苦手なもの
体に浴びる冷水が、肌を鋭く刺激した。ヒリヒリとしたその感覚は、朝日で日焼けした所為かとも考えたが、何度も経験したその感覚とは少し違うようにも感じた。
手早く済ませてタオルで体を拭く。全身が赤く腫れているようだ。部屋に戻り、着替えを済ませた、その間少女は再び視線を逸らしていたが、私が着替え終わると顔をこちらに向けた。その口元には、未だに血の痕が残っていた。
「口、まだ拭いてなかったんですか」
「だってこれ、水でしょ」
そう言って彼女は部屋を出る前に渡した濡れタオルを顎で指した。
「そりゃそうでしょう」
当たり前だと頷いた。すると少女は呆れたような口調に変わった。
「吸血鬼は、水に弱い」
「そうなんですか」
またもや不安要素が増えてしまった。水を使えないとなると、色々と不便としか言いようがない。
「弱いというのはどれ位なんですか、溶けたりとか?」
「症状は水の種類による。真水なら溶けることもあるけど、水道水みたいに色々混ざり物があれば少し腫れる程度で済む」
どうやらシャワーを浴びたときの刺激は、日焼けなどのせいではないらしい。溶けることはないと言ったが、汗を流す度に肌に染みるような痛みを味わうのは御免だ。
「じゃあ風呂とかはどうすれば?」
「入浴剤でも入れたらいい」
「飲み水は?」
「お茶とか」
思ったよりも簡単な対応で済むらしい。どこまでを真水と呼ぶのかは分からないが、何かしらが混ざれば混ざるだけ、刺激も無くなっていくようだ。
しかし、通常の人間よりも明らかに苦手なものが出来た。日光にしろ、水にしろ、今までは平気だったものが、不安要素になるというのは複雑な気持ちである。
「日光と水の他に体が受け付けなくなるものってなんですか?」
「……」
しばし考え込む少女。そして口を開いた。
「危ないと思ったらその都度止める、しばらくは気にしないで生活して」
「ずっとは一緒にいないんですから、それは危ないんじゃ……」
先ほどの様に、一人で外出することがあれば、そこで危険を知らずに行動してしまうかも知れない。少女のその場しのぎの様に感じられる回答に、自分の身を案じる。
「しばらくは私から離れないで」
その不安を感じ取ったのか否か、少女はそう言った。
「離れないって、一日中ですか」
「そう、一度言ったけど、君はまだ吸血鬼としては赤ん坊のようなもの。親の目から離れない方が、危険も少ない」
それっぽいことを言っているようだが、全ての危険を口頭で説明するのは面倒だから、傍を離れるな、ということだろう。頼りない親を持ってしまったものだ。
「何か言いたいことでも?」
不満が顔に出ていたのか、ムッとした顔になる少女。
「いや、別に……」
「言いたいことがあるならハッキリ言って、永礼君」
じっと視線をそらさずに言う、少女の言葉に引っかかった。
「……あれ、私名前言いましたっけ?」
彼女はしれっと、私の苗字を口にしたのだ。
「……表札見た」
「貴方、窓から入ってきたでしょ」
バツの悪そうに、言い逃れを始める少女は、しばらくの間目を合わせようとしなかった。