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アーヴィングカンパニー

誤字、脱字は見つけ次第訂正します。

 アーヴィングカンパニー。

 この世界ではその名を知らない人は居ないであろう大手企業で、その主な事業内容は武装人材の派遣。要するに傭兵派遣組織である。

 元々はどこかの国で起きている戦争への加勢や、小規模な組織の小競り合いのへの加勢などの仕事を請け負っていた企業だったが、オメガが現れてからはその対処をメインとした姿になる。

 そしてそれが原因なのか、いつしかアーヴィングカンパニーの傭兵は他の傭兵派遣会社の傭兵より群を抜く強さになって需要が増大し、今のような大企業となった。

 オメガ。

 数十年前に突如この世界に溢れだしたバケモノ達。

 その容姿や生態などは多種多様だが、中でもドラゴンタイプのオメガは強大な力を持っており、知能も高い。

 この世界に最初に現れたオメガで、他のオメガ達をこの世界に呼び込んでいるのもドラゴンタイプのオメガ…通称ドラゴンオメガではないかという説もある。

 そしてこの春に俺は、そんな有名な傭兵組織であるアーヴィングカンパニーに訓練生として入る事になっていた。


 ガタン…。ガタン…。


「はぁ……」


 アーヴィングカンパニー本社のある首都エクシード行きの電車の中、窓の外に広がる景色を眺めていると溜め息が溢れた。


「アーヴィングカンパニーかぁ……」


 ハッキリ言って俺には合いそうにない会社である。何て言ったって俺には武術とかの戦闘技術など皆無だからだ。そんな俺がどうして戦闘技術が必要な傭兵会社に入社する事になったか…結論から言うとスカウトである。

 毎年三月頃にアーヴィングカンパニーは採用試験を実施し、特定の場所に試験官を派遣してはそこに集った応募者をテストしている。オメガと戦う事になるため、給金が他の一般的な会社と比べると高額で、その金に目が眩んだ親に強制的に応募させられた。無理だとは分かっていたのだが、丁度働いていた工場の人員削減にあったのもあり、しぶしぶやったみたが勿論テストは誰が見ても残念な結果になった。しかし何故か試験官の目に留まり、訓練生として誘われ、その気のなかった俺は良い断り方を考えていたけど思い付かず現在に至る…という感じだ。


「……何で俺なんだ?」


 スカウトされた時からずっと同じ言葉だけが繰り返される。

 何で俺なんだ?

 もしかして誰かと間違ったのか?

 もしかして特攻役とか壁役として使い捨てるつもりなだけなのか?


「まあ、いっか……」


 俺の故郷とは違う都会な景色に変わった外を眺めながら、俺は考えるのを止めた。もうじき答えが分かる。まだ訓練生としての入社なのだから、どこかで死ぬ前に会社が間違えに気づくかクビになっているだろうし。


『まもなく首都エクシード。首都エクシードに到着します』


 アナウンスを聴き、俺は重い腰を上げて荷物を降ろし降車口に向かう。

 そして不安と緊張の中、俺は知らない世界へ足を踏み出した。





 さすがは首都エクシード。

 駅はとてつもなく広く、人もとてつもない人数が往来している。

 学生、サラリーマン、お年寄りに小さな子供…これを見てるとオメガというバケモノなんて居ないんじゃないか? と思ってしまうが、よく見渡すとヤツらは確実に存在していると認識させられる。

 それは、駅員や警備員に紛れてアーヴィングの傭兵がちらほら見えるからだ。見慣れたアーヴィングの傭兵の制服と、その襟元にあるバッジに刻まれているAとVを上下にくっ付けた印でアーヴィングカンパニーの傭兵だとわかる。おそらく対オメガ要員なのだろう。

 こういったアーヴィングの傭兵は世界中にいる。大都会でも俺の故郷のような田舎でも、それぞれの街に拠点があり、オメガに備えているのだ。だから今ではもうオメガを取り締まる警察のような感じで人々に認知されている。あくまで民間の会社なのだが…。

 そうして俺は広い駅を何度か迷いながら、ようやく駅の出口に辿り着いた。


「えっと、時間は…… 十三時四十分か。本社前の警備室に十四時集合で、ここから本社まではタクシーで五分程度って聞いてるから、丁度いいかな」


 駅の窓ガラスで多少身だしなみを整えるとタクシー乗り場に向かう。数人並んでいたが、あっという間に自分の番になり、俺はやって来たタクシーに乗り込んだ。


「えーっと、アーヴィングカンパニー本社までお願いします」


 運転手に行き先を告げるとドアが閉まり、ゆっくりと発進する。見慣れない街並みを見ていると、運転手のおじさんが話しかけてきた。


「お客さん、アーヴィングカンパニーの人ですかい? もしかしてオメガと戦う傭兵ってヤツとか?」


「ええ、まあ。とはいっても正式に傭兵という訳ではなく、傭兵の卵の訓練生なんですけどね。しかも今日からです」


「へぇ~。じゃあこの街も初めて? しかし、あそこは入社するのも大変だって聞きますよ。お客さんはもしかしてエリートってヤツですかい?」


「いえいえ、エリートだなんて……。正直向いてないですし、自分でも何で採用されたのか分からないくらいですから」


「お客さん、あんまり自信ないみたいですね~。でも、あのアーヴィングカンパニーにせっかく採用されたんですから、やるだけやってみたら良いんじゃないですかね? 人生当たって砕けろですよ! ……と、ホラ! アーヴィングカンパニー本社が見えてきた!」


 運転手の言葉を聞いて外を見てみると、そこには巨大な高層ビルがそびえ立っていた。周りにも沢山ビルが並んでいるけど、アーヴィングカンパニーの本社のビルは一際大きい。


「当たって砕けろ…… か……」


 予定通り到着し、運転手に料金を支払ってタクシーを降りると、運転手が窓を開けて飴玉を手渡してきた。


「大変だと思うけど、お客さんにご武運を。当たって砕けろって言ったけど、オメガとやりあう時は砕けないようにね」


「はは。ありがとうございます。とりあえず、やるだけやってみますよ」


 運転手が片手を軽く上げると、俺を乗せたタクシーはそのまま街並みの中に消えて行った。

 よし。ここまで来たら成るようになれだ!

 俺はビルの方へと歩いて行った。





 アーヴィングの会社員か他の会社員か分からないスーツ姿の人達とすれ違いながら歩いていると、駅の改札機ような物が道を塞いでいる。その周りには警備員が数人。監視カメラのようなのが数台。やはり世界的大企業だと警備も厳重みたいだ。目的の警備室らしいのがその前にあり、俺はその警備室の中で俺を睨んでいる警備員に近付いて行った。


「こんにちは。どうかされましたか?」


 この警備員はやさしい口調だが、なんだか目が怖い……。


「あの、俺…… いや、私は傭兵の訓練生として来ましたシュウリア・ストレイヴという者です。えっと、本社前の警備室に集合と言われて来たんですが……」


「ああ、訓練生の方ですか。少々お待ちを……」


 そう言うと、机の引き出しの中からクリップボードを取り出し何やらチェックしている。


「もう一度お名前宜しいですか?」


「シュウリア・ストレイヴです」


「シュウリア・ストレイヴさん……。はい、確認しました。もうじき担当が参りますので、それまではこの警備室の中にある部屋でお待ちください。そちらのドアから入って右の部屋です。座って待ってて構いませんので」


「はい。わかりました」


 軽くお辞儀をして言われたドアから中に入ると確かに右側にドアがあった。


「……失礼しまーす」


 数回ノックをして恐る恐る中に入ると、すでに四人の人が座っていて一斉にこちらに視線を送る。


「は、はじめまして、訓練生として来たシュウリア・ストレイヴです」


 担当者はまだ来てないと聞いたが、それとは別のお偉いさんが居たと思い慌ててお辞儀をする。しかし頭を上げてよく見ると全体的に若い人な気もする……。


「僕達も同じ訓練生ですから、そんなにかしこまらなくていいですよ。担当者が来るまで好きな所に座ってて良いみたいです」


 一番近くにいた少年が笑顔でそう答え、他の人は興味なさそうにそっぽを向く。俺はとりあえず愛想の良い少年の隣が空いていたからそこに座った。


「皆さん訓練生ですか? 思ったより人数少ないですね」と椅子に座り隣りの少年に話しかけてみる。


「そうですね。まぁ、ここに居る人達が今年訓練生として採用された人全員かどうかは分かりませんけどね。あ、僕はオーリ。オーリ・ベルシュールです。宜しくお願いします」


「オーリさん…… ですか。シュウリア・ストレイヴです。こちらこそ宜しくお願いします」


「オーリでいいです。それに同じ訓練生なんですから敬語で話さなくていいですよ」


「あ、うん。じゃあ改めて…… 宜しくオーリ。君も普通に話してくれていいから」


「僕の場合は敬語がクセみたいなものですから……。気にしないで下さい。名前は呼び捨てにさせて貰いますけどね」


「ああ、それで構わないよ」


 しかし、見た感じはまだ中学生くらいの小さい少年なのだがしっかりしている。仮に十五才だとすると俺より八つも下か……。若いなぁ……。まあ、ここに居るって事は普通の少年じゃないんだろうけど。

 他の三人もオーリよりは二~三つ上な感じがするけど、それでも俺よりはかなり若い。こういう人達がエリートと呼ばれる人種なのかな……?


「クックック……」


 オーリと話していると一人用のソファーにふんぞり返って座っいた奴が急に笑い出した。


「宜しくお願いしますってか? まったく平和な奴等だぜ……。来る場所を間違えたんじゃねーか? ここはオメガと殺りあう奴等の為の場所だぜ?」


 ふんぞり男が嫌な笑みを浮かべながら俺達に言う。


「挨拶する事は悪い事ではないと思いますけど?」


 オーリがキョトンとした表情で言い返す。ふんぞり男の高圧的な態度を特に気にしていないようだ。


「おうおう、ちっこいお子様は良い子ちゃんだね~。でもここは学校じゃないんだよ~? 早く帰ってお勉強しましょうね~」


「ここは学校じゃなく会社ですね。僕もまだまだ勉強する事が沢山ありますが、まだ帰る訳にはいかないかと思いますけど?」


 オーリはふんぞり男の挑発っぽい言葉に怒った様子もなく普通に真面目にこたえる。大物なのか天然なのか……。


「てめぇ! ふざけてんのか!?」


「いえ、自分で言うのもなんですが僕は真面目な方だと思いますが…」


「こ、この野郎……!」


「ハイハイ! そこまでにしとけって! 担当者の人がいつ来るか分からないんだから、あまり騒がないでおいた方が良いんじゃないか?」


 ふんぞり男が今にもオーリに掴みかかりそうになって来たために、仕方なく俺は二人のやり取りを止める。


「確かにシュウリアの言う通りですね。あまり騒がない方が良いと思います」


「チッ!」


 ふんぞり男は舌打ちをして、嫌々ながらまたソファーにふんぞり返って座る。ちなみに他の二人は我関せずな状態だ。

 それにしても……。


「今どき『クックック……』って笑うのも珍しいよな?」


 重い空気に耐えかねた俺は気になってた事をオーリに聞いた。それが聞こえたふんぞり男はバッと頭を上げてこっちを睨む。


「な……、今何て言った!?」


「確かにあまり聞かない笑い方ですね。曖昧な感じじゃなくて、ちゃんと『クックック』と発音してるのも面白いです」


 オーリも笑顔でこたえた。


「て、テメーら! バカにしてんのか!」


「そんな事ないよ。面白い人だなーと誉めてるだけだって。えーっと…… クーさん?」


「誰がクーさんだっ!」


「だって名前分からないし……。でも挨拶とか自己紹介とか嫌いみたいだから『クックック』のクーさんって事にしようかと。……クーちゃんの方が良い?」


「クーちゃんの方が可愛らしくて良いと思いますよ」


 オーリも笑顔でふんぞり男に言う。当の本人は怒りと恥ずかしさからか、顔を真っ赤にして震えている。


「て、テメーらぁ…!」


「ゴメンゴメン。クーちゃんが嫌なら名前教えてくれよ。馴れ合いとか嫌いかもしれないけどさ、何かで呼ぶ時とか名前分からないと困るだろ? だから…… ね?」


 そろそろ本気で怒り出しそうなふんぞり男をなだめる。俺はすぐにクビになりそうだけど、やるからには同じ訓練生の名前くらいは知りたいし仲良くやりたい。


「チッ…… 分かったよ、仕方ねーな。……俺はクライヴ。クライヴ・ダースだ! これで良いんだろ!」


「クライヴ・ダース?」

「クライヴ・ダース?」


 俺とオーリはハモってお互いに顔を合わせた。おそらく、思っている事は同じなのだろう。


「それならやっぱり……」


「クーちゃん?」


「誰がクーちゃんだっ!!」





 ブオォーーン!


 首都エクシードの車通りの激しい道路を一台のバイクが猛スピードで飛ばしている。時に車の脇を、時に車と車の間を躊躇わずにすり抜けて、そのスピードは制限速度を軽く超えているのは一目瞭然だった。


ファンファンファン!


「前のバイク止まりなさい! 前のバイク、道路の脇に止まりなさい!」


 したがって、警察の白バイに捕まるのは当然の流れである。


「チッ……」


 猛スピードライダーは舌打ちをして言われた通り脇に寄せて停まり、白バイ隊員も後ろに停めてライダーに近づいていく。


「すいませんがエンジンを切って、IDを見せて下さい」


「ハイハイ」


 エンジンを切ってIDを渡すライダー。


「あとヘルメットも取って頂けますか?」


 しぶしぶながら言われた通りに黒いヘルメットと取ると、そのライダーは長い茶髪の髪をしていた。


「もう! せっかく髪を仕舞ったのに」


「ああ、女性の方でしたか。しかしお姉さん、飛ばしすぎですよー。しかも、危険な運転もしてたでしょ? 一歩間違えたら大事故になる所だよ? 急いでたの?」


「急いでなきゃ飛ばさないわよ!」


「悪いけど速度オーバーと危険運転で減点だねこりゃ」


 すると女性ライダーはバックから別のIDのような物を取りだし、白バイ隊員に突き付けた。


「こっちも悪いんだけどコレどうぞ♪」


「なんですかこれは? 言っておきますが賄賂とかは…… って、こ、これは! ライセンス!? あの、何か色々許される…… あの!?」


 ライセンスーー簡単に言えばその所持者の行動が法に触れたものであっても罪にならないという物。もちろん何もかもが許される訳ではないが、とりあえず一般人には無縁の代物である。


「ハイそうでーす。そういう事だから今度私を見かけても止めないようにお願いしますね♪」


「あ、あなたは一体……」


 ブオーン! ブォン! ブォン!


 女性ライダーはエンジンを掛け黒いヘルメットを被るとシールドを上げて、ボーゼンとしている白バイ隊員の方を向いて言った。


「ただのイチ会社員よ。アーヴィングカンパニーのエージェントというね♪」


 ブオォーーン! ブロロロ……。


 ウインクをしてシールドを下げると女性ライダーはまた猛スピードであっという間に見えなくなり、残された白バイ隊員はただただその方角を見つめていた。


「アーヴィングカンパニーのエージェントって…… 凄いんだな……」





 数分後。

 先程の女性ライダーがアーヴィングカンパニー本社の前にバイクを停めると警備員室の方へと歩いていく。


「どーもー! ごめんなさい。ちょっと遅れちゃった」


 そう言われた目が怖い警備員が顔を上げると、その怖い目がバッと優しくなった。


「ああ、アンナさん! お疲れさまです。もしかしてまた飛ばしすぎて警察に捕まったんじゃないですか?」


「正解。まったく、何回止めれば気が済むのかしら?」


「まあまあ。警察の方も自分の仕事をちゃんとしてるって事ですよ」


「そうなんだけどね。で、もう全員集まってる? まぁ、仮にまだ来てない人が居ても、時間も守れない人は待たないけどね」


「ええ集まってますよ。しかし、時間も守れないって…… 耳が痛いんじゃないですか?」


「う、うるさいわね! 私は良いの! じゃあちょっとお邪魔するわよ。あ、あと、車の手配お願いね。向こうに私のバイク停めてあるから、その隣にでも」


「分かりました」


 アンナが警備室の中に入り右側のドアへノックしようとした時、何やら中から話し声が聞こえて来たため手を降ろし耳を澄ましてみた。


「ん? 何を話してるのかしら? ………んふ、そうだ♪」


 アンナは部屋に入るのを止め、奥の監視部屋へと向かいドアをノックする。


 トントン。


「はい?」


 突然のノックに驚いた監視部屋の警備員が、声を裏返して返事をするとアンナが出てきて更に驚く。


「ちょっとお願いがあるんだけど…」


「ア、アンナさん!? 一体どうしたんですか?」


「訓練生達が部屋で何かやってるみたいでね、面白そうだからコッソリ見てみたいなーって……。あの部屋にカメラ付いてるんだよね?」


「ええ、まあ付いてますけど……。良いんですか? 覗きなんて」


「覗きじゃなく訓練生の人となりを知るための観察? ってヤツよ」


「はあ、そうですか。まあ、私が口出しする事ではないですね。そこのコンピューターから確認できますよ」


「サンキュー♪」


 アンナは警備室の隅に座りコンピューターを操作すると、そこにシュウリア達が居る部屋が映し出された。音声もちゃんと聞こえる。


「さあて、何をしてるのかしら~?」


『てめぇ! ふざけてんのか!?』


 突然怒鳴り声が聞こえて驚くアンナ。だが表情は少し嬉々としている。


「ひゅう♪ 若いって良いねぇ~! えーっと、この元気な子は…」


 バックから封筒を取り出し、中身を目の前にぶちまける。それは訓練生達の写真や経歴、試験官の評価などの情報が書かれている書類だった。


「えーっと、この顔は…… お、コレだな~。なになに、名前はクライヴ・ダース。十八才。ラインバルト出身。既にオメガを数十体倒した経験もあり、戦闘レベルは高い。しかし、態度や性格には多少問題があり、戦闘行為自体を楽しんでいる感じもあるため注意…… か。なるほどね。自信過剰な戦闘マニアって感じかな?」


 書類を見ていると、画面の中から先程の険悪な空気から一変してちょっとした笑い声が聞こえてきた。


「あらまー? てっきり殴り合いでも勃発するかと思ったんだけど、どうしたのかしら?」


 見たところ別の訓練生が、クライヴを上手くあしらっているようだった。


「へぇ~。上手い事、場の空気を変えたもんね。えっと、この子は……」


 さっきと同じように書類を探すアンナ。


「あった! っと。なになに、名前はシュウリア・ストレイヴ、二十三才…… って二十三才!? 訓練生として入社出来るのは確か二十才以下だって決まってたと思ったけど……。ええっと、戦闘経験無し、能力も底辺で、しかも二十才を越えている。だが私は訓練生として入れる価値はあると感じる。稀にみる逸材…… って何よこれ? 簡潔すぎない? 担当は…… グラッグ・フォート!? まったくアイツは……」


 アンナはもう一度画面に映っているシュウリアを見る。

 グラッグ・フォート。

 会社の規律を無視して勝手に行動したりする問題児ではあるが、その能力に対する評価はアンナよりも上ーーというよりアーヴィングカンパニー全体で見てもトップクラスのエージェントである。


『ーー馴れ合いとか嫌いかもしれないけどさ、何かで呼ぶ時とか名前分からないと困るだろ? だから…… ね?』


 そのグラッグが稀にみた逸材…… か。


『チッ…… 分かったよ。仕方ねーな。俺はクライヴ。クライヴ・ダースだ! これで良いんだろ!』


「ふーん。……面白いじゃない、グラッグ」


 画面を見ながらアンナは、静かに笑みを見せた。





「しかし、担当者の方はまだ来ないのでしょうか? 十四時はとっくに過ぎているんですけど」


 部屋に設置されている時計を見ながらオーリは言った。確かに遅すぎる気がする。


「やっぱり、これだけの会社だから忙しいのかな? もしかして、何処かでオメガが暴れてるとか? ……何にせよまだ来る気配も無いし、せっかくだからそっちの二人も自己紹介しちゃわない?」


 別の部屋でアンナに監視されているとは微塵も思わない俺は、今まで一言も喋っていない二人に話しかけてみた。一人は本を読んでいる少年で、もう一人は頬杖をついて遠くを見つめてる少女だ。


「そうだ! 俺だってちゃんと名乗ったんだ! お前らも名乗るのが筋ってもんだろ!」


 俺の提案にクライヴも賛同する。ただ、名前を知りたいというより、自分が真面目に自己紹介したのが恥ずかしいから、お前らもやれって感じだけど。

 すると、少年の方は読んでいた本をパタンと閉じてクライヴの方を向いた。


「お前はちゃんと名乗ったというより、コイツに上手く言いくるめられただけだと思うが?」


 とても落ち着いた口調で話す本の少年。その目はとても鋭く、冷たい感じがする。


「なんだとテメー! 俺を馬鹿にしてんのか!?」


「まあまあ、落ち着けって。ちゃんと名乗ってくれそうだしさ。だろ?」


「ったく、どいつもこいつも……」


 何とかクライヴをなだめる。口が悪くいちいち噛みつく奴だけど、意外と素直に言うこと聞いてくれる所を見ると根っからの悪では無さそうだ。


「フゥ……。まあいいだろう。俺はシエル・エル・ラディックだ。好きに呼ぶといい」


「シエル・エル・ラディックね。それじゃあシエルって呼ばせて貰うよ。よろしくシエル。俺たちは…… まあ、さっきのやりとりでもう知ってると思うけど……」


「ああ、分かっている。シュウリアにオーリにクライヴだったな」


「そうそう、よろしく!」


「よろしくお願いします」


「ケッ……」


 挨拶を済ませるとシエルはまた先程の本を開いて読み始める。

 しかし、シエル・エル・ラディックか……。

 ミドルネームが付いてるのは珍しいな。もしかして貴族みたいな家の生まれなのかな?


「名前が長いとなんか貴族な人って感じがするな」


 俺が小声でオーリに言うと、オーリはちょっと驚いた顔を見せる。


「シュウリア知らないんですか? ラディック家と言えば古来からの騎士の名門で、剣術に素晴らしく長けている有名な一族なんですよ。たしかファルア地方の領主だったと思います」


「うそ? じゃあ本当に貴族様ってヤツなの? ひょえ~。あまり馴れ馴れしくしない方がいいのかな?」


「その必要はない」


 俺がちょっとアワアワしてると、本を読んでいるシエルが姿勢を変えずに口を挟んできた。どうやらこちらの話が聞こえていたらしい。


「あはは……。聞こえてた?」


「耳は良い方でな。家柄や身分など、ここでは何の意味もないんだ。だから何も気にしなくて良い」


「は? 家柄? 身分? いきなり何を言ってんだ?」


 俺の小声がまったく聞こえてないクライヴが、突然話し出したと思っているシエルに問いかける。悪いけど無視しておこう。


「うん。分かったよシエル。まあ、俺に貴族の様な振る舞いをしろって言われても無理だしね。あはは」


「は? 貴族? ……お前ら突然何なんだ? 大丈夫か?」


「それで、後は君だけだけど……」


 色々と理解してないクライヴが、? な顔をしているけどは無視して最後の少女に話しかけた。





「お茶をどうぞ」


 モニターと書類に釘付けのアンナに警備員がお茶を出してきた。


「あ、サンキュー♪」


「まだ行かなくて大丈夫なんですか? 後で施設の案内とかもあるんでしょう?」


「案内の時間まではまだまだあるわ。正直、それまでどうやって時間を潰そうか悩んでたしね」


 出されたお茶飲みながらアンナは答える。その視線はモニターを見つめたままで。


「それで訓練生達はどうですか?」


「どうもお互いに自己紹介してるみたいね。こっちも誰が誰でどんな人物かを知ることが出来て大助かりよ」


「へぇ。大体の訓練生達は会話もせず、静かに待っている感じなんですけどね」


「そうね。それが普通なんだけどね。まあ、今回の訓練生が良くも悪くも面白い人材が揃ったって事かしら?」


 別室のやりとりを知るよしもないシュウリア達の自己紹介も、最後になろうとしていた。


「どうかな? 君も挨拶とかしたくないかな?」


 俺は最後の少女に話しかけると、自分に話しかけている事に気づいた少女が真っ直ぐ俺の目を見つめてきた。


「あ……」


 ジッと見つめて来る少女に思わずドキッとする。改めて見ると傭兵の卵には思えないくらい可愛い少女だ。


「私……?」


 軽く首をかしげながら少女は言った。


「う、うん。よければ君の名前教えてくれないかな?」


「あなたは……?」


 また軽く首をかしげながら少女は言う。


「おいおい! 今までのを聞いて無かったのかよ! コイツはシュウリアで隣の小さいのがオーリ、んでソコのスカした本野郎がシエルって言ってただろうが!」


 少女ののんびりペースが苦手なのか何故か俺達を紹介してくれるクライヴ。しかし、ちゃんと覚えてたのに驚きだ。


「クライヴは名前を覚える気が無いと思ってましたけど、ちゃんと覚えてくれてたんですね」


 オーリも俺の驚きに同感だったようで、笑顔でクライヴに言う。


「わ、ワリィーかよ! いちいちうるせーな!」


「シュウリア…… オーリ…… シエル……。シュウリア…… オーリ…… シエル……」


 少女が俺達を順番に見回しながら名前をつぶやいていく。その様子を見るとちょっと変わった子なようだ。そして、最後にクライヴの方を見ると、また首をかしげた。


「……あなたは?」


「俺はクライヴだっつってんだろうが! このボンヤリ女!」


「クライヴ……。クライヴ……」


 クライヴの怒鳴り声に気にする素振りを見せずまた名前をつぶやく。


「なあ……。コイツ大丈夫か?」


 さすがのクライヴも心配そうな顔をして俺に聞いてきた。


「まあまあ。個性的で良いじゃないか。俺は好きだよ」


 すると少女がハッとした顔をして、ゆっくり俺の方を見つめる。


「私の事…… 好きなの?」


「へ? あ、うん。個性的な感じで良いと思うよ。なあ、オーリ」


「はい。そうですね」


「………」


 今度は何も言わずただ俺をジッと見つめる少女。……何か悪い事言っちゃったか? しかし、その表情からは何も読み取れない。


「個性的とかどうでも良いからさっさと名前言えっての!」


 若干イライラした様子のクライヴ。やはりこういうのんびりした感じは苦手らしい。


「そうだな。それで、君の名前は?」


 俺は改めて少女に問いかける。ようやくふりだしに戻った感じだ。


「私の名前…… ユユハ」


「ユユハか。それじゃあよろしくなユユハ」


 クライヴから何で名前だけなんだよ! というツッコミが来るかと思ったけど、それは無かった。あまり絡みたくないらしい。


「うん…… よろしく」


「何なんだよ。名前聞くだけなのに何か無駄に疲れたぜ」


 クライヴがさっきよりも更にふんぞり返る。その姿には若干ダルさも出てきた。


「いつ担当が来るか分からないですし、あまり気を抜かない方がいいんじゃないですか?」


 それを見てオーリが注意するも……。


「うるせー! 俺は待ってるのが嫌いなんだよ」という感じだ。


「それにしても、こんなに遅れるのは何か妙だな。トラブルが起きたのなら警備員がすぐ知らせに来ると思うがそんな気配もない。もしかしたら既に何かのテストの様なものが始まっていて、我々を何処かで監視してる…… かもしれない」


 さっきまで静かに本を読んでいたシエルがいつの間にか本をしまっていて、辺りを見回す。すると何かを発見した。


「ほら、あれを見ろ。ただの火災探知機に見えるが、よく見ると真ん中にレンズみたいなのが仕込まれている」


「まじか!?」


 バーン!!


 クライヴが火災探知機を調べようと立ち上がったその時、部屋の扉が勢い良き開かれた。


「半分正解! 五十点ってトコかな♪」


 そこには黒いライダースーツに身を包んだ女性が立っていた。突然の事に俺達は全員女性を見て固まる。一番最初に我に返ったのはオーリだった。


「あの…… もしかして担当者の方でしょうか?」


「ピンボーン! その通りよオーリ君♪」


「え? どうして僕の名前を?」


 女性はドアを閉めるとオーリの前に歩いて行く。


「半分正解って言ったでしょ? シエル君の言う通り、十四時頃から別室であなた達を観察してたのよ。でもテストとかじゃないから半分正解ってわけ」


「チッ。覗きなんて趣味ワリィな」


「ごめんね~。でもおかげであなた達の事は多少分かったわ。勿論、あなたの事もね。クーちゃん♪」


「んなっ!?」


「プフっ!」


 まさかのクーちゃん発言に俺は思わず吹いてしまい後悔する。


「テ、テメー、シュウリア! 今、笑いやがったな!」


「はいはい静かに! 特にクライヴ君。静かにしてないとこれからあなたをずっとクーちゃんって呼ぶわよ?」


「んなっ!? ……チッ、分かったよ」


 案の定クライヴが噛みついて来たが、今回は担当者のおかげて何とか鎮まってくれた。


「はい。さっきの自己紹介を見てたから私は皆の名前は分かるけど、皆は私の事は知らないと思うから名乗らせて貰うわ。私はアンナ・ルーベッド。アーヴィングカンパニーのエージェントであなた達の教官を勤めます。よろしくね♪」


 最後にウィンクをして自己紹介する担当者ーー教官って言ってたな。とにかく結構明るい性格のようだ。

 しかし、俺には聞き慣れないワードがあった為、オーリに小声で聞いてみた。


「なあ? エージェントってなんなんだ? 傭兵と違うの?」


「エージェントっていうのは傭兵のランクみたいなものですよ。一番下の一般的なランクがサードと呼ばれるクラスで、エージェントは一番上のクラスなんですよ」


「その通りよ。でも、単にエージェントと言ってもその能力はピンキリで様々あるんだけどね。というか、これは基本よシュウリア君?」


「あ、すいません!」


 俺達のヒソヒソ話しが聞こえていた教官が、話に割って入って来た。俺は慌てて姿勢を正す。


「んで、これからどうするんだ先生?」


 相変わらずふんぞり返ったままのクライヴが、飽きてきた様子で教官に尋ねる。


「先生じゃなくて教官なんだけど…… まぁ、別にどっちでも良いか。これからあなた達の家にもなる場所に案内するわ。でもその前にこの契約書にサインして貰うわよ」


 そう言って俺達に契約書とやらを配るアンナ教官。何か色々書いてるけど読むのが面倒くさそうだ。


「読むのが面倒くさいって顔をしてるから簡単に説明すると、『会社の命令に従う事』『会社の名誉や規則、規律を守る事」『原則として任務あるいは訓練中に死亡した場合は全て自己責任とする』という感じかしら。最後に言ったのは特に大事な事だから覚えておいてね」


 俺はさっさとサインをしようとして手が止まった。

 そうなんだ。若いオーリやユユハ、クライヴ、シエルを見ていて失念していたが、俺達には常に危険と死が付きまとう様になるんだ。

 そして特に一番危ないのが俺……。しかし、だからと言ってどうする? ここで退散するのか? ……いや、そんなのは論外だ。やれる自信はないし、すぐクビになるかもしれないが、ここまで来たからには自分から辞める気はない。例え、死ぬ事になるんだとしても……。

 他の皆が当然の様にサインしている中で、俺は今ようやく覚悟を決めてサインする。

 このサインで俺の傭兵人生は始まったんだ。


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