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第一話

初めての投稿作です。素人で未熟ですが読んでいただけると幸いです。

 鼓膜を不快なブザー音が激しく震動させる。分厚い軍用建材で防御されたはずの部屋が、震度五か六はある大きな地震に襲われているかのように揺れ動き、まるでサウナの中にいるかのような高温が、皮膚をじりじりと焼く。だがそれもやがては止み、それからどれだけかして、指揮官から表に出て戦うようにと指示が飛んだ。

 深夜の暗闇を、弾丸の作り出す閃光の嵐が明るく照らし出す。人の鼓膜を容易に破裂させるほどの爆音が断続的に響き渡り、高さ数百メートルはあるビルが、炎に包まれ燃え上がる。炎は耐熱加工を施した建材を飴のように溶かし、その勢いを増していく。地上の道路は瓦礫と、元々は人間だったものの肉塊、炎に大部分が覆われている。

 それでも空爆を受けていた先ほどまでと比べれば大分ましと言えるだろう。今は空爆も止み、街を制圧するため歩兵が突撃、壮絶な銃撃戦となっている。が、弾の閃光の飛ぶ向きと数の差から、戦いの趨勢は明らかだった。

 そんな街の中に一人、ライダースーツのような戦闘服を身にまとった少年がいた。少年は文字通りの銃弾の雨か嵐の中、銃を一丁胸に抱き、物陰に身を隠す。そして辺りを見回して危険がないのを確認しては物陰から飛び出し、別の物陰に移動する。それを繰り返し徐々に後退していた。

 いつ命を落としてもおかしくない戦い。それでも前線で敵と撃ち合っている者達と比べれば、彼はまだましなのかもしれない。

 空爆にさらされ、十分な物資も装備もなく、すでに満身創痍の街の守備隊。彼らに勝ち目などないことは、最初から分かっていたことだった。今は数こそ少ないが、巧妙に隠匿された陣地と、地下壕にこもって空爆をしのいでいた兵たちが、果敢に戦闘を展開している。それなりに損害も与えている。が、長くは続かないだろう。

 そう思っている少年も、先ほどから何度も命を落としかけていた。頭の数センチ脇を銃弾が走り、頬をかすめる。つい数秒前までいた場所が爆発したこともあった。生き残ってこれたのは、少年のスーツの持つ光学迷彩の効果も少しはあったのだろう。だがそんなものよりなにより、運が良かった。しかしそれもいつまで続くかわからない。そして生き残ったとしても、それは苦痛を長引かせるだけなのではないか? そんな思いが、彼の心をむしばんでいた。

 

「おい、おいっ! 聞こえてんのか?」

 突然耳に届く爆音以外の音。激しく肩をたたかれる感覚。疲れ切り、いつの間にか物陰で気を失っていた少年は、

「……え?……ああっ、すいません」

 数秒の後、ようやく意識を取り戻し、慌てて返答を返す。

 少年に声をかけたのは、彼と同じく銃を胸に抱き、頭にバンダナをまいた中年の男。男はそんな少年の様子を見、一度あきれた表情を浮かべ、

「ったく。つっても、この戦場でまともでいられるほうが不思議か。むしろ今まで生き残っていただけでも奇跡だろうな。

 それより、ここはもうだめだ。前線が食い止めている内に引き上げるぞ」

 そう声をかけると先を進みだす。少年もそれについて行く。

 崩れ落ちたビルの瓦礫と炎が覆う道、そこを二人は足元に気を配りつつ速足で進む。歩いているだけで肌が焦げそうな高温にさらされる中、男は歩く足を止めないまま少年に、

「分かっていたことだが、ここももうだめだ。俺も直にあの世で仲間と合流することになるかもしれない。もっとも、生き残ったところで、また戦場に戻ってくることになるだろうけどな」

 そうなかば開き直ったかのように話す。少年はその言葉に、返事を返すことができなかった。

 そんな時、砲弾特有の甲高い音が上空から迫る。

「伏せろ!」

 バンダナの男の叫びで、二人は目を閉じ、耳を抑えつつ地面に伏せる。それとほぼ同時、抑えた耳の鼓膜をつぶさんばかりの爆音が、上空から響き渡る。

 ただでさえ熱い空気が、さらに肌を焦がすように吹き荒れる。爆風が弾き飛ばした瓦礫が、二人の周りに次々降り注ぎ、衝撃は瓦礫の山を崩す。大量の粉塵が辺りを舞い、どこか遠くからまた爆音が響き渡る。だが時間が経過するにつれ音は遠ざかり、やがて二人の周囲は静けさを取り戻していった。

「くそっ」

 バンダナの男が吐き捨てる中、二人は目を開け立ち上がり、互いの無事を確認する。それから辺りを見回し上空を見上げたところで、近くにあったビルの頂が爆炎を上げて燃え上がっている様子を見、着弾地点を推測した。

「……行くぞ」

 バンダナの男がそう告げ、少年もそれについて行こうとする。だがその時、二人は全く同じ場所に視線を向けて立ち止まった。

 二人の視線の先には、先ほどの着弾の衝撃で崩れた瓦礫の山があり、そこから上半身だけを出した血まみれの男の姿があった。恐らく以前からそこに生き埋めになっていた者が、偶然瓦礫の山が崩壊したことで出てきたのだろう。バンダナの男はその姿を一目見るなり、

「敵兵か……」

 そう呟く。倒れている男の着た迷彩服。白い肌、何より肩に縫い付けられた国旗がそれを物語っていた。一方で少年の方は深い傷と流れる大量の血から、もう長くないだろうと推察する。バンダナの男も、

「せめて……楽にしてやろう」

 そう言って倒れている男のもとに歩み寄ると、男の眉間に銃口を向けた。

 だがその時、それまでピクリとも動かなかった敵兵の瞳が突然開かれる。それを見た二人は一瞬たじろいだ。が、敵兵に戦う力が残されていないのは明白だった。それでも敵兵はゆっくりと顔を上げると、視線の先に二人の姿を捉え、敵兵の国の言葉で一言、血を吐くように叫ぶ。二人には敵兵の国の言葉は分からない。が、長い戦争の間、何度も敵兵が叫んでいたその言葉の意味は、嫌というほど分かっていた。

「闇の帝国の兵士めが! 地獄に落ちろ!」

 残された力の全てを込めて叫ぶ敵兵の眉間に、バンダナの男は銃口を向け直す。二人は何も言わなかった。何も言えなかった。

 辺りに再び銃声が木霊する。


 しばらく後、二人は崩れたビルの瓦礫の山に囲まれ、小規模な通信装置や補給用の弾薬、予備の武器が用意された、小さな陣地に辿りつく。今そこに集まっているのは、ほんの十人ほどの兵士たち。いずれもその表情は暗く、視線も落としがちだった。そんな様子を見、バンダナの男はその場にいた中で一番年長の、伸ばした黒いひげが特徴的な男のほうを見て、

「リーダー、何かあったのか?」

 そう問いかける。それにリーダーと呼ばれた男はわずかに視線を上げてバンダナの男のほうを見ると、重々しく、虚ろな声で、

 「先ほど後方の部隊から連絡が入った。敵は特殊装甲歩兵を投入。戦況は絶望的だと」

 そう返す。その言葉にバンダナの男は、一瞬だけ愕然とした表情を浮かべる。だがすぐ後には、表情を諦めのそれに変え、一度深いため息をつくと、

 「特殊装甲歩兵といえば向こうの精鋭じゃねぇか。奴らの装甲は直撃でさえなければ、旧式の小型核弾頭にも耐える。こっちのであれを破れる火器は、とっくの昔に撃ち尽くした。

 これで退路は完全に断たれた、か。まあ、どのみちこうなるとは思っていたが……」

 そう言い、肩を落とした。その言葉に、リーダーもうなずき、

「全員を任務から解放する。あとをどうすごすのも自由だ」

 そう答える。それはつまり死ぬまでの時間を好きに使えばいい、あるいは好きな死に方をしろということ。その言葉に、二人はしばらく呆然とする。

 陣地の近くの瓦礫に敵弾が命中し、猛烈な爆発を起こして破片を二人の足元まで吹き飛ばす。やがてバンダナの男は、近くのコンクリート片のところまでふらふらと歩くと、そこに腰を掛ける。その一拍のち、少年もその場にへたり込み、視線を地面へ落した。

 遠くで何度も爆発音が響く。その場にいた全員が死んだように黙り込んでいた。

「なあ、そこの若いの」

 突然かけられた言葉に、少年は驚いて顔を上げる。声の主はリーダーだった。

「君はこの中で一番若い。前から気になっていたんだが、どうして兵に志願したんだ?言いたくないのなら何も言わんが」

 そう問いかける。それに少年は、

「ただ単純に死にたくなかっただけです。

 本土に上陸されるようになってからは食糧の配給はほとんどなくなりましたし、それ以外で入手するのはもっと難しくて。そのうちその日の食べ物にも困る生活が続いて餓死寸前になったので、これならまだ食糧はもらえる兵に志願した方が、生き残りやすいと思いましたから」

 そう淡々と答える。

 この戦争が始まったのは少年が中学を卒業してしばらくの事。それと同時に行われた敵軍の奇襲上陸作戦によって、彼の故郷は焼野原となった。彼は両親と兄の四人家族だったが、その全員が行方知れずとなった。それから彼は一人で考えて行動しなければならなくなった。

 戦争は激化し、彼の住む国、ニホンは全世界の敵として認識され、闇の帝国と呼ばれるようになった。それは情報、外交戦に敗れて仕立て上げられたという表現が適切だろう。ニホンを全世界の敵として仕立てれば、ニホンはほぼ確実に降伏するだろうし、万一抵抗されても簡単に滅ぼすことができる。その判断が、この大戦を引き起こしたといえる。歴史にもし、は禁物だが、もしニホンがもっと弱かったなら、プライドを捨て即座に降伏していたなら、という話もある。だがそれは無駄な話だ。

 こうして始まってしまった戦争は、ニホンに戦いを挑んだ連合国軍の予想外の戦況を辿った。しかし敵を闇の帝国とあおった手前、途中でやめるわけにもいかなかった。いつしかその戦いは今までのどの戦争とも違い、例え戦争であったとしても守られてきた、暗黙の了解ともいうべき最低限の秩序すら守られなくなっていった。核兵器と同等かそれ以上の威力を持つ通常兵器が、悪を滅ぼすためとして使用され、先の大戦とは比べ物にならないくらいたくさんの人が簡単に死んだ。軍人も民間人も関係なく。

 そんな戦争の中で少年はずっと、住む場所や家族を亡くした他の人々と同じように避難生活を続けていた。だが食糧の配給も徐々に減り、やがて無くなったことで、少年は生きるため、兵士になる決断をした。家族の敵を討てないまま死ぬのが嫌だったというのも、何も抵抗できないまま死にたくなかったというのもあっただろう。だが何より、最後まで諦めたくなかった。ただそれだけだった。実際、彼が避難生活を続けていたら、すでに命を落としていただろう。だが結果として彼は補給部隊の所属となり、物資を届けに来たこの地で、こうして敵中で孤立することとなった。

 少年は視線を地面に落とす。だが彼は震える声で、

「まだ、死にたくない」

 絞り出すように一言、つぶやく。そんな彼の様子を見、周りの者は黙り込んだまま視線をそらした。

 しばらくの沈黙が辺りを包む。巻き上げられた塵と埃が霧のように世界をかすませる。そんな中、バンダナの男が沈黙を破り、リーダーに、

「そういえば敵がわざわざ精鋭を出してまでこの街を制圧しようとしている理由って、何か分かっているのか?」

 そう問いかける。それにリーダーは、

「詳しくは聞いていない。だが……」

 そう言って指を遠くに向ける。その先には火の海の街の外れの森の中にひっそりとたたずむ、なぜかあまり攻撃を受けていない、巨大な施設があった。指し示されたその施設に、バンダナの男はけげんな表情を浮かべ、

「あれって、確か開戦前に事故を起こした研究施設だよな? 物質を亜光速まで加速させる装置を用い、亜光速への加速が生物に与える影響についての研究を行っていたっていう。

 物やモルモットを用いた実験に成功。そこで最後に人体で実験した時、丁度そのタイミングでどっかの国が、特殊兵器でニホンを攻撃してきた。結果、実験機器は暴走。実験の被験者となった人間は跡形もなく消えちまったっていう。 

 単に人体が耐えられなくて崩壊しちまったとか、異次元に飛ばされたとか、情報が錯そうして、結局原因不明、生死不明で迷宮入り。施設も閉鎖されちまったんじゃなかったか?」

 そうリーダーに問いかける。その言葉にリーダー頷きつつ続けて、

「だがその研究施設はトウキョウに移動、大規模化され、研究は密かに続けられていた。この施設はただ維持しているだけに近い状況となったが、今でも直ぐに復旧できる状態にされているらしい」

 そう答える。それにバンダナの男は考え深に頷くと、

「なるほど。で、その研究は他国では行き詰まりを見せていて、一歩先んじているとされるニホンの研究の成果と技術は、敵としても、のどから手が出るほどほしい。ということか。それならあの施設を弾除けに使えばよかったんじゃないのか?」

 そう問いかける。が、リーダーは首を横に振り、

「あの施設は位置的にも構造的にも防衛には向かない。それに奴らの本命は移動先のトウキョウの施設、こっちは保険かおまけのようなものだ。損害に対し得られるものが少ないと判断したら、容赦なく施設ごと破壊するだろう。それでももしお前たちに戦う意思が残っているなら、今からあそこに移動して戦ってもいいが……」

 そう言い、懐から煙草を一本取り出し、火をつける。周りの者達にもその言葉は聞こえていたはずだ。が、反応するものは誰一人いなかった。それを見たバンダナの男もそれ以上は口を閉ざす。

 辺りにまた沈黙が流れた。だがその時、陣地の端のほうに用意されていた、小規模な通信装置から突然発せられたノイズが、辺りの沈黙を再び破る。

「こんな時に無線?確実に傍受されるぞ」

 リーダーはそう毒づき、周りの数人と共にその通信装置を操作する。だがそれ以外の者のほとんどは無線など聞く気もなく、ただ死んだように視線を地面に落としていた。そんな中でもリーダーは、無線とボリュームを調節し、周りの全員が聞き取れるようにする。と、ノイズはやがて若い男の声へと変わった。

「その場所に、××××という名前の少年はいるか?」

 無線の主の話し方は、彼が明らかに軍事以外の目的で無線を使用していることを示していた。その瞬間、その場にいた全員の視線が少年に向けられる。少年も視線を小さなスピーカーから流れるその声にむけ、

「兄さん……兄さん!?」

 驚愕の表情と、後方から響く爆音すら抑え込むほどの叫びと共に駆け出し、リーダーから通信機をひったくった。

「兄さん! 兄さん!」

 今にも通信機を破壊しそうな勢いで少年は叫ぶ。だがその彼の声が聞こえていないように、通信機の向こうの相手は数度、同じ言葉を繰り返す。

「あっちの受信機がやられているな」

 リーダーが忌々しげにつぶやく。少年はそれでも無線機に向かって兄を呼び続ける。そんな中で通信機の向こうの相手は、

「もし××××がいるのなら聞いてくれ。あるいはこの無線を聞いている誰かが××××に会うことがあったら、その少年に伝えてくれ。今いるその街の中心から、西南西に約二十キロのところ、そこに敵の攻撃を受けていない施設があるはずだ」

 そう話しかけた。その言葉に少年を含めた周りの全員が、視線を一点に集める。その視線の先にあったのは、つい先ほど話題に上がったばかりの、あの施設だった。通信機の向こうの兄はさらに続けて、

「今すぐその施設にむかってくれ」

 その告げた。

「その施設にはこの国が研究していた、ある装置の試作機がある。施設が破壊されていなければ、電力も一回起動する分は大丈夫なはずだ。セキュリティーは、出入口を爆破するなりして何とかしてくれ。内部の構造とかはこっちでは分からないから、何とかして最下層に向かってくれ。そこには例の試作機がある。それをっ」

 その時、爆音が通信機の向こうから何度も響き渡る。

「兄さん!」

 通信機に向かってどなる少年。跳ね返ってくる爆音とノイズ。しばらくしてそれが止んだのち、流れたのは沈黙だけ。絶望的空気が流れる。だが少年は通信機を耳に押し付けたまま、最後まで離さなかった。 

 やがて十秒ほどが経過したときだった。通信機の向こうから、小さくしわがれた、血を吐き出すような声が言う。

「××××、その装置に乗って、装置を起動するんだ!それと可能なら、時限爆弾を使うなりして、起動後に試作機を破壊するようにしておいてくれ。

 そして行った先で会うんだ、その人に。その人の名は……」

 だが次の瞬間、通信機にもう一度の爆発音が響く。それと同時、爆音とノイズを含む全ての音が、唐突に途絶えた。

 今度こそ完全な沈黙が世界を包む。

「……兄さん……」

 少年はそれでも通信機から耳を離さなかった。だがどれだけ時間が過ぎても、通信が回復することはなかった。


 どれほどの時間がたった頃だろうか? 少年は通信機を耳から離すと、ゆっくりと地面に置く。やり取りを聞いていた周りの全員は、視線を彼に向けながら、一言も声を発することはない。

 瓦礫の山の向こうから、再びの爆音と火柱が上がる。少年は視線を上げ立ち上がると、陣地の脇に置いてあった自分のトランクに歩み寄り、中から手榴弾や予備の弾薬を取出し、身に着ける。そして最後に、一振りの時代錯誤な長い刀を手に取ると、それを腰のベルトに差す。

「その刀は?」

 リーダーが問いかける。その問いに少年は荷物をまとめながら、

「僕の家の焼け跡を探したとき、唯一無傷で出てきたものです。僕の先祖はかつての大戦のとき、ニホンの誇りと呼ばれた二隻の戦艦に乗っていました。これはその先祖が、ある大切な人から預かり、代々引き継いできたものだそうです」

 そう答える。そして荷物と装備をまとめ終わると、彼は銃を手にゆらりと立ち上がる。

「行くのか?」

 バンダナの男が問いかける。その問いに、少年は視線を例の施設に向けたまま、

「はい」

 全く間をおかず、はっきりと答える。

「そうか」

 少年の答えにバンダナの男はそう応じる。それと同時、バンダナの男とリーダーは銃を手に、全く同時にゆらりと立ち上がった。 

 その様子を見た少年は、二人の意図が分からず、呆けたような表情を浮かべる。そんな彼に、バンダナの男は、

「昔から、一度はこんな場面で、盛大に暴れてやりたいと思っていたんだ。それに、どうせここにいても暇だしな、協力するぜ」

 そうきざな微笑みを浮かべて言う。続いてリーダーが、

「俺たちは、かつて世界を席巻した二つの超大国を相手に戦争をした先祖の末裔だ。それが今ではこの体たらく。この上お前を一人で行かせ、守ってやれんようでは、国を守るために散って行ったご先祖様に申し訳が立たたん。それにどの道これが最後、ならば盛大に見送ってやろうじゃないか」

 そう周りに聞こえる声で言い放つ。その言葉が引き金となったのだろう。少年の周りにいた者たちが、

「やってやるか」

「ったく、しょうがねぇなぁ」

「たまにはこういうのも悪くない」

 そう言いつつ、一人、また一人と立ち上がっていく。彼らの言葉は様々だが、その表情は、先ほどまでの半ば死んだようなそれと打って変わって、周りで燃え上がる炎よりも熱く激しく、燃え上がっているように見えた。

 かくして少年を含めた、周りの十数人全員が武器を手に立ち上がる。そんな彼らを見て、少年は呆けた表情を徐々にしわくちゃにして、

「皆……」

 そう、今にも泣きそうな声で漏らした。そんな彼を含めた全員にリーダーは、

「時間がない、行くぞ!」

 そう号令をかける。その号令に全員が、

「おう!」

 そう応じ、走り出す。それを見、少年も走り出しながら、決意するのだった。

 僕は必ずここに、ニホンに、帰ってくる。。

 

「立ち止まるな! 進め!」

 血を吐き叫ぶ仲間の声が木霊する中。少年は走る。

 

「ここは俺が食い止める。先に行け!」

 敵が突っ込んでくる路地に、二人の仲間が残って弾幕を展開し、敵を食い止める。少年は二人を残したまま、先に進む。

 

「伏せろ!」

 その叫びに、少年は身を伏せる。直後、横合いから放たれた弾丸に射ぬかれ、地面に倒れる仲間。リーダーは手榴弾を、少年は銃を手に、敵を砕く。

 

「あれが例の特殊装甲歩兵か……」

 バンダナの男は視線の先に、不気味な機械の鎧で全身を覆った敵兵を捉え、

「死にたくねぇな……恰好つけるもんじゃねぇなあ。くそっ」

 微笑を浮かべつつ、震える声でそう吐き捨てる。そして瓦礫に身を隠しながら銃を構え、鎧の関節部を狙って、正確無比の一撃を放った。

 

「発破!」

 その叫びと共に、リーダーと少年は施設の入り口に仕掛けた爆薬を発火させる。立ち上る黒煙。それが晴れる前に、二人はひしゃげた扉に体当たりをかまし、施設の中に転がり込む。残っていたのは二人だけだった。

 

「……着いた」

 地下深くエレベーターを用い降りてきた少年は、目の前に広がった景色に、思わずそう漏らす。そこにあったのは野球場ほどの大きさの空間と、それを埋め尽くすほど巨大な電子機器の数々。ほかに直径十メートルはありそうな太さのパイプが、地下の見えないところに続いており、その中央には中に人が入れるような入口があった。 

「俺はエレベーターをどうにかする、お前は機械の方を何とかしろ!」

 リーダーはそう指示を飛ばし、エレベーターに向かう。それを見た少年は先ず、パイプの中央に空いた入口に入り、中を確認する。その奥には、一人乗れるようなシートのある、球体のカプセルが設置されていた。少年は形状からしてこれに人が乗るのだろうと推察する。

 それから少年は一度電子機器のある部屋に戻り、その機械を何とかしようとする。が、あまりにも装置が多すぎて、どれをどう操作していいか分からない。そこで彼は装置を起動させるスイッチだけでもないかと見まわす。と、程なく、中央付近にそれらしいモニターを見つけ、急いでそこに向かい、モニターにかじりつく。

「起動可能回数一回……くそっ、起動スイッチ以外、何が何なのか分からない。しかも起動スイッチがここにあるってことは、カプセルに乗った状態じゃ起動できない」

 画面を見て少年はそう吐き捨てる。その時、彼の背後で凄まじい爆音が鳴り響く。その音に向けた視線の先に映し出されるのは、追手を止めるために爆破したエレベーターと、自分の方に走ってくるリーダーの姿。

「エレベーターは爆破したが、追手は直ぐ来るぞ。装置の起動の仕方は分かったか!?」

 リーダーはそう問いかける。その問いに、

「起動の仕方は。でも……」

 少年はそう答え、そこで口ごもる。リーダーはそこで彼の下にたどり着き、モニターを見て状況を理解し、

「よし、装置の起動と後の始末は俺に任せて、お前は早く乗れ!」

 そう迷いなくはっきりと言う。その言葉に少年は、

「でもそれじゃ……」

 そう反論しようとするが、

「いいから早く!」

 リーダーはそう怒鳴りつつ、少年に銃を突きつけ、パイプ中央の入り口を視線で示す。 

「リーダー!」

 なおも反論しようとする少年。リーダーはそれを遮るように、

「命を懸けてお前をここまで連れてきた者達の気持ちを考えろ!」

 そう怒鳴った。その言葉に、少年の抵抗の意志は急激に弱まる。その様子を見て取ったリーダーは続けて、

「俺の弾薬は全部使ってしまった。お前の持っている爆薬全部、こっちにくれ」

 そう言い少年から爆薬を受け取る。そして、

「行け!」

 そう叫ぶ。その言葉に少年はそれでも逡巡し、だが何かを断ち切るように背を向け、パイプの入り口に走る。

 そんな少年の背中に、リーダーは最後、

「生きろ、俺たちの命を懸けた、最後の、小さな希望」

 そう呟くのだった。その十数秒の後、パイプ入口が閉鎖され、装置起動可能の表示がモニターに映し出される。そしてリーダーは起動のスイッチに近づくと、全く迷いなくそれを叩いた。

 それと同時辺りに響き渡る、何とも表現しにくい不快な音。その中で、リーダーは落ち着いた様子で煙草をふかしながら、

「さて……最後に一仕事」

 そう呟く。


 それから数分の後、再び鳴り響く爆音。それによって天井にあけられた穴からロープが下され、次々兵士たちがその装置のある部屋に侵入する。侵入した彼らが見たのは、既に起動した後の装置と、その前で煙草をふかす一人の男。

「殺せ! ただし、装置は傷つけるな」

 侵入してきた兵の一人が、自分の出身国の言葉で指示を飛ばす。その言葉に、他の兵士たちは銃を構え前進しながら、しかし発砲はしなかった。

 そんな様子をリーダーは眺め、薄く笑みを浮かべる。彼に敵兵の話している言葉の意味は分からない。だがそんなことはどうでもよかった。だから彼は動き出す。自分のすべきことをするために。

 侵入した兵たちは、煙草をふかすばかりで一向に反撃する気配の無い男に警戒しながら前進する。と、その視界の先で、男は薄く笑みを浮かべた。その笑みを見た兵たちの背中に、何か冷たいものが走る。そんな中、男は兵たちが反応するより早く、手に握った銃を持ち上げ、

「この戦争に俺たちは負けた」

 敵兵にはわからないだろう、自分の国の言葉で呟きながら、銃口を敵兵とはあさっての方向に向ける。そしてその照準の先に、

「だがこの勝負、俺たちの勝ちだ。なぜなら……」

 装置の起動装置と、そのかたわらに設置した、ありったけの爆発物を捉え、

「俺たちの希望はもう、お前たちの手の届く場所には、いないのだから」

 敵が発砲するより早く、引き金を引き絞るのだった。

 次の一瞬、響く乾いた発砲音。直後、血に染まった煙草が宙を舞う中、弾丸は勢いを緩めることなく、設置された爆発物の山を貫くのだった。



「敵兵に装置を爆破されただと!あれほど無傷で手に入れろと指示したのに、何をやっているんだ!」

 怒声が辺りに響き渡る。そこは燃え上がる街を一望できる位置にある攻略側の陣地。その一角に通信設備を集中させた場所があり、そこに二人の将校がいた。前線からの報告に怒鳴った将校の一人は、怒りを全く隠さず力任せに無線を切る。そんな同僚の様子を見、もうひとりの将校はガムを噛みながら、

「そうカリカリするな。街の制圧は予定どうり完了したし、装置の方も全壊したわけじゃない。もう直ぐニホン攻略自体も完了するんだ。手柄が少し減ったくらい大目に見てやろう」

 そう肩を叩く。だがその同僚は、

「違う、この街の制圧作戦の目的は、街の制圧などではなく、あくまで装置を無傷で手に入れること。でなければ特殊装甲歩兵など出す訳がない。装置が全壊したわけではないことが救いだが、上層部から白い目で見られるのは間違いない。

 それにニホン攻略に関しても、あのニホンの事だ、何か切り札を隠しているに決まっている。こっちの切り札はまだ適合者が出ていないんだ。もし実際に出てきたら俺達の部隊で対処しなければならないかもしれない。

 精鋭の特殊装甲歩兵が負けるとは思えないが、奴らはそう思っていた我々の常識を幾度も覆してきた。油断すれば……」

 そう怒りと不安を口にする。その言葉に同僚は考えすぎだと励ますが、最後まで将校の表情が緩むことはなかった。

 その時、将校はふと上空を見上げ、今まで燃え上がる街の炎に赤く照らしていた深夜の暗闇の空が、薄緑色のオーロラのような美しい光に包まれていることに気づく。その直後、急激にざわつき始める陣の外。陣の中にいて視界を遮られている将校は何が起こっているのか分からない。だが直後、一人の兵士が将校の前に飛び込んできて、

「し、司令官!外に信じられないものが!」

 そう、血相を変えて叫ぶ。その普段冷静な兵たちの慌てぶりに、将校も何事かと陣の外に出、光の放たれる方向を見た。そして視界にその姿を認め、

「……なんだ、あれは……!?」

 そう驚愕する。

 その人は燃え上がる街の上空に浮かんでいて、その街の近くにいた全ての兵や将校達に、はっきり見えた。

 そこにいたのは、まばゆい薄緑色の光を放ち、世界を照らし出す一人の少女。それは見る人がその場から動けなくなるほど恐ろしく、威圧的で、だが神々しく、これ以上ないほど美しかった。

 だが見る人は気づいていなかった。空に浮かぶその少女の瞳に、涙が浮かんでいることに。

 やがてその少女の周りに、薄緑色の光が集められる。




そして……

読んでいただいてありがとうございました。

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