プロローグ
初めての投稿作です。素人で未熟ですが読んでいただけると幸いです。
「緑……笑って」
優しく澄んだ、懐かしい声が聞こえてくる。
ずっと寝ていたいとも思った。だがそれ以上に、そろそろ起きなければと思い、目を開ける。その視界に映し出される、地平線のすぐ下まで迫っている太陽の光に、徐々に明るさを取り戻しつつある群青の空。周りを囲む森の木々。先ほど名を呼んだ声の主とはまた別の、一人の少女の姿。
「おはよう」
かけられる声に、少女は視線を向ける。そこにあるのは、大きな岩に背中を預け、ついさっきまで眠っていた、一人の青年の姿。
少女はその青年の顔を見、一瞬驚いたような表情を浮かべる。だが次の瞬間には表情を険しくすると、怒りと呆れが半分ずつといった声で、
「全く、なにがおはよう、よ。あなたは自分がどんな無茶をやったか、分かっているの? ただでさえ古傷だらけのその体でこんな生活続けたら、命がいくつあっても足りない。いつか必ず命を落とすことになる」
そうはっきりと言い切る。青年の体には、右眉から左頬にかけての斜めの傷をはじめ、大小さまざまな古傷がある。加えて右わき腹と左ひざには、つい先ほど増えたばかりの、まだ血が固まってしばらくというような傷が増えていた。
だが青年は少女の言葉に苦笑いを浮かべるばかりで、あまり反省する様子は見られない。そんな彼の様子に、少女はため息を吐きつつ辺りを見回す。その視界に映し出されるのは、縄で完全に拘束された、あまりガラのよくなさそうな男たち。
「全く、相手は野蛮な山賊で、数日後にはどのみち討伐隊に鎮圧されてめでたしめでたしの予定だったのに、これだけの人数のところにただの行商人が、たった二人で乗り込んで、しかも……」
ガタイのいい彼らの人数は十数人。そのうち半分ほどにはあちこち青い打ち身やたんこぶができている。だが、
「一人も殺さず全員拘束するなんて」
死亡者はおろか、重傷者も一人としていなかった。少女はそんな周りの様子を一通り見終わると、今度は視線を森の奥の方に向ける。そこあるのは、山賊たちが生活していたと思われる、粗末な木造の家屋。だがそこに金目のものは一切なく、用意された食事もほとんど水しかない雑炊で、生活の困窮ぶりがうかがわれた。
「でも殺したくないから殺さないなんて甘すぎる。しかもこいつら、警吏(警察のようなもの)に突き出さないで、仕事の紹介までしてやるんでしょ? そんなんだから世間の人から、悪人を助ける神様なんて皮肉られることになるのよ」
そう真剣に言う少女。対する青年は穏やかな表情のまま、だが声は真剣に、
「甘いのは分かっているつもり。でも今回のように戦争で住む場所をなくして仕方なくとか、何か理由を持っている人も多い。だから殺せば解決するなんていうのも甘い考えだと思う。
そもそも僕は正義の味方になりたいわけじゃない。ただ、自分がやりたいと思うことをやっているだけ。問題が解決するなら方法は何でもいい。ただそのために誰かを殺すのでは、きっと何も解決しないから。
それに、今回の相手も半分は戦う前に投降してくれたし、そう言う君も、殺さず一人捕まえてくれたしね」
そう答える。その言葉に、少女は少したじろぎ、
「そ、それは……。あっちが勝手に私をあなたたちの仲間だと勘違いして攻撃してきたから、降りかかる火の粉を払っただけ。まったく、あなたの近くにいるだけで、こっちまでとばっちりで攻撃されて、ほんと迷惑」
そう少しあわてて答えを返す。その答えに青年は少しだけ表情を緩め、だがそれ以上追及せず、
「そっか、それはごめんね。ところで涙がどこにいったか知らない?」
別のことを問いかける。
「彼女なら、あなたのために水を汲みに行ってる」
少女はそう短く返す。それに青年も、そっか、と短く答え、視線を少女のほうから、夜明けを控えた地平線へ移す。一方少女は、青年の浮かべる穏やかな表情を見、普段の愁いを帯びた表情を思い出して見比べ、
「ねえ、緑」
何気なく名前を呼んでいた。
「何?」
緑は視線を地平線に向けたまま相槌を打つ。それに少女は、先ほどまでのそれから語勢を弱め、緑と同じくらい穏やかな声で、
「さっき起きた時、珍しく笑っていたみたいだったけど。それに今も、いつもと表情が違うっていうか……。なにか、いいことでもあった?」
そう問いかける。少女は聞かずにはいられなかったのだ。日頃、苦笑以外の笑みをほとんど見せたことがなかった緑。そんな彼が、先ほど彼女に見せた、穏やかな笑顔について。
それに緑は、地平線に目を向けたまま、
「夢を見ていたんだ。昔の自分の」
そうつぶやく。
「それってあなたがまだニホンにいた頃のこと?」
と少女。それに緑はどう表現するか一瞬迷ったのち、
「ニホンからこっちに来た時の事、かな」
そう返す。その言葉に、少女は少し驚いた表情を浮かべる。なぜならそれは、緑が涙という女性を除いて、今まで誰にも語ることがなかった、彼の過去を意味していたからだ。
「君にはいつか、話す時が来ると思う」
緑は視線を地平線に向けたまま、穏やかな表情で呟く。そして、起きる直前に自分の名前を呼んだ、懐かしいその人のことを思い浮かべ、地平線から昇る太陽と、その照らし出す世界に、あの日の景色を重ねるのだった。
読んでいただいてありがとうございました。