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思い出

 首都エクシードの人気の無い町外れ。

 かつては木材工場だった廃墟の近くに、今は使われていない古びた図書館があった。その図書館の一室のベッドの上に、黒い仮面の者が横になっている。その肩や腕、腹部には白い包帯が巻かれている。

 すると、その部屋の中に白い仮面の人物が入ってきた。


「メラン。起きてますか?」


「……はい」


 白い仮面の者の言葉に、メランと呼ばれた黒い仮面はゆっくり体を起こす。


「寝たままで良いですよ。まだ完治していないのですから」


「いえ、大丈夫です」


「静養中の時くらいは仮面を外させてあげたいんですがね……」


「この仮面は同志の証。外す訳にはいきません。それに……」


「いつ、どこで、誰に見られるか分かりませんからね。正体を知られると計画に支障をきたしますし……。仕方ありませんね」


「それで…… 俺に何か?」


「エリュトロンが様子を見に来たんです。……お入りなさい」


 白い仮面の者がそう言うと部屋の中に赤い仮面の者が入って来た。


「調子はどう? メラン?」


「エリュトロン……。何しに来た?」


「ご挨拶ね。せっかくお見舞いに来てあげたのに」


 エリュトロンと呼ばれた赤い仮面の者は、黒い仮面の者のベッドの上に座った。機械の様な声だが、その口調からしてどうやら女性のようだ。


「しかしまぁ、貴方がここまでやられるなんてね。どうだった? あの子達は?」


「皆なかなか良い腕をしていたのは認める。……あの娘とは戦っていないがな」


「ユユハ・フローレスね。あの子が居ると色々面倒になりそうだから、先に動きを止めたんでしょ?」


「いや、たまたまあの娘が動けなくなっただけだ。……あの娘はそんなに強いのか?」


「まあ、ドラゴンオメガを倒した子だからね。あの子の力は計り知れないわ。まだ契約もしていないっていうのに」


「そうか……。それは惜しいことをしたな」


「それでどう? シュウリア・ストレイヴは?」


「ドラゴンオメガの力は想像以上に凄い強さだ。今回の事で我々の計算通り、アイツは更に強くなるだろうな。だが、アイツ自身の体はどうだ? かなり危ない状況に見えたが……」


「今もまだ意識不明みたいね。命に別状が無いようだから、とりあえず一安心だけど」


「しかし…… 彼の力を高める為とはいえ危険な橋を渡ったな、メラン。一歩間違えばお前も危なかったと聞いたが?」


 部屋の外から別の声が聞こえ、室内の皆は部屋の入口に視線を向ける。すると、そこから青い仮面の者が現れた。


「キュアノエイデス? 君もメランのお見舞いに?」


 白い仮面の者がそう聞くと、キュアノエイデスと呼ばれた青い仮面の者は白い仮面の者に頭を下げた。


「ええ。メランがここまでボロボロになるのは滅多に見られませんからね。レウコン様」


「フン。本当は何しに来たんだ? キュアノエイデス?」


「相変わらず冗談の通じないヤツだな……。まぁいい。また『穴』のひとつが大きくなったようだ。一番小さいやつだがな」


「どれくらいの大きさになったの?」


「レベル2に入った…… といった所だ」


「これで全部レベル2になった…… という事ね。……レウコン様、いかがいたしますか?」


 赤い仮面の者が白い仮面の者の指示を仰ぐ。どうやらレウコンと呼ばれたこの白い仮面の者が、この者達を率いているようだ。


「レベル2なら問題無いでしょう。それにまだ役者が揃っていない以上、我々は待つしかありません。キュアノエイデスは『穴』の状況を監視しつつ、メランとエリュトロンは今まで通りやっていてください」


 白い仮面の者の言葉に三人は姿勢を正し、片手を胸へ当てる。


「全ては世界の崩壊の為に」


『全ては世界の崩壊の為に!』





 一方、エボルヴ内の医務室のベッドにはシュウリアの姿があった。ライールの樹海で黒い仮面の者と戦ってから既に数日が経過していたが、未だ死んだように眠っているシュウリア。

 彼は夢を見ていた。影と声しかない夢を。

 夢の中で二つの影が並んでいて、その一つが声を上げる。


『もう逃げ場は無いぞベリアル!』


『逃げる? 私が? ……笑わせるな!』


 二つの影が重なり激しく揺れる。すると、一つの影が弾き飛ばされたように離れた。


『グハッ……』


『ハア……ハア……。これで終わりのようだな…… べリアル。お前の罪はその命で償うのだ!』


 その瞬間、二つの影の間に眩しい光が現れた。


『これは……!?』


『フフフ……。フハハハハハ! どうやらまだ終わりでは無いらしいな! これが世界の意思だ!』


 その声の後に、一つの影が光へと向かって行く。


『べリアルー!!』


『貴様には私を殺す事など出来んのだ! ……フォウル!!』


「……っ!?」


 眩しい光が広がった所で俺は目が覚める。俺の視界には見た事がある天井があった。


「ここは…… 医務室?」


 体を動かそうとすると全身に痛みが走った。しかもかなり怠い……。力を抜くと体が布団に沈み息が溢れる。視界の右側には点滴も見えた。ただ、左手だけがやたら暖かい感じがして、その方に目を向けた俺は驚いた。

 ユユハが俺の左手を握りしめたまま、床に座り俺のベッドにうつ伏せになって眠っていたんだ。その隣にはフォウルも丸くなって寝ていたが、俺の気配に気付いたのかフォウルはその目を開いた。


「うん? ああ…… 気が付いたか、シュウリア。まったく、無茶をしおって」


「俺、どうしたんだっけ?」


 寝起きのせいなのか頭がハッキリしない。フォウルは体を起こして俺の上に飛んできた。


「仮面の者と戦ったであろう? 忘れたのか?」


「あっ! そうだ! ……あイテテテ」


「急に体を動かすな。オメガドライブのせいでお前の体は疲弊しきっているんだからな」


「ユユハ…… は大丈夫そうだけど、他の皆は大丈夫なのか?」


「大丈夫だ。酷くやられたわけではないから、アヤツ等はすぐに回復した」


「それなら良かった。 ……んで、これは一体どういう状況なんだ?」


 俺はユユハに握られている左手を少し動かしてフォウルに訪ねる。


「今日は休日だからずっとお前の看病をしていたのだ。ユユハに感謝しておくが良い」


「そうだったのか……」


「今はまだ朝方だ。もう少し休め。意識が戻ったのなら、体の調子も次第に良くなって行く」


「ああ…… そうするよ。まだ眠い……。あっ、そういえば夢でフォウルの名前を聞いたよ」


「我の名前を?」


「後はべ…… べリなんとかって名前も出てきたような……。あー、忘れちゃったよ……」


「そんなよく分からん夢はどうでも良いから、大人しく眠れ」


「ああ……」


 俺はゆっくり瞼を閉じる。

 意識が途切れそうになった時に「べリアル……か」と言ったフォウルの声が聞こえた気がした。





 それから数時間後。

 エボルヴのエントランスホールに二十人くらいの訓練生達が集まっている。その中にはシエルの姿もあった。ホールの隅の椅子に座って静かに新聞を読んでいる。すると、一人の訓練生がシエルに近付いて行く。


「おはようございます。シエル」


 声を掛けられてシエルがその人物を見ると、それはオーリだった。


「オーリか。おはよう。ここで何をしている?」


「僕はちょっとエクシードに行こうと思いまして。 ……もしかしてシエルも?」


「ああ。たまには息抜きでもしようと思ってな。新しい本も欲しいと思っていたし」


「それじゃあ、一緒に行きませんか? 僕は弾丸の補充に行くんですが……」


「ああ、構わない」


 オーリはシエルの隣の椅子に座り、クールフォンという携帯端末…… 通称クルホを取り出し時間を確認する。


「エクシード行きのバスはもう少しで来そうですね。ここに居る人達もバス待ちでしょうか?」


「多分な。……そういえばお前のルームメイトはどうした?」


「クライヴならまだ寝てると思います。昨日の夜遅くまで映画を観ていたみたいですから」


「そうか。まぁどうでもいいがな」


「……シュウリアはまだ寝てるみたいですね」


 クルホを見ながら心配そうな声でオーリは言う。


「ああ。だが、さっき様子を見に行ったら一度意識が戻ったとフォウルが言っていたから心配しなくていいさ」


「そうなんですか!? はぁ~、それは良かったです」


 オーリは先程とは変わって明るい表情になる。そんなオーリを見てシエルの表情も少し緩んだ。

 それから少し経った時、ホールに職員の声が響いた。


「エクシード行きのバスが到着しましたー! 利用する方は乗ってくださーい!」


「あっ、来たみたいですね!」


「ああ。行くか」


 オーリとシエルはバスに乗るためエボルヴの出入口へと向かう。すると、その前方にはルティアが歩いていた。


「あれ、ルティア?」


「え? ……あっ、オーリ? と、シエル…… さん」


「一人なんて珍しいですね。ルティアもエクシードへ?」


「ええ…… まあ。ちょっと本を買いにね」


 ルティアは一瞬シエルの方を見てからオーリの方を見る。普段は取り巻きと一緒にいるルティアだが、今日は一人のようだった。


「そうなんですか。シエルも本を買いに行くみたいですから一緒に行きませんか?」


「え? シエル…… さんも?」


「ああ」


「一人が良いならそれでも構いませんが……」


「え…… ええ。私は一緒でも構わないけど……」


「それじゃあ、一緒に行きましょう。シエルも構いませんよね?」


「ああ。構わない」


そんなやりとりをしていると職員が声を掛けてきた。


「さあさあ、バスに乗るなら急いで!」


 オーリとシエルとルティアは急いでバスに乗り込んだ。普通のバスよりは多少小さいバスのために、車内は満員状態で席があまり空いていない。奥に歩いてみるとちょうど並んで二席空いてる所を見つけた。


「ここが空いてますね。ほら、シエル」


「あ、ああ」


 シエルが窓際に座ったのを確認すると、オーリはルティアにも座るように促す。


「ほら、ルティアも」


「えぇ? オーリが座りなさいよ。私は一人でいいから」


「いいから、いいから」


「ちょっ、ちょっと!」


 オーリは遠慮するルティアを強引にシエルの隣に座らせて、自分は後ろの席がひとつ空いていたため、そこに座ろうと先に座っている人に声を掛けた。


「すいません。隣良いですか?」


「ん? 良いっすよ。……って、オーリ君じゃないっすか!」


 その席の窓際に座っていたのは同期のナイマンだった。


「ああ、マイナンでしたか!」


「ナイマンっす!」


「それでは失礼します」


 オーリはナイマンの隣りの席に座ってシートベルトをする。それから少し経ってバスはゆっくり発進した。


「ナイマンも買い物か何かですか?」


「そうっすよ~。やりたいゲームが出たから買いに行くっす!」


 そういえばオフの時にナイマンが携帯ゲーム機とにらめっこをしているのを、何度か見たのをオーリは思い出した。


「そういえば、よくゲームをやってましたね」


「そうっす! エボルヴのゲームキングマスターと言えば僕っすよ! 最近のオススメはドラゴンの力を得たヘッポコ勇者がその力を使い世界を救うもその力におぼれて魔王になって世界征服しちゃうんだけど未来から来た娘が魔王である元ヘッポコ勇者の父を止める為に軍隊を作って立ち向かうアクションRPGっていうのが面白いっす! ……って、オーリ君聞いてるっすか?」


 ナイマンがオーリに目を向けると、オーリはしきりに前の席を気にしている様な感じだった。ナイマンは小声でオーリに聞いてみる。


「何してるんすか?」


「シエルとルティアがどうなってるのか気になりまして」


「あの二人が前に居るんすか?」


「ええ。僕の予想だと二人には何かありますね。特にルティアのシエルに対する態度が不自然な気が……」


「まさかルティアさんはシエル君の事がすすすす、好き…… とかっすか?」


「その辺はよくわからないですが…… 多分」


「なにゃーーーっす!?」


 ナイマンが突然、大声で奇声を上げた為にバスに乗っている他の訓練生がオーリ達の方を見た。


「ちょっとナイマン……! 声が大きいですよ……!」


「くぅ~……。さよなら、マイラブストーリー…… っす……」


「もしかしてナイマン、ルティアの事を?」


「聞かないでくれっす……。所詮は高嶺の花だったっすよ……」


 窓の外を見つめるナイマン。

 その顔は哀しげだったが笑っていた。

 少年はほろ苦い経験をして、またひとつ成長した…… と思いたい。


「ナイマン……。鼻水が出てます」


「うほっ!? ティッシュペーパープリーズっす!」


 後ろの席でナイマンの恋が終わったなどと知るよしもないシエルとルティアの席は、特に会話もなく静寂に包まれていた。

 シエルは本を読んでいて、ルティアは首に掛けているロケットの中身を見ていた。


「よく中身を見ているが…… 誰かの写真か?」


「え?」


 本に視線を向けながらシエルがボソッとルティアに声を掛けた。


「言いたくないなら言わなくていい」


「いえ……。父と母の写真です。両親は子供の頃に亡くなりましたけど」


「そうだったのか……。すまない」


「気にしなくていいです。シエル様。」


「……様など付けずに呼び捨てで構わないんだが」


「あっ、ごめんなさい……。でも、昔からそう呼んでいたので、呼び捨てはなかなか……」


「昔…… か。初めて会ってからどれくらい経った?」


 少し上を向いて何かを思い出している様子のシエル。その言葉を聞いてルティアも同じように少し上を向いた。


「八年経ちました。私が祖父と共にシエル様の家のパーティに行ってから……」


「そうか。もう八年前になるのか」


 シエルの家のラディック家はエクシードから西にあるファルナ地方の領主である為に、他の貴族や権力者等とも交流があり、二人はその過程で知り合っていた。


「はい。エボルヴでシエル様を見た時は驚きました。 ……どうしてアーヴィングに? 家は継がないのですか?」


「俺が居なくなれば家は妹が継ぐ事になる。俺には叩き込まれたラディック家の剣術があるが、妹には何もない。だから俺は家を出た。 ……それだけだ」


「そうだったんですね……。シエラちゃんの為に……」


「シエラはまたお前に会いたがっていたよ。お前になついていたからな」


「シエラちゃんが? ……フフ、私も会いたいです」


「お前はどうして傭兵に? 社長の為か?」


「祖父の為でもあり、両親の為でもあり、シエル様のようになりたいと思った為でもあります」


「俺のように?」


「覚えてますか? 昔、シエル様が私を助けてくれた事を」


「……ああ」


 シエルは当時の事を思い出す。

 初めてルティアと会ったパーティから二~三日はラディック家に滞在していたルティアが、ある日何かの動物を追いかけて一人で町外れへと歩いて行くのをシエルは目撃して後を追いかけた。

 オメガはあまり人の街には寄り付かないとはいえ、エクシードの様な厳重な警備ではない為に稀にオメガが街に迷いこんでくる。運悪く、その日がそうだった。

 シエルがルティアを見つけた時、ルティアは既に数体のオオカミオメガに囲まれていた。一体のオオカミオメガがルティアに飛び掛かると、シエルはその時既に習得済みのストックで仕舞っていた剣を取り出し、オオカミオメガの頭を切り落とした。呆然としているルティアを尻目に、シエルは周りのオオカミオメガも次々と倒していく。

 そして全てのオオカミオメガを倒した後にルティアが泣き出し、ルティアとシエルを探しに来た大人達に無事保護された……。

 そこまで思い出したシエルは少し笑った。


「フッ。あの時お前が泣き出したから、てっきり怖がらせたと思っていたが……」


「フフ。シエル様が怖かったんじゃありませんよ。あの日から私もシエル様のように強くなりたいと思い、祖父にお願いして訓練させて貰っていたんです」


「そうか。教官のランキングを見る限り、随分強くなったようだな」


「アーヴィングの孫娘だからって甘い査定をしているんじゃなければ良いですけどね」


「心配するな。教官はそんな事はしないだろう。……お前は努力して強くなったんだ。いつものように胸を張っていれば良い」


「は、はい」


 シエルの言葉に少し照れた表情をしてルティアは俯いた。すると、バスはエクシードのゲートを通過していく。どうやらそろそろ到着のようだ。

 シエルとルティアが良い雰囲気の中、後ろの席のオーリとナイマンは相変わらずだった。ナイマンはほろ苦い経験を忘れようとしているのか、オーリにマシンガンゲームトークを繰り広げている。


「それで娘が言うんすよ! 『……父上、例え私の存在が消えてしまうとしても、あなたを倒してみせる!』 すると魔王と化したヘッポコ勇者が答えるっす! 『その覚悟は良い。さすが私の娘を名乗る事はある。ならば私もそれに応えよう! ……その前に、君の母上って誰なの!?』 それから怒濤のクライマックスが……」


「もう……! ナイマンがうるさいから前の二人の話しが何も聞こえないじゃないですか~。傷心中じゃないんですか?」


「へへっす。エボルヴで一番立ち直り早い男、その名もナイマンっす! それより僕の話しを聞いてくれっす! ……あ、今度オーリ君にも貸してあげるっす!」


「はぁ~……」


 溜め息を吐いてシエルとルティアの様子を伺うのを諦めるオーリ。ナイマンのゲームトークはバスが停車するまで続いていった。

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