第二話
この作品が初投稿作品です。素人くさく読みずらいところも多々あると思いますがよろしくお願いします。
何があったのかは分からなかった。ただ眠るのとも、気絶するのとも違う、気が遠くなるような感覚があった。頭がくらくらして、気持ち悪い、そんな風に思った事と、意識を失った事だけは確かだった。少年が目を覚ました時、彼のぼやけた視界に映し出されたのは、起動完了、電源LOWの文字を映し出し、点滅しているモニターだった。
「っ、ここは?」
少年は訳が分からないままうめき、状況を確認しようとする。が、わずかに光を放つモニター以外光源は何一つなく、周りはほとんど真っ暗で何も見えない。その頃になって彼はようやく、ニホンを脱出した際のことを思い出した。
その時、それまで点滅していたモニターが、カプセル解放の文字を最後に表示し、ついに電源を完全に失ってブラックアウトする。それと同時、空気が抜けるような音と共にカプセルのハッチが突然開き、暗い夜の景色が視界に映し出され、冷たい雨粒がカプセルの中に吹き込んでくる。
この時少年は、場所や時間を含め、自分の置かれた状況を全く把握できていなかったし、それを確認する術もなかった。食糧は必要な栄養を補給できるカプセルで四週間分。ニホンで使っていた銃は弾を撃ち尽くしてすでに投棄していたため、武器は貧弱な拳銃一丁とナイフ、時代錯誤な刀一振りしかない。
状況が分からない現状で外に出るのは危険すぎる。そう彼の理性が告げる一方、このままこうしていても何も変わらないともう一人の自分がせかす。少年はそのどちらの考えも正しいと思い、だが僅かに思考したのち、カプセルの外に出る。
辺りは肉眼では手探りでないと進めないほど視界が悪い。だが少年はフルフェイスのメットをかぶると、こめかみの部分にあるボタンを操作する。すると、暗視機能が作動し、顔の部分を覆うアクリル状の透明な部分に、鬱蒼とした木々に覆われた辺りの景色、加えて背後の自分が乗っていた球体のカプセルが映しされた。
「さて、これからどうしよう。」
少年が情けない声でぼやく。彼はまだ十六歳で、いきなりこのような状況に放り込まれて堂々としていられるほどできてはいない。だがメットも電源に限りがある。本来なら出来るだけ電源を節約しなければならない以上、あまりもたもたしてはいられない。
そうして少年が次の行動を考えていたその時、彼のの暗視装置にいくつもの熱源が表示される。その直後、
「誰だ!」
熱源が表示された方向から響き渡る声に少年は驚愕する。なぜならその言葉は少年もよく知ったニホンの言葉だったのだ。
もしかしたら、そんな淡い期待が脳裏をよぎる。だが次の一瞬、森の奥から姿を現した人の姿を見、少年は身構えなければならなかった。
なぜならそこに現れたのは、全身を黒いフード付きマントで包み、手には時代劇に出てくるような刀を抜刀した状態で握った者達だったからだ。現れたフードは五人。うち二人が手に松明を握る。彼らは少年から十メートルほどの間隔をとり、包み込むように散開すると、
「貴様、ここで何をしている!」
今にも斬りかかってきそうな勢いで怒鳴る。その男の目は怪しく輝き、溢れ出す殺気を隠そうともしていない。
少年は今にも斬りかかってきそうなそいつらの勢いに、このままでは自分の命が危ないと思う。彼の身に着けるスーツには、刃物や低威力の銃弾程度に対処できる防御性があるが、首などの隙間を狙われればひとたまりもない。
ニホンから逃げてきたのに、こんな所で訳も分からないまま殺されてたまるか。そんな思いが少年の脳裏をよぎったとき、その右手は自然と拳銃に伸び、だがそこで踏みとどまる。いつでも撃てるように、殺される前に殺せるように、躊躇ったら死ぬ。そう自分に言い聞かせる。そして少しでも危険から遠ざかろうと、わずかに足を後ろに下げる。と、少年の耳に、フードたちの小声の会話が聞こえてくる。
「こいつの恰好、見たこともない。それに後ろにあるあの丸くてでっかいの、あれはなんだ?気味が悪い。手ぇだして大丈夫なのか?」
一人がそう不安げに言う。と、もう一人が、
「ばか、近づいたやつは例外なく口止めしろと命じられているだろ」
そう言う。その言葉に、少年の体が自然とこわばる。そんな中、フードの内、少年の正面にいたリーダーと思しき一人が、手で周りのフードを制し、
「皆、いいというまで手を出すな、いいな」
そう告げる。その言葉に少年は、まだ会話の余地があるのかと、一瞬緊張を緩めた。
だが次の一瞬、
「うわぁぁぁ」
フードの内の一人が、突然少年に斬りかかる。それに対して少年は反射的に、腰を抜かすような恰好で地面にしりもちをつく。そしてとっさに拳銃を掴み、銃口を斬りかかってくるフードに向ける。
その一瞬、少年の視界に映し出される、フードの中の若い男の、混乱と恐怖をないまぜにした表情。だが反射的に動いていた少年の手は止まらず、銃口はフードの眉間に向けられたまま、人差し指が引き金にかかる。
直後だった。
「やめろ!」
斬りかかるフードと少年の間に割って入る、フード達のリーダーと思しき男。だが少年の人差し指は止まらず、引き金が引ききられ、ハンマーが落ちる。
次の一瞬、辺りに響き渡る銃声。それと同時、割って入った男の首のあたりから噴き出す赤い液体。
不気味な沈黙が辺りを包む。その直後、撃たれた男が倒れ、地面に赤い池を作り出す。
少年は状況を全く理解出来なかった。ただ頭が真っ白になる感覚があった。全く実感はなかった。ただ右手に残る衝撃と、全身に飛び散った返り血の感触、全身を脈打つ鼓動があった。直後。
「影隊長!」
フードの数人が叫んで倒れた男に駆け寄り、他のフード達が、
「殺せ!敵をとれ!」
そう叫ぶ。その言葉に呼応し、フード達は得物を抜き放ち、少年に向かって突進する。その状況に少年は、状況を全く整理できないまま、どこへともなく必死に駆けだす。
僕が、殺した?
ただ漠然と少年は思う。実感は全くない。だがそう思っている今この瞬間にも、背後から追手が迫る。追いつかれていないのは暗視装置とスーツのおかげだ。彼のスーツには肉体の動きに合わせて、その運動を補助するように伸縮する機能があり、運動能力が人並みの人間でも、トップアスリートクラスの能力を発揮できる。
だがその時、少年の五感が、得体のしれない何かを感じ取る。彼はその感覚に従い、とっさに後方に飛びすさる。
次の一瞬、直前まで彼のいた場所に、木の上から人影が飛び降り、構えた長剣を振り下ろす。その一撃は鋭く、しかも大振りしたように見えて、長大で重い剣を地面にぶつける直前で確実に止めていた。
そうして地面に降り立った者の姿を、少年は視界の中心にとらえる。しゃがんだ体勢から立ち上がったそいつの身長は、おおよそ少年と同じくらい。黒いマントに身を包み、顔には黒い覆面。手にした長剣の刃渡りは一メートル近くある。そして溢れ出す殺気が、この者がただ者でない事を少年に知らせていた。
少年はその姿を見、それから周から聞こえる音を頼りに、敵が多数迫っていることを把握する。そこで彼は後方に数歩下がりつつ、いつでも拳銃を使えるように身構えた。
その時、少年の耳に届く、長剣使いの言葉。
「よくも兄貴を」
少年にとってその一言は、自分か彼にとってどんな存在なのかを察するには、十分すぎる一言だった。
「僕は……」
生気の無い震えた声で少年はそう漏らす。そんな彼の様子などどうでもいいと言わんばかりに、長剣使いはひざを曲げ、切っ先を少年の喉元に向け、先ほどと同じように、殺気を漂わせ構えをとった。
その直後、暗闇の世界を銃声が貫き、銃弾が少年の足元に着弾して地面を抉る。それは少年の放ったものではなく、少年に向けて放たれたもの。
死にたくない。
一瞬後、少年は目の前の長剣使いに背を向けると、一目散に駆けだす。
「逃がさない!」
逃げる少年を、長剣使いは怒りの声と共に追う。だが装備の重い長剣使いに対し、少年はスーツの効果で一気に加速。その距離を離す。しかし追うのは長剣使いだけではない。
背後から再び響く銃声。少年は慣れない森の中を、木々の間を抜けるよう変則的に走り、的を絞らせないようにする。対するフード達は、夜の暗闇と木々のせいで正確な射撃が出来ない。
だがその頃になり、少年の耳に川の流れる音が聞こえてくるようになる。その音が徐々に大きくなるにつれ、彼は嫌な予感を覚え、進む方向を変えようとする。が、方向を変えた先をフードに塞がれ、思うように方向を変えられないまま進んでしまう。
そうしているうちついに、少年の前に深い谷川が立ちふさがる。その岸は垂直に近い角度で切り立っており、深さも十メートル近くはあるようで、岸の下を包む暗闇から、川の流れる轟音が響いてくる。しかも対岸まで数十メートルの距離もあり、飛び移ろうとはとても考えられなかった。
少年は岸の一歩手前で足を止め、一旦振り返る。
だがその瞬間、少年の腹部に命中する矢。腹部を襲う激しい衝撃と痛みに、少年は体勢を崩して足を後ろに下げる。だがすでに崖の一歩手前まできていた少年は、足を下げると岸から足を踏み外してしまう。
直後、少年は背中から谷川に落ち、深い暗闇の中に消える。直後辺りに響く、川に大きな物が落ちる音。その状況にフードたちは岸へと走り寄り、岸の下に広がる暗闇を見る。
「これでは生死が確認できない」
フードの一人が、分かりきったことを口にする。
「弓を確実に命中させたんだ。それにこんなところに落ちて助かるはずがない。確認など不要だ」
別のフードがそんなことを言う。暗闇の先の谷川の流れは今だから見えないが、彼らは昼間のこの川を見ており、その流れの激しさからそう断じる。その言葉に別の誰かは、
「以前この川に落ちて運よく助かった奴がいた。だが矢が刺さった状態じゃ無理だろう。それにどのみち生死の確認も追跡も不可能だ。今は戻って報告するのが先決だろう」
そう告げる。その言葉に他の者たちも頷くと、元いた持ち場へと戻っていく。だがそんな中でも長剣使いだけは、少年の撃たれた場所を確認し一言、
「血痕が、ない?」
そう呟く。矢を受けたのなら飛び散っているはずの少年の血痕を、長剣使いはついに確認することができなかった。
もう何年前のことなのだろう?今の人からすれば伝説とか、言い伝えとか、そんな風になってしまっているくらい昔の話なのだろうか? いや、昔とかそういう次元でなく、完全に別の世界の話なのかもしれない。
あの時の情景は、いつでも、思い出したくない時でさえ浮かんでくるほどに、鮮明に覚えている。あの時、私は火の海の世界の中を、ある人に手を引かれて歩いていた。熱くて、息苦しくて、とてもつらくて、泣いていた。
でも泣いていた一番の理由は、世界を火の海にしたのが、ほかならぬ自分自身だと分かっていたから。自分が命を狙われるのは、当然だと分かっていたから。そしてその事すべてを理解したうえで、それでもなお私の手を引いてくれているその人が言った、
「生きろ」
その言葉が、優しさが、逆にどうしようもなく辛かったからだった。
その人は二十歳くらいの男の人だった。その人は無気力な私を連れて、火の海を駆けて、駆けて、駆け抜けた。時折物陰に隠れては敵をやり過ごして、あとはひたすら走った。その背中は、とても、とても、大きかった。
しばらくして私たちは、山の中腹に分かりにくいように作られていた、小さくひっそりとした入口に入った。それから何重ものセキュリティーがかけられた分厚い扉をくぐり、エレベーターで地下へ。そこに至るまで、私たち以外の人とは、誰とも出会わなかった。
やがてたどり着いたのは、野球場くらいの広さの空間。そこにはその空間を埋め尽くすほど巨大な装置が設置されていて、そこから直径十メートルはありそうな太さのパイプが、地下の見えないところに続いていた。
その人は私を、巨大な装置の中央にある入口の中の、球体のカプセルまで連れていく。そして私の両の肩をつかむと、その言葉を残した。
「今から僕の言う言葉よく聞いて。僕の話は今の君にはきっと理解できない。けどいつの日か、その意味を理解する時が必ずやってくる。君は、そう運命づけられているから。
その時が来たら、君は自然にそのことを理解する。その時君が何を思い、どう行動するか、それは君しだい。自分の意志で決めて行動するんだ。
これはこの地に実話として刻まれ、君の行く世界に伝説として伝わる物語」
その人はそれから私にある短い物語を聞かせた。それが終わると、その人は私をその球体へと無理やり押し込み、最後に、ある人の名を告げ。装置を作動させた。
そこはどこまでも広がる森林に囲まれた平地だった。朝日に照らされたそこには今、数えきれないほどの天幕がどこまでも広がり、無数の兵士がうごめいている。
その陣中に、兵の様子を確認しながら歩く、白銀で洋風の鎧を身に着けた一人の男がいた。男の年齢は二十代半ばといったところ。白銀の短い髪と瞳、白い肌、整った顔立ちを持つが、顔を含め全身のあちこちに、ひどい火傷の痕を持つ。着やせするため、体つきは細く見えるが、実際にはかなりがっしりしていて、身長はそこらの兵士より頭半分くらいは高かった。
男がそうして見回っていると、同じく洋風の鎧を身にまとった一人の女性の将校が、男の方に向かって駆けてくる。その将校は男の前で足を止めると、敬礼し、
「アカバ少将、先ほど本部から連絡が入りました。それによると昨日、ドラグールとの国境付近の警戒に当たっていた我がグラフィス軍の兵数名が、また遺体で発見されたとのことです。詳しい事はまだ調査中との事ですが、軍本部はドラグールの仕業だとほとんど決めつけているようです。これで、ドラグールとの開戦は確実になってしまいました」
そう報告する。それを聞いたアカバはもう一度頷くと、周りに聞こえないような小さな声で、
「中佐、怪しいと思わないか?」
そう声をかけた。
「気になる?」
中佐は何が言いたいのか分からず、けげんな表情を浮かべそう尋ねる。それにアカバはもう一度頷き、
「ここ数年続いている、グラフィスとドラグールの関係が悪化するような事件の数々だ。確かにグラフィスとドラグールの関係は先の大戦以来、悪化してきていた。だが同時に両国は昔から他の敵と戦うために協力し合ってもきた。
確かに軍内部にはドラグールとの戦争を望む強硬派も存在した。だが全体としては、両国の関係が悪化したとしても開戦は避け、他国が攻めてきた際、連合を組んであたる関係を維持すべき、との意見が主流だった。ドラグール側もおおむね似たような意見が大勢を占めていたはずだ。
そんな状況で起こったグラフィスとドラグールの関係が悪化するような事件の数々。決定的となった開戦。あまりにも出来すぎている」
そう冷静に、だが含みを持たせて言う。その言葉に、中佐は口の前に人差し指を立てつつ、少し考えてから落ち着いた声で、
「確かにその通りです。しかし我々に攻撃できる位置の国うち、共和国等の大国はどこも他国と交戦中。ドラグールとグラフィスの間にあるテルは元々小国ですし、両国との関係も親密で立場も中立。例え漁夫の利を狙うつもりであっても、返り討ちにされる程度の戦力しかないはずです。
それと、少将はドラグールのブレイズ少将と親密な関係にあったことで、すでに中央軍に睨まれています。そうでなくても我々を良く思わない者は多いのですから、もし誰かに聞かれたら、また厄介なことになりますよ」
そう一部同意しつつ、アカバに注意を促す。その言葉にアカバは頷き、
「ああ、そうだな。だがこれだけは言える。
この戦争、裏に何かある」
そう迷いなく断言する。中佐もそれを考え深に見つめる。
その時、アカバは地面を小さな影が横切ったのを見、空を見上げる。と、そこには、雲一つない晴天の空を舞う一羽の鳥がいた。アカバはそれを見、右腕を空に伸ばす。するとその鳥は上空から真っ直ぐアカバに向かって舞い降り、その差し出された右腕にとまる。その鳥の足には、手紙がくくり付けられていた。
「ブレイズからだな」
アカバがこともなげに言ったその言葉に、中佐は険しい表情を浮かべつつ、辺りを見回して警戒する。今となっては敵側となってしまった者からの手紙だ、その重要性を考えれば、その反応も大げさではない。だがアカバはそれこそ友人からもらった手紙を扱う気軽さで、その手紙を開き、内容を確認する。
だがその内容を読み進めるうち、その表情は少しずつ真剣なものになっていく。そして最後の一文字まで読み終えた時、その表情は、グラフィスで一、二を争う実力と称された武将のそれとなっていた。
「中佐、急ぎ森での動きになれた兵を選り抜き、動かせるよう準備をしてくれ。本部の連中に気づかれないように兵を動かす」
アカバがそう指示する。それに中佐は、
「はい、直ぐに」
内容も聞かないままそう答え、直ぐに行動を開始する。中佐が去った後、アカバは誰にも聞こえないような声で、呟くのだった。
「俺たちの行動次第で、この開戦を、避けられるかもしれない」
降り注ぐ太陽の光を、空を覆う木々の枝葉が遮る。どこまでも広がる暗い森。吹き抜ける風もなく、ただどこか遠くから聞こえてくる川のせせらぎだけが、そこにいる者たちの耳を優しく包み込む。そんな世界を、
「いたぞ!」
怒号のような一声が貫いた。遠くから聞こえるその声が、逃走劇の再開を告げる。その声を発した黒いフード付きマントを着た者達の姿を、森の木々の彼方に見たその人は、深緑色のフード付きマントをはためかせ、再び走り始める。
木々の間を走って逃げるその人の耳に、追跡するフード達が吹く、目標発見を告げる甲高い笛の音が響く。それと同時に、それを聞きつけた追跡者たちの足音が、後方からいくつも聞こえ始める。
その人はただひたすら走り、その足音から逃れようとする。が、途端に視界がぼやけ、息が上がり始める。そうなるのはその人自身、理解していたことだった。何せその人はここ数日、ほとんど不眠不休で逃げ続けてきたのだ。体力が持つはずがない。だがそれでも、その人は、
「まだ、私は……」
いつ倒れてもおかしくないほどの疲れの中に、不屈の意志をはらんだ言葉をつむぐ。だがその意識はもうろうとし、もう何も考えられなくなっていた。そして、
「あっ」
何かを踏み抜く感覚が伝わるのと、視界が地面より下まで落ちるのは同時だった。その瞬間その人は、地面にたまっていた落ち葉で見えなくなっていた穴に落ちてしまった事を理解する。それでもその人は、落ちたくない、そう心の中で叫び、手を伸ばす。だが伸ばしたその手がつかむのは枯葉ばかりだった。
フードたちの視界からその人の姿が消える。今度こそ逃がさない。彼らはそう思いつつ足を速める。だが木々の枝葉が進路をふさぐ森の中で、それは簡単なことではない。結局、距離相応の時間をかけ、彼らがその人を見失った地点にたどり着いたとき、そこにあったのは、地面に空いた、どれほどの深さがあるかも分からない穴だった。その穴を見、フードの一人がその顔を青くし、
「この穴、まさか、奈落に落ちたのか……!?」
そう震える声で言う。奈落とは、この森のあちこちに空いた深い穴の事で、中がどうなっているか確かめた者もおらず、今まで数多くの人が落ち、出られないまま行方不明となっている。だがそんな中で、フード達のリーダーは、
「ロープを下せ、それと洞窟探索用の装備も用意しろ。相手は伝説に伝わる緑光の魔女だ。生きたままどこかの穴から這い出してくるかもしれん。そうなれば再び発見し捕まえるのは困難だ。生死を確認するまでは油断するな」
そう言い放つ。その言葉に他の者達も頷くと、素早く行動を開始するのだった。
読んでいただきありがとうございました。