。


「あらヤダちょっと何よこの美形!? モロアタシのタイプだわ!」


 目を輝かせてオネェはシエルに詰め寄る。その迫力にはさすがのシエルも一歩足を引いた。それを見ていたルティアが二人の間に割って入る。


「何なんですか、あなた達は!?」


「あら、ルティアお嬢様。近くで見ると、随分綺麗になったじゃないの~?」


「どうして私の事を……」


 するとオネェとは別のもう一人がルティアの前に出てきて一礼する。凛とした表情の女性だ。


「私達は『クリムゾンブレイカー』の者です。ルティアお嬢様」


「クリムゾンブレイカー……。強いオメガを殲滅するのが任務の…… アーヴィングの特殊部隊……?」


「はい。この辺では見掛けないオメガが出現したという情報が入ったので、ここに来たのです」


「でもちょっとガッカリね~。基本アタシ達はBランク以上のオメガ担当なのに、Cランクのジェリフだったなんてね」


「ジェリフ?」


「そう、あの子の名前よン」


 オネェはクラゲオメガを指差してこたえた。当のジェリフというクラゲオメガは爆発の影響があるのか、フラフラとしている。


「あのオメガの事を知っているんですか!?」


 ルティアを押し退けてオーリがオネェの前に出てくる。オネェは勿論と言わんばかりにウィンクをした。


「あれはジェリフっていうオメガよン。クラゲに見えるけど精霊タイプのオメガなのよン。大人しいオメガだからそんなに強くはないけど、知能が高く姿を隠せるから、なかなか出会う事がなく、その珍しさもあってCランクとされているオメガなのよン」


「知能が高く大人しいオメガ…… やっぱり……」


「うン? どうしたの、ボーヤ?」


「あのオメガは人に危害を加えるようなオメガではないんですね?」


「なんだと? ……そんなオメガがいるのか?」


「それが居るのよカワイコちゃん♪ まぁ、ほんの少数だけどねン」


「そ、そうなのか……」


 必要以上にシエルに顔を近付けるオネェに、シエルはまた一歩足を引く。


「それなら倒す必要はないのでは? 上手く誘導すれば街の外に出せると思いますが?」


「ウフ。ボーヤは優しい子のようねン。でもね……」


 オネェがオーリと顔を合わせたまま後ろのジェリフに何かを放り投げる。すると、先程と同じように爆発が起きた。


「どうしてっ!?」


 オーリがオネェに掴みかかって問いただす。背後から吹いてくる激しい爆風に微動だにしないオネェは、笑顔のままオーリに答えた。


「これがアタシ達の仕事なの。オメガ殲滅部隊クリムゾンブレイカーの…… ね」


「そんな……」


「それじゃあお仕事にもどりましょ。アンタはどうするの? メアリー?」


 オネェは、ジェリフの方を向いて隣に居るもう一人のクリムゾンブレイカーの女性に聞いた。メアリーと呼ばれた女性は腕を組んで動かない。


「あなた一人で大丈夫でしょう? ププゲイル」


「ンもぅ! 『プル』って呼んでっていつも行っているじゃないのン!」


 オネェ…… ププゲイルは腰をクネらせながらジェリフの方へ歩いていく。その姿が僅かに体が光った瞬間、両手に複数のグレネードが現れた。


「アタシの好みでイカせて貰うわよぉ~。激しいのでねン」


 ププゲイルが足に力を入れると、一瞬でジェリフの遥か上空に飛んだ。そして、手に持ったグレネードをジェリフの上に落とした。


「お嬢様。それにあなた達二人も、少し離れた方がいいです」


 メアリーは三人を押してププゲイルから離して行く。オーリは押されながらもププゲイルとジェリフから目を離さない。

 そして、凄まじい爆発が何回も巻き起こった。その爆風は離れた位置にいる四人をも吹き飛ばせそうな程だ。


「きゃあ!」


 爆風でルティアの体が吹き飛ばされそうなる。だが、シエルがその手を掴んでそれを阻止した。


「大丈夫だ。しっかり握っていろ」


「は、はい」


 ルティアは少し顔を赤くする。そんなルティアを見てメアリーは少し微笑んだ顔を見せた。

 すると、何処か遠くから誰かの声が聞こえ、それが段々近付いてくる。


「ァァァァアアアアアアン」


 そして、その声の発生源のププゲイルが四人の前に落ちて来る。ププゲイルは地面に接触する前に体勢変えて膝を付いて着地し、ゆっくり立ち上がった。


「はふぅ~。自分が起こした爆発に吹っ飛ばされるのは堪らないわね~」


 服に付いた砂ぼこりを払い落としながらそう言ったププゲイルの体には、傷ひとつ付いていない。


「……仕留めたの? ププゲイル?」


「うーん。どうかしらン」


 交差点を覆っていた砂ぼこりが次第に晴れて行く。そしてボロボロになった道路の上にはジェリフの姿があった。ジェリフはまだ生きてはいたが、宙に浮かぶ事も出来ないほど弱っていた。


「あらン? まだ生きていたのねン。楽にしてあげましょ」


 ププゲイルは腰をクネらせて再びジェリフの方へと歩いていく。トドメをさすために。


「待ってください!」


 オーリがププゲイルを呼び止めて彼の前へと立ちはだかる。


「もう十分でしょう! こうなったらもう何も出来ない筈です!逃がしてあげましょう!」


「オーリ……」


「甘いボーヤねン……。でも、ボーヤの言うとおり何も出来ないなら、街の外に逃がしても姿を隠す事も出来ずに、他のオメガの餌食になっちゃうわねン。なら今楽にしてあげる事が優しさじゃないのかしらン?」


「そうかもしれません……。でも、悪いオメガでは無いと知った以上、僕は殺すのをただ見ている事は出来ません」


「うーん。さっきも言ったけど、アタシも仕事なの。ちゃんと仕事しなきゃ隊長にどやされちゃうわン。だから、どうしても邪魔するならアンタを排除しないといけなくなる。……可愛いボーヤでもね」


 ププゲイルは最後に声のトーンを落とし、オーリに向かって構えを取る。それに対してオーリも二丁拳銃を取りだして構えた。


「ちょ、ちょっとオーリ! あなた本気なの!? 相手はクリムゾンブレイカーの一員なのよ!?」


「すみませんルティア。クリムゾンブレイカーに敵うとは思いませんが、僕も引き下がる事は出来ないんです」


「ふぅ。やれやれ……。お前もなかなか頑固者だな」


「シエル様!?」


 ププゲイルの後ろに居たシエルが溜め息を吐きながらそう言った。そしてププゲイルの横を通り過ぎオーリの隣にまで行くと、ププゲイルに向かって構えを取った。


「……シエル?」


「お前一人でやらせる訳にはいかないだろう。……同じグループの仲間だしな」


「シエル……」


「ウフフフフ! 良いわぁ! 良い展開よぉ! 二人の若くてピチピチしたカワイコちゃんと激しいバトル! ゾクゾクしちゃう~! ……うン?」


 目を輝かせていたププゲイルが突然何かに気が付いたような顔をする。それはププゲイルだけではなく、ルティアとメアリーもだった。


「オーリ…… あなたの左手…… 光ってるんだけど」


「え?」


 オーリは持っていた拳銃を仕舞って左手を確認する。ルティアの指摘通り、オーリの左手に刻まれた契約の印が赤く光っていた。


「これは契約……,うぷ!?」


 オーリが契約の印の事を言おうとした時、突然口を塞がれた。目の前には、今さっき対峙していたププゲイルが口の前に人指し指を立てていた。


「シィー! 契約の事は機密事項って聞いてるでしょ? 多分何処かでさっきのキュバイアスが見てるはず。そうじゃなくても契約の事を口にしないよう注意しなきゃダメよン」


 オーリが頷くとププゲイルはオーリの口を塞いでいた手を離した。


「もしかしてお前は…… ずっと見ていたのか?」


「ごめんなさいねぇ。先にアンタ達が居たから様子を見させてもらってたのよン。キュバイアスの男を追おうとも思ったけど、アンタ達が心配でねン」


「申し訳ありません。ルティアお嬢様。私はすぐ加勢しようとしたのですが、ププゲイルに止められまして。もしかしたらあなた方の誰かがジェリフとアレを結べるかも…… と」


 メアリーがルティアに頭を下げる。『アレ』というのは恐らく契約の事だと三人は察する。


「それじゃあこの状況も……」


「ジェリフはちょっと特殊でね。こっちからアレを結ぼうとしても結べないのよン。だから、アレをするにはジェリフから持ち掛けられなくちゃいけないの。ジェリフを傷つけず、その本性に気付ける優しい者がその対象。美形とお嬢様はやむおえず攻撃をしちゃったけど、ボーヤには可能性があって最後にジェリフの本性に気が付いたみたいだからねン」


 ププゲイルがそう説明していると、ルティアが前に出てきてププゲイルに問い掛ける。


「それなら、あの時あなたが攻撃をしなくても、あのまま…… アレを結べたんじゃないの?」


「そうかもしれないけど、もう一押し欲しかったし、ボーヤがどう出るか試したかったのよン。ごめんなさいね、ボーヤ」


「いえ、そういう事でしたら構いません……。僕の方こそ生意気な態度を取ってしまってすみませんでした」


「いやーねン。そんなの気にしなくていいわよン。オトコは譲れない時は立ち向かうもんよン。でもまぁ、アタシが勝手にこの状況を作ったから、アレをするかしないかはボーヤに任せるわン。アレをする気が無いとしても、殺さずちゃんと街の外に出してあげるけど?」


「やります。やらせてください」


 オーリは以前のアンナ教官の講義を思い出す。確か、契約するには左手を広げてその対象に突き出せばいいはず……。

 オーリがジェリフに左手を広げて突き出すと、急に風景が変わり、オーリとジェリフだけになった。


「これは……?」


「キュオォォォ」


 ジェリフが静かに声を出す。言葉にはなっていないが、オーリには言いたいことが分かっていた。


「ええ。あなたと契約を結びます。ジェリフ」


「キュオォォォォォォ!」


 地面に崩れ落ちたままだったジェリフが元気よく浮かんで一回転すると、眩しい光が辺りを包み、気が付いたら元の交差点に戻っていた。目の前に居たジェリフの姿は消えている。


「どうなったんだ? オーリ?」


 隣に居たシエルがそう言うと、オーリは胸元に手を当てる。


「ええ、結べました」


「そうか。それなら良かったな」


「うン。めでたしめでたし。それじゃあ、アタシ達はそろそろ行くわよン。他の場所のオメガがどうなってるか気になるしねン」


 ププゲイルが拍手をしながら三人に言う。一方のメアリーはクルホで誰かと話しているようだ。


「はい。……そうですか。分かりました。それでは」


「どうかした? メアリー?」


「他の場所のオメガは既に殲滅したみたいよ」


「あらそうなのン? それなら戻って隊長に報告しましょ。それじゃあね。また何処かで会いましょう、ルティアお嬢様とカワイコちゃん達」


「はい。色々ありがとうございました」


「良いのよン。……でも、アタシ達をクリムゾンブレイカーの基準と思わないでねン。他のメンバーはアタシ達みたいに甘くないわよ。バイバイ」


「失礼します。ルティアお嬢様」


 クリムゾンブレイカーの二人は三人に背を向けて歩いて行った。残された三人は暫くそれを見送ったあと、周りを見渡す。


「これ…… どうしましょうか?」


 交差点だった場所は大破した車があちこちに散らばって道路はボロボロ、周りの店やビルの窓ガラスも割れていたりして悲惨な状態だった。


「……俺達にはどうしようもないな。さっき、メアリーというクリムゾンブレイカーが電話で報告しているようだったから、すぐに業者とかが来て何とかするだろう」


「これからどうしますか? シエル…… さん?」


「あれ? そういえば、ルティアはさっきまでシエルの事を『シエル様』って呼んでませんでした?」


「あら? そ、そうだったかしら? 聞き間違いじゃないの?」


「うーん。確かにシエル様って言っていたと思うんですが」


「そ、そんな事より、当初の目的の本を買いに行きましょ」


 慌てた様子でルティアは本屋へ向かって一人で歩いていく。


「こんな状況で本屋がやっているとは思えないが……」


 とりあえずルティアの後に続いて本屋へ行ってみた三人だったが、シエルの予想通り、本屋…… というかエクシードの店の殆どが臨時休業になっていた。後から聞いた話だと、エクシードの街に避難勧告が出ていて、住民は避難所に避難していたようだった。トボトボと帰路に付く三人。

 一方、三人からの少し離れた別の場所でもトボトボと歩いている一人の少年が居た。それはゲームを買いに来たナイマンだった。


「うぅ……。オメガ騒動のせいで目当てのゲームが買えなかったっす……。午前中ゲーセンに行かずに、さっさと買いに行っておけば良かったっす……。はぁ…… っす……」


 トボトボ歩き続けているナイマンの前に一台のバンが停まっていて、その横の路地裏の影にに黒いローブのようなものを着ている人物が数人見え隠れしていた。


「なんすか? ……コスプレっすか?」


 ナイマンは好奇心からその人達に近付いて行く。黒いローブを来た連中の一人がナイマンに気付いて警戒する。


「こんにちはっす。もしかしてコスプレの集会っすか? 何処かでイベントとか?」


 ナイマンの言葉に黒いローブの男達は顔を見合わせて笑顔を作る。


「そ、そうなんだよ。ちょっとこれからコスプレ仲間で集まろうと思ってね。ハハ……」


「へぇ~。楽しそうっすね。これは何のコスプレっすか? ……あ、ちょっと待つっす! ……このフォルムだと…… すばり、ファンタジーゲームっすね!」


 どうだ! と言わんばかりのナイマンの対応に困った顔をする黒いローブの男達。すると、路地裏の奥からもう一人のローブの男が歩いて来た。それはジェリフを放ったコルクーというキュバイアスの幹部の男だった。


「くそっ! 作戦は失敗です! あのオメガは倒されたようです! 次はもっと強いオメガを購入しなければいけませんね!」


「コ、コルクー様!」


 コルクーは苛立った様子で他の黒いローブの男達に近付くと、ナイマンを見て怪訝そうな顔をする。


「何ですか? この少年は? 我々の入信者ですか?」


「いえ、その……」


「入信者って何すか? ……あぁ! そのコスプレのグループの名前がそんな感じなんすね!?」


「これはコスプレなどではなーい! 我等キュバイアス教団の神聖なる衣装なのだ!」


 コルクーは両手を広げて黒いローブを見せつける。周りの信者は頭を押さえて首を横に降った。


「キュバイアス教団っすか? はて? どっかで聞いた名前…… って、キュ、キュバイアス!? もしかして今日の騒動もアンタ達の仕業っすか!?」


「フフフ。そうだと言ったらどうするつもりかな? 少年?」


「アンタ達を捕まえて警察に突き出してやるっす! これでも僕はアーヴィングの傭兵…… の卵…… っすからね! 観念するっす!」


「なんだと!? アーヴィングの傭兵だと!? ええぃ! ……コイツを取り押さえろ!」


 コルクーの指示で周りに居た信者がナイマンを拘束する。複数の大人に拘束されてナイマンは動けない。


「このっ! 離せっす! 全員で来るのは卑怯っすよ!」


「黙れ! まったく、貴様らアーヴィングの傭兵は目障りな奴等だ。貴様も今すぐ神の元へ送りたい所だが、利用価値があるやもしれん。……コイツを車の中で縛り上げておきなさい!」


「はっ!」


「離せ! 離せっす!」


 車に乗せられるのを何とか踏ん張って阻止するナイマン。その現場から五十メートルくらい離れた交差点には、オーリとシエル、ルティアが歩いていた。

 少し騒がしい声が聞こえたオーリは、何となくその方向を見て驚いた。


「シエル、ルティア! あれ!」


 視線の先では、さっき会ったコルクーとその仲間と思われる者達が車の横で誰かに何かをしていた。


「あいつ! まだこの街に居たのね!」


「ちょっと待って下さい! ……あれ、ナイマンじゃないですか!?」


「ナイマン? ナイマン・フォースか?」


「ええ! 間違いありません! ……あっ!」


 三人がコルクーを捕まえる為に走ろうとしたが、コルクーは車に乗り、ナイマンは車に押し込められてあっという間に走り去って行った。

 唖然とする三人。そしてルティアが静かに口を開いた。


「もしかしてこれって…… 誘拐?」


 ナイマンを乗せたキュバイアスの車が走り去って行った方向を見ながら三人は固まる。

 そんな三人に今は、なす術が無かった。

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