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第四話

 灰色の雲が太陽を隠し、小雨が地上に降り注ぐ。そこは森を流れる川のそば。直ぐ近くには、落されたぼろぼろの吊り橋の残骸がそのままになっている。

「まだ見つからないのか?」

 集まった数人の黒いフードの内の一人が、他の者たちに、焦りと憤り半分に問いかける。

「東と西の森を捜索したが成果なし。わざわざ増水した川を渡って南に戻る可能性はないと思う。そうなると残るは北東の山地と、北西の森の深部」

別の者がそう返答する。だがその返答に、別の一人が険しい表情を作り、

「険しい北東の山地を踏破できるとは思えない。となると北西の森の深部の可能性が高いと思う……だが森の深部を捜索となると、人員を何人投入しても足りない」

そう苦々しく言う。

「しかし我々を出し抜くため、あえて南に戻った可能性もある。北東の山地だって踏破できないと決めつけるのは早すぎるんじゃないのか?」

さらに別の者がそう反論するが、その言葉を聞いた先ほどの一人は、

「それではいたずらに捜索範囲を広げてしまうだけだ。ただでさえ広く深い森を捜索するのに、それでは見つかるものも見つからなくなるぞ」

そうさらに反論を口にした。そうして方向性を見いだせない彼らのもとに、一人の男が歩み寄る。男は他の者達とは異なり、長剣を身に着けていた。

激しく口論していた者達は、しばらくの間、その存在に気が付かなかった。だが男が彼らまで数メートルの距離に近づく頃、口論を聞いてはいるが全く参加しておらず、最初から男の存在にも気づいていた一人が、

「よう、光」

そう気楽に声をかける。その言葉に、激しく議論していた者達もようやくその存在に気づき、目を光と呼ばれた男の方に向けた。そんな中、最初に光に声をかけた者は続けて、

「東と西は捜索したが成果なしだった。お前はどこを捜索すべきだと思う?」

そう問いかける。対して光は、話の内容を把握していたかのように、全く間を挟むことなく、

「北西の森の深部だな。隠れようとする者にとってあそこほど格好の場所はない。川の南も警戒くらいはしておいたほうがよさそうだ。北東は捜索するにしても、山地よりは平地を捜索すべきだろう」

そうよどみなく答える。その言葉が決め手となり、それまで口論していた者達も納得したように頷き、それぞれ行動を開始する。中にはまだ反論がありそうなものもいたが、結局それが言葉として発せられることはなかった。

しばらく後その場に残されたのは、光と、最初に光に気づいた一人。

「なあ光」

残った一人はおもむろに、

「お前何か企んでるだろ?」

そう問いかける。その問いかけに光は答えない。その者はかまわず、

「用心深の普段のお前なら、多少人数が分散することになっても、より穴がないような捜索網の構築を優先するはずだ」

そう続ける。その言葉に、光はしばらくの間の後、ふっと一度ため息をつき、

「だったらどうする?」

逆に問い返す。対してその者は、

「別に?ただ俺は謎と面白そうな話が大好きだからな。特上の得物を目の前にして舌なめずりしているだけだ。で、実際どうなんだ?他の奴に言う気はないから教えてくれよ」

そう興味津々といった様子で言う。それに光は一度呆れの表情を浮かべた後、再び真剣な表情を作り、

「今は言えない。だがお前になら、事がすんだ時、教えてもいい」

そう答える。それにその者はむしろ楽しそうな表情を浮かべ、

「まあお前が本当のことを言うとも思えないし、直ぐに種明かしというのも面白くない。最近は割と面白い事がなくて退屈していたし、しばらくは謎解きを楽しむとするかな」

そうあっさりと引き下がり、他の者たちを追って、森に足を向ける。

光はその者の後姿を、覆面の下に感謝の表情を浮かべながら見送る。それから数秒の後、北東の山地の方に視線を向けると、頂が雲で隠れた山々に向かって呟くのだった。

「……無事で」




雨足が徐々に強まり、雷鳴が世界にとどろく。そこは木々の枝葉の屋根が頭上を覆う森の中。枝葉が雨粒を受け止め、数を大きく減らした水滴が、雨漏りのように少しずつ地面に落ちた。

 そんな中を歩く二つの人影。

「追手が来るかもしれない」

緑が不安を口にする。その言葉につられるように、哀はわずかに歩を速めるが、体の動きは緑と比べかなり悪い。

 二人は今、北東の山地のぬかるんだ斜面を登っている。これは踏破するのが難しい北東の山地をあえて超えることで、追手の意表を突き、追撃から逃れるためだ。

 だが当然、そう簡単に踏破できるほど山地は甘くはない。ろくな道もなく、見通しも悪く、ぬかるんだ地面に足を取られ、二人はいたずらに体力と時間を費やす。それでいて斜面の上を見上げても、一向に斜面の終わりは見えない。そんな終わりの見えない悪路を、二人は息を激しくきらし、必死に登り続ける。

 二人はあの夜、最後の会話以来、今後の方針や必要な会話以外、ほとんど話をしていなかった。それは緑が、哀をこれ以上質問攻めにするのは良くなく、例えそれをしても答えてはもらえないだろうと思ったからで、哀もまた、緑の事を聞くことがなかった。そうして二人はお互いをほとんど知らないまま、ただ淡々と歩く。そんな状況が、もう何時間も続いていた。

緑は哀のことをあまり信用するわけにはいかないと思っていた。信用するには彼女は隠し事が多すぎるし、まだ分からないことばかりだ。それでも彼が彼女についてきたのは、見知らぬ土地で幸運にも出会うことができた、ニホンの事を知っていると思われる彼女と離れたくなかったというのもある。だがそれだけではない、言葉に言い表せない何かが、彼女と離れてはいけないと言っているような気がしていた。

雨粒がフードに当たり、低い音を立てて弾ける。そうして体を濡らす水滴と汗が、二人の体から体力を奪っていく。代わり映えのしない閉ざされた景色が、二人に時間の経過を感じさせず、いたずらに疲労ばかりをあおる。

その時、緑の視線の先で哀は激しく息を切らし、地面にしゃがみ込む。

「大丈夫?」

 様子を見れば聞くまでもない事だが、緑はそう問いかけずにはいられなかった。その問いかけに、哀は緑の方を見上げると、申し訳なさそうな表情を浮かべる。その表情に緑も唇をかみしめる。

 最初から分かっていた。山になれた者でも踏破するのが困難な山地。そこを衰弱しきった彼女が踏破しようというのが、どれほど無茶なことか。だがもしここで追手に見つかれば、それこそ万事休す。だから緑は、敵の裏をかけるだろうという彼女の話に反対はしなかった。

 出来なければ死ぬ。それだけだ。

 分かっていてもどうにもならないものは仕方がない。緑はひとまず足を止め、休憩に入る。だがその内心では、いつ追手に捕捉されるか分からないという不安が、彼を押しつぶそうとする。

 このまま山を登っても、哀の体力がもつ可能性はほとんどない。だが山を下りれば、ほぼ確実に追手に捕捉される。ここにとどまっていても結果はほとんど同じ。

 もし哀の負担を自分が引き受ける方法があるのなら。 

 そう考えたその時、緑は一つの方法を閃く。それはこの場の問題を一気に解決する画期的なものに見え、だが冷静に考えれば無茶だとすぐ気付く程度のもの。

しかし緑はほとんど考えることなく、これしかない決心すると、哀の目の前へと回り、彼女に背中を向けてしゃがむ。哀はその緑の行動の意図が分からず、首をかしげる。そんな哀に緑はこともなげに告げる。

「乗って。僕が背負っていくから」


深夜の闇が世界を包む。夕方まで降りやまなかった雨だが、今はすっかり止んでいた。

そんな暗闇の中を動く、一つの人影。それは人に気づかれないようゆっくり、静かに動くと、辺りを少し見回し、木の幹に背中を預けて座っているその人を見つける。人影はその人に見つからないように物陰に隠れると、そこから暗闇の先にあるその人の顔を見つめる。

その時、風が雲を押し流し、それに隠されていた白銀の月が姿を現す。そうして降り注いだ月光が木々の枝葉の間をすり抜け、物陰に隠れた哀と、座った緑の表情を、きれいに青白く照らし出した。

 哀の視線の先で、緑は眠そうな目をこすり、うとうとしながら見張りをする。そんな彼の様子を見、彼女は一瞬、ほんの少しだけ表情を緩め、だが直ぐに曇らせる。緑はあの後、背中に哀を背負ったまま山を登り始めた。哀は首を横に振ったが、彼は聞き入れなかった。追手に追いつかれるまでに山を登るにはこれしかない、と言って。

勿論そんなことを長時間続けるのも、その状態で斜面を登るのも難しく、行程はあまりはかどらなかった。しかし彼に背負われていると、なぜか哀は、体力と、それよりもっと大切なものを、ほんの少し取り戻すことができたような気がした。

それから天候が徐々に回復し、雲の切れ間に沈む太陽が映し出される頃、二人は何とか眠れそうな場所を見つけた。そして緑は疲れた表情をしながら、追手が怖くて眠れないから、自分は見張りをする、と言って、哀を先に眠らせた。

そして起きてみても、彼はうとうとしながらも見張りをしてくれている。そんな、どう見ても自分と同い年くらいの少年のがんばる姿に、哀は表情を曇らせる。

そんな彼女の視線の先で、緑は唇をわずかに動かし、

「もしかしたら……いや、多分一生、帰れないんだろうな」

物憂げに呟く。

「でも、諦めたらだめだ、僕は帰る……ニホンに」

言の葉は哀の心を刃のように貫く。その瞬間、襲いかかる胸を締め付けるような苦しさに、哀は胸に手を当て、服をギュッと掴みながら呟く。

「ごめんなさい、それでも、私は……」

白銀の月を、再び暗雲が隠す。




 深夜、人気のない森林に、一人の人間と、背中に翼のある、人間と竜を合体させたような外見を持つ、竜人と呼ばれるものがいた。

二人は手短に用件だけを話していく。そして最後に、人間の方が事務的口調で竜人に告げる。

「最後に例のうわさの件ですが、なんとか尻尾を掴む事が出来ました。真実ですよ。あの国は南方から兵を引き上げています。それも数か月前に。もう撤収は完了しているでしょうね。

分かったのは以上です。依頼内容より分かった情報が少なかったので、今回は五百にまけておきます。前払いで二百はいただいているので、あと三百いただきます」

その言葉に、竜人はその人に金貨を何枚も渡しつつ、

「今の情報は確かか?」

問いかける。それに人間は金貨の枚数を数えながら、

「情報屋は信用商売ですからね。積み上げてきた業界三位の実績は信じていただいて大丈夫だと自負していますよ。もっともこの件は大分こじれているようなので、我々もこれ以上は勘弁ですね、では」

そう淡々と返答すると、森の暗闇へと姿を消す。竜人はそこで一度息をつくと、

「これでようやく見えてきたか。だが情報は集まっても証拠がない。頼りはあの手紙の彼女だけだ。彼女が敵の手に落ちる前に、急がなければ」

そう独り言をつぶやきつつ、宙を見上げる。そこには激しく動く灰色の雲の間から再びその姿を見せた、青白い月があった。




「あれから十日だぞ!なぜ発見できないどころか、まったく目撃情報がないんだ!?」

樹海の一角に集まる十数人のフードたち。その中の一人がそんな怒号を飛ばす。だが返ってくるのは沈黙ばかり。しかしそんな沈黙を打ち破って、

「捜索していたのと別の方向に逃げていたと考えるのが妥当だろ?」

 そんな当たり前すぎて拍子抜けするような答えが、中の一人から返される。だが怒号を発した者は声に怒りの色を濃くしたまま、

「俺はそんな答えが聞きたいのではない。捜索隊が増強されたにもかかわらず、全く結果を出せないこの状況が、どれだけゆゆしきことか分かっているのか!?」

そう言葉を叩きつけるように叱責する。だが怒られた本人は全く悪びれる様子無く、口調も平素のそれそのままで、

「そうはいっても、半月前のあの状況じゃ、森の深部を入念に探索するぐらいしかなかったと思うし、その時はだれも反対しなかったはずだけどな」

そう反論した。その的を射た言葉に、男も一瞬言葉に詰まる。だが直ぐに、

「とにかくこのままではまずい。人数が分散するのは良くないが、ここは捜索範囲を拡大して対応する他ない。何としても発見して汚名をそそぐんだ!」

そう指示を飛ばす。その言葉に、周りの者達も頷き、それぞれの持ち場へと走って行く。だがそんな中で、その一人は、

「へぇい」

と、あまり真剣とは言い難い返事を返す。そして両腕を頭の後ろに組んで歩き出そうとし、ふと視界の端に人影を認め、

「よう、光」

 そう気軽に声をかける。かけられたその言葉に、光は、

「相変わらずだな」

 そう無表情のまま言葉を返す。その光に、その者は笑顔を向けながら数歩の距離まで近づくと、周りを見回し、辺りに人がいないことを確認してから光にしか聞こえない声で、

「彼女らは光のもくろみどうり、北東の山地を抜け東に向かっている」

そう言葉をかける。それに光はほんの一瞬眉を動かし、だが直後にはそれまでの無表情に戻り、

「だとしたら?」

そう冷静に言葉を返す。それに対しその者は、

「まだ光の行動の動機の方は分かってない。けど光が何をしたいのかは分かる。俺の予想が正しければ、彼女らは四、五日後には川に到達する。だが同時に、川沿いに展開された捜索網にぶつかって先に進めなくなる。上流へ迂回は労力と時間がかかりすぎるため断念。そこで彼女らは、例の遺跡に向かう。だとすれば……」

その者はそこまで言い、あえてそこで言葉を止める。光はその言葉に真剣な表情を浮かべ、ゆっくりとした動作で、その者が言った遺跡のある北東の空を、何かを案じるようなまなざしと共に見上げた。

「それで、お前はどうするんだ?」

問いかける声は、心ここにあらずというようなもの。だがその声にも、その者は平素の口調を全く変えず、

「業界第二位の実力と噂されるお前の邪魔をして、その長剣のさびになる気はない。けど結果がどうなるかは最後まで見届けさせてもらうつもりさ」

そう人の気持ちを全く考慮せずに返答する。だがその返答に光は、

「そうか」

 答えは分かっていたとばかりに返答する。その見つめる先の空は漆黒の雷雲で閉ざされていた。

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